喫茶店『Mute』へ
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その![]()
人知れずバトル
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《続く》
「では、これは頂いていくか。さぞやおじい様もお喜びになるだろう」
レイは、ノゾミの剣を拾い上げようとした。
その手首が不意に掴まれた。
「ま……て。それは、……渡さないぜ」
「何?」
ノゾミが、レイの右手を掴んでいた。
「まだ死んでなかったか」
「あいにく……、身体は頑丈なんでね……」
「ならば、死ねっ!」
「やめてぇっっ!!」
悲鳴と共に、レイの背中に何かがぶつかって破裂した。不意を付かれて、レイはそのまま倒れる。
「なっ、なんだ?」
敏捷に跳ね起き、振り返ると、少女がそこに立っていた。
彼女を取り巻くように、無数の光の玉が舞っている。
「なんだ?」
レイは思わず呟いた。
その少女、メグミは、がたがた震えながらも、レイを睨み付けていた。
「もうやめて……。それ以上ノゾミさんを傷つけないで……」
「何を戯けたことを」
「やめてくれないと……」
メグミは、呟いた。その瞬間、彼女の周りを浮遊していた光の玉が、一斉にレイめがけて飛んだ。
「なにっ!?」
とっさにレイが飛び退いた。と、光の玉がくいっと方向を変え、レイを追いかける。
「莫迦な! ええいっ!!」
彼は右手で弧を描いた。そこに魔力の障壁が張られる。
光の玉がそこに殺到し、次々と炸裂する。
「おおっ!」
一瞬で障壁が破られ、レイは爆発に巻き込まれた。
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メグミは荒い息を付きながら、もうもうと土煙が立っている辺りを見つめた。
と、彼女の顔が泣きそうにゆがんだ。
声が聞こえてきたのだ。
「光の精霊か。君が精霊使いということを失念しかけていたよ。メグミ・ソーンバウム・フェルドくん。だが、そこまでだ」
「あ……」
次の瞬間。土煙の中からレイが飛び出してきたかと思うと、メグミに切りかかった。
「もらった!」
「いやぁぁぁっ!」
メグミが悲鳴を上げた、その瞬間、何かにレイが弾き飛ばされた。
「なっ」
空中で華麗に一回転し、地面に降りたレイは、メグミに寄り添う獣の姿を見た。
「なにっ!? ユニコーンだと!?」
額に鋭い一本の角を生やした白い馬がそこにいた。レイに向かって頭を低く下げ、前足の蹄で地面をかいて、今にも突撃して来そうである。
「お、おのれ! どこから出てきたというのだ!?」
メグミも唖然としていた。
「一体、どこから……あ!」
彼女は気が付いた。そのはしばみ色の瞳に見覚えがあることに。
「……ムク、なの?」
「そうか、“鍵”か!」
レイは舌打ちした。
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その姿を横から見ながら、ミオはぎゅっと拳を握りしめていた。
(歯がゆいです……。戦いでは、私は何にも出来なくて……)
レイとメグミ、ユイナとダーニュ。どちらの対決も、全く戦闘能力のないミオには、手助け一つできない。それどころか、単なる足手まといにしかなりはしない。
それが判っているだけに、ミオには見守ることしか出来ず、そしてそんな自分が情けなかった。
(せめて、あれが使えるようになっていれば……、少しはお手伝いが出来たのに……)
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ダーニュは地面にうずくまったユイナに剣を突きつけたまま、静かに訊ねた。
ユイナの答えは簡潔だった。
「お断りね」
既に地面には、彼女の二の腕から流れ出した血が幾筋もの線を描きつつ、染み込もうとしていた。
彼は寂しげな笑みを浮かべた。
「なら、ここでお別れだ。再び天上界で逢えるまでは」
「無駄よ。私はそんなところには行かないわ」
彼女は青白い顔で、でもしっかりとした口調で答えた。
「私に似合うのは、地獄の業火だけ。でも、当分は行く気はないわね」
その口調に何を感じたのか、ダーニュは飛び退こうとした。
「遅い!」
ユイナは指を地面にしみこんだ自分の血につけ、唱えた。
『我が敵は汝が敵、我が味方は汝が味方。我の召還に答え、現世に出よ、我が友よ!』
ゴウッ
地面の赤い血が、白く輝いた。それは、でたらめではなく、幾何学的な模様を描いている。
そう。彼女は自分の血で魔法陣を描いていたのだ。
魔法陣から、みるみるうちに、本来この世界にいないはずの生物が、姿を現す。
長い首、大きな翼、太い尻尾、頭には角が生え、そしてその瞳には知性の輝きがある。
全長優に40メートルはあろうかという巨体。
1000年前の魔王復活のときも、人間達とともに最後まで戦い、それが故に魔王によって異次元に封じられた、誇り高き一族。
それは、柔らかなバリトンで言った。
「久しぶりだな、ユイナ」
「挨拶してる暇があるなら、さっさと仕事をなさい、シュレジンガー」
ユイナは叱りつけるように言った。
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「まさか……。奴等は、おじい様が異次元に追放したのでは……。はっ!?」
我に返った彼は、とっさに身をよじった。
ドシュッ
心臓を貫こうと突進してきたユニコーンの角は、そのために、彼の脇腹を貫いた。
ユニコーンはそのまま頭を振り上げ、レイを宙に跳ね飛ばした。放物線を描いて地面に落ちるレイ。
「ぐぅっ」
したたか背中を打ちつけて、彼はうめきを上げた。そして、脇腹を押さえながら起き上がる。
ユニコーンは再びメグミの脇に戻って、レイを見ている。しかし、もう敵ではないと思っているのか、先ほどのような戦闘態勢は取っていなかった。
「嘗められたものだな」
レイは自嘲気味に呟き、脇腹を押さえた手に“力”を送り込んだ。
みるみる血が止まり、傷が塞がってゆく。
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「ドラゴン……。それも、神と等しい力を持つとまで言われたプラチナドラゴン……」
そのドラゴン、ユイナ曰くシュレジンガーは、通り名の元になった、白銀に輝く翼を大きく広げ、口をかっと開いた。
とっさにダーニュは剣を掲げた。水が迸り、自分を治療しているレイをも巻き込む。
「何をする、ダーニュ!?」
「お許しを。奴には、我々では勝てませぬ」
その瞬間、シュレジンガーの口がまばゆいばかりに輝いた。
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唖然とドラゴンを見つめるメグミをかばうように、ユニコーンが彼女の前に立つ。
ドォォン
鈍い衝撃波がミオを地面に押しつけ、ユニコーンを大きくよろめかせた。
メグミははっと我に返り、ユニコーンの背に触れて呼びかけた。
「ムク……」
と、みるみるうちに、純白のユニコーンが茶色の子犬の姿に変わり、それに伴って小さくなってゆく。
元の姿に戻ったムクは、ワンワンと吠えながら、メグミの周りをくるくると回った。
その様子に、メグミはやっと笑顔を取り戻し、ムクを掴まえると抱きしめた。
「ありがとう、ムク」
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(……今のが、プラチナドラゴンのドラゴンブレス……)
古の伝承によると、魔王の軍1万を一撃で壊滅させたという。今のを見ると、それは事実かも知れないと、ミオは納得した。
ユイナが顔をしかめながら立ち上がる。
「シュレジンガー、逃げられたわね?」
「面目ない」
バリトンの声が聞こえる。
「まったく、久しぶりで腕が鈍ったんじゃないの?」
「かもな。それでは、そろそろ帰るとしよう」
「ええ。それじゃ、また」
と、ドラゴンの巨体がみるみる薄れ、消えていった。
ミオは目をぱちくりさせた。しかし、幻でない証拠に、ドラゴンブレスが開けた穴からは、未だに熱気が漂ってきていた。
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戦いが終われば、サキの出番である。
レイ達が消えると共にサキとヨシオの金縛りも解けたため、彼女は怪我人の治療に飛び回っていた。
「ノゾミさん、楽になった?」
「ああ。ありがと。もう大丈夫さ」
ノゾミは立ち上がった。そして自分の服の惨状を見て、顔をしかめる。
「あーあ。また服をダメにしちゃったな」
「なんなら、何も着ないのがいいんじゃ、あったぁーっ!!」
要らないことを言って、こちらもサキの治療で復活したユミに思いっきり蹴飛ばされるヨシオだった。
サキはユイナに駆け寄った。
「お待たせ。さぁ、腕出して」
「要らないわ」
ユイナはそう言って腕を引こうとした。とたんに激痛が走り、眉をしかめる。
「ほらほら。我儘言わないの」
サキはそう言うと、二の腕の傷の上に手を翳し、祈りの言葉を唱える。
その手から柔らかな光が発せられ、傷がみるみる癒えてゆく。
「これで、大丈夫」
「そう」
ユイナはそう答えると、明後日の方を見ながら小声で言った。
「……ありがとう」
「え?」
「な、なんでもないわよ」
彼女はそう言うと、ゾウマ山を見上げた。
サキが訊ねる。
「ユイナさん、あの青い鎧の人、知り合い?」
「……」
無言のユイナに、サキは慌てて謝った。
「ごっ、ごめんなさい。そうよね、誰でも人に言いたくないことがあるわよね」
「……バカよ」
「そ、そうよね」
すっかりしょげ返ったサキに、ユイナは苦笑して言った。
「あなたのことじゃないわ」
「……え?」
ユイナはそれ以上は答えず、皆に言った。
「それじゃ、進むわよ」
「あ、ああ」
頷いてノゾミが立ち上がる。
「それじゃ、出発!」