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「お待たせ、ですの〜ゥ」
《続く》
白雪がそう言いながら、お盆を持って出てきたのは15分ほどしてからだった。
結局、その間、僕はどうすることも出来なかった。
「はいっ、どうぞですの」
そう言いながら、お盆から大皿を僕たちの前に置く白雪。
大皿の上に乗っていたのは、美味しそうなラズベリーパイ。
僕は思わず、白雪の顔を見上げた。
「……白雪って、普通の料理も作れたんだ」
「むっ、にいさま、それどういう意味ですのっ?」
パイを切り分けていた白雪が、その手を止めて僕をじとっと睨んだ。
「あ、いや、特に深い意味は……」
「ひどいですのっ、姫はいつも、にいさまの為を思って……。うるうる」
いや、うるうるはいいけど、手にナイフを握りしめてやると怖いから。
僕は深呼吸して、それから笑顔で手を広げた。
「莫迦だなぁ、白雪。僕が君の作ってくれる料理に不満などあろうか、いやない。反語」
「にいさま……」
「白雪、僕は君が僕の為だけに作ってくれる料理の為に生きているんだよ。わかるだろう?」
「はい、わかりますのゥ 姫はこれからも、にいさまの為だけのお料理番ですのよゥ むふぅん」
両手で頬を挟んで赤くなる白雪。どうやら、またしても旅に出ていったみたいだ。
それにしても、白雪といい、咲耶といい、どうしてこう……。まさか?
僕は、千影に視線を向けた。
「千影、ちょっと聞きたいんだけど……」
「白雪くんと咲耶くんには、何もしていないよ、兄くん」
微かに微笑む千影。白雪はともかく、咲耶のことまで聞こうとしたのがどうして判るんだろう?
「二人とも、昔っからお兄ちゃんのことを持ち出すと、こうなの」
可憐が苦笑して、「千影が2人になにかした疑惑」はあっさり解消された。
「……まぁ、やってみても面白そうだけどね。ふふっ」
ぼそっと呟く千影。僕は慌てて両手を振った。
「わぁっ、しなくてもいいって!」
「なら、兄くんが代わりに実験台になってくれるかい?」
「あう……」
自分が千影の実験台になるのは金輪際願い下げなんだが、かといって咲耶や白雪を身代わりにするなんて目覚めが悪すぎるし……。
頭を抱える僕。
その頭をふわりと抱きしめたのは、花穂だった。
「え?」
「だめっ、お兄ちゃまにそんなことしたら、いくら千影ちゃんでもっ、花穂が許さないんだからっ!」
むーっと千影を睨む花穂。
そんな花穂を見て、千影はくすっと笑った。
「冗談だよ、花穂くん」
「……へ?」
思わず顔を見合わせる花穂と僕。と、花穂はかぁっと真っ赤になって、慌てて僕の頭を抱いていた手を解いた。
「ご、ごめんなさい、お兄ちゃ……きゃぁっ!」
その弾みで手をテーブルに乗っていた、水の入ったグラスにぶつけ、グラスが派手に転倒……。
「おっとっ!」
……しかけたが、素早く衛がそれを押さえて事なきを得た。
「ふぅ。セーフだよ、あにぃ、花穂ちゃん」
「サンキュ、衛」
「えへへっ」
照れたように笑いながら、グラスを押さえていた手を離す衛。
「あう……。やっぱり花穂、ドジっ子なんだぁ……」
かくんとまた落ち込む花穂。
僕は笑って、その頭にぽんと手を乗せる。
「うにゃっ?」
「僕は、花穂はそのままでいいと思ってるんだ」
花穂は僕の顔を見上げた。
「お兄ちゃま……?」
「花穂は、花穂だよ。他の誰でもない花穂だから、僕は好きなんだ」
「……はう〜」
見る間に真っ赤になる花穂。そこで、僕はかなり際どいセリフを言ってしまったことに気付いた。
「ほんとに、ほんと?」
……こうなったら、押しの一手だ。
「ああ、もちろん」
僕は力強く頷いた。
「うにゃぁ〜」
花穂はにひゃぁと、照れ笑いで一杯になる。。
僕はその頭を撫でると、はたと他の妹たちの視線に気付いた。
「あ、えーっと」
「いいなぁ、花穂ちゃん」
「チェキ!」
ストレートにうらやましがる衛と四葉はともかく、鈴凛や千影が黙って何も言わないのは結構不気味だ。
「えっと、あ、そうだ。ほら、白雪の用意してくれたパイがあるじゃないか。ほら、みんなも食べなよっ」
「はっ! そうですのっ!」
名前を呼ばれたせいか、いきなり帰ってくる白雪。
「これは花穂ちゃんのために、姫が作った特製パイですのよ」
「花穂のため?」
「はいですの。……あら、花穂ちゃん、お顔が真っ赤ですの。どうかしたんですの?」
「あ、えへへ〜〜」
へにゃっと笑う花穂。僕は慌てて口を挟む。
「花穂のためって、どういうことなんだい、白雪」
「あ〜ん、ごめんなさいですの〜。姫はにいさまのためだけの料理番ですのに、他の人のためにお料理するなんて……。でも、これも花穂ちゃんのためだから、今回だけは見逃して欲しいですの」
僕に両手を合わせる白雪。
「ああ、もちろん怒ってないって」
笑顔で僕が頷くと、白雪は安心したように胸をなで下ろした。
「よかったですの〜。さすがにいさま、海のように広い心ですのゥ」
「それで?」
「あ、どうして花穂ちゃんのためのパイかって話ですのね。そ・れ・は……」
「それは?」
「ヒミツですの〜」
あっさりとすかして、白雪は花穂に、パイを一切れのせた小皿を勧めた。
「はい、どうぞですの」
「で、でも……」
さっきまでの笑顔はどこへやら、また表情を曇らせた花穂。
あ、そういえば。
「白雪、花穂はさっきから、ちょっとお腹が痛いって……」
「えっ? あ、う、うん、そうなのっ。あのね、花穂、お腹がね……」
僕の言葉に、花穂がこくこくと頷く。
と、そんな僕たちの前に、千影がすっと手を出した。
「それなら、ちょうどよく効く薬を持ってるから、使ってみるといい」
……千影の薬って、激烈にやばいような気がする。
花穂も同意見らしく、あわあわと手をふる。
「だ、大丈夫だよっ! そんなに痛くないからっ!」
「……そう。ならいいけど」
くすっと笑って、千影は手を引っ込めた。僕と花穂は同時に息を付く。
と、その花穂の耳に白雪が囁いた。
「……、……、……」
「わわっ!」
文字通り飛び上がる花穂。と、その弾みに椅子をひっくり返しかける。
「おっと」
危なく僕がその椅子を押さえる。そしてほっと一息付きながら顔を上げると、こっちも派手に揺れたテーブルの上の食器を押さえていた可憐と視線が合った。
「危なかったね、お兄ちゃん」
「……可憐、一つ聞いてもいい?」
「うん、どうしたの?」
「いつからそこに?」
「……最初っから、いたもん」
ぷっと膨れる可憐。
「あうう〜、ご、ごめんなさぁい……」
一方、またしょげかえる花穂。
「ふぇぇ、花穂ってやっぱり……」
「花〜穂」
僕は身体を起こすと、お詫びの印に可憐の肩をぽんと叩いてから、花穂のほっぺたをむにっとつまんだ。
「ひゃぁ? ふぉふぃいふぁふぁぁ?」
びっくりした様子の花穂の頬から手を離して、僕は両手を広げる。
「さっきも言っただろ? 僕は、そんな花穂がいいんだって」
とりあえず、これ以上他の妹たちを刺激しないように、ややソフトな言い回しに変えてみました。
「……う、うんっ」
笑顔に戻ったのを見て、僕は白雪に尋ねる。
「それにしても、花穂に何を言ったんだい?」
「それはですね……」
「あ、白雪ちゃんだめっ!」
「……と花穂ちゃんが言うから、にいさまでもダメですの」
慌てて口を挟む花穂と、にっこり笑う白雪。それから、白雪は花穂の耳に再度囁く。
「……から、……、……ですのよ」
「えっ? ホントにっ!?」
目を丸くする花穂に、頷く白雪。
「そういうわけですから、さぁ召し上がれ」
「うんっ! ありがとう、白雪ちゃんっ」
花穂は白雪の手をぎゅっと握ると、フォークを片手にお皿に載っているパイを食べ始めた。
「むしゃむしゃ。……ごくん。わぁっ、美味しいよぉっ!」
あ、フォークを握りしめたまま感動している。
「当然ですの。この姫の自信作なんですのよ」
「うんっ」
大きく頷く花穂。
不思議になって、僕は尋ねた。
「花穂、お腹はもう大丈夫なの?」
「ふぇっ? あ、う、うん、もう平気なのっ」
慌ててこくこくと頷く花穂。
なんだか変な感じだけど、まぁ、治ったのならいいか。
一安心する僕の前で、花穂はあっさりと1ピースを食べ終えてから、白雪に尋ねる。
「あのね、白雪ちゃん、もうひとつ食べてもいい?」
「どうぞどうぞ、ですの」
笑って、もう一切れを花穂の皿に乗せる白雪。
「わぁい」
歓声を上げて、花穂は次のに取りかかった。
白雪は僕らの方に視線を向ける。
「にいさまも、それに皆さんも、どうぞですの」
「それじゃ、アタシも遠慮無くもらうわよ」
「ボクもっ!」
「可憐も、頂きます」
「チェキ!」
皆がそれぞれの声を上げて、皿にパイを取る。
と、上品にフォークで切り分けて一口食べた千影が、視線を上げた。
「白雪くん……。これは、あれかな?」
「さすが千影ちゃん。ご名答ですの」
「ふふっ、なるほどね。そういうことか」
なにやら納得したように頷く千影。
隣に座っていた鈴凛が、口の中のものをごくんと飲み込んでから尋ねる。
「そういうことって、どういうことよ?」
「大した話じゃないよ」
そう言うと、千影は一口食べただけでフォークを置くと、唇を紙ナプキンで拭った。
「ごちそうさま」
「……ううっ、なんか気になるけど、美味しいからいっか」
そう呟いて、もう一口食べる鈴凛。
「美味しいね、お兄ちゃん」
「そうだな」
可憐の言葉に頷きながらも、千影のその仕草が気になってならない僕だった。
食べ終わって喫茶店を出ると、ちょうどそこに咲耶がやって来た。
「あーっ、いたいた! お兄様、どこに行ってらしたの?」
「まぁいろいろと。あ、そうだ!」
咲耶の姿を見て、僕は当初の目的を思い出した。
「花穂、水着はいいの?」
「わわっ、お兄ちゃま、言っちゃだめぇ」
「でも、もうみんな知ってるデス」
四葉にツッコミを入れられて、「あああ〜」と頭を抱える花穂。確かに同報メールで全員に送っちゃってるわけだから、みんな知ってるよなぁ。
「そ、そうだったんだぁ。ふぇぇ」
「いいからいいから。さ、行きましょ、花穂ちゃん。あたしがばっちり選んであげるからゥ」
そう言いながら、咲耶が花穂の腕を掴む。
「わわっ、お、お兄ちゃま〜」
「花穂ちゃん」
そのままずるずる引っ張られながら僕に助けを求める花穂に、可憐が駆け寄った。そして、何事か花穂に耳打ちする。
「……で、……でしょ?」
「う、そ、それは、そうかもしれないけどぉ……」
お、今度は咲耶まで耳打ちし始めたぞ。
「……だから、お兄様、きっと……よ」
……え? 今、咲耶が僕のことを話に出したような……?
その咲耶の言葉に、花穂は聞き返す。
「ほんとに?」
「うんうん」
自信たっぷりに頷く咲耶。花穂はそれを見て、やや自信なさげに、こくりと頷いた。
「それなら、いいんだけど……」
「決まり! それじゃ行くわよ花穂ちゃん。あっ、お兄様はここで待っててねっゥ」
パチッとウィンクして、そのまま花穂を引っ張って行ってしまう咲耶。
唖然としてそれを見送っていると、四葉が僕の腕に手をかけた。
「兄チャマ! 四葉は〜、ちょっとおシャレな服が欲しいデス〜」
「へっ?」
「あ、ずる〜い! あにぃ、ボクは新しいボードが欲しいなっゥ」
「アタシは新型のプロセッサーがいいな、アニキゥ」
「姫は新しいフードプロセッサーですのゥ」
「み、みんな、お兄ちゃんが困ってるよ」
可憐がとりあえず間に入って4人を止めてくれたので、僕は一息付いた。
「兄くんも、大変だね。よければ、悩みのない世界に連れて行ってあげようか?」
「……遠慮します」
1時間ほどして、結局みんなとしゃべりながらその場に残っていた(「買って買って」攻撃に耐えていた、とも言う)僕のところに、咲耶と花穂が戻ってきた。
「お待たせ、お兄様ゥ」
「お兄ちゃま、ごめんなさい。時間掛かっちゃって。えへっ」
ぺろっと舌を出す花穂。
僕はその頭を撫でてあげながら、咲耶に声をかけた。
「咲耶、ありがと」
「いいえ。でも、次のときは、私の買い物に付き合って欲しいわゥ」
にっこり笑うと、咲耶は僕の腕に自分の腕を絡めた。
「ねぇ、お兄様。明日は空いてますか?」
明日と言えば日曜日。
「うーん、別に予定はないけど……」
「だったら……」
そこで言葉を切り、文句を言いかけた他の妹達を視線で封殺する咲耶。
「あう……」
「咲耶チャマ、怖いデス……」
「ですの……」
うーん、なんというか、さすが咲耶だ。
感心していると、咲耶はぎゅっと僕の腕を抱くようにして言った。
「お兄様、明日はみんなでプールに行きませんか?」
「……プ、プール?」
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あとがき
PSOがオンラインで出来るようになりました。
あと、歌月十夜も入手しました。
……これで、判る人には判るか、と(爆笑)
PS
これをアップしようとしていたところで、アメリカの同時多発テロの報道を知りました。
そのためにアップが遅れたわけですが。
何だろうと、テロはダメです。
亡くなられた方に深く哀悼の意を表します。
01/09/11 Up