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ときめきファンタジー
断章 蹉跌

その …だけど、ベイビー!!

「これが、カイズリア湖かぁ」
 スライダの町を旅だってから10日後。北に向かった一行は、特に戦いに巻き込まれることもなく、カイズリア湖を見下ろす峠にたどり着いていた。
 ノゾミは、額に手を当てて目を凝らした。
「広い湖だなぁ」
「はい。カイズリア湖は、キラメキ王国でも最大の湖ですから」
 ミオが汗を拭きながら答えた。そのミオの様子を見て、ノゾミは言った。
「それじゃ、ここで少し休もうか」
 皆、頷いた。

「それでミオ、この湖のどこにメモリアルスポットがあるってんだい?」
 ノゾミは、立ったまま湖を眺めつつ、ミオに訊ねた。
 ミオは答えた。
「まだはっきりとは……。でも、おそらくメモリアルスポットのことは1000年前の伝説として伝わっているはずです」
 それから、不意に彼女は二人の名を呼んだ。
「メグミさん、ミハルさん」
「あ、はい」
「何ですか?」
 それぞれ、ムクやこあらちゃんを相手に遊んでいた二人は、急に呼ばれて驚いて駆け寄ってきた。
 ミオは、静かに言った。
「実は、あなた達にはして欲しいことがあるんです」
「え?」
「この手紙を、ある人に届けて欲しいんです」
 彼女は懐から手紙を出した。封筒の表には、綺麗な筆跡で宛名が書いてある。
「ある人?」
「ええ。私たちはメモリアルスポットの事を調べなければならないので……」
「それだったら、私たちもぉ……」
 言いかけるミハルを制して、ミオは頭を下げた。
「お願いします。大事なことなんです」
「ミハルちゃん……」
 メグミはミハルの手を握った。ミハルは頷いた。
「判りました」
「それじゃ、地図はここに書きましたから」
「はい。それじゃ」
 ミハルとメグミは先に歩いていった。
 それを見送るミオに、ミラが訊ねた。
「貴女らしくないわね。自分の用事を他人にさせるなんて」
「……そうですね。私らしくありませんね」
 ミオはそう答えると、独り言のように呟いた。
「でも、必要な事なんです。コウさんのためにも」
「コウの?」
「さ、私たちも行きましょう。日が暮れるまでに町に入らないと」
 彼女はそう言うと、立ち上がった。
 なおも何か言おうとするミラの肩を、ノゾミが掴んだ。
「無駄だよ」
「でも……」
 ノゾミは、すたすたと先に歩いていくミオに視線をやりながら言った。
「あいつ、ああ見えてなかなか頑固だからな。自分が言わないって決めたことは絶対に言わないぜ。それに……」
「それに?」
「あたしは信じてる。あいつに任せておけば、間違いないってね」
 そう言うと、ノゾミはミラの肩をポンと叩いた。
「さ、あたし達も行こうぜ」
「そうね」
 ミラは頷いた。
「私も、信じさせていただきますわ。彼女を」
 メグミとミハルの二人は、仲良く話しながら坂道を下っていた。
 どちらも動物好きな二人は、この旅の間に随分と親しくなっていた。
 ミハルが、二人の先を駆けていくムクを見ながら話しかける。
「でも、こあらちゃんって御寝坊さんだから、ムクちゃんみたいに走り回ったりはしないんだよ」
「そうですか。でも、ムクってちょっと目を離したら、すぐにどこかに行っちゃいそうでちょっと心配なんです」
「そんなことないよぉ。ムクちゃん頭良いモン」
 ミハルの背中のザックから首を出している変な動物が、ミハルの言葉にむっとした顔をしたが、二人は気づかなかった。
 と、不意にメグミが足を止めた。数歩行きすぎてからそれに気がつくミハル。
「どうしたの、メグちゃん?」
「何か、聞こえませんでした?」
「何かって……」
 ミハルは耳を澄ませた。
「何も聞こえないけど……」
 と、不意に変な動物の耳がぴくりと動いた。そして、ごそごそとザックから這い出す。
「きゃん! こあらちゃん、どうしたの?」
 前の方からムクも駆け戻ってくる。
 メグミはムクを抱き上げると、呟いた。
「来る……」
「え?」
 ボコン
 いきなり、二人の足下の道が陥没した。二人と二匹はその中に飲み込まれる。
「きゃぁっ!」
「いやぁぁっ!」
 二人の周りはすり鉢状に陥没していた。そして、その中央には鋭い牙が見える。
 ジャイアントアントライオン。いわゆるアリジゴクのでかい奴だ。あらゆる生物をその顎で噛み砕いて食べてしまう。翼を持つ者以外は、その牙から逃れることは出来ない。
 ずるずると滑り落ちていく二人。必死に這いあがろうとするが、もがけばもがくほど、さらに牙に近づいていく。
 メグミは牙の方に視線を向けた。
 獲物が近いことを知って喜んでいるのか、ガチガチと動いている。
「い、いやぁぁ!」
 彼女は悲鳴を上げて、そっちに向けて手を突きだした。
 ゴウッ
 風が巻き起こり、牙に向かって飛んだ。ただの風ではなく、あらゆるものを切断する真空の刃を含んだ風。
 しかし、それを察知したのか、牙は一瞬にして引っ込んだ。真空の刃が虚しく砂面を叩く。
「ど、どうすればいいの……」
 メグミは呟いた。
 と、不意に声が聞こえてきた。
「風の精霊に申し上げる。我が意を汲みて動け」
 不意に、メグミ達の身体がふわりと浮き上がった。そのまま持ち上げられ、穴の外に出る。
 メグミははっとした。
「こ、これは……」
「やだやだ、なになに? きゃあきゃあきゃあ」
 空中で手足をばたばたさせるミハルに、メグミは言った。
「心配はいらないです。風の精霊さんですから」
「え?」
「その通り、お嬢さん達」
 その声に、二人は視線を向けた。
 そこには、茫洋とした雰囲気の青年が立っていた。目には眼鏡が掛かっている。
 彼は眼鏡を直しながら言った。
「危なかったですね」
「ありがとうございました。あの、私、ミハル・タテバヤシっていいます」
「メ、メグミです……」
 メグミは、ミハルの後ろに隠れるようにしながら言った。
 彼は一礼した。
「私はシィーズ・ハス。それでは……」
「あ、そうだ!」
 ミハルはポンと手を打った。そして、歩き去ろうとしたシィーズを呼び止める。
「あの、すいません。シィーズさんはこの辺りに住んでいる人なんですか?」
「ええ、まぁ、住んでると言えば住んでる、のかな?」
「じゃあじゃあ!」
 ミハルは、ミオに託された手紙を出した。
「あの、あの……う」
 ミハルは、西方の文字が読めなかった。メグミに訊ねる。
「メグミちゃん。この宛名、読める?」
「いえ……あんまり」
 森の住人であるエルフには文字という文化はなかった。
 ミハルは困りきって、彼に手紙を差し出した。
「あの、この宛名の人を捜してるんですけどぉ」
「どれどれ、ちょっと失礼」
 彼は宛名を読んで顔をほころばせた。
「なんだ、シーンさん宛じゃないですか」
「シーンさん?」
「ええ。ここにはシーン・マウント様って書いてあります。実は、私はシーンさんのところにご厄介になってるんですよ。案内しましょうか?」
「はい! お願いします!」
 ミハルはぺこりと頭を下げた。
 彼は二人を案内して、湖の畔の一軒家にやってきた。
「あそこがシーンさんの家です」
「よかったぁ、思ったよりも早く渡せて」
 ミハルはにこっと笑った。
 と。
「お兄ちゃん!」
「わぁっ」
 いきなり後ろから声を掛けられて、シィーズは思わず飛び跳ねた。ずり落ちかけた眼鏡を元の位置に戻しながら振り返る。
「サツキ?」
「んもう、おそーい。ご飯、冷めちゃったんだから」
 そこには、お玉を持った手を腰に当てて膨れている少女がいた。ミハル達を見て、怪訝そうな表情になる。
「お兄ちゃん、どなた?」
「ああ、シーンさんを訪ねてこられた……」
「ミハル・タテバヤシです!」
「メグミです……」
 彼女はお玉を背中に隠すと、ぺこんとお辞儀した。
「サツキ・ハスです。不肖の兄がご迷惑をおかけしました」
「おいおい……。それより、シーンさんは?」
「おじいちゃん、朝から町に出かけてて、帰りは夕方になるって言ってたよ」
 サツキはそう言うと、ミハル達に視線を向けた。
「あの、お昼まだですか? だったら、一緒に食べませんか?」
「いいの? やったぁ。嬉しいなぁ。ねぇ、メグちゃん」
「そ、そうですね」
「じゃあ、どうぞどうぞ」
 サツキは先にドアに駆け寄ると、大きく開けた。

《続く》

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