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「兄チャマ、兄チャマ!」
《続く》
翌朝、僕を起こしたのは、いつもの春歌ではなく四葉の声だった。
「……う、うん……?」
目を開けると、四葉の笑顔が飛び込んできた。
「兄チャマの寝起き顔、チェキデスっ!」
「……ファイナルフュージョン承認?」
「ファイナルフュージョン・プログラムドラーイブッ!」
ドシッ
「ぐふぅ……」
「……じゃなくて、デス!」
いや、そうじゃないんなら振りまで付けなくてもいいんだぞ、四葉。
とりあえず、思いっきり叩かれた胸を押さえながら、僕は身体を起こして、時計を見た。
午前7時ちょっと過ぎ。
「あれ?」
いつもなら、日曜だろうとなんだろうと6時半に春歌が起こしに来るはずなんだが……。
「四葉、春歌は?」
「春歌チャマなら、衛チャマとジョギングデス」
「そうか? でも、それにしても遅くないか?」
そう言いながら、ベッドから降りる。
「春歌チャマ、張り切って出かけたデス。だからきっと遅くなってるんデス」
「まぁ、そうなんだろうけど」
僕は昨日のことを思い出しながら苦笑した。
春歌のやつ、やっと弓道部に入部が認められて、随分と喜んでたもんなぁ。
その後、みんなで弓具店に付き合わされたおかげで、春歌はともかく、他の妹たちは随分退屈させられてご機嫌斜めになってしまい、なだめるのに苦労したけど。
特に鞠絵には悪いことしちゃったなぁ。せっかく遊びに来たっていうのに、少ししか話も出来なかったし。
と、四葉はぴょんと立ち上がった。
「あ、2人とも帰って来たみたいデス!」
「そうなのか?」
耳を澄ましたが、何も聞こえなかった。だが、四葉は自信たっぷりに言う。
「名探偵の卵の四葉が言うからには間違い無し! 鈴凛チャマに作ってもらった警報機に引っかかったから、あと3分くらいで戻ってくるデス」
よく見ると、肌色だったので気付かなかったが、四葉は右の耳にイヤホンをつけていた。そのコードの先は、腰のポシェットに消えている。
「でも、警報機なんて何に使うんだい?」
「それはもちろん、兄チャマをチェキするためデス! ……はっ」
ぱっと自分の口を押さえる四葉。
「……や、やるデスね、兄チャマ。四葉のヒミツをチェキするなんて」
「いや、単に四葉が自爆しただけだと思うぞ」
「え、えーーっと、そっ、それでは四葉はおいとまデス。シーユー・チェキゥ」
ウィンクして、バタバタッと部屋を出ていく四葉。
……それにしても、何しに来たんだ、四葉は?
と、ドアの向こうから声が聞こえた。
「四葉ちゃん、お兄ちゃん、ちゃんと起きた?」
「ばっちりデス! 兄チャマのチェキなら、四葉にお任せデス!」
「……亞里亞も、兄やのこと、おっきしたかったのに……。くすん」
「仕方ないよ、亞里亞ちゃん。可憐も亞里亞ちゃんも、じゃんけんで負けちゃったんだから」
どうやら、僕を起こす役をじゃんけんで決めて、四葉が勝った、ということらしい。
しかし、イギリスやフランスにもじゃんけんってあるんだろうか?
ま、どうでもいいか。
僕はパジャマを脱いで、ジャケットに袖を通した。
余談だが、じいやさんが来てくれてから、我が家の衣食住は格段に快適になった。さすが本職のメイドさんである。……ベッドの下に隠して置いたえちぃな本の位置が変わってたときにはちょっと気まずかったけど。その本のタイトルがタイトルだっただけに……。
おっと、こんなこと考えてる場合じゃなかった。
ズボンを履いて、ドアを開けると、そこで待っていたらしいみんなが、声を掛けてきた。
「お兄ちゃん、おはようゥ」
「兄チャマ、チェキゥ」
「兄や……ゥ」
「3人ともおはよう。……あれ? でも、可憐、いつからそこに?」
「……最初からいたもん」
と、玄関のドアの開く音がした。
「ただいま、戻りました」
「おっはよ〜」
「あ、2人も帰ってきたみたいだな。……あれ? そうすると今朝の朝食はじいやさん?」
「ううん」
可憐は首を振った。と、階下で声が聞こえた。
「あっ、済みません。朝食の用意をお任せしてしまいまして」
「いいんですのよ。にいさまのお食事のためなら、姫はいつでもオッケーですのゥ」
どうやら、白雪が朝食を作りに来てくれていたらしい。
「白雪ちゃんの朝ご飯かぁ。楽しみだな、ボク」
「むふぅん。姫のお手前、とくとごらんあれ、ですの。でも、お食事はにいさまから、ですのよ、衛ちゃん」
「で、そのあにぃはまだ寝てるの?」
「起きてるよ」
僕は、階段を降りながら声をかけた。
「おはよう、みんな」
「あ、おはよ、あにぃ」
「にいさま、おはようございます、ですの」
「おはようございます、兄君さま」
3人から挨拶を受けて、僕は1階に降りると、白雪に訊ねた。
「でも、どうして白雪が?」
「ががーん! にいさまは、姫が来たことが迷惑だったんですのっ!?」
あう。
僕は、一つ深呼吸してから、にっこりと笑った。
「そんなわけないじゃないか白雪。朝から君の顔が見られるなんて、こんな幸せなことはないよ」
「まぁ、にいさまったらぁ、そんな正直な……。むふぅんゥ」
両手で赤くなった顔を挟んで、旅立ってしまう白雪をとりあえずおいておいて、僕は春歌に尋ねた。
「で、今朝はどうしたの?」
「すみません、兄君さまの朝餉をご用意するという大切な務めを、白雪さんとはいえ、他の者に任せるなど、本来ならば言語道断なのですが……」
本当に済まなさそうに俯く春歌。
……あれ? 何か違和感が……。
「……お兄ちゃん、どうしたの?」
可憐に訊ねられて、はっと我に返ると、僕は春歌に言った。
「いや、別に怒ってるわけでもないし、むしろいつも感謝してるよ」
「まぁ、兄君さま……」
ぽっと赤くなると、春歌はもじもじと俯いた。
あ、しまった。咲耶や白雪ほどじゃないけど、春歌も旅立ちやすいんだった。
「でも、春歌ちゃん、そのウェアどうしたの?」
可憐が僕の横から顔を出して訊ねて、旅立ち掛けていた春歌は戻ってきた。
「あ、はい。運動するには、いつもの服では動きにくいので、夕べじいやさんに相談致しましたら、用意してくださったんです」
あ、そうか。違和感があると思ったら、和服じゃなくて、トレーニングウェアだったんだ。
「あ、あの、兄君さま……、わ、わたくし、汗をかいてしまいましたので……」
じぃっと見ていると、春歌が一歩下がりながら言った。
「あ、ご、ごめん。そうだね。シャワー使っておいで。衛も……、ってあれ?」
「衛チャマなら、先に行ったデスよ」
四葉がバスルームの方を指して言った。
確かに耳を澄ますと、微かに水音が……。
いかんいかん、何をやってんだ僕はっ。
僕は軽く頭を振ってから、ダイニングに向かって歩き出した。
「あっ、お兄ちゃん、待って」
「兄や、亞里亞と一緒。うふふっ」
可憐と亞里亞がその左右に並び、一歩出遅れた四葉が後から付いてくる。
「それでは兄君さま、失礼致します」
春歌は、そう言うと、バスルームの方に歩いていった。
いや、健全な青少年としては興味がないというわけではないんだが、妹なんだし……。やっぱり、妹の場合は自分から自発的に、というよりは、偶然出くわしたりするのが、漢としては基本ではないだろうか?
「……どうしたの、お兄ちゃん?」
「もしかして、にいさまのお口に合いませんでしたの?」
可憐に続いて、白雪が心配そうに顔を覗き込んだので、読者向けの言い訳をしていた僕は慌てて手を振った。
「いや、なんでも。もちろん、この料理はとても美味しいよ、白雪」
「やぁん、姫は感激ですのゥ」
「……いいもん」
僕は、嬉しそうな白雪と、なんとなく面白くなさそうな可憐に苦笑しながら、オレンジ色のポテトサラダを口に運んだ。
ん〜。白雪の料理は、確かに美味しいんだけど、材料がとんでもなかったり、味付けが極まってたりする。それに、なにより量が尋常じゃないし。
まぁ、毎回そう思いながらも平らげてしまうんだけどね。
「まぁ、それはそれとして……」
「今日はにいさまは、どうするんですの?」
いきなり帰ってきた白雪が、僕に尋ねた。
「……」
ここで、「特に予定はない」なんて答えようものなら、そのままあちこちに引き回されて休日がつぶれてしまうこと請け合いである。……一応、僕にだって学習能力はあるのだ。
その割には引き回されることが多いって? ま、なんだかんだ言っても、やっぱり楽しいからね。
でも、昨日も散々歩き回ったからなぁ。
「今日は家で勉強するよ」
「ええーーっ!? あにぃ、今日はボクに付き合ってくれるんじゃないのぉ?」
背後から声が聞こえて、僕は振り返った。
「僕にもどふぁっ!」
「うん?」
髪の毛をぐしぐしとバスタオルで拭きながら、きょとんとする衛。Tシャツ1枚にぱんつという姿で、そのTシャツを建気に押し上げてるふくらみが……。
「お兄ちゃんっ、見ちゃダメっ!」
そこで、いきなり背後から目隠しされてしまった。
「まっ、衛ちゃんっ! 早くちゃんと服着てっ!!」
「だって、暑いんだもん。あ、牛乳もらうねっ。ごきゅごきゅごきゅ……」
と、ずだだだっと廊下を走ってくる足音が聞こえた。そして、春歌の珍しい怒鳴り声。
「衛さんっ! そのようなはしたない格好で兄君さまの前に出てはいけませんっ!!」
「あ、春歌ちゃんも牛乳飲む?」
こちらは平然とした衛の声。
「でも、やっぱりお兄ちゃんも、衛ちゃんがそんな格好で歩いていたら困ると思うよ。ね、お兄ちゃん?」
ぎゅむ〜〜
「あいたたたっ、可憐、指が目に食い込んでるっ!」
「あっ、ごめんなさいっ!」
慌てて手を離す可憐。
うぉ、せっかく見えたのに、ぼんやりとしか見えないっ。
「とにかく、ちゃんと着てきてください。でないと、朝餉は差し上げられませんっ」
「はぁい」
春歌に言われて、衛は牛乳パックをテーブルに置くと、僕の方を向いた(らしい)。
「あにぃ、大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だから、ちゃんと着て来いって」
「あにぃに言われちゃ、しょうがないねゥ」
そう言い残して、ダイニングを出ていく衛。
僕は目を軽くマッサージして、もう一度目を開けた。うん、今度ははっきり見える……んだけど。
目の前に、長い黒髪の美少女がいた。
「……きみ……は?」
「いかがなさいました、兄君さま?」
「あ、春歌、かい?」
「はい、そうですけれど?」
小首を傾げる春歌。
「いや、いつもと髪型が違うからさ」
もう一度見直してみると、確かに春歌だった。いつもはポニーテイルにまとめている黒髪をただストレートに流しているだけなんだけど、でも、それだけでなんだか全然雰囲気が違う。
「……ぽっ、そんなに見つめないでくださいましゥ」
「えっ? あ、ごめん」
僕は、頬を染める春歌から視線を逸らして、わざと少し大声で言った。
「とにかく、春歌も早く朝ご飯を食べるといいよ。白雪のご飯も美味しいから」
「ま、にいさまったら、そんな本当のことを……ゥ」
「ええ」
春歌は僕の正面の席に座ると、「失礼します」と断ってから、紐で手早く髪をまとめて縛った。
「なにしてるの?」
「あ、はい。こうしないと、髪が料理に掛かってしまいますので」
「さすが、心遣いが細やかだね」
「そんなことありませんよ」
くすっと笑う春歌。
僕は振り返って訊ねた。
「ところで可憐……」
「か、可憐はほら、ちゃんと三つ編みにしてるから大丈夫っ」
「……いや、そうじゃなくて」
僕が苦笑すると、可憐はかぁっと赤くなった。
「も、もう。お兄ちゃんの意地悪ぅ」
「そう言われてもなぁ……。それよりも、可憐は食べないのかい?」
「えっ? あ、うん、それじゃいただきます」
可憐は頷いて、僕の隣の席に着いた。
朝食後は、宣言した手前、部屋に戻って勉強する僕であった。
「……ふぅ、こんなもんかなぁ」
一息付いて、ペンをノートの上に放り上げたとき、ノックの音がした。
「兄君さま、春歌ですが……」
「春歌? どうしたんだい?」
「はい……」
カチャ、とドアを開いて、春歌が入ってきた。服はいつもの和服に着替えていたが、髪は下ろしたままだったので、やっぱりちょっといつもと雰囲気が違う。
春歌は、そのまま床に正座して、深々と頭を下げた。
「兄君さま。このたびは、わたくしの為にご尽力いただいて、ありがとうございました」
「なに言ってんだよ、水くさいな。僕たちは兄妹だろ?」
「……はい」
一瞬、微妙な間を空けて、春歌はにこっと微笑んだ。
「兄君さま。わたくし、決めました」
「何を?」
「……今はまだ、内緒です」
そう言って、春歌は立ち上がった。
「それでは、失礼致します、兄君さまゥ」
「あ、ああ……」
僕は、そのまま部屋を出ていく春歌をなんとなく見送っていた。
……何を決めたんだろう?
「……ふふっ、どうやら春歌くんも、決心したようだね」
「何か知ってるのかい、千影?」
僕が訊ねると、千影はわずかに口を尖らせた。
「兄くん、最近は驚かなくなったね」
「まぁ、慣れたっつーかなんつーか」
「……いや、むしろ……、この程度では驚かないくらいで……、ちょうどいいのかもしれないね……。今後の……ためにも……」
千影は呟いて、僕に視線を向けた。
「兄くん、それでは……また、来世……」
「あ、ちょっと待って」
そのまま背を向けようとした千影を、僕は呼び止めた。
「千影は知ってるのかい? 春歌が何を決めたのか……」
「……春歌くんの……言った通りだよ。……今はまだ、知らない方が……いい」
「え?」
「知れば……きっと、兄くんが苦しむ……」
そう言い残して、千影は部屋を出ていった。
パタン、とドアが閉まる。
……僕が、苦しむ?
首を傾げながら、僕は閉ざされたドアを、しばらく見つめていた。
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あとがき
というわけで、とりあえず終わりですが……。
やっぱり慣れないことに手を出すもんじゃないな、と反省(苦笑)
いや、前回で春歌に弓を射させてみたところ、弓道関係者からお叱りのメールが……ひのふのみの……7通来ました(苦笑)
色々と細かい指摘があって、中には矛盾しててよくわからないものもあったりしましたが、一様に指摘されたのが、三点。
・手の内は弓を射なくても判る。
・会が短い
・残心が短い
……うう。手の内はともかく、会と残心は気を付けたつもりだったのですが、所詮は素人、というところでしょうか……。
なんだか、先を書くのが怖くなってきた。これから花穂のリーディングとか白雪の料理とか千影のむにゃむにゃとか、それなりに専門知識のいるようなネタがごろごろしてるだけに……。
……ちょうどきりもいいところなので、無かったことにしちゃおうかなぁ、と真剣に思っているこの頃です。はい。
あ、春歌の指摘された点については、DC版で加筆訂正する予定です。
01/07/29 Up