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承前
《続く》
「ええー? ウェンちゃん、ここに残るのぉ?」
リセットが聞き返すと、命の聖女モンスター、ウェンリーナーはこくんとうなずいた。
「やだやだやだぁ。一緒に行こうよぉ」
「リセット様、わがまま言っちゃいけません」
そうリセットをたしなめながらも、無駄だろうなと心の中でため息をつくかなみであった。
(なにせ、あのランスの娘なんだもん。素直に言うこと聞くわけないわよねぇ)
案の定、リセットはブンブンと首を振った。
「やだやだやだぁ! リセット、ウェンちゃんと一緒に行くんだもん!」
「……」
ウェンリーナーは困った顔をした。
「ウェンリーナーさま、どうしてここに残られるんですか?」
メナドが訊ねた。彼女はさらに困った顔をした。
「どうしてか、わかんないけど……。でも、ここから動いちゃいけない、そんな気がするの……」
「そんなの理由になんないよっ! ね、一緒に行こうよぉ」
「……」
黙って俯くウェンリーナーを見て、リセットはぷっと膨れて腕組みした。
「ウェンちゃんが行かないんだったら、リセットがここに残るぅ!」
「リ、リセットさま!?」
かなみが仰天して声をあげた。
「なんてことを……」
「だって、ウェンちゃん、あたしたちが行ったら独りぼっちだよ。そんなの、可哀想だよ」
リセットは、俯いて鼻をすすった。
「寂しいの、リセットやだもん」
と。
ウェンリーナーが、ふわりとリセットを抱き締めた。
「大丈夫。私はいままでずっと一人だったもの。これからだって……」
「でも……」
「リセットちゃん、またいつか、ここに来てくれる? そして、外で見たこと、聞いたことを、お話しして欲しいの」
微笑を浮かべて、ウェンリーナーは囁いた。
その姿を見ていて、かなみもメナドも納得した。
いかに、その姿が幼い少女のものであろうとも、ウェンリーナーが命を司る聖女であることを。
「……ね?」
ウェンリーナーの声に、リセットはこくんと頷いた。
「わかったよ、ウェンちゃん。絶対、リセットまた来るよ」
「リセットさま」
かなみが、後ろからそっとリセットの肩を引っ張った。
「行きましょう」
「うん」
リセットは頷くと、かなみの右手をぎゅっと左手で掴んだ。そしてメナドに向けて右手を伸ばす。
「メナドも〜」
「え? あ、うん。いいよ」
メナドも、リセットの手をぎゅっと握った。両手を二人に握られて、リセットはにこにこしながら歩いていった。
その様子を見送りながら、呟くウェンリーナー。
「……掴まった宇宙人?」
そして、シングは……。
「……いいんだ。俺は医術の使徒だから」
いじけていた。
「そうか、ここだったのね」
迷宮を、とにかく上へ上へと突き進み、やっと外に出たのは、それから丸二日後だった。
久しぶりの陽射しは、シャングリラの焼けつくようなそれではなく、ぽかぽかと暖かなものだった。
その迷宮の入口を見て、かなみはやっとその場所を知ることが出来た。
「知ってるの、かなみちゃん?」
「ええ。ここまでなら何度か来たことあるから」
かつて(本人は思いきり嫌々だったのだが)ランス付きの警護の役をしていたかなみは、彼の遠征に伴って世界を飛び回っていた。その時に、ここに来たこともあったわけだ。
かなみは、太陽に手をかざしながら言った。
「ここは、聖女の迷宮ね。そっか、聖女ってウェンリーナーのことだったのかぁ」
「聖女の……迷宮?」
「ええ。ゼスの東の方にある迷宮よ。この道を真っ直ぐ行けば、イタリアの街に着くわ」
「それじゃ、行こっ!!」
早速、先頭を切ってすたすたと歩き出すリセット。
「あ、待って下さい、リセットさま!」
「リセットさまぁ!」
慌ててそれを追いかける2人と、その後ろからのんびりと歩くシング。
道の曲がり角まで一気に走ると、リセットはくるっと振り返った。そして、迷宮の入口に向かって大きく手を振った。
「またね!」
聖女の迷宮の奥深く。
膝を抱え、宙に浮くウェンリーナー。
目を閉じ、眠り続けるその顔に、確かにそのとき、微笑が浮かんだ。
その数日後、一行はイタリアの街にたどりついた。
イタリアの街は、ゼス王国の地方都市の一つである。かつて、ランスがゼス王国を攻めたとき、この街に陣取っていたゼス王国軍氷の軍との間で繰り広げられた激戦、そして氷の軍の将軍ウスピラ・真冬の悲劇は、今でも語りつがれている。
それも、過去の話ではある。
「まぁ、ゼスはヘルマンほど危なくはないはずだけど、注意するにこしたことは、ありませんからね。いいですか、リセットさま。絶対に、私たちの目の届くところにいて下さいね」
街の門を通り抜けたところで、先頭を歩いていたかなみは、そう言って振り返った。
「わかりましたか? ……って、あれ? リセット様は?」
「……あっち」
メナドは苦笑しながら道ばたの露天の前に座りこんでいるリセットを指した。
「……ったく、父娘揃って人の話を聞かないんだから……」
額を押さえながら呟くかなみ。
「やはり、あの性格は遺伝なのか。ふむふむ」
ブツブツ言いながら、何やらメモるシング。
と、不意にリセットが振り返って、かなみ達を手招きする。
「かなみ〜、メナド〜、面白いものがあるよぉ〜」
「なんですか、リセットさま?」
メナドが元気に駆け寄っていった。リセットの脇に屈み込んで、何やら商品を指して笑いあっている。
(メナド、どうしてあんたはそう元気なのよぉ?)
その夜。
シャングリラに戻るというシングと別れ、とりあえず宿を取ったリセットとかなみ、メナドの3人は、久しぶりにベッドに横になっていた。
夜中になって、不意にかなみは目を覚ました。
くーくーくーくー
隣のベッドでは、メナドが静かに寝息を立てている。特に変わった様子もない。
(……気のせいかぁ)
心の中で呟いて目を閉じかけたかなみが、不意にがばっと跳ね起きた。
部屋の中に聞こえる寝息は、メナドのものだけだった。
「リセットさま!?」
かなみは、自分のベッドから飛び降りると、リセットの寝ていたベッドに駆け寄った。そして、毛布をまくり上げ、絶句した。
「そ、そんな……」
「むにゃ……。どうしたの、かなみちゃん?」
目をこすりながら身体を起こすメナドに向かって、かなみは叫んだ。
「リセットさまがいないのっ!!」
「ふわぁ。おトイレじゃないのぉ?」
まだ寝ぼけているらしく、欠伸をしながら聞き返すメナド。
「そんなわけないわ。ドアが開いたら、あたしが気付かないわけないもの」
メナドに答えながら、かなみはリセットの寝ていたベッドに手を置いた。
「……暖かい。ってことは、ついさっきまでは、ここにいたって事よね」
自分の顔をピシャッと叩いて意識をはっきりさせると、メナドは窓に駆け寄った。すべて鍵がかかっていることを確認してから、窓枠に手を掛けて揺すってみる。
「うん、窓から出入りした様子はないみたいだね」
「……」
かなみは目を閉じた。五感のうちの一つである視覚を封じることによって、他の感覚を研ぎすまし、周囲を探る。
数秒後、目を開けたかなみは、がっかりしたようにベッドに腰を下ろした。
「気配も何もないわ……」
「もしかして、ベッドに下に隠れてるとか?」
メナドは、カンテラを片手にベッドの下にもぐり込んでみたが、ほこりまみれになっただけだった。
「……魔法を使ったとしか思えないわ」
不意にかなみは顔を上げて呟いた。
「魔法……かぁ」
「ええ。このゼスは、かつては魔法の王国と言われてた国よ。リーザスやへルマンに較べると、魔法の技術も発達してた。ゼスの魔法使いなら、これくらいのことはあっという間にやってのけるわ」
「それはそうだろうけど……。それじゃ、どうするの?」
「う……」
思わず黙り込むかなみ。
「誰か、魔法使いがいてくれればなぁ……」
メナドもため息をついた。
翌朝。
二人は寝不足の顔を、食堂で突き合わせていた。
結局あれから進展はなく、二人はまんじりとしたまま夜を明かす羽目になったのだった
メナドは、暗い顔でまずそうにコーヒーを飲んだ。
「あ〜あ。これじゃ王様に会わす顔がないよぉ。かなみちゃん、どうしよう?」
「どうしようって言われても……。はぁ……」
かなみも、打開策を考えだせずにいた。
と。
「おや、どこかで見たような顔だと思ったら、かなみにメナドじゃないか」
不意にハスキーな声を掛けられた二人は、同時に声の方を見た。
食堂の入り口に、一人の美女がいた。紫色のショートカットがよく似合う、そのナイスバディの美女を見て、かなみが思わず腰を上げる。
「ミリさん!?」
「よ、久しぶりだねぇ」
軽く手をあげて挨拶したその美女の名はミリ・ヨークス。元はカスタムの街で薬屋を開業していたが、ランスの部下として部隊を率いて戦ったこともある。ゲンフルエンザという難病にかかっていたが、ランスがウェンリーナーの助けを借りてそれを治したという一件は有名である。
ちなみに彼女は絶倫王と呼ばれるランスにベッドで勝てる数少ない女性の一人でもある。ある意味ランス以上にたちが悪いのは、彼女は男でも女でもオッケイという、いわゆる両刀使いだからだ。彼女がリーザス軍にいた当時、彼女の部隊は「ミリ女王様とその下僕達」と呼ばれていたという。
閑話休題。
ミリは、食堂に入ってくると、断りもせずに空いていた椅子に座り、二人を見比べる。
「で、こんな所でなにしてんのさ。女二人で旅行かなにかかい?」
「そういうミリさんこそ、なにやってるんです?」
メナドは聞き返した。ミリは笑った。
「いやなに、温泉の旅行券が当たったんでな、ちょっと旅行に行ってたんだ。で、帰りにここに立ち寄ったんだけど」
「ミリさんっ!」
不意にかなみが大声を上げながら立つ。
「な、なんだよ?」
「志津香さんも一緒なんですかっ!?」
「え? あ、ああ。そうだけど……」
「逢わせてくださいっ!!」
かなみはミリの手をぎゅっと握った。
宿屋の食堂で、かなみは今までの状況を説明していた。
「……というわけなんです」
かなみは話し終わると、テーブルの正面に座って彼女の話を聞いていた、濃い緑色のロングヘアの少女に頭を下げた。
「お願いします、志津香さん! 力を貸して下さいっ」
「いやよ」
一言の元に、濃い緑の髪の少女はキッパリと断った。彼女が、天才黒魔術師として有名な少女、魔想志津香である。ちなみに、彼女の正面にいるかなみと並ぶランスの被害者であることは言うまでもない。
「志津香、そんな事言わなくても……」
隣から志津香に声を掛けたのは、青い髪をポニーテイルにくくり、眼鏡を掛けている少女だった。
志津香はきっとその少女を睨んだ。
「マリアだって知ってるでしょ! あたしがどれだけあの変態に迷惑かけられたか。その娘をどうしてあたしが助けなくちゃいけないのよっ」
「志津香……」
困ったように呟いたその眼鏡の少女は、マリア・カスタード。天才技術者であり、この世界では完全にオーバーテクノロジーである超兵器チューリップシリーズの作者としても知られている。なにせファンタジーのこの世界でビームバズーカや戦車、飛行艇、挙げ句の果てに宇宙ロケットまで作ったのだ。
反対側から、落ちついた雰囲気の赤い髪の少女が言った。
「志津香、あなたの気持ちは判るけど、そのリセットちゃんには罪はないのよ」
「ラン、あなただってランスのことは……」
「わかってる。でも……」
口ごもった赤い髪の少女。名はエレノア・ランといい、現在カスタムの街の町長代理を務めている。真面目で融通の利かない性格で、思い詰めるところがある。ランスに夜伽を強要されてノイローゼになり、自殺しかけたことがあるほどだ。
「ランスの子供なんだから、助けてあげなくちゃだめだよっ! っとっとっとっ、わわぁっ」
「おっと」
バンと机を叩いて立ち上がろうとしたものの、バランスを崩して倒れかけて、脇にいたミリに支えてもらっている少女、というより子供がミル・ヨークス。ミリの妹であり、幻獣使いとしての素質を持つ少女だ。ガキンチョには興味なしというランスに抱いてもらうために、魔法の泉に浸かって18歳まで成長していたが、ランスがいなくなったので(周囲に強制的に)魔法解除の泉に浸けられてしまい、今は年相応の姿に戻っている。
志津香はきっとミルを睨んだ。
「ミルは黙ってなさい!」
「……」
ぷんと膨れながらも、一応黙るミル。
その頭を撫でながら、ミリが声を掛けた。
「なぁ、志津香。おめぇがランスを恨んでるのは判ってる。でもよ……」
「嫌なものは、嫌なのっ!!」
「でも、志津香のお父さんの仇が討てたのはランスの……」
じろっと睨み付けられて、マリアの台詞は尻すぼみに消えた。
志津香の父を騙して殺し、母を陵辱したあげく発狂させてこれまた殺した魔法使い、チェネザリ・ド・ラガールを殺したのは、志津香ではなく、彼女の異父姉妹のナギだったのだが、志津香はその事を誰にも話そうとはしなかった。そのため、未だに親友のマリアでさえ、志津香が仇を討ったものと思っている。
志津香は、そのまま無言で立ち上がった。
「志津香さん!」
かなみが声をかけるが、志津香はそのまま部屋を出ていった。
「かなみちゃん……」
後ろからメナドが声を掛けるが、かなみはがっくりとうなだれていた。
「ああ〜、どうすればいいのよぉ……」
「かなみさん……。私、もう一度志津香を説得してみます」
ランが立ち上がろうとしたが、ミリがそれを制した。
「まぁ、待ちなよ」
「ミリさん!」
「今はあいつに逢わない方がいいぜ。なにせ、あいつ、魔法を使う時に邪魔されるの、酷く嫌がるからな」
そう言ってウィンクするミリ。
「魔法を使うって、それじゃ……」
かなみとメナドの顔がぱっと明るくなるのを見て、マリアが苦笑した。
「志津香って、素直じゃないから」
「ま、そこがまた可愛いところだけどな」
にっと笑うと、ミリはかなみ達に視線を向けた。
「ところでどうだい? 志津香の準備が終わるまで、久しぶりに逢ったことだし、しっぽりと……」
「けけけ結構ですっ!」
慌てて飛びすさるかなみ。メナドはきょとんとしている。
「どうしたの、かなみちゃん?」
「メナドこそっ!」
「ボクはランス王様一筋だもん」
「……あ、そ」
げんなりとするかなみに、皆が笑いだした。