喫茶店『Mute』へ
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「お、親父さん?」
《続く》
「ゆかりに逢わせることはできんのだ。儂ですらも、逢うことが……」
「……?」
俺と好雄は顔を見合わせた。
親父さんは、その場にがっくりとうなだれたまま、ぽつりぽつりと話してくれた。
ゆかりちゃんをどこかの社長の息子が見初めたこと。
その会社が伊集院に仲介を頼んだこと。
親父さんは伊集院の圧力でしぶしぶそれを飲んだこと。
ゆかりちゃんが突然その社長の息子とやらに拉致されたこと。
そのまま、こちらにはなんの通告もなく婚約発表がなされたこと。
先方はそのままゆかりちゃんをこちらに返してこないこと。
「そ、それって、誘拐じゃないか」
「確かに。しかし、向こうは巨大企業、それに儂は臑に傷を持つ身だ。警察沙汰にしても勝ち目はない」
彼はうなだれたままだ。
「……」
どうやら、事態は俺自身が考えてたよりもはるかにややっこしいみたいだ。
結局、俺達は何の進展も見いだせないまま古式家を辞した。
まぁ、とりあえずゆかりちゃんの両親に会えて、事情が詳しくわかっただけでもましかな?
「なぁ、どうするよ」
送ってくれると言うので乗り込んだベンツの中で、俺は好雄に尋ねた。
とうとう親父さんには挨拶する間もなかった好雄は、何やら考え込んでいた。
「おい!」
「ん? ああ、これからどうするか、か? まぁ、少しは考えてるけどさぁ……」
「少し? 何かあるのか、いい手が!」
俺は思わず好雄の両肩に手を置いてがっくんがっくんと揺さぶった。
「お、おい、やめっ……」
「何か手があるのか? 正直に言え!」
「い、言うから、やめてくれぇ」
「あ、ああ、すまん」
我に返って俺は手を離した。好雄は頭を抑えた。
「あ〜。人の頭をシェイクするなよなぁ」
「それより、何だ、手って」
「誰かに相談する」
俺は一瞬呆気にとられ、それから切れた。
「おまえってやつはよぉ!」
かっくんかっくん
キィッ
ベンツが俺の家の前で停まった。俺はベンツから降り際に石橋さんにメモを渡した。
「早乙女の家はここだから、よろしく」
「わかりました。ちゃんと送り届けますよ。それでは失礼」
ベンツは、気を失った好雄を乗せたまま走り去った。好雄には悪い事したな。明日学校で謝ろう。
俺はそう思いながら家のドアを開けようとした。
「遅かったのね」
後ろから声が聞こえ、俺は振り向いた。
「詩織?」
そこに立っていたのは、詩織だった。とっくに学校からは帰ってきていたらしく、薄い緑色のサマーセーターに白のキュロットスカートという服に着替えてた。
やっぱり着替えちゃう辺り女の子だよな。俺なんて、めんどうだからつい寝るまでそのままのこともあるのに。
「どこへ行ってたの?」
詩織は心配そうな顔をしていた。まぁ、俺だって、詩織がいきなり黒塗りのベンツから降りてくればびっくりもするだろうな。
俺はとりあえず玄関のドアを開けて鞄を放り込むと、公園の方を指した。
「ちょっと、散歩しないか?」
詩織はちょっと小首をかしげたが、うなずいた。
「ふぅん、古式さんのお家にいっていたの」
俺から話を聞いて、詩織はうなずいた。
俺ははたと気づいた。
「そうだ。詩織、お前なら頭いいからさ、何か名案考えつかないか?」
「……どうして?」
詩織は低い声で呟いた。
「え?」
「どうして、私にそれを聞くの?」
「……はぁ?」
俺は詩織の方を見た。
詩織は俯いていた。
「おい……」
「私が……、私が言えるわけないじゃない」
何、言ってるんだ? 詩織は。
俺はわけがわからなかった。
詩織は不意に駆け出して行ってしまった。
「……??」
俺は、呆気にとられたまま、その場に取り残された。
翌日の昼休み。
午前中授業にも出ずにどこかをうろついていた好雄は、昼休みになってから教室にやってきた。俺の顔を見るなり言う。
「おい、お前が藤崎さんを傷つけたって噂が流れてるぜ」
「え? どうしてだ?」
そういえば、今日は詩織、俺と顔を合わせようとしてないな。
好雄はあっさり肩をすくめた。
「そんなこと知るか。それに昨日はようもやってくれたな?」
「あ、すまん。ちょっと切れててさ」
俺は好雄を拝んだ。
その俺の腕を好雄は掴んだ。
「な、なんだよ」
「いいから来い。……この時間帯だと、図書室かな?」
右手で俺を引っ張り、左手でメモを見ながら、好雄はずんずんと歩いていった。
きらめき高校の図書室は、そこらの公立図書館並の蔵書数を誇っている。もっとも、昼休みは生徒たちの昼寝の場となっているのだが。
「おい、こんな所でどうするんだ? 作戦会議でもする気か?」
「まぁ、似たようなモンだな。ああ、いたいた」
好雄は、本を読んでいる眼鏡をかけた女の子に駆け寄ると、二言三言言葉をかけて、俺を手招きした。
「おい、好雄……」
「あ、紹介するよ。こいつが主人。公、こちらが如月未緒さん」
「こんにちは」
その女の子は座ったまま頭を下げた。それから、読みかけの本に栞を挟んで閉じると、好雄に尋ねた。
「早乙女さん、お話ってなんですか?」
「実はさ、頼みがあるんだよ」
「おい、好雄。昨日言ってた誰かって、この如月さんのことか?」
「まぁね。もう一人いるけど……。お、来た。こっちこっち!」
好雄は大きな声で手を振る。周りの本を読んでいたり、寝ていたりした連中が迷惑そうに好雄を見るが、彼はいっこうに気にした風もない。
俺は好雄の視線の先をたどった。
白衣を着た女の子がこっちに歩いてくる。
彼女は俺達の前で立ち止まると、腕を組んだ。
「何の用かしら? 私、研究で忙しいんだけど」
「まぁ、少し時間くれよ。なんなら、こいつを後で実験に使ってもいいからさ」
そう言って好雄は俺を指した。おいおい、勝手に話を進めるなよ。
「好雄、この人は?」
「ああ、この人は……」
「私は紐緒結奈。後に世界の支配者になる者よ。よく覚えておきなさい」
その娘はむっつりとしたまま自己紹介した。それにしても、世界征服?
好雄、一体何をする気なんだ?