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ときめきファンタジー
第
章 スラップスティック
その
話をしていたくて

その頃。
「ええーん、コウさぁーん、何処に行っちゃったんですかぁー?」
ミハルはべそをかきながら、背の高い雑草をかき分けながら歩いていた。
気が付いたら、何故か彼女だけが草の間に倒れていたのだ。
「ぐすん。で、でも、ミハル負けない! だって、私もコウさんの仲間なんだもん!」
かぷ
「そう、かぷって……、え?」
ミハルが足元を見ると、一匹の子犬が彼女の靴に噛みついていた。
「い、いやぁぁぁ!!」
彼女は慌てて足を振ったが、その子犬はしっかりと靴に噛みついたまま離れない。
「う、うわぁぁん、こあらちゃぁぁん」
ミハルはその場にぺたんと座り込んで泣き出した。
シュッ
微かな音がしたかと思うと、ミハルが背負っていた袋の中から、変な動物が飛び出し、子犬に襲い掛かった。
ザシュッ
子犬の首に突き刺さるかに見えた鋭い爪が、しかし地面に突き刺さっているのを確認したとき、その三白眼がわずかに細められ、いつも浮かべていたにやにや笑いが消える。
子犬は、わずかに身をよじっただけで必殺の一撃をかわしていたのだ。
変な動物は、飛び退いて身構えた。子犬の方も向き直る。
動物同士の決戦が始まるかに見えた瞬間、慌てたような細い声がそれを無期延期させた。
「こら、ムク! だめじゃない!」
ワンワン
子犬は声の方に駆け戻ると、広げられたその腕の中に飛び込んだ。一方、変な動物の方も、舌打ちしたげな表情を浮かべると、ミハルの背中の袋の中に戻る。
次いで、その少女はおずおずとミハルの前にしゃがみ込むと、訊ねた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
ミハルは目を上げた。
薄い栗色の髪から突き出した長い耳が目にはいる。
「あ、はい」
ぐずっと鼻をすすってから、ミハルは立ち上がった。そして彼女の腕の中の子犬を見る。
「そのワンちゃん、あなたのですか?」
「はい。ごめんなさい。普段は大人しいのに……。ほら、ムクもごめんなさいしなさい」
クゥーン
いかにもすまなげに鳴く子犬。
ミハルはホッとした。
少女がはっと気づいたように訊ねた。
「あの、聞いても、いいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「あなたの背中の袋の中に入っちゃった動物、見たことがないんですけど……」
「あ、こあらちゃん? いいですよぉ」
彼女は袋を降ろすと、中から変な動物を引っぱり出した。
「この子がこあらちゃんです」
「可愛い……」
少女はにこっと笑い、ミハルはおもわずため息をついた。
「綺麗……」
「え?」
「あ、いえ、何でもないです。でも、あなたくらい綺麗だったら、私もコウさんの前に堂々と出ていけるのに……」
その言葉を聞いた瞬間、その少女は立ち上がっていた。
「い、いま、コウさんって言いました?」
「あ、はい」
ミハルは頷いた。
少女は、重ねて訊ねた。
「それって、コウ・ヌシビトさん、ですか?」
「あ、はい、そうです」
少女はミハルの二の腕をぎゅっと握った。
「コウさん、どこにいるんですか?」
「あ、あの……痛いですぅ」
ミハルが顔をしかめた。少女ははっとしてその手を離す。
「ごっ、ごめんなさい。あ、私、エルフのメグミといいます」
「あ。私はミハル。ミハル・タテバヤシです」
ミハルも頭を下げた。
二人の少女が運命的邂逅をしている頃、コウ達はようやく落ちついて、とりあえず車座になっていた。
霧が晴れてみればわかったが、そこはなだらかな斜面を持った一面の草原だった。青空が広がり、太陽が燦々と照っている割に涼しいのが不思議だったが、その謎はスグに氷解した。
「ゾウマ山?」
「そうなの。ここは、ゾウマ山よ」
サキはにこっと笑った。そして、背負い袋から料理器具を出し始めた。
「そろそろお昼ね。みんなもお腹すいたでしょう? お食事作るね」
「あ、うん。ありがとう」
コウが礼を言うと、サキは嬉しそうに微笑んで立ち上がった。
彼はノゾミに視線を移した。
「で、みんなどうしてゾウマ山なんかに?」
「話せば長いわけありでさぁ、実はあたしも全部わかってるわけじゃないんだ」
ノゾミは頭を掻きながら答えた。
「ミオがいれば、ちゃんと説明してくれるんだけどな」
「心配は要らないわ」
今まで目を閉じていたユイナが不意に目を開けると言った。
「ミオなら、スグにここに来るわ」
「え?」
思わず聞き返したコウにユイナは視線を向けた。
「相変わらずね、頭の回転が鈍いのは」
「ご、ごめん」
普通の人に言われれば反発してしまうのだが、ユイナに言われるとその通りのような気がしてしまうコウだった。
ユイナはふっと溜息をつくと、言った。
「今、魔法でミオに呼びかけたのよ」
「あ、なるほど」
コウはポンと手を打った。
しばらくして、斜面をミオが駆け上がってくる。その後ろから、ゆっくりとヨシオが歩いてくるのが見える。
と、不意にヨシオはダッシュした。あっと言う間にミオを追い抜きそのまま駆け寄ってくると、コウの肩を叩いた。
「コウ、久しぶり。ところで、可愛い女の子いっぱい引っかけてきたじゃねえか」
「いや、そんなんじゃ、って、おい!」
次の瞬間、ヨシオはもうメモを持ってミラに駆け寄っていた。
「あの、お嬢さん。お名前と生年月日、血液型、身長体重スリーサイズなんか、教えてくれませんか?」
「……この人、誰なの?」
ミラは呆れ顔でコウに訊ねた。
彼が答えるよりも速く、ヨシオが言う。
「俺は愛の伝道師、ヨシオ・サオトメ。ということで、お嬢さんは?」
「私は……」
「おにーちゃん! 恥ずかしい真似しないでよぉっ!!」
バキィッ
ユミの飛び膝蹴りを顎に食らって、ヨシオはそのままその場に倒れた。
流石にちょっと驚くミラ。
「ちょ、ちょっと……」
「大丈夫れす。おにーちゃんはこれくらいじゃ壊れないもん」
ユミはあっさりと言う。ミラはふっと微笑んだ。
「兄妹、なのね……」
ミオは、コウの前に来ると、しばらく荒い息をついていたが、顔を上げて、にこっと笑って言った。
「お帰りなさい、コウさん」
その額に、一筋の緑色の髪が汗で濡れて張り付いている。
コウは、立ち上がると、ハンカチを差し出した。
「ただいま。これで汗を拭いて」
「あ、は……い」
手を伸ばしかけ、ミオはそのまま倒れかかった。慌てて支えるコウ。
「だ、大丈夫?」
「あ、はい」
「ミオさん!」
刻みかけていた野菜を放り出してサキが駆け寄った。それよりも速くユウコが駆け寄ると、彼女を寝かせる。もちろん、親切心からではなく、さりげなさを装ってコウから引き離しただけなのだが。
「だいじょーぶ?」
「あ、はい。ありがとうございます……。ところで、みなさんはどなたですか?」
「そういえば、自己紹介もしてなかったね」
コウは苦笑した。それから、ユイナにたずねた。
「メグミちゃんは何処にいるか、判る?」
「無理よ。エルフには魔法は通じないわ。少なくとも、私の黒魔法はね」
ユイナは肩をすくめた。
アヤコがリュートをジャランと弾き、言った。
「じゃあ、あたしが紹介するわ。みんなを知ってるのは、あたしとコウだけだものね」
「うん、頼むよ」
コウが言うと、アヤコは頷いた。
「オッケイ。じゃ、いくわね。こっちから、ミオ、ユイナ、サキ、ノゾミ、ユミ、ヨシオよ。で、こっちがミラ、ユウコ、ユカリね。あと、ここにいないけど、こっちにメグミ、そっちにミハルって仲間がいるわ。オーバー、以上よ」
アヤコは一気にそう言うと、締めにもう一度リュートを弾いた。
ユウコが頭を掻いた。
「あの、アヤコ? それだけじゃさっぱりわかんないんだけど」
「はいはい! ユミも判りません!」
ユミも手を挙げた。
アヤコは肩をすくめた。
「そう? それじゃ、もう少しわかりやすく説明するわね」
はっと気づいたミオが止めようとしかけたが、既に遅かった。
アヤコはリュートをかき鳴らし始めていた。
「そうなんですか……」
「ええ。コウさんとせっかく一緒になれたと思ったのに、また、はぐれちゃって……」
ミハルは、変な動物を抱きしめながら呟いた。
「あ、あの、ミハルさん」
「え?」
「あの、ミハルさん、コウさんのことを……」
メグミはそれだけ言うと、黙り込んでしまった。
「……メグミさん?」
「ごっ、ごめんなさい。何でもないんです」
そう言って、俯くメグミ。
ミハルは、ちょっと考えてから聞いてみた。
「あ、あの、メグミさん?」
「あ、はい」
弾かれたように顔を上げるメグミ。
ミハルは訊ねた。
「メグミさんは、その、なんでしたっけ、精霊を操ることが出来るんですよね」
「操るなんて、そんな……。お願いを聞いてもらえるだけです……」
メグミは消え入りそうな声で呟いた。
ミハルはそのメグミの手を握った。
「メグミさん、その精霊で、コウさんのいるところが判りませんか?」
「精霊で……?」
少し考え、メグミは頷いた。
「やってみます……」
「ありがとう、メグミさん」
ミハルは喜んで彼女の手を両手でぎゅっと握った。
「風の精霊よ……」
背の高い草の間、背の低い二人は立っても何も見渡せない。
そんなところで、メグミは静かに呼びかけていた。
ミハルは、ふと顔に当たる風を感じた。
「風が……」
メグミの身体がくるっと回った。まるで踊っているかのように。
草も、メグミの行くところ、まるで意志を持つかのように頭を垂れて道をあける。
草いきれの中、メグミは一人、踊り続ける。優雅とか、華麗とか、そういう形容詞は似合わない踊り。もっと神聖なものを感じさせる。
ミハルは取り留めもなくそんなことを思いながら、メグミを見つめていた。
やがて、彼女は目を開けた。
「風の精霊が教えてくれました」
「本当!?」
「ええ」
そう答えて、メグミは涼やかな笑みを見せた。
その笑みを見た瞬間、ミハルは胸がズキンと締め付けられるのを感じ、そして悟った。
(メグミさんも、コウさんが好きなんだ……)
アヤコの演奏をにこにこしながら聞いていたユカリが、不意に顔を上げた。
隣にいたノゾミが、めざとくそれに気づいて訊ねた。
「おい、どうかしたのかい?」
「はい。……風が歌っています」
「え?」
思わずノゾミは聞き返した。
ユカリは辺りを見回し、そして、風下の方を見つめた。
「どなたでしょうか?」
「はぁ?」
「どれどれ? お、メグミちゃんじゃないか。……と、もう一人いるな」
ささっとヨシオがユカリの隣に来て、手を翳してそっちを見ながら呟いた。さりげなくもう片方の手をユカリの肩に置いているあたり、抜け目はない。
「あ、ミハルじゃん!」
「ぶへっ」
ヨシオの頭に両手を置いて、押しつぶすようにしながらユウコが叫んだ。
「ちょ、ちょっと、ユウコさん、手をどけて……」
地面とキスする羽目になったヨシオがうめき声を上げる。
「あ、ごっめーん」
「てて」
顔を上げたヨシオを見て、ユウコは爆笑した。
「きゃははは、なーに、その顔!」
「え? なんだなんだ?」
慌てて自分の顔を撫でるヨシオに、ユカリが手ぬぐいを差し出した。
「お顔が汚れておりますよ。これで拭いて下さいね」
「お、ありがとう、ユカリさん」
ヨシオは顔を拭くと、ユカリの手をぎゅっと握った。
「優しいねぇ、ユカリさんは。天使のようだぜ」
「はぁ。天使とは、どちら様でしょうか?」
「あららぁ」
思わずずっこけるヨシオだった。
漫才する二人は放っておいて、ユウコとユミがそれぞれメグミ達の方に駆け寄っていった。
「メグミちゃん!!」
「ミハル!」
「あ、ユミちゃん」
「ユウコちゃん!」
気が付いたメグミ達も駆け寄り、そして、きゃいきゃいと手を握り合った。
ゾウマ高原の名は、この事実を持って長く語り継がれることになる。
すなわち、“鍵”の担い手たる乙女達が集いし場所として……。
とうとう二つのパーティーが完全に合流を果たした。その興奮も冷めやらぬままに、コウ達はお互いの経てきた冒険を語り合うことになるのだった。
まず、コウがトキメキ国での冒険を語り、そしてそれが終わる頃には日も西に傾きかけていた。
次いで、サキ達が、コウがグランデンシャーク山で消えてからの話をした。
キラメキ城の書庫でのミオの戦い、ピオリックの迷宮での事件。
「アイノウ、そこまではあたしも知ってるのよね。それからどうなったの?」
アヤコが訊ねた。
ミオが、辺りを見回して言った。
「とりあえず、そろそろ日も暮れてしまいます。野営の準備をして、続きはそれから、ということにしませんか?」
「そうね。その方が合理的ね」
ユイナが頷いて立ち上がった。彼女にしてもやはりトキメキ国の話は珍しいらしく、珍しくじっと聞き入っていたのだ。
彼女は両手を上げて言った。
『魔界の炎よ、ユイナ・ヒモオの名において命じる。ここに出て、我らを照らす光となれ、我らを暖める炎となれ!』
ゴウッ
皆の前に大きな炎が上がった。
「わぁっ、びっくりしちゃった」
「これで、明るくなったでしょう? さぁ、今のうちにやりなさい」
ユイナはそう言うと、自分の仕事は終わったとばかりに座り込んで、呪文書を読み始めた。
「ふぅー」
たらふく食べて、コウは満足の吐息を漏らした。
向こうの方では、サキとミラが何か話している。
「ミラさんってお料理上手ね。今度、教えて欲しいな」
「おっほっほ。この美貌に敵はいなくてよ」
「あのお芋の煮っ転がしの味、あたしにはまだまだ出せないのよね」
「美しいことは罪なのね」
全然会話が噛み合っていないわけは、ミラが何とか話を逸らそうとしてるからだと、ユウコなら看破できただろう。そのユウコはちょっと離れたところでヨシオとユミを相手にカードをしていた。
「やりぃ。へっへー。またあたしの上がりだよっ」
「ちぇ、また俺の負けかよぉ」
「やーいやーい、お兄ちゃんの負けぇ」
コウは苦笑した。それから、隣でユカリと話をしていたミオの肩をチョンチョンとつついた。
「あ、はい。何ですか?」
「あのさ、さっきの話の続き、聞かせてくれないかな?」
「そうですね」
ミオは頷いた。そして、皆の方に言った。
「それでは、さっきの話の続きをしますから、皆さん集まって下さいませんか?」
彼女の声に、皆が三々五々集まってくる。
ミオは皆が集まったのを見計らって、コホンと咳払いして、話を再開した。
「アヤコさんが東方に旅立ち、メグミさんがムクという友達を得てから、私たちはピオリックの迷宮を後にしました……」
《続く》

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