喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その 感じやすい不機嫌

「流れの傭兵崩れか!」
「へ。俺達に勝てると思ってるのか!」
 口々に叫びながら、野盗達が飛びかかる。
「いきなり覇翔斬っ!!」
 ザシュッ
 鎧の男が剣を振るう。その一撃で、5人ほどの野盗が吹き飛ばされた。
「なっ!?」
 野盗達の間に動揺が走る。その隙を見逃さずに、その後ろにいた黒服の男がなにやら呟き始めた。
『万物の源となりし魔界の炎よ、我が意志に従い、矢となりて敵を討て!』
 ゴウッッ
 彼が撃ち出した何十本という炎の矢が飛び交い、野盗達に突き刺さる。
「うわぁ、逃げろぉ!!」
 野盗達は、先を争って逃げ出そうとした。
 その前に、モーニングスターを肩に担いだ少女が現れる。
「あんたたち、罪は償わないとね」
「どけ!」
 叫びながら殺到する男達。
 彼女は左手で小さく十字を切った。
「神よ、許したまえ」
「何を……」
「でやああぁっ!」
 ボゴォン
 鈍い音がした。肩の骨を砕かれた男がのたうち回る。
「痛えよぉ!」
「はいはい。大人しくしてたら治してあげるからね。さぁ、次は誰?」
 彼女は残りの男達を眺め回した。彼等は彼女の前から慌てて逃げ出す。

 三方を囲まれた野盗達が、空いている方向に殺到したのは当然だった。
 そこには、髪に大きなリボンをつけた、可憐な少女がいる。
 彼女はくすっと笑うと、すっと右手を挙げた。そして、かがみ込むと、その手を地面に付けて叫ぶ。
「大地の精霊さぁん!」
 ゴウッ
 いきなり、地面が大きく揺れる。かと思うとその場所は大きく陥没した。
「うわぁぁーっ」
 野盗達は、その裂け目に落ちていった。
 少女はまたくすっと微笑んだ。
「大丈夫だったか?」
 鎧姿の男が、剣を納めながらユーゾに駆け寄った。
 ユーゾは叫んだ。
「僕よりも、父さんが!」
「ナツエ!」
 その鎧の男が振り返って叫ぶ。
「ちょっと待って」
 黒髪の少女が、モーニングスターを置いて駆け寄ってきた。そして、倒れているコーゾの脇にかがみ込んで、その胸に耳を当てる。
「まだ、鼓動は聞こえるわね。やってみるわ」
 彼女はコーゾの傷に手を翳した。
「万物の源なる父なる神よ。我が祈りを聞き入れ給え」
 ポウッ
 彼女の手にほのかな光が灯る。そして、その光がコーゾの胸に吸い込まれていった。
 彼女は額の汗を拭った。
「これで、よしっと。じゃあ、あたしは他の人も見てくるわ」
「あ、ナツエちゃん。あたしも行くよぉ」
 もう一人のリボンの女の子も立ち上がった。そして二人は足早に倒れている人の方に近寄っていった。
「じゃあ、この人はテントの方に運ばなくっちゃ」
 鎧姿の男が言うと、コーゾを抱き上げた。軽々とテントの方に運んでいく。
 それを追いかけながら、ユーゾは言った。
「あの、ありがとうございます。僕は……」
「まぁ、自己紹介はもうちょっと落ちついてからにしようぜ」
 そのユーゾの肩をポンと叩きながら、黒い服の男が笑った。
「あ、はい」
 彼はこくこくと頷いた。
「手当が早かったから、とりあえずみんな一命は取り留めてるけど、大怪我してる人が多いから、街まで行って助けを呼んだ方がいいわね」
 そう言いながら、黒髪の少女がテントに入ってきた。
 ユーゾは深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いいえ。困ってる人は助けなきゃね」
 彼女は微笑んだ。
 ユーゾは、自分の胸に手を当てた。
「僕はユーゾ・オキタ。王都キラメキの者です」
「あたしはナツエ・マリカワ。で、このバカがカツマ・セリザワ」
「誰がバカだよ」
「あんたよ、あんた」
「なにをぅ?」
 にらみ合う二人を苦笑して眺めながら、黒服の男が言った。
「いつも、この二人はこんなモンだから気にしなくていいぜ。あ、俺はジュン・エビスタニ。で、こいつが……」
「メグミ・ジュウイチヤです。よろしくね」
 髪にリボンを飾った少女がにこっと微笑んだ。
 彼等の名前を黙って聞いていたユーゾは、不意にポンと手を打った。
「あなた達、もしかして、3年前のシオリ姫襲撃事件の……」
 その言葉に、今度は4人の方がユーゾを見つめた。
 カツマが騎士団を去り、4人が一緒に旅を始めるきっかけとなったあの事件のことは、厳重に箝口令がしかれており、一般には知られていないはずなのだ。
 代表して、カツマが訊ねた。
「どうして……知ってるんだ?」
「ごく一部では有名な事件ですからね。申し遅れました。あなた方に助けていただきました僕の父、コーゾ・オキタは、王都キラメキの商業ギルドのギルドマスターです」
「ギルド……マスター?」
「ええーっ!?」
 今度は4人が驚く番であった。
 ユーゾとカツマ達は、互いの情報を交換しあった。
 そして、お互いに思わぬ所で接点があることに驚かされた。
「……勇者、かぁ」
 ナツエが呟く。
 ユーゾはカツマに訊ねた。
「どうすればいいと思います? “星”が“鍵”なのなら、僕は取り返しのつかないことをしてしまった……」
「あなたがしたわけじゃないわよ」
 ナツエがその肩をポンと叩いた。そしてジュンが言う。
「とにかく、コウ達と合流して、その“鍵”のことはあいつらに任せた方がいいだろうな」
「それに、ここから一番近いのはそのスライダの街だからな」
 カツマも頷いた。
「怪我人達のために救援を頼むにも、そこに行く必要はあるだろう」
「わかりました」
 ユーゾは頷いた。
 翌朝。
 ユーゾ達がそんなことになっているとは露知らず、コウ達はユーゾ達の出迎えに、ウオウタの宿に出かける準備をしていた。
 ユーゾの手紙によると、彼等はその宿に泊まることになっていたからだ。
 朝食の席で、サキがにこにこしながら報告する。
「みんな、すっごく頑張ってくれたから、お金にはずいぶん余裕が出来たわ。しばらくは心配しなくてもよさそうね」
「超ラッキー! じゃ、また遊べるってワケだぁ」
 ユウコが騒ぐと、ミラが呆れたように言う。
「遊ぶのなら、御自分のお金で遊んでくださるかしら」
「あによぉ、全くおばさんはケチなんだから」
「生活観念が身に付いていると言ってくださるかしら?」
 ミラは笑いながら答えた。
「コウさん、ユーゾくんを紹介したげるね」
 ユミが抱きつきながらコウに言った。
「ありがとう」
「にゃん」
「あー、もう。朝からべたべたしないの!」
 ユウコが業を煮やして二人を引き剥がす。
「あーん、やだやだぁ」
「このぉ!」
「……もう、好きにして」
 コウは、そう答えるしかなかった。
 と、その視界の隅に、一人食事を終わらせて席を立つユイナが写った。
「あれ? ユイナさんは行かないの?」
 訊ねるコウに、ユイナはじろりと視線をくれた。
「私が行く必要があるのかしら」
「……いいえ」
「なら、いいじゃないの。私は研究の続きがあるから失礼するわ」
 それだけ言い残して、ユイナは階段を上がっていった。コウは、その背中に、声をかけがたいものを感じていた。
(……ユイナさん……)
 ユイナを除いた一同は、わいわいと騒ぎながらウオウタの宿の前にさしかかった。
「コウ!!」
「え?」
 突然声を掛けられて、コウは振り返った。そして、目を丸くする。
「カツマ? カツマじゃないか。それに、ジュン、ナツエさん、メグミさんも……」
「よ、久しぶり」
 カツマは、ぴっと手を挙げて挨拶した。脇で、ナツエが声を掛ける。
「サキ! 元気だった?」
「ナツエさん?」
 サキは、ナツエに駆け寄った。ぎゅっと手を握る。
「お久しぶり」
「ホントに」
「ミオさん!」
 メグミはミオに駆け寄ると、頭を下げた。
「あのときは、ありがとうございましたぁ」
「メグミさん?」
「はい?」
 腕に抱いたムクと何か話をしていたメグミが顔を上げた。
「あ、メグミさんじゃなくて、メグミさんの方で……」
 珍しくミオがうろたえている、その横で、ジュンとアヤコが顔を合わせていた。
「ハァイ、ジュン。やっぱり戻ってきたのね」
「まぁね。流石に連続して長距離転移の術を使うのは、ちょっと疲れたけどな」
 ジュンは笑って答えた。その額をつんとつつくアヤコ。
「ワッツセイ。何言ってるんだか」
「ねぇねぇ、コウさん。この人達は誰れすか?」
 ユミがコウの袖を引っ張って訊ねかけ、はっとして振り返る。
「え? どーしてユーゾくんがいるのぉ?」
「ごめん!」
 ユーゾは、いきなりその場に土下座した。
「ユーゾくん?」
 彼は、叫んだ。
「“星”が奪われちゃったんだ!」
「!!」
 皆、一斉にユーゾを見た。
 ジュンが欠伸混じりに言った。
「とにかく、往来で話すことでもないだろう? どっかの店に入らないか?」
「そ、そうだね」
 コウは頷いて、ウオウタの宿を見上げた。
「とにかく、ここをちょっと借りるとしようか」
 一同は、ウオウタの宿の、本来は宴会用の広間を借りて、そこに場所を移した。
 広間に入ろうとしたサキの肩を、ナツエが叩いた。
「ちょっと、サキ」
「え? どうかしたの?」
「ん……。ちょっとね」
 ナツエはちらっと、ユーゾの方を見た。
 そのユーゾは、ヨシオに詰め寄られていた。
「どーゆうことなんだ、え? 第一てめぇは前から気に入らなかったんだ!」
「やめてよ、おにーちゃん! ユーゾくんのせいじゃないよぉ」
「……ユミちゃん……」
「黙ってろ、ユミ!」
 ヨシオはどんとユミを突き飛ばした。
「ひゃっ」
「おっと」
 倒れかけたユミを抱き留めると、ジュンはヨシオに言った。
「ちょっと落ち着けよ、ヨシオ!」
「うっさい。この際だから言っとくけどな、俺は……」
「メグミ」
 ジュンは溜息混じりに言った。
「あいつを何とかしてくれ」
「うん」
 メグミは、リボンをちょいちょいと触ってから、静かに呟いた。
「心の精霊さん。お願ぁい……」
「……あれ?」
 ユーゾの胸ぐらを掴み上げていたヨシオは、不意にぽかんとした顔をして、その手を離した。
(あれ? 俺、何であんなに怒ってたんだ?)
 尻餅をついたまま、ユーゾはヨシオの顔を見上げる。
「……ヨシオさん?」
「けっ」
 ヨシオは腕を組んで、そのまま壁際まで歩いていくと、そのまま腕組みして壁にもたれ掛かった。
 ユミは、ジュンの腕の中で、ユーゾとヨシオを交互に見ていた。
「……おにーちゃん……」
 サキは頷いた。
「そういうわけね」
「ごめんね、サキ。あたしじゃちょっと治しきれなくって」
 ナツエが決まり悪そうに言った。サキはにこっと笑った。
「うん。やってみるね」
 サキは、尻餅をついたままのユーゾの脇にかがみ込んだ。
 ユーゾがのろのろと彼女の顔を見る。
「サキ……さん?」
 彼女は、その小さな手をユーゾの額にぴたりと当てると、小声で呟いた。
「我、我が神に希う。願わくは、小さき魂に安らぎを与え給え」
「……」
 ユーゾは、ほうっとため息をついた。
「僕は……」
「これで、大丈夫ね」
 サキは微笑んだ。そして立ち上がる。
 コウが小声で彼女に訊ねた。
「どういうことだったの?」
「ユーゾ君、精神的にかなり参っていたのよ。ナツエさん、精神的な事はちょっと苦手だから……。若干一人を除いてだけど、ね」
 サキも小声で答える。
「若干一人? ……あ、なるほど」
 コウは、カツマの頭を叩いているナツエを見て、くすっと笑った。
 と、ユーゾが不意にコウに話しかけた。
「あなたが、コウ・ヌシヒトさんですか?」
「え? あ、ああ」
「申し訳ありません」
 ユーゾは再び土下座しようとした。慌ててそれを止めるコウ。
「別に君のせいじゃないって。それよりも……」
「その時のことを詳しく話していただけませんか?」
 ミオが脇から割り込むように言った。ユーゾは頷いた。
「昨日の夜のことでした……」

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く