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8月。
To be continued...
「折原、最近柚木さん、元気ないと思わないか?」
「そうか?」
「なんだよ、気のない返事だな。そうだ、海に誘ってみるぜ」
「俺はお前と海に行く趣味はないぞ」
「誰がお前を誘うかっ! 柚木さんだ、柚木さんっ!」
「そっか、がんばれや」
「おうっ!」
9月。
「9月だってのに、暑いぞっ!」
「……はい」
「かき氷でも食いに行くか? 練乳かかった宇治金時」
「行きます」
「……それで、最近逢ってるのか?」
「……詩子ですか?」
「あ、ああ……」
「……いいえ」
「……そっか」
10月。
「また寝てる〜。ちゃんと勉強しないと、また大学に落ちちゃうよ」
「そっか?」
「もうっ。また落ちちゃったら、里村さんも悲しむと思うよ」
「そうかな……」
「そうだよっ! ほら、起きなさいっ!」
「わぁっ、シーツを剥ぐなっ、枕を取るなっ!!」
11月。
「折原っ! やったぞぉっ!」
「なんだ、住井。やぶからぼうに?」
「聞いて驚けっ」
「わぁっ、びっくりしたぁっ!!」
「聞く前に驚くなっ!」
「注文の多い奴だなぁ。で、なんだ?」
「ふっふっふっ。実はな、昨日、思い切って告白したんだ」
「南にか?」
「なんで男に告白するんだっ! 柚木さんだ、柚木さんっ!」
「それでそのまま砕けたのか?」
「ふっふっふ」
「ま、まさか……」
「オッケイだってよっ。くぅ〜っ、住井護、地道な好感度アップ作戦が功を奏したに違いないっ!!」
「……そうか。よかったな」
12月。
「あっ、……柚木」
「浩平……くん。えっと、やだな、もう」
「あ、ああ。元気、みたいだな」
「ええ。おかげさまで」
「住井と、付き合ってるんだって?」
「……ええ。あ、さては住井くんから聞いたんでしょ? もう、お喋りなんだから……」
「……よかったな」
「……そうね……」
「じゃあな」
「ええ、さよなら」
「……」
「……浩平」
「え?」
「……ごめん、なんでもないわ」
「……そっか」
1月……。
2月……。
そして、3月……。
俺は掲示板を見上げていた。
数字の羅列が並んだ紙が、今まさに張り出されようとしている。
周囲は歓声や悲鳴が上がり、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
そう、今日は俺の受けた大学の合格発表なのだ。
「ど、どうしようっ。わたしドキドキしてきたよっ!」
「落ち着け長森。お前が受験したわけじゃないだろう?」
「でもでもっ、浩平、浩平なんだよっ! 浩平なんだもんっ!」
すっかり舞い上がってる長森。ぴょんぴょんとせわしなく跳ねて、掲示板を見ようとしている。
本当は俺が舞い上がってるはずだったんだが、こいつのせいで、逆に落ち着いてしまった。
「別に今見ないとなくなるとかそう言うもんじゃないだろう?」
「でもでもでもねっ! 早く見れば合格してるかもしれないじゃない」
遅く見たら不合格になるのか?
「あっ! 浩平、そろそろ浩平のじゃないのっ!?」
「ん?」
言われてみてみると、俺の受けた学部の紙が張り出されるところだった。
俺は、視線を走らせた。
「ねぇ、浩平の受験番号は何番だったっけ?」
長森に言われて、俺はポケットから受験票を出して、見てみる。
「1245」
「えっと、えっと……」
またぴょんぴょんと跳ねる長森。面白い奴だ。
「ああ〜ん、見えないよぉ〜〜」
「落ち着けって言ってるだろう?」
俺が長森をなだめていると、後ろから声がかかった。
「よぉ、折原。どうだ?」
「住井か? お前は?」
「くっくっく」
住井は含み笑いを浮かべると、Vサインをしてみせた。
「むぅ、やるなぁ」
俺は腕を組んで唸った。
「二度も浪人するものかっ。それに俺には崇高な目標があったからなぁ」
住井は空を見上げて呟いた。
「なんだよ、その崇高な目的とやらは」
「聞きたいか? なら聞かせてやろう」
「別に聞きたくない」
俺がきっぱり言うと、住井はぶつぶつ言い始めた。
「友達甲斐のない奴だなぁ。そんなんだから浪人するんだ」
「その言葉、そっくりお前に返してやるぞ」
「浩平っ!!」
いきなり耳元で大声を出されて、俺は思わず飛び上がった。
「なっ、なんだっ!?」
「やったよっ、浩平っ! 受かってるよっ!! ほら、1245番あったもんっ! ほらほらっ!」
長森が俺の腕を掴んで跳ね回っている。こいつ、自分が合格したときよりもはしゃいでないか?
「おうっ、お前もやったなっ!」
「ああ」
それでも、やっぱり嬉しかった。