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ときめきファンタジー
章 光と闇の織りなす季節

その 大脱走のマーチ

 ちょうど、コウがスイレンにエントリの説明を受けている頃。
「……う、うーん」
 ユウコはうめき声を上げると、目を開けた。
 辺りは薄暗く、ひんやりとしている。
 彼女は目が慣れるまで、じっとしていた。次第に周りの様子が見えてくる。
 どうやら、彼女は部屋の中にいるらしい。それも、周囲の壁や床は石で出来ているようだ。
(……牢屋、かぁ。アヤコがなんか言ってたしぃ……敵に捕まっちゃったかなぁ)
 ユウコはぼんやりとそんなことを考えながら、腰に手を当ててはっとした。
 彼女の持つ“鍵”の一つである一対の小剣が無くなっているのだ。
(あっちゃぁ。まいったなぁ)
 彼女は気を失ったままのふりをして、こっそりと辺りの様子を窺った。
 一方の壁は鉄格子になっていて、その向こうにはこっちに背を向けて見張りをしているらしい男が立っている。
(ふーん)
 ユウコは、こっそりと足に手を伸ばした。いつも履いている黒いブーツには、色々な得物が隠してあるのだ。
 彼女は一本の針を取り出し、にっと笑った。
 コウの前では、決して見せることのない、それは忍者としての笑みだった。

(へへっ、楽勝楽勝。さぁて、みんな何処にいるのかなぁ?)
 ユウコは倒れた見張りの男を後目に、廊下を走りだした。
 しばらく進んだ所に扉がある。彼女はその扉にぴたりと張り付き、耳を押し当てた。
 下卑た声が聞こえてくる。
「へへ、いい身体してるじゃんかよぉ、姉ちゃん」
「素直にしゃべっちまえば、あとは俺達と楽しめたのによ」
「……」
「へっ。お高くとまりやがって!」
 バシッ
 殴打音が聞こえる。
(ミラかぁ。……ま、いっか)
 ユウコはバタンとドアを蹴り開けた。そのまま身を低くして部屋の中に転がり込む。
「な、なんだ……」
 いきなり部屋の中に、それも転がり込んできたユウコに、中にいた二人の男達の反応が一瞬遅れる。
 次の瞬間、二人の男はそれぞれ鳩尾に一撃を食らって倒れた。ガッツポーズするユウコ。
「やったねっ!」
「一応、感謝するわ。さっさとこの枷をはずして下さらない?」
 ミラの声に、ユウコはそっちを見た。
 壁に直接埋め込まれた手枷と足枷が、ミラを拘束していた。その上、服は切り裂かれ、ほとんど半裸の状態となっていた。
 ユウコは肩をすくめた。
「なかなかいい格好じゃん。じゃあね〜」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! こら! 待ちなさいってば!!」
「冗談よ、冗談。アハハハ」
 笑いながらユウコは枷を外した。そしてその肩をポンと叩く。
「何事もなくて、よかったねぇ!」
「……いつか、殺してやるぅ」
 拳を握りしめ、怒りに震えながらミラは呟いた。
 ユウコは笑いを納めてミラに訊ねた。
「それよかさぁ、コウとユカリとアヤコ、どうなったか知んない?」
「知らないわ。私も気がついたらこの状況だったし……」
 ミラは肩をすくめて答えた。ユウコはため息をついた。
「役に立たないオバンね」
「ちょっと、誰がオバンですって!?」
「ふふーん」
 ユウコはにまぁーっと笑いながらミラをねめつけた。
「助けてあげたのは、誰でしょうねぇ?」
「くくく……くやしぃーっ!!」
 二人は並んで石造りの廊下を駆け抜けた。そして階段を音もなく駆け上がり、二人いた見張りの男をそれぞれ一撃で打ち倒す。
「やるじゃん」
「あなたこそね」
 二人は顔を見合わせて、にっと笑みを漏らす。
「で、これからどうするの?」
「とりあえず、あたし達の“鍵”を取り返さないとね。あと、コウとユカリとアヤコも探さないとねぇ」
 ユウコは指を折って数えながら答えた。そして辺りを見回す。
 その目に、押入とおぼしき扉が写った。
「超ラッキー!」
「どうなさるおつもり? まさか、あてもなく走り回れ、とでも仰るの? 第一、ここが何処かもわかっていないのに……」
「わかんないことは、聞くのが一番っしょ? さぁ、手伝ってぇ」
 ユウコは倒れている見張りの男の襟首を掴んで、扉の方に引っ張りながらミラに言った。
「ははーん。尋問するってわけね。よろしくてよ」
 ミラは頷いた。
 その頃。
 アヤコは、椅子に縛り付けられていた。しかし、その紫紺の瞳は活力を失ってはいなかった。
 彼女の正面には、一人の黒髪の男が立っていた。その手に竪琴を持っている。
 彼女は彼に向かって言った。
「アロングタイム、久しぶりね。ピオリックの村以来かしら、ケイイチ」
「ふっ」
 彼はニヤッと笑うと、アヤコに言った。
「俺はあれから新たな力を手に入れた。もはや、貴様ごときの演奏は我が芸術の足元にも及ばぬわ」
「ホワッツゥセイ、何を言っているの?」
 アヤコは思わず聞き返し、そして気がついた。
 ケイイチの目つきが、今までの彼と違っていることに。
「あなたは……!」
「今から、貴様にも聞かせてやろう。我が究極の美を!!」
 彼は竪琴をかき鳴らし始めた。縛られていて手を動かせないアヤコの耳に、その旋律は飛び込んでくる。
 アヤコは、はっとした。
「こ、これは魔曲!?」
「そうとも。選ばれし者のみに奏でることが出来る、呪曲など問題にならぬほどの力を秘めし美の旋律。俺はこの魔曲を手に入れたのだ!」
「そんな……。魔曲は、人間に奏でることは出来ないはず……まさ……か」
 アヤコは、がくりとうなだれた。
 その耳に、ますます勢いを増す旋律が流れ込んでゆく。
「さあ、お喋りなさい!」
 ピシッ
 縛り付けられた男の脇に、鞭が振り下ろされる。
「ひえぇぇぇ」
「さっさとお言いなさい、この下郎」
 パシィッ
「……おー、こわ」
 ユウコは畳んである布団に腰を下ろし、頬杖を尽きながら、ミラの尋問風景を見守っていた。
 ミラは、何処から出したのか、鞭を振りあげては後ろ手に縛った男に振り下ろしていた。
 とはいえ、直接当ててはいない。ミラ曰く「当たるか当たらないかの所で止めるのが、プロというものよ」ということらしい。ユウコは何のプロなのかはあえて追求しなかった。
「さぁて、そろそろしゃべる気になったかしら?」
「はい。何でも聞いて下さい、お嬢さん」
「お嬢さんじゃなくてよ。女王様と、お呼びなさい」
 バシィッ
 男の目の横で鞭が弾けた。
「ひぃぃーっ!」
「で、ここはどこなのかしら?」
「そ、村長様のお屋敷です、女王様」
 男はぺらぺらと喋った。彼女は眉をひそめ、聞き返す。
「村長? 何処の村なの?」
「ツ、ツカンの村で……」
「ふぅん」
 ミラは、鞭の柄で、男の顎をぐいっと上げさせた。そして甘い声で囁く。
「村長が、あたし達を捕まえて閉じこめさせたのね?」
「は、はい、そうです。あなた方三人を捕まえて、地下に閉じこめさせるように指示を出されたのは村長様です」
「三人?」
 ミラは再び眉をひそめた。そしてユウコにちらっと視線を走らせる。
 ユウコが後ろから割り込むようにして訊ねる。
「ねぇねぇ、あたしとこのおばさんと、も一人は誰なの?」
 おばさん、というところで、ミラの眉がつり上がったが、彼女はそれをこらえると男に向き直った。
 その目を見た瞬間、男は慌ててしゃべった。
「あ、藍色の変な髪型の女だ!」
「ふぅーん」
(アヤコね)
 ミラは訊ねた。
「髪を三つ編みにしたぼーっとしてる女の子や、凛々しい男の子はみなかったのね?」
「は、はい」
 彼が喋ったところによると、あの雪崩のあと、様子を見に出かけた村人が彼女達三人を発見して村長に注進したところ、捕らえるように命令されたのだという。
「で、そのもう一人の女は?」
「村長様が尋問するとかで、上の村長様のお部屋に……」
「そう。それからもう一つ。私たちが身につけていた武器の類は?」
「そ、それも村長様がお取り上げになられ、この向こうの部屋に……」
「あ、そう」
 ドスッ
 ミラの拳が鳩尾に叩き込まれ、その男は白目をむいて気絶した。
 彼女は振り向いた。
「……ということだけど、どちらから先にする?」
「武器って言いたいとこだけどぉ、とりあえずアヤコかなぁ。何されてっかわかんないもんね」
 ユウコはそう言うと、立ち上がった。
「ほら、早く、早くぅ」
「わかってるわよ」
 二人は、押入から飛び出し、廊下を走りだした。

《続く》

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