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「……っくしょんっ」
To be continued...
大きなくしゃみをして、俺はずきずき痛む頭で部屋を見回した。
焦点が合わずにピンぼけした視界。
どうやら、風邪を引いたらしい。
まぁ、ずぶ濡れになって帰ってきて、そのまま寝てたんだからしょうがないか。
……あれ?
俺は、天井を見上げながら、ぼんやりとした頭で夕べのことを思い出そうとした。
寮に帰ってきて、部屋のドアを開けたところまでは覚えてるんだが、その後がどうなったのか記憶にない。
そして、今はというと、ベッドに寝ている。そのうえ、ご丁寧に、額にはタオルが乗せてある。
一体……。
と、ガチャッとドアが開いた。そっちを見ると、七海が入ってきたところだった。
「……七海?」
「お、目が覚めたか? 気分はどうだい?」
「……よくない」
「どれ?」
七海は、ベッド脇に屈み込んで、俺の額のタオルをどけると手を付けた。
「ん〜。熱あるんじゃねぇか? ったく、世話の焼ける奴だなぁ」
その時、ドアが開いて、今度はよーこさんが入ってきた。
「グーテンモルゲン。恭一のよーだい、どですか〜?」
「あ、目は覚めたけど、熱があるみたいだ」
「熱、ですか? やっぱり、涼子さんか葵さんに知らせましょうか?」
「その方がいいかもな。頼めるかい?」
「あいよっ」
元気いい返事をして出ていくよーこさん。
俺は七海に尋ねた。
「なにが……どうなってるんだ?」
「なにがどうって、そりゃこっちが聞きたいよ」
そう言いながら、タオルを流しで洗う七海。
「お前、部屋の前で倒れてたんだぜ」
「……へ?」
「たまたま、あたいがコンビニに行こうと思って玄関に出たら、お前が倒れてたのが見えたもんだから、とりあえずよーこに手を貸してもらって、部屋まで引っ張り込んだんだよ」
ぎゅっとタオルを絞って戻ってくると、七海はそれを俺の額に乗せた。そして、訊ねる。
「……なぁ。かおると何かあったのか?」
「……悪い」
俺は目を閉じた。
「かおるのことは、今は……」
「……そっか。じゃ、何も聞かねぇよ」
七海はそう言って、ベッドの俺の脇に腰を下ろした。
「でも、お前が倒れたって聞いて、あいつすごく心配してたぜ」
……かおるが?
顔を七海に向けると、タオルが額からずり落ちた。
「こらこら、動くんじゃないよ」
ぐいっと顔を上に向け直させられ、タオルをべしっと額に押しつけられる。
「お前を運び込んでからかおるに知らせたら、慌ててここに飛んできてさ、あとはあたしがみてるからって追い返されちまったんだよ」
七海はそう言って肩をすくめた。
「あいつ、ついさっきあたいが来たら、まだここにいたからなぁ。どうやら徹夜してみてたみたいだから、ちょっと休んでこいって追い返したとこだったんだ」
「……」
と、ドアが開いて涼子さんとよーこさんが入ってきた。
「恭一くんが倒れたんですって?」
「あ、涼子さん。こいつ、熱があるみたいでさぁ」
涼子さんは、ベッド脇に屈み込んで、心配そうに訊ねた。
「大丈夫?」
「ええ。今日は休みだし、寝てれば治りますって」
「そう? あ、そうそう。確か部屋に風邪薬置いてたから、持ってくるわね。それから、何か栄養のつくものを……」
「あ、それならそこにおかゆが作ってあるぜ」
七海がキッチンを指す。
「夕べのうちにかおるが作ったんだと思う。今朝来たらおいてあったし」
「それじゃ、私がおかゆ暖めますね〜」
しゅたっと手を挙げて、よーこさんがコンロのスイッチを入れる。
「それじゃ、すぐに捜してくるわね」
涼子さんはあわただしく部屋を出ていった。
俺は、ベッドの上で体を起こした。
「おいおい、大丈夫か?」
「そこまで衰弱してないって」
苦笑して、部屋を見回す。
「なら、いいけどな。お前に今倒れられちゃ困るんだよ。そうなったら、あたいはまた力仕事に逆戻りだからな」
そう言って、七海は立ち上がった。
「んじゃ、あたいは部屋に戻るよ。今日は早番だからな」
「……おう。世話になったな」
「倉庫整理1回でチャラにしてやるよ」
「へいへい」
俺が答えると、軽く片手を上げて七海は出ていった。
それとすれ違うように、涼子さんが入ってきた。
「はい、風邪薬持ってきたわよ。食後に飲んでね」
「すみません」
それを受け取っていると、よーこさんが片手に鍋を持ってぱたぱたとやってくる。
「おわん、どこですか〜?」
「えっと……」
「ああ、私がやるから恭一さんは寝てなさいって」
涼子さんがそう言って、キッチンの方に歩いていった。
おかゆを食べて薬を飲んだ後、よーこさんと涼子さんは「お大事に」と言って出ていった。
俺は横になっているうちに、いつの間にかうとうとしていた。
……。
うわぁぁぁん
誰かの泣き声が聞こえる。
そんなに泣くことないのに。
俺は手を引きながら言った。
「大丈夫だってば」
しゃくり上げながら、その子は俺の顔を見上げる。
「だって、ママがいなくなったのぉ」
「大丈夫だよ」
根拠のない言葉を並べながら、俺はその子の手をぎゅっと握る。
「大丈夫だって」
「ひくっ……うん」
その子は、涙のいっぱいたまった大きな瞳で俺を見ると、こくりと頷いた。
ぼーっとした頭で天井を見上げる。
薬が効いてきたせいか、全身にべっとりと寝汗をかいていた。
さっきのは……夢か?
……夢、だよなぁ。
あんな小さな子の手を引っ張って歩いてた覚えなんて、全然ないし……。
俺は思わず、布団から自分の手を出して、じっと見つめていた。
……小さな女の子だった……けど。
それを見ていた俺の視点が、その女の子と同じくらいの高さだった。ってことは、俺も小さかったってことなのか?
俺の小さな頃……。
親父の転勤でずっと全国を渡り歩いてたから、小さな頃っていっても時期によってどこにいたかが違うしなぁ……。
「……ふぅ、やめやめ」
俺は首を振って、布団から出た。タオルで首筋を拭く。
どうやら、熱は少しは下がってきたらしい。朝ほど苦しくもなかった。
そういえば、お腹も空いたな、と思って時計を見ると、ちょうどお昼過ぎだった。
と。
トン……トン
ノックの音がした。
「はい」
慌ててパジャマの衿を直しながら返事をしたが、ドアは開かない。
「……?」
気のせいか、と思ってベッドに入り直そうとしたとき、また微かにノックの音がした。
トン……トン
「どうぞ〜」
声をかけたが、やはりドアが開く様子もない。
俺はジャケットを肩にかけて、ドアのところに歩いていった。そして、ドアを開く。
そこには、知らない女の子が立っていた。
青い、肩で切りそろえた髪をヘアバンドで留めたショートカットが印象に残る。っていうか、俯いてもじもじしているので、髪型が最初に目に入ったわけだけど。
「あ、あの……」
「……」
もじもじしながら上目遣いに俺をちらちらと見ていたその娘に、俺はおそるおそる訊ねた。
「……どなたですか?」
「……へ?」
その娘は、目を丸くした。やがて、そのまなじりがきりきりとつり上がる。
「あんた、本気で言ってる?」
……どっかで聞いたような声だな。でも……。
なおもとまどった顔をしていると、その娘は右手の拳を握って、はぁっと息をはきかけた。
「なんなら、思い出すまでぶん殴ってあげるわよっ」
その瞬間、俺の中で線が繋がった。思わず、指さして声を上げる。
「か、か、か……」
「……やっとわかったみたいね」
俺は、ごくりとつばを飲み込んだ。
「かおるかぁっ!!」
「そうよ」
かおるはふぅとため息をついた。
「まったく。まぁ、髪切っても気付いてもらえないよりはマシかも知れないけど……」
「でも、どうし……ックション」
くしゃみをする俺をみて、かおるは慌てて俺の肩を押して反転させると、背中を押す。
「もうっ、なにやってんのよ! 病人はさっさと寝なさいよっ!」
「だれのせいだと……ックション」
「ほらっ、いいから!」
俺は半ば強制的に部屋の中に押し戻された。
「ほらっ、とりあえずこれ被って座ってなさいっ」
そう言って毛布を俺にかぶせると、かおるはベッドから布団を下ろすと、シーツを剥いだ。
「お、おい?」
「濡れたベッドなんかに寝てたら、治るものも治らないでしょっ! シーツの換えは?」
「あ、ああ、そのクローゼットの……」
「こっちね」
言い終わる前にクローゼットを開けると、かおるは新しいシーツを出した。それを手際よくベッドに敷くと、くるくるっと角を留める。
「よし。あとは、布団ね」
そう言うと、布団カバーも速攻で取り替えてしまうかおる。瞬く間にベッドメイクまで終わらせると、ポンポンと手を叩いた。
「できた、と。はい、どうぞ」
「お、おう」
俺はのそのそとベッドに潜り込んだ。確かに乾いたベッドは、さっきまでの湿ったベッドとは心地よさに雲泥の差がある。
俺がベッドに入るのを見届けてから、かおるはキッチンにとって返す。
「あ〜、やっぱり鍋焦がしてる〜。もう、しょうがないんだからぁ」
「いや、それは……」
よーこさんがやったんだが、と言いかけたが、言い終わる前に畳みかけられた。
「病人は黙ってなさいっ! この分だとお昼もまだでしょ? すぐに作るからおとなしく寝てなさい」
「……ああ」
とりあえず反論するだけ無駄なようなので、俺はおとなしく目を閉じた。
と、トタタッと枕元に駆け寄る足音と、続いて額にぴたっと冷たい感触。
「ん?」
目を開けると、かおるが額に何かを当てていた。
「これ、買ってきたの忘れてた」
「へ?」
「熱冷まし用のシートよ。濡れタオルよりもこっちの方が効果的だから。剥がしちゃ駄目よ」
そう言って、キッチンに戻るかおる。
確かに冷たくて気持ち良い。
俺は、今度こそ目を閉じた。
「……ん?」
また、うたた寝していたようで、目を開けると部屋の中が赤く染まっていた。
時計を見ると、午後6時を過ぎている。……って、そんなに寝てたのか、俺は?
「……んにゃ……」
小さな声が聞こえた。見ると、かおるがベッドに頭を乗せて寝ていた。
「……こいつ」
俺は、かおるの頭に手を伸ばした。
「好きでもなんでもないんだから」
……そうだったな。
俺はかおるの肩を掴んで揺り起こした。
「おい、起きろっ」
「……ん?」
かおるはとろんとした目のまま顔を上げた。そしてふわぁとあくびをする。
「ごめん、寝てた?」
「ああ、がーがーいびきかいて寝てた」
「嘘ばっかり」
くすっと笑うと、かおるは立ち上がった。そして、俺の額に張ってあったシートを剥がすと、ぺたりと手を当てる。
「……うん、熱下がったみたいね。それじゃ、あたしは帰るね。おかゆ作っておいたから、勝手に暖めて食べなさい」
「……ああ。サンキュ」
俺は片手を上げた。かおるはドアのところまで来てから、振り返った。
「……あのね、恭一……」
「ん?」
「……ううん。また明日」
「……ああ」
パタン
ドアが静かに閉まった。
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あとがき
お待たせしました。2014の続きです。
ま、とりあえずこんなところで。
Pia☆キャロットへようこそ2014 Sect.23 00/5/21 Up