喫茶店『Mute』へ
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その![]()
少し辛い永遠
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《続く》
「あ、ユーゾさん」
フロントの男の声に、ミオは目を開けた。
長旅の疲れもあって、柔らかなソファに座っているうちについうとうととしてしまったようだ。
「ミオ・キサラギさんがお待ちになっておられます」
「ちょっと待ってください。その前に……」
ミオは外していた眼鏡をかけ直して、声の方を見た。
少年が、誰かを背負っている。
何処かで見たような、オレンジがかった栗色のポニーテイル……。
「ユミさん!?」
「え?」
少年が顔を上げてミオの方を見た。
ミオは駆け寄った。
「ユーゾ・オキタさん、ですね。ユミさんをどこで?」
「あなたは?」
少年は聞き返した。ミオは慌てて自己紹介する。
「ごめんなさい。私、ミオ・キサラギといいます」
「ああ。お噂はかねがね。僕が……、あ、そんな事してる場合じゃないや」
ユーゾはユミをソファの上に降ろした。ユミは、幸せそうな顔をして眠っている。
その口から寝言が漏れた。
「みゅぅぅぅ。コウさぁん」
ミオは訊ねた。
「何があったんですか?」
「それは僕の方が聞きたいんですが。ミオさん、ユミさんとはお知り合いなんですか?」
「ええ。実は私たちは一緒に旅をしているんです」
ミオは手短に、今までの旅の話をした。
ユーゾは時折、質問をしながら話を聞いていた。
内心、ミオは舌を巻いていた。
(この人、流石は商業ギルドのギルドマスターの息子さんですね。飲み込みも早いし、それに頭の回転も……)
過去、ミオと対等の話が出来るほど頭の回転の速い者はなかなかいなかったのである。ユイナは確かに頭の回転はミオ以上なのだが、思考の方向がまるで違う。
その点、ユーゾはミオのいい話し相手になりそうだった。
(でも、ユミさんにとっては退屈な相手なのかもしれませんね)
そう考えて、ミオはくすっと笑ってしまった。ユーゾが怪訝そうに彼女を見る。
「どうかしましたか?」
「あ、ごめんなさい。何でもありませんよ」
ミオはそう言うと、ユミを見た。
「それじゃ、ユーゾさんの見た所、ユミさんは酔っぱらっていたみたいだった、と」
「ええ。それも、相当飲んだようにしか見えないんですけど、それにしては酒臭くないんですよねぇ」
「もしかしたら、マタタビ酒かもしれませんね」
ミオは微笑んだ。
「今のユミさんは、きわめて猫に近い体質になっています。マタタビ酒で酔っぱらうというのも、十分あり得る話だと思いますよ」
「なるほど。それじゃ、さっきのも……」
「え?」
「あ、いや、なんでもないです、なんでも」
真っ赤になって手を振るユーゾを、ミオは不思議そうに見ていた。
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「わ、私のせいで……」
「ううん。行ってもいいって言ったのはあたしだもの。メグミちゃんは悪くないわ」
サキはメグミの肩を抱きながら、自分も泣きそうな顔をして辺りを見回していた。
「ユミーっ! 畜生、何処だ!?」
一方、ヨシオは半狂乱になって辺りを走り回っていた。角を曲がったところで、ばったりと、これまた走り回っていたノゾミと出くわす。
「ノゾミさん、いた?」
「いや、こっちにはいない。しかし、闇雲に探しても……そうだ!」
ノゾミは、ふと思い付いた。
「ユイナなら、探せるんじゃないか?」
「そうか!」
ヨシオはその足で、宿の方に走っていった。ノゾミは苦笑した。
「あいつ、ユミのことになると、見境無いな。まったく」
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彼女の前にある机の上には、湯気の立っている料理の皿が並んでいる。彼女は一人優雅にディナーを楽しんでいたところのようだった。
「お願いします! ユミを探して下さい!」
「何で私がそんな面倒なことをしなければならないのかしら?」
彼女は冷たく言い放った。
「第一、私はまだ夕食の途中なんだけど」
「そんなこと言わないで……」
「……まぁ、いいわ」
探索魔法を使う面倒くささと、このままヨシオに粘られながら食べる夕食の消化の悪さを天秤に掛けて、ユイナは溜息をついた。それから、ヨシオに聞く。
「ユミが身につけていたもの、何かある?」
「ちょっと待ってくれ!」
彼はだだっと2階に駆け上がると、ユイナがスープを一口飲んだときにはもう戻ってきていた。
「ほら、これがさっきまでユミがつけてたリボンだ」
彼は黄色いリボンをユイナの前に突き出した。
ユイナはそれを受け取ると、テーブルの上に置き、呪文を唱える。
『ユイナ・ヒモオの名において命ず。かの物の持ち主の姿を我が前に示せ』
彼女はしばらくじっとそのままの姿勢で黙っていたが、不意に口を開いた。
「眠っているわ。それも、普通の眠りよ。魔法を使われた形跡はないわね」
「ど、何処にいるんだ?」
「もう少し待ちなさい」
彼女は不意にふっと笑った。
「近くにミオがいるわ」
「ミオさんが!?」
「ええ。心配しなくてもよさそうね」
ユイナはそう言うと、ヨシオを見た。
「さあ、私は夕食を食べたいの。これ以上邪魔すると、あなた、死ぬわよ」
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「……というわけで、あなたの掘り出したその星が、“メモリアルスポット”の一つかもしれないんです」
「そうですか」
ユーゾは頷いた。
ミオは言葉を継いだ。
「よろしければ、それを私たちに譲ってはいただけませんか?」
「いいですよ」
ユーゾはあっさりと頷いた。
「本当ですか?」
「ただし」
彼は喜んだミオに、きっぱりと言った。
「一つ条件があります」
「なんでしょうか?」
ミオは半瞬で笑顔を引っ込めていた。
ユーゾは言った。
「あの星は僕だけの物じゃないし、親父の物でもありません。この発掘を手伝ってくれたみんなの物だと思っています。それをおゆずりするんですから、それ相応の代価をいただきたいんです」
「でも、私たちお金は持っていませんよ」
ミオは真面目な顔で言った。そして眼鏡の奥の目を細めた。
「それに、お金が目的じゃないんでしょう?」
「ええ。……単刀直入に言います。ユミさんを、いただきたい」
ユーゾはさらっと言うと、ミオが目を丸くしたのを見て、くすっと笑った。
「冗談ですよ。ユミさんを物々交換の品物にするわけありませんよ」
「びっくりしましたよ」
ミオは大きく息を付いて、胸に手を当てた。
「すいません、つまらない冗談で。では、本題に行きましょうか」
彼は膝を進めると、ミオに訊ねた。
「ゾウマの輝石、ご存じですか?」
「ええ。ゾウマ山にあるという伝説の石、ですね。それを取ってこいと?」
彼は頷いた。
「ドーメイストの星と並び称されるゾウマの輝石なら、皆も納得してくれるでしょう」
「……わかりました」
ミオは頷いた。
「その取引、お受けします」
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宿屋のドアを開けると、ミオは振り返った。
「ちょっと待っていただけ……」
「ミオさん! ユミは!?」
いきなり中から声が聞こえたかと思うと、ヨシオがミオの肩をガシィッと掴んでいた。
「きゃっ」
「おい、ユミはどうしたんだよ!!」
「ヨシオくん!」
サキが駆け寄ってくると、ヨシオの腕を掴んだ。次いで、ノゾミが後ろから羽交い締めにする。
「落ち着け!」
さすがにノゾミの力には勝てず、ヨシオはミオから引き剥がされた。
ほっと息を付くミオに、サキが訊ねる。
「で、ミオさん。ユミちゃんは?」
「あ、外に……」
ミオは外を指した。そこに馬車が止まっている。
「ユミ!」
ヨシオは、ノゾミを振り解くと、馬車に駆け寄っていった。
ミオが説明する。
「ユミちゃん、すっかり眠っちゃって、いくら起こそうとしても起きなかったんです。私が困っていたら、ユーゾさんが馬車を用意して下さいまして……」
そう言う間にも、ヨシオがユミを背負って戻ってきた。
ミオは馬車の方にとって返すと、御者に一礼した。
「ありがとうございました。もう、お戻りになられてもかまいませんよ」
「では、失礼いたします」
馬車は走り去った。
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ミオは皆にユーゾの話をした。そして自分の意見をつけ加える。
「決して損な取引ではないと思います。ゾウマの輝石なら、ある場所も判っていますし」
「マジ?」
思わずヨシオが立ち上がった。
「ゾウマの輝石っていえば、あれだろ? 人の頭くらいもあるっていうダイヤモンド」
「ひっ、人の頭くらい!?」
サキが思わず立ち上がった。
ヨシオは頷いた。
「ああ。500年くらい前に発掘され、とある貴族の手から王様に献上されたんだが、関わった者達が次々と奇怪な死に方をして、とうとう王様が国中の魔術師を集めてゾウマ山に封印したっていうやつ」
「え?」
今度は青ざめると、サキは椅子に座りなおした。
「ぞっとしないね」
「で、輝石の話を聞いた何百人という盗賊がゾウマ山に向かったが、帰ってきたのはほとんどいなかったんだ」
「ゾウマ山って、そんなに険しい山じゃないだろう? 確かに高原地帯だけど、険しさならグランデンシャーク山の方が……」
言いかけたノゾミに、ヨシオは首を振った。
「それが、どうやら当時の魔術師の中にとんでもない奴がいたらしいんだ。普通に山登りするだけならどうってことないんだが、宝探しをしてるとえらいことになるらしいんだ」
「どういうことなんだ?」
「俺も、そう聞いただけなんけどさぁ……」
と、今まで黙って聞いていたユイナが不意に言った。
「それは、大丈夫よ」
「え?」
「自分でかけた術だからね」
彼女はそう言うと、立ち上がった。そして、ミオを見る。
「あなた、知っていたのね?」
「ええ。古文書で見ましたから」
涼しい顔をして、ミオは答えた。
一瞬、ユイナはミオを睨み、「ふん」と言って部屋から出ていった。
その後ろ姿と、ミオを交互に見ながら、ヨシオは訊ねた。
「ど、どういうことだよ」
「ゾウマ山に盗賊よけの術をかけたのは、ユイナさんなんですよ」
そう、ミオは言った。その瞬間、皆が一斉に叫んだ。
「うっそぉーっ!!」
「だって、500年前の話でしょ!?」
「そうすると、ユイナは今何歳なんだ?」
ミオは騒ぐみんなを微笑んで見つめていた。