喫茶店『Mute』へ
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俺達が林の中を走っていると、道の方からパトカーのサイレンがいくつも聞こえてきた。
《続く》
俺達は反射的にハンディライトを消して、その場にしゃがみ込んだ。
サイレンはそのまま新須の別荘の方に移動していく。間違いなく、新須が呼び寄せたに違いない。
「……まずいなぁ」
朝日奈さんが呟いた。
「なにが?」
「このまま道に出ていって、お巡りに見つかっちゃったら、無事には帰れそーもないもんね」
「でも、このまま林の中に潜んでいるわけにもいかないでしょう?」
館林さんが至極もっともな意見を述べる。
「とはいえ、方向もよくわかんねぇしなぁ」
俺は空を見上げた。星でも見えればいいんだが、木が生い茂っていて空が見えない。
「……そうだ。夕子ちゃん、トランシーバー、トランシーバー」
「あ、そっかそっか」
朝日奈さんが辺りを見回し、しまったという顔をした。
「あー。パワーショベルの所に忘れて来ちゃった」
「ええーっ!? もう、ばかばかばか!」
館林さんが朝日奈さんの頭をぽかぽか殴る。
「あのー、それくらいにしておいた方がよろしいのではありませんか?」
古式さんが止めに入る間、俺はペンライトで地図を見ていた。
何とか人里の方に出られればなぁ……。でも、道に迷ったりしたらアウトだし……。
こうなったら、いっそのこと、この3人の女の子とここで暮らすかぁ?
などっと頭がぱにくっている俺だった。
夜は津々と更けてゆく。俺達はそこから動くことが出来ずにいた。
「主人く〜ん、寒いよぉ」
朝日奈さんが身をすり寄せてくる。いや、嬉しいんだけどさぁ……。
反対側に座ってるゆかりちゃんの視線がとっても気になるなぁ。
「!?」
不意に館林さんが身をすくませた。
「どうかしたの?」
「あれ、見てください」
小声で言うと、指さす。その方向を見ると、いくつかの光が見える。
俺は慌ててペンライトを消して、そっちをうかがった。
間違いなく、ハンディライトの光だ。警察が山狩りを始めたのか?
「5人みたいね」
と朝日奈さんがささやいた。
「どうするの?」
「どうするって言ったって……」
俺は一介の高校生だぜ。どうしろってんだよ……。
でも、陳腐なセリフなんだけど、俺は男なんだよな。
俺が立ち上がろうとした、その瞬間。
俺達をハンディライトの光が照らし出した!
くっ。眩しい!
いままで明かりを消してこそこそやってた所に、いきなりハイパワーのライトが浴びせられたのだ。
交通事故に遭う野生動物の気分が初めてわかった。身がすくんでしまって動けないんだ。
「いたぞ!」
「4人だ!」
声が錯綜する。
これまでなのか!?
と、
バチィッ
「ぎゃっ」
何かが弾けるような音が立て続けに起こり、悲鳴がいくつも聞こえた。
俺達を照らしていたハンディライトの光線がそれ、地面に落ちる。
「……何があったんだ?」
俺は呆然としていた。ゆかりちゃん達も同様だ。
と、
「やれやれ、詰めがまだ甘いわね。85点ってところかしら?」
聞き慣れた声が聞こえた。そして、誰かが地面に転がっていたハンディライトの一つを拾い上げた。
「誰?」
「……未来の支配者に対して、誰とはご挨拶ね」
俺は自分のハンディライトを点灯し、そっちに向けた。
その光に、眩しく映える白衣が浮き上がった。
「紐緒さん!?」
「まぁ、私の計算の正確さが立証できたという事で、今回はよしとしましょう」
そう言うと、紐緒さんは左手に持っていた小さな黒い箱みたいなものをポケットに入れた。
「……それは?」
「ああ、高性能スタンガンよ。ちょっと、無能な国家警察の下級エージェントを眠らせるのに使っただけ」
白衣のポケットに両手を突っ込み、辺りに倒れているお巡りさん達に視線をめぐらせながら彼女は言うと、俺達の方に視線を戻した。
「とりあえず、作戦の目的は達成したようね。速やかに撤収するわよ」
その言葉が、一番頼もしい言葉に聞こえたのは俺だけじゃないだろう。
月曜日の朝。
校門の所で、俺は待ちかまえていた好雄に捕まってしまった。
「おい、公! どうなったんだ? 電話くらいしてくれたっていいじゃねえかよ!」
「それどころじゃなかったんだよ。言っておくけどな、俺家には帰ってないんだぜ」
「それじゃ、直出か。よくやるなぁ。休んじまえば良かったのに」
「あいにく、俺は皆勤賞狙ってるんでな」
俺がそう言いながら大きなあくびをすると、好雄は声を潜めて尋ねた。
「で、古式さんは?」
「俺が平穏無事に登校してきたところを見ればわかるだろう? さっき送り届けてきたところだ」
「そうかぁ。いやぁ、やるなぁ」
ドン
好雄は思いっきり俺の背中をどついた。
そうだ。好雄には聞いておきたいことがあったんだっけ。
俺は好雄に向き直った。
「おい、好雄。おまえゆかりちゃんと幼なじみだったのか?」
「まぁな。昔、俺の家の隣に彼女の一家が越してきてな。まぁ、半年くらいでまた向こうは引っ越していったけどな。なんでも、家の改装をしてた関係らしいんだけど。で、俺と古式さんは同じ幼稚園に通ってたっていうわけさ」
「なんで、それを先に言わなかった?」
「言ったらなにかあったのか?」
好雄は足を止めて俺の顔を見た。
「え?」
「あれは10年も前のことだぜ。今とは何の関係もないだろう?」
「……そうだな」
多分、好雄はゆかりちゃんのことが好きだったんだろう。
俺は、今の好雄の反応でそう確信していた。
でも、そのことを持ち出しても、みんな傷つくだけだ。俺はそう思ったから、そのことにはこれ以上触れないことにした。
そのかわりに、もう一つの疑問をぶつけてみた。
「それじゃさ、お前ゆかりちゃんの家にある白い横笛ってしってるか?」
「白南風か? もちろん」
好雄はうなずいた。
「しらはえ?」
「ああ。隣に住んでいたときに話を聞いたことがあるぜ。なんでも、親父さんがおばさんにプロポーズするときに送った横笛なんだとさ。親父さんが、とある故買屋から手に入れたそうなんだけどさ、ずいぶん由緒があるらしいぜ」
「由緒?」
「ああ。俺も詳しくは知らないんだけどな。で、どうしてお前が知ってるんだ? おばさんに見せてもらったのか?」
「まぁ、そんなところかな」
俺がそうごまかしたとき、予鈴が鳴った。俺達は顔を見合わせて、走り出した。
それから数日後、新須重工が会社更生法の執行を申請し、事実上倒産したという記事が新聞の片隅に載った。
あの騒ぎのことは、一切マスコミには漏れなかった。どうやら伊集院コンツェルンが裏で手を回したらしい。無論、俺達にも一切のおとがめはなかった。
古式不動産の方には、伊集院側から非公式に謝罪があったらしい。
すべては、丸く収まったかに見えた。
でも、もう一波乱が待っていた。そう、俺のまわりで……。