喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その それでも君を好きになる

 一行が王都キラメキを出て、ドーメイストの大穴につくまでの10日余りは、特に何事もなく平穏に過ぎた。
 もっとも、ミオはスペルフィールドに貰った本を、暇を見ては読みふけっていたのだが、彼女が本に没頭しているのはいつものことなので、皆は別に気にもしなかった。
 街道を歩く一行の前に、台形をした山が見えてきたのは、王都を発ってから10日目の昼頃だった。
 ドーメイストの大穴の周りを取り囲む外輪山である。高さは2〜300メートルくらいか。
 ミオは地図を見ながら言った。
「麓に、ルーゴという比較的大きな街がありますね」
「よし、そこで一泊して、明日から大穴に向かおう」
 ノゾミがそう決めた。
 しかし、一同はルーゴの街に入ると同時にその計画に修正を迫られるのであった。
 ルーゴの街に入ると、なにやら街全体が活気に溢れていた。通りには出店が並んでおり、人通りも多い。
「何かのお祭りなの?」
 サキはヨシオに訊ねた。
「そんなことは聞いてないんだけどなぁ」
 彼は首をひねりながらも、道行く人を捕まえて訊ねた。
「あの、すいません。ちょっと聞きたいんですが、今日は何かのお祭りですか?」
「あん? ああ、あんたらよそから来たんだな?」
 その男は頷くと、話し始めた。
「ドーメイストの大穴が、星が降ってきて出来たって事は知ってるだろ?」
「ええ」
「その星を掘り当てた奴がいるんだよ」
「!!」
 みんな、顔を見合わせた。
 男は酒を飲んで上機嫌になっているらしい。赤い顔をして話を続けている。
「何でも、王都から来たお金持ちが掘り出したって話だぜ。前から何度も来ては、その度に何百人も雇って掘り返してたんだが、今回やっと見つけたって噂だ」
 その言葉に、ヨシオははっとした。
「まさか……」
「なにか心当たりでもあるの?」
 サキが彼の表情に気づいて訊ねた。ヨシオは辺りを見回し、小声で言った。
「と、とにかく宿を取ろうぜ」
 一同は宿を取ると、その宿の食堂に集まった。
 サキがヨシオにもう一度訊ねる。
「ねぇ、ヨシオくん。その星を掘り当てたって人に心当たりがあるの?」
「まぁな」
 ヨシオの表情は冴えない。
「王都キラメキの奴で、ドーメイストの大穴で星を探している。俺ともあろう者が、どうしてあいつらのことを忘れてたのか……」
「御託はいいから、さっさと言いなさい」
 ユイナが腕を組んで言った。ヨシオは頷いた。
「十中八、九、間違いない。星の発掘をしたのは、オキタだ」
「オキタ? もしかして、商業ギルドの……?」
 ミオが訊ねた。彼は苦虫をまとめて10匹ほど噛み潰したような顔で頷いた。
「ああ。コーゾ・オキタとユーゾ・オキタ。王都キラメキの商業ギルドのギルドマスターとその一人息子さ」
「ええっ!? ユーゾくんが来てるのぉ?」
 ユミが突然叫んだ。耳がぴょこんと立っている。
 ヨシオは額を押さえた。
「お前、今まで何を聞いてたんだよ」
「あ、そういえば、ユミさんは確か、商業ギルドのギルドマスターの息子さんとの婚約が嫌で、旅に出たんでしたよね」
 ミオがポンと手を打つ。
 ユミがフルフルと首を振った。
「ユーゾくんのことは別に嫌いじゃないんだよ。でもね、ユミ、コウさんの方がずうっと好きなんだもん」
 ヨシオは頭を抱える。
「ったく、なんで、ユーゾのやつも、こんなバカを……」
「ユミ、バカじゃないもん!!」
 ユミが憤然として叫ぶ。
 慌ててミオが立ち上がり、兄妹の間に割って入った。そして、皆に向かって言う。
「まずは、本当にそのオキタという人が星を手に入れたのかどうかを確かめないといけないと思うんですが」
「そうだな」
 ノゾミは腕を組んで頷くと、ミオを見た。
「頼める?」
「判っていますよ。名門の家柄というのも、たまには役に立ちますね」
 ミオは微笑んだ。
 町中で話を聞くと、オキタ親子の一行が泊まっている場所はすぐに判った。ルーゴの街でも一番大きな宿屋だという。
 ミオとノゾミの二人は、その宿屋に出かけていった。
 フロントで面会の申し込みをする。
「コーゾ・オキタ様にお逢いしたいのですが」
「約束はしていらっしゃいますか?」
 慇懃無礼を絵に描いたような男がミオに聞き返す。彼女は黙って首を振った。
「失礼ですが、それでは、お通しは出来ません」
「では、お手数ですが、私の名前を伝えていただけませんか?」
 ミオは言った。
「はぁ。お名前をお伝えすればいいのですね?」
「ええ。私、ミオ・キサラギと申します」
 その名を聞いた瞬間、フロントの男は仰け反った。無理もない。キラメキ王国の重鎮の一人であるキサラギ卿の名前は、王国内に知らない者はいないのだから。
 ノゾミが苦笑しながら、後ろで言う。
「嘘じゃないぜ。キラメキ騎士団のノゾミ・キヨカワが証明する」
 彼女は短剣を、柄を前にしてその男に差し出した。その柄にはキラメキ騎士団の紋章が刻み込まれている。
「し、しばらくお待ち下さい!!」
 男は慌ててフロントから奥に入っていった。
 余談であるが、この世界、騎士にはかなりの権力が認められている。それだけに騎士を詐称することは重罪で、場合によっては家族もろとも死罪に処せられることすらあるのだ。
 しかし、フロントの男はしばらくして戻ってくると残念そうに言った。
「申し訳ございません。コーゾ・オキタ様は、ルーゴの町の領主様と御会食の予定で、今夜はお戻りにはなられません」
「それでは、ご子息のユーゾさんはいらっしゃいますか?」
 ミオが聞き返す。男は首を振った。
「ユーゾ様は先ほどお出かけになられまして」
「そうですか。いつ頃戻られるか、わかりませんか?」
「それは、ちょっと……」
「そうですか……」
 ミオは振り向くと、ノゾミに訊ねた。
「どうします? 私は、待った方がいいと思いますけど」
「オッケイ。じゃあ、ミオはここで待ってな。あたしはみんなに一度伝えてから戻るよ」
 ノゾミはそう言うと、ミオが頷くのを確認して、外に飛び出していった。
 ミオはフロントに振り向いて言った。
「それでは、待たせていただきますね」
「どうぞ」
 フロントの男は丁寧に頭を下げた。
 食堂で夕べのお祈りをしていたサキは、階段を下りてきたユミに気づいて顔を上げた。
「あら、ユミちゃん、どこかに行くの?」
 ユミは、オーバーオールに着替えていた。ぶかぶかのズボンが尻尾を巧みに隠している。頭には帽子を被って耳を隠している念の入れようだ。
「ユミね、お祭りに行きたいなっと思ったんだぁ」
「お祭り?」
「うん。メグミちゃんも一緒だよ!」
「あ、はい」
 ユミの後ろから降りてきたメグミが恥ずかしげに頷く。その足下をムクがちょこちょことまとわりついていた。
「そう。あんまり遅くなっちゃダメよ」
「はぁーい。ねぇねぇサキさぁん」
 ユミは甘えた声でサキに駆け寄ると、言った。
「ユミ、お小遣いがほしぃなぁ」
「んもう。しょうがないわねぇ。無駄遣いしちゃダメよ」
 そう言いながら、サキは袋から銀貨を数枚だしてユミに渡した。
「うわぁい。サキさん、ありがとー! じゃあ、メグミちゃん、行こう!」
「あ、はい。それでは、行って来ます」
 メグミはサキにぺこりとお辞儀をした。サキは手を振った。
「楽しんできてね」
「うんっ!」
 ユミは大きく頷くと、飛び出していった。
 ちょうど二人と入れ違いに、ノゾミが入ってくる。
「あ、サキ。二人は?」
「ちょっとお祭りに行くって。オキタさんと逢えた?」
 訊ねるサキに、ノゾミは肩をすくめた。
「外出中だってさ」
「うっわぁー、面白そうなのがいっぱいあるね、メグミちゃん」
 ユミは歓声を上げた。
「そ、そうですね……」
「ほらほら、あれ面白そう!」
「あ、はい……」
 森の中で自然と暮らしてきたメグミにとっては、始めての体験である。すっかり圧倒されてしまい、ぼうっとしている。いわゆる人いきれに当てられてしまった状態だ。
 ムクが、そんなメグミの様子を心配そうに見上げている。
 一方、ユミは元気いっぱいである。
「あ、あの飲み物、美味しそうだね! おじちゃん、1杯頂戴!」
「はいよ」
 ユミはコップに入った黄色い飲み物をもらうと、一気にぐいっと煽った。
 店の男は訊ねた。
「どうだい? そのマタタビ酒は?」
「……」
 ユミはぽーっとその男を眺めていたが、不意ににへらっと笑った。
「あはは!」
「お、おい」
「ユミちゃん?」
「きゃはははっ!!」
 ユミはいきなり走り出した。あっと言う間に姿を消す。
 メグミはおろおろした。
「ど、どうしよう……」
「にゃははははははははははは」
 笑いながら人と人との間を疾走するユミ。
 いつの間にか帽子は飛ばされ、耳がぴんと出てしまっているが、お祭りという事もあってだれも奇異な目では見なかった。
 もっとも、それ以前に人の目ではなかなか捉えられるスピードではなかったというのもあるが。
 と、
 ドシン 
 ユミは、前から来た少年と正面衝突してしまった。
 向こうは派手にすっころんだが、ユミはくるっと回転して見事に石畳に着地する。
「いてて……。あれ?」
 その少年はユミを見て目を丸くした。
「ユミ……ちゃん?」
「あー、ユーゾくんだぁ」
 ユミは少年にすり寄っていくと、にこにこしながら少年の顔を挟んだ。むにっと引っ張る。
「きゃははは。ユーゾくん、顔へーん!」
「ユ、ユミちゃん。酔っぱらってるの?」
「酔ってなんかないもーん! だって、ユミもう大人だもん!」
「は?」
 少年は目を丸くた。
 ユミはその反応がお気に召さなかったらしい。むっとした表情になる。
「あ、ユーゾくん、ユミのこと子供だって思ってるなぁ!」
「そ、そんなことは……」
「ユミ、子供じゃないもん。キスだって出来るんだからぁ!」
 そう叫ぶや、ユミは有無を言わせずに彼の唇に自分の唇を重ねた。
 少年の目が丸く見開かれる。
「……ぷはぁ」
 ユミは唇を離すと、自分の唇をぺろっとなめて、目を細める。
「にゃははっ」
「ユ、ユ、ユミちゃん、い、いまの……」
 すっかり動転している少年を、ユミはとろーんとした目つきで見つめていたが、不意に大きく欠伸をすると、彼の胸にもたれ掛かった。
「あ、あの……」
 ユミはそのまま、すーすーと気持ちよさそうな寝息をたてていた。

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く