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ときめきファンタジー
章 精霊魔術と黒魔術

その COMPLEX BLUE

「ちょっと、時間をとられてしまいましたね」
 ミオが太陽の傾き具合を見ながら言う。
「コウさんがでれでれしてるからだよっ!」
 まだ幾分拗ね気味にユミが口を尖らせた。苦笑するしかないコウ。
 ノゾミが決めた。
「仕方ないな。今日はこの辺りで野宿しよう」

「よぉし、火が起きたぞ!」
 ヨシオが身を起こした。
「じゃ、これを火にかけてくれる?」
 あらかじめ手際よく下準備をしていたサキが、ヨシオに串に刺した干し肉を渡す。
「オッケー」
 彼はその串を順番に焚き火の周りに突き刺していく。
「うわぁい、ご飯だご飯だ!」
 ユミがはしゃぐ。
 コウは、そんなみんなとは少し離れて、一人座って炎を見つめていた。
(野盗に襲われたとき、俺、何もできなかった……)
「コウさん、どうかしましたか?」
 彼の様子に気がついたミオがそっと訊ねた。
「え? あ、いや、なんでも……」
「そうですか?」
 ミオは無理強いをしない。そのまま、コウの傍らに座った。
 そのまま、独り言のように呟く。
「人には、出来ることと出来ないことがありますよ。でも、大事なことは、出来ることは精一杯やることだと思うんです」
「ミオさん……」
 コウはミオの横顔を見た。
 焚き火の方では、焼けた肉をユミがほおばっている。
「あちちっ!」
「ほら、ユミちゃん。慌てなくてもいっぱいあるから……」
「ホントに意地汚いやつだなぁ、お前は」
「へーんだ。お兄ちゃんこそ、一人3本なんだからね!」
 騒ぎを見て、ミオはくすっと笑い、コウに言った。
「さぁ、私たちも行きましょう」
「あ、うん」
 コウもミオに続いて立ち上がった。
 夕食後、ノゾミは皆から離れて一人、剣を振っていた。
 剣を一振りするたびに、汗が飛び散る。
「はぁっ!」
 バシッ
 目の前の、直径2センチくらいの木の枝が、一撃で切り落とされる。ノゾミはふうと息をついて、額の汗を拭った。
「ノゾミさん」
「え? あ、コウか。なんだい?」
 近づいてきたコウに、彼女は剣を納めて訊ねた。
 コウの目には、決意が宿っていた。
「お願いがあるんだ。俺に剣術を教えて欲しい」
「剣術を?」
「ああ」
 コウは頷いた。
「昼間の時、俺、何もできなかった。全部ノゾミさんに任せてしまって……」
「だって、それは……」
 ノゾミは言いかけたが、コウはそれを遮って、言った。
「俺は、強くなりたいんだ。シオリを助けるためにも」
「コウ……」
 ノゾミは、頷いた。
「判った。そういえば、コウも剣を持ってたよな?」
「ああ。これ、俺の親父がくれたんだよ」
「見せてくれないか?」
「ああ、いいよ」
 コウは腰から剣を外すと、鞘ごとノゾミに渡した。
 ノゾミは剣を抜いてはっとした。
「こ、この剣は……」
「どうかしたの?」
 彼女はコウに向き直った。
「この剣、君のお父さんが君にくれたものだって?」
「ああ」
「……この剣、フジサキ殿の剣だ」
「フジサキさんの!?」
 コウは目を丸くした。ノゾミは頷いた。
「間違いない。あたしは何度も見たことがあるから知ってるよ。しかし……」
(騎士が自分の剣を手放すとき、それは……)
「ノゾミさん?」
 コウの声に、ノゾミははっと我に返った。そしてコウに剣を返しながら言う。
「な、なんでもない。それじゃ、始めようか」
「う、うん」
 コウも立ち上がった。
「やぁっ!」
「ダメダメ。腰が入ってない! もう200回!」
「ひえええ」
「そんなんじゃ、姫を救えないぞぉ!」
 地獄の特訓を、サキはそっと木の陰から見守りながら呟いた。
「がんばって、コウくん」
 翌日。
「いたたぁ」
 前日の特訓がたたって、全身筋肉痛のコウだった。サキの治癒魔法のおかげでなんとか歩けるくらいには回復したのだが。
 ノゾミが笑いながら言う。
「でも、なかなか筋がいいよ。この分なら、直に野盗くらいとは渡り合えるようになるって」
「あのぉ、その前に死んでしまいそうなんですけどぉ……」
「根性よ、根性!」
 サキが笑いながら背中をポンと叩く。その瞬間、コウは悲鳴を上げた。
「うぎゃあぁぁ!」
「あ、ごっ、ごめんなさい」
 慌てて謝るサキ。
「い、いや。だ、大丈夫だから……」
「ほんとうに、ごめんね。大丈夫?」
 気遣って、コウの顔をのぞき込むサキ。
 その後ろで、何となく面白くないユミであった。
(もう、コウさんったらぁ!)
 と、不意にヨシオが辺りを見回した。
「どうした、ヨシオ」
「ん? いや、誰かが俺達を見てたような気がしたんだけど……、気のせいだな」
 ヨシオは頭を掻いた。
 風が、その髪をそっと揺らした。
 その日は何事もなく過ぎていき、やがて夜になった。
 一同は、また野宿である。
 コウは昨日と同様、ノゾミに稽古を付けてもらっていた。
「やぁ!」
「甘い!」
 バチィン
 木の枝でしたたか手を叩かれるコウ。
「いてっ」
「何言ってるの。実戦だったら、手を切り落とされてるんだよ」
「わ、判ってるよ」
 コウは木の枝を構え直す。
 その様子を、相変わらず木の陰から見守っているサキ。
「コウくん……」
「サキさん!」
「ひゃぁ!」
 サキは突然後ろから声をかけられて、飛び上がった。
「だ、だれっ!?」
「ユミです」
「ユ、ユミちゃんなの? あー、びっくりしたぁ」
 ほっと胸をなで下ろすサキ。
 そのサキに、ユミは言った。
「サキさん、コウさんのことが気になるんですか?」
「え?」
 突然聞かれて、うろたえるサキ。
「そ、それはぁ……」
「どうなんですか!?」
「え、えっとぉ……」
 と、不意にサキはめまいを感じた。よろけかけて、傍らの樹に手を突く。
「あ、あら……」
 ドサッ
 ユミが、その場に倒れる。それを視界の端に認め、サキはがくっとひざを突いた。
「へへっ。さすが先生。魔法は偉大だねぇ」
 下卑た声に聞き覚えがあった。昨日の野盗達の一人。
 そいつが足音を忍ばせながら近づいてくる。サキはそのまま意識を失った。
「動くな!」
 不意の声に、コウとノゾミは同時に振り返った。
「ユミちゃん、サキ!」
「貴様ら!」
「へっへっへ」
 男達のうち二人は、意識がなくぐったりしたサキとユミを抱えていた。
「おのれ!」
 ノゾミが剣を取ろうと動きかける。
「おっと、動くなよ。先生、お願いします!」
 コウは、彼らの後ろに黒いローブをまとった男がいるのに気がついた。
 どうやら先生と呼ばれたのはその男らしい。
 彼は右手をこちらに向けて、何事か呟いた。
 ノゾミが声を上げる。
「魔法使いか!?」
「え!?」
 不意に、猛烈な眠気が襲ってきた。コウは、がくっと膝をついた。
「くっ、不覚……」
 ノゾミが倒れる。
「女は残しておけ。あとで楽しめるからな。男は必要ない」
「オッケー」
 男の一人が、ナイフを片手に公に近づいてくる。
(こんな所で……)
 視界が霞みかけた瞬間、声が聞こえた。
『コウ! 負けないで!』
「シオリ!」
 コウの中から眠気が吹き飛んだ。目を見開いて、跳ね起きる。
 ローブの男が、驚きの表情を見せた。
「バカな! 俺の呪縛を打ち破っただと!?」
 コウはそのまま、飛びかかってきた男の一撃をかわす。
 と、ローブの男が何事か呟いて右手を挙げた。その指先に光が集まる。
「え?」
 一瞬、コウはそっちに気を取られた。
 ザクッ
 嫌な音がし、背中に熱いものが弾けた。
体勢を立て直した野盗が、コウの背中にナイフを突き刺したのだ。
「へへっ」
 野盗は、ナイフを引き抜く。血が迸り、コウの背中を深紅に染めた。
 次の瞬間、男の指から光が放たれ、コウの心臓を貫いた。
「シ……オリ……」
 そのまま、コウは仰向けに倒れた。

《続く》

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