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コーヒーカップ
To be continued...
ジェットコースター
メリーゴーランド
お化け屋敷
観覧車
あっという間に、楽しい時間は過ぎていってしまった。
そして、空がゆっくりと茜色に染まり始める。
「……恭一さん」
「何?」
観覧車から降りて、並んで歩いていると、不意にみらいちゃんが俺に声を掛けた。
立ち止まった俺に、みらいちゃんは手にした遊園地のマップを差し出す。
「ここ、行ってみませんか?」
「どのアトラクション?」
「い、いえ、アトラクションじゃないんですけど……。ここです」
みらいちゃんの示した場所には、“憩いの丘”と書いてあった。
ここからも見える小高い丘で、リフトを使って頂上まで行けるようになってるようだ。
「いいけど……、どうして?」
「なんとなく、行ってみたいなって……。ダメですか?」
俺の答えは決まってる。
「行こうよ」
「はいっ」
みらいちゃんは、嬉しそうに笑った。
3分くらいリフトに揺られて、俺達は“憩いの丘”の展望台に着いた。
「……大丈夫? みらいちゃん」
「は、はい、だ、だ、だい、だい……」
ただ、そのリフトっていうのが、スキー場でおなじみのいわゆる棒リフトだったわけで、みらいちゃんにはちょっと刺激が強かったかもしれない。
俺は、展望台のベンチに座り込んでいるみらいちゃんの隣に腰を下ろした。
「ご、ごめんなさい、恭一さん……。わ、わたし、取り乱しちゃって……」
ようやく落ち着いてきたみらいちゃんが、俺に謝る。
「謝ることないって。でも、みらいちゃんって、高いところ、苦手なの?」
「は、はい。実は……」
そう言えば、ジェットコースターに乗ったときもずっと硬直してたような……。ううっ、悪いコトしちゃったな。
「降りるときは歩いて降りることにしようね」
「はい……」
俺は顔を上げて、思わず感嘆の声を上げた。
「それよりほら、見てごらんよ。街が見える」
「え? あ、本当ですね……」
俺達の眼下には、茜色に染まった街が広がっていた。
と、不意に胸に軽い感触。
視線を戻すと、みらいちゃんが俺にもたれかかっていた。
「あ、あの……」
「いいよ」
俺がそう言うと、みらいちゃんは安心したように、視線を街並みに戻した。
「……本当に、綺麗ですね」
「そうだね……」
そして、俺達はしばらく黙って、街並みを眺めていた。
「今日は、ありがとうございました」
不意に、みらいちゃんが言った。
「……みらいちゃん。まだ、今日は終わってないよ」
俺の言葉に、こくりと頷くみらいちゃん。
「はい……」
「それだったら……」
「でも、わたし……、今、とっても、……幸せ、です」
ぽつりぽつりと、噛みしめるようにそう言うと、みらいちゃんは身体を俺から離した。
「わたし、これ以上、恭一さんと一緒にいたら……、きっと、もう離れられなくなっちゃいます。だから……、だから、ここで……」
「みらいちゃんは、それでいいの?」
「……」
「俺は、嫌だ」
俺は、言った。
「みらいちゃんともっと一緒にいたい」
「わたしも……です」
「だったら……」
俺は、みらいちゃんの肩にそっと手を置いた。
みらいちゃんの身体がぴくっと震えた。でも、そのままみらいちゃんは、身動きしなかった。
「あ、あの、わたし……」
「みらいちゃん。好きだ」
その言葉に、もう一度身体を震わせるみらいちゃん。
「……あ、あの……わたしも……です」
真っ赤になってそれだけ言うと、俯いてしまうみらいちゃん。
俺はその肩に置いた手に、少し力を込めた。
「みらいちゃん、顔を上げて……」
「……はい」
顔を上げるみらいちゃん。
その細い顎にそっと手を触れると、みらいちゃんは静かに瞳を閉じた。
俺はゆっくりと……。
「待ったーーっ!!」
「どわぁっ!!」
「きゃっ!」
いきなり大声を上げられて、俺達は同時に飛び上がった。それから揃って声の方を見る。
そこで、肩で息をしながら俺達を睨んでいたのは、千堂さんだった。
「おっ、お父さんっ!?」
「千堂さんっ、どうしてここにっ!?」
と、その背後の茂みががさがさっと揺れた。
「恋人達の甘い語らいを邪魔するのは美しくないぞ、まいぶらざぁ」
そう言いながら、茂みを押し分けて現れたのは、九品仏さんだった。
「だ、誰が恋人だ、誰がっ! 俺は認めてないっ!」
「いや、しかし雰囲気的にはだな……」
「やかましいっ」
「お父さんっ!」
その声に、千堂さんと九品仏さんはもとより、その2人を唖然として見ていた俺も、揃って声の主の方に視線を向けた。
「どうしてっ、どうしてここにお父さんがいるのっ!?」
みらいちゃんが、いつものおどおどした様子はどこへやら、真っ赤になって大声を上げていた。
「あ、いや、それはだな、みらいに万一のことがあってはだな……。た、大志、説明しろ説明っ」
「責任を他人に押しつけるのはエレガントではないぞ、同志和樹よ」
「てめっ、逃げるなっ!」
「お父さんこそ逃げないでっ、ちゃんと説明してっ」
……うわ、みらいちゃん怒ってるぞ。
考えてみれば、今までみらいちゃんが怒ったところなんて見たこと無かったよなぁ。こんな風になるのか……。
「えっとだな、大志が電話掛けてきて、みらいとこいつ……」
「恭一さん」
みらいちゃんに訂正されて、千堂さんは言い直した。
「……恭一くんが一緒に出かける、なんて知らせてきたんだ」
俺が九品仏さんの方を見ると、彼は腕組みして明後日の方を見ていた。
「それで、俺は行きたくないって言ったんだが、こいつがどうしても見に行くって聞かないもんだから……」
「それじゃ、いままでずっとわたし達を見張ってたの?」
「……す、すまん」
ぺこりと頭を下げる千堂さん。
みらいちゃんは、ぴっと坂道の方を指さした。
「帰って」
「みらい……?」
「もう、帰って」
「……すまん」
もう一度頭を下げて、千堂さんは立ち上がった。そして、九品仏さんの方を見ようともせずに、そのまま坂道を下っていった。
俺は九品仏さんに声を掛けた。
「千堂さんの言ってたことは本当ですか?」
「ん? どのことだ?」
「俺とみらいちゃんが一緒に出かけることを、千堂さんに教えたってことです」
「……事実だ」
そう言った九品仏さんが、よろめいた。
カシャン
軽い音を立てて、眼鏡が石畳に落ちる。
「き、恭一さんっ」
みらいちゃんが声を上げた。
九品仏さんは、赤くなった頬を撫でると、腰をかがめて眼鏡を拾い上げた。そして、言った。
「それで、君の用件は終わりかね?」
「……ええ」
「では、失礼する」
くるりと背を向け、九品仏さんは言葉を継いだ。
「ただ、吾輩からも一つだけ言わせてもらおう。残念ながら、まいぶらざぁ千堂和樹は、君たちのことを認めていない。むしろ、柳井恭一、君のことは疑ってかかっていると言えるだろう。そんな2人がたとえ半日といえど2人きりで過ごしたとして、そのうえで改めてまいえたーなるふれんどを説得出来ると思うか?」
「……」
「そのためには、多少あざとくとも、2人の関係を彼に見せておく必要があると、吾輩は断じたのだ。……だが、同志和樹があのように無粋な真似に及んだことだけは、吾輩の計算違いだったな。ともあれ、もう今日の所は邪魔はせんよ」
そう言うと、九品仏さんは軽く手を振って、そのまま去っていった。
その背を見送って、俺はみらいちゃんに声を掛けた。
「みらいちゃん……」
「ご、ごめんなさいっ」
思いっ切り、身体をくの字に折るようにして、みらいちゃんは頭を下げた。
「お父さんが、こんな所まで来てるなんて、ほ、ほんとに、わたし、知らなくて、その、だから……、ううっ」
「わわっ、泣かないでっ」
そのまま泣き出しそうになったので、俺は慌ててみらいちゃんに話しかけた。
「いや、全然気にしてないしからっ」
「……うくっ、で、でも、恭一さん……、あんなに、怒って……」
う。
確かに頭に来たのは確かだ。九品仏さんをぶん殴っちゃったし。
でも、それはみらいちゃんのせいじゃないわけだし、そんなことでみらいちゃんを泣かせるなんて本末転倒だ。
「えーっと、そうだ。もう暗くなるし、とりあえず俺達も、ここから降りようか」
「……はい」
小さな声で、それでもみらいちゃんは頷いてくれた。
歩いて、それもみらいちゃんを落ち着かせながらゆっくりだったので、下に降りたときにはもう日はとっぷりと暮れていた。
何げに時計を見ると、もう午後7時半。
「みらいちゃん、お腹空かないかい?」
声を掛けると、ようやくみらいちゃんは笑顔を見せてくれた。
「はい」
「よし、それじゃ……」
俺は辺りを見回し、ホットドックの屋台が出ているのを見かけた。
「あのホットドッグなんてどう?」
「あ、はい、それでいいです」
「オッケイ。んじゃ買ってくるから、みらいちゃんはここで待ってて」
そう言って歩き出そうとしたところで、ワイシャツの裾を引っ張られた。
振り返ると、みらいちゃんがしっかりと裾を掴んでいた。
「みらいちゃん?」
「あ、あの、わ、わたし、その……、い、一緒に……」
おずおずと、それでも必死になって言うみらいちゃんに、俺は頬を緩めた。
「そうだね。一緒に行こうか」
「あ、はいっ」
大きく頷いてから、みらいちゃんはようやく、嬉しそうに笑った。
みらいちゃんにその笑顔が戻ったのが、俺は一番嬉しかった。
ホットドッグを2人で買って、俺達はベンチに座ってそれを頬張った。
「……うん、うまいな」
「はい」
もそもそとホットドッグを頬張るみらいちゃん。
「……ふふっ」
「……? ふぁい?」
小首をかしげるみらいちゃんの頬を指でつつく。
「ふゃっ!」
「いや、そんなにほっぺた膨らましてると、なんかリスみたいで可愛いなぁって思ってさ」
「ふぁ……、ふぁぁぁ」
かぁっと真っ赤になって、俯いてしまうみらいちゃん。
「わ、わたし、可愛くなんか……ないですよ……」
「いや、可愛い。俺がそう決めた」
きっぱりと言うと、みらいちゃんは困ったように笑った。
「恭一さん、今日はいつもより強引です……」
う。
自分でも多少は自覚はしてたんだけど、みらいちゃんもそう思ってたか。
「……嫌になった? それなら……」
「いえっ」
俺の言葉を遮るように、みらいちゃんは首を振った。
「そんなことないですっ。ぜったいないですっ」
そこまで力説してくれると、なんだか嬉しいなぁ。
あ。
「み、みらいちゃん、ケチャップ、ケチャップが!」
「えっ? あわわっ!」
みらいちゃんが力説した弾みに、手にしていたホットドッグからケチャップが垂れて、服の胸元に付いてしまった。
「ど、どうしましょう……」
「とにかく拭いて……」
ハンカチを出して、汚れたところを拭こうとした俺の手が、柔らかなものを……。
「え?」
「あ……」
俺の手がみらいちゃんの柔らかなところをしっかりとまさぐっていたりいなかったり。
「あ、ち、違うんだっ、俺はこう拭こうとケチャップが、ああっ! うわぁっ、余計しみが広がってしまったぁっ!」
「う、……えぐっ」
「わわ、泣かないでっみらいちゃんっ!」
「……それで、そのまま帰ってきたわけ?」
かおるは呆れた顔をした。
寮に帰ってきた俺達は、まずかおるの部屋に行って、ドアのところで出てきたかおるに簡単に顛末を説明したのだ。
「しょうがないだろ? 胸元を汚した服のままで、みらいちゃんを連れ回すわけにもいかないし」
「ご、ごめんなさい。服、汚しちゃって……」
見るからにしょんぼりとしてみらいちゃんが謝ると、かおるは笑って手を振った。
「あ、いいのいいの。服の一つや二つ、洗えば大丈夫だってば。あ、それじゃすぐに洗濯しちゃうから、みらいちゃん、あたしの部屋で着替えてね」
「は、はい……」
みらいちゃんは頷いて、かおるの部屋に入っていった。
かおるも後から入っていくかと思いきや、そのままドアを閉めて俺に向き直る。
「さて、と。恭一、ちょっと話があるんだけど」
「みらいちゃんのことか?」
聞き返すと、かおるは頷いた。
「うん。……恭一、これからどうするの?」
「どうするって聞かれても……。みらいちゃんが着替えたら、マンションまで送って行くよ。もう時間も9時近いし、他にどこかに遊びに行くっていうのも、ちょっとな」
かおる相手ならゲーセンに行くとかいう手もあるけど、みらいちゃんをゲーセンに連れて行くっていうのはダメだろう。昼間ならともかく、今くらいの時間帯だと、ちょっとばかり客層もよろしくないわけだし。
「それじゃ、そのままみらいちゃんを帰しちゃうの? もう逢えないかもしれないのに?」
「そんなわけないだろ?」
「わかんないわよ。千堂さん、遊園地にまでついてきたんでしょ?」
「……でも、俺はみらいちゃんを信じてるから」
俺が言うと、かおるは、一瞬妙な顔をした。
「……?」
「な、なんでもないわよ」
かおるは、外の方に視線を向けて呟いた。
「……そうよね。それしか、ないもんね……」
「……どうしたんだ、かおる? なんか悪いもんでも食ったのか?」
「あのね……。ま、いいわ」
肩をすくめるかおる。
「なんだよ、気持ち悪いな。言いたいことがあるならはっきり言えよ。お前らしくもない……」
「あたし……らしく?」
「ああ、そうだろ?」
「……そうだよね。うん……」
かおるは一つ頷くと、俺に向き直った。
「あのね、恭一……」
と、その時、かおるの部屋のドアが少しだけ開いた。
「あ、あの、かおるさん……、わたしの服、どこに……」
「あっ、そっか。ごめんごめん。こら、恭一、覗くんじゃないわよ」
じろっと俺を睨んでから、かおるはするっとドアの隙間から部屋に入っていった。
「……で、俺はここで待ってればいいのか?」
俺の声は、空しく廊下に消えていくのであった。
「……それじゃ、恭一さん」
「うん……。本当にここでいいの? マンションまで送っても……」
「大丈夫、です」
みらいちゃんは、にこっと笑った。
俺はみらいちゃんと一緒に、駅まで来ていた。みらいちゃんのマンションのある高圓寺までは、ここから電車で1駅。
みらいちゃんは、深々と頭を下げた。
「今日は、本当にありがとうでした」
「……みらいちゃん」
「はい?」
笑顔で、俺は言った。
「また、明日な」
「……はいっ。また、明日ですっ」
みらいちゃんも、笑顔で頷いて、改札を通り抜けた。そこで振り返って、もう一度言う。
「また、明日ですっ」
「ああ。キャロットで待ってるから」
「はい。絶対、行きますっ」
そう言い残し、みらいちゃんはホームに続く階段を駆け上がっていった。
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