喫茶店『Mute』へ
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「ううーっ」
To be continued...
「だからぁ……」
「ひどいよぉ〜」
「ごめんって言ってるじゃない」
「雪ちゃん、裏切り者だよ〜」
「人聞きの悪い事言わないで」
私は、拗ねて膨れるみさきの頬を撫でた。
「せっかく今日はお休みだから、雪ちゃんとカレーの食べ比べしようと思ってたのに……」
「あなたと食べ比べして勝てる人なんていないわよ」
「……それはそれで、なんだか嫌だね」
くすっと笑うと、みさきは頷いた。
「まぁ、仕方ないよね」
「帰りにまた寄るから」
「あ、雪ちゃん。私、パタポ屋のクレープがいいなぁ」
「はいはい」
苦笑して、私はもう一度みさきの頬を撫でると、並んで腰掛けていたベッドから立ち上がった。
「それじゃ行って来るわね」
「はい、行ってらっしゃい」
みさきの声に送られて、私はみさきの部屋を出た。そこでおばさんと出くわす。
「あら、雪ちゃん。もう帰っちゃうの?」
「ええ。今から部活ですから。帰りにまた寄らせてもらいます」
「そうなの。ごめんね、雪ちゃん」
「いえ。それでは」
「はい、行ってらっしゃい」
みさきと同じセリフ。さすが親娘って言うべきかしらね。
私は会釈して、三和土で靴を履いて、外に出た。
みさきの家を出ると、10秒で校門に着く。
だから、その風景は、みさきの家の門に手をかけたときに、私の目に飛び込んできた。
校門のところに、上月さんと折原くんがいた。
声が聞こえてくる。
「それはよかった……。でも、できればもう少し離れてくれっ」
上月さんが、折原くんの腕にしがみついてる。
「……どうしても、だ」
折原くんの顔を見上げる上月さんに、折原くんが言う。
でも、まだ離そうとしない上月さんに、折原くんは声を荒げた。
「いいからくっつくなっ!!」
「!」
びくっとして離れると、上月さんは不満そうに膨れると、そのままぷいっとそっぽを向いて、一人で校舎に向かって歩いていった。
それを見送っている折原くんに後ろから声を掛ける。
「ダメよ、上月さんをいじめちゃ」
「えっ?」
折原くんは驚いて振り返り、私を見てほっと一息付き、肩をすくめて見せた。
「別にいじめてるわけじゃないって」
私は苦笑した。
「せっかく、可愛い彼女なんだから……」
「……は?」
折原くんが、私の言葉に凍り付いたように動きを止めた。
「俺と、澪が……?」
「違うの?」
聞き返した私に、折原くんは奮然として言った。
「全然違うっ!」
「……そうなんだ。……お似合いのカップルだって思ってたのに……」
私は、ため息をついた。
折原くんは、上月さんの歩いていった校舎の方を指して、言葉を続ける。
「第一、どう考えても、あいつは恋人ってタイプじゃないだろっ!」
「……どうして?」
聞き返す私に、折原くんは腕組みして答えた。
「あいつは妹みたいなもんだからな。恋人とか、……そう、恋愛対象として見るわけないだろ?」
……悲しかった。
何が悲しかったのか判らないままに、私は言い返していた。
「でも、それは折原くんの一方的な考えでしょ?」
なにが、悲しいんだろう?
「あいつだって、俺のことはなんとも思ってないって」
肩をすくめる折原くん。
「……本当に、そう思ってるの?」
「当たり前だ」
はっきりと言う折原くんに、私は頷いた。
「……そっか」
あ、そうか。
「嘘……」
「え?」
「嘘、ついてないと……いいんだけどね……」
折原くんは、上月さんと……。それなら、みさきは……。そう思って、私は安心してたんだ……。
私は……。
「……深山先輩?」
折原くんは、黙り込んだ私に声を掛けた。
「……ごめんなさい。それじゃ、行きましょうか」
私は頷いて、歩き出した。
それからはお互いに無言のまま、校舎に入り、廊下を歩く。
休日だから、他の生徒は学校にはいない。それが、余計に静かさを増しているような気がした。
程なく、演劇部の部室にたどり着くと、私が先にドアを開けた。
部室の中には、もう何人かの部員がいた。ただ、上月さんは、まだいないようだった。
どこかで寄り道してるのかしら。
そんなことを思いながら、部室に入る。
「おはよう、みんな」
「おはようございま……す」
顔を上げた部員が、挨拶をしかけて、何故か口ごもる。
それも、皆。
「……どうしたの?」
訊ねると、1年生の秋山さんが、私に尋ね返した。
「……深山部長。その人は、誰ですか?」
「……え?」
彼女の視線は、私の後ろに向いていた。私も振り向いた。
そこにいるのは、……折原くん。
「新入部員、ですか?」
背後から、秋山さんの声。私は向き直って、苦笑した。
「秋山さん、折原くんのこと、言ってるの?」
「……名前は知りませんけど……」
その表情、そして口調。
私は、一瞬絶句した。
秋山さんも、それに他の部員達も、冗談を言ってるとばかり思ってたけど……。
違う。
「どうしたの? 今まで、折原くんとは、一緒に頑張ってきたじゃない」
確かに、ずっと上月さんについていてもらったから、他の部員と一緒にいた時間は少なかったかもしれないけど、だけど、知らないはずはない。
秋山さんだって、折原くんとは何度もしゃべってたし、他のみんなも……。
そんな思いを砕くように、秋山さんは、きっぱり言った。
「私、その人とは、初対面ですけど……」
「えっ?」
私は振り返った。
そこにいた男子生徒は、くるりと背を向けて、部室から出ていった。
「……え?」
「部長、今の、誰なんですか?」
秋山さんにもう一度訊ねられて、私は向き直った。
「……とにかく、練習を始めましょう。もうあまり時間もないんだから」
「はい」
まだ、不思議そうな顔をしながらも、それぞれの練習に戻っていく部員達。
私は、廊下に出て左右を見てみたけど、もうさっきの男子生徒の姿は見えなかった。ただ、足音が一瞬微かに聞こえたような気がしたけど……。
「……誰、だったのかしら?」
もう一度呟いて、私は部室に入ろうとした。
と、私が見ていた反対側から、軽い足音が聞こえた。そっちを見ると、上月さんが胸に鞄を抱きしめて駆けてくるのが見えた。
「上月さん?」
「……!」
顔を上げて、私の姿を見た上月さんは、ほっとしたように足を緩めて、私の前まで来た。そして、ぺこりと頭を下げる。
「おはよう。どうしたの?」
訊ねると、上月さんはふるふると首を振って、スケッチブックを広げた。
『怖かったの』
「なにが?」
訊ねたけど、それ以上はふるふると首を振っているだけだった。そして辺りを見回して、スケッチブックのページをめくる。
『いないの』
「いないって、誰がいないの?」
私が訊ねると、上月さんはまた首を振った。
『わからないの』
と、上月さんの後ろから牧田くんが走ってきた。
「すみません、部長。遅れました」
「遅いわよ。それじゃ上月さん、今日の練習、始めましょうか?」
私が声を掛けると、上月さんはもう一度振り返ってから、こくりと頷いた。
練習が終わって、私は約束通り、商店街に出ると、パタポ屋に立ち寄った。
行列に並んでいると、声が掛けられる。
「あっ、深山先輩。こんにちわ」
そちらを見ると、私服姿の長森さんだった。私の視線を受けて、もう一度頭を下げる。
「長森さん、こんにちわ」
「制服着てるってことは、部活だったんですか?」
訊ねながら、長森さんは私の後ろに並んだ。
「ええ。今終わったところよ」
「そうですか。浩平、ちゃんとやってますか?」
「……え?」
その長森さんの言葉が、まるでジグソーパズルの欠けていたピースのように、はまった。
「折原くん!」
どうして!? なぜ、私は……。
「深山先輩、浩平が何かしたんですか?」
「……あ、いいえ……」
私は首を振った。
今から学校に戻ったとしても、折原くんがいるとはとても思えない。もうあれから何時間もたってるし。
「長森さん、今日折原くんと逢った?」
「いえ……」
「それじゃ、逢ったら私に連絡くれるように言って」
「もしかして、浩平、部活さぼったんですか? わ、ど、どうしようっ。すみません、深山先輩っ」
慌てて頭を深々と下げる長森さん。
「わたしからも謝りますから、今回は許してくださいっ。わたしからも、次からはちゃんと出るように、きつく言っておきますからっ!」
「あ、違うのよ。ちょっと連絡事項で言い忘れたことがあるだけなんだから」
「あっ、そ、そうなんですか……」
ほっと胸に手を当てて息を付くと、長森さんは笑顔で言った。
「でも、浩平が部活してるなんて、ちょっと前からしたら、想像もできないですよ」
「長森さん、あの……」
「あ、次、深山先輩ですよ」
言われて振り返ると、私の前に並んでいた人が、クレープを受け取ってお金を払っているところだった。
「次の方、注文をどうぞ〜」
「あ、はい。ええっと、それじゃ、チョコバナナで、トッピングは……」
クレープを受け取って、長森さんと別れると、私はみさきの家に向かった。
もう夕方で、夕焼けが辺りを赤色に染めている。
みさきの家の前まで来たところで、何となく学校に視線を向けると、校庭に長い髪の少女が佇んでいるのが見えた。
「……みさき?」
私は、そちらに向かった。
校庭を横切って、近寄っていくと、向こうが先に顔を挙げた。
「……あの、どなたですか?」
「私よ、みさき」
「あ、なんだ。雪ちゃんだったんだ。ちょっとドキドキしちゃったよ」
にっこり笑うみさき。
私は苦笑しながら、言った。
「クレープ、買ってきたわよ」
「わぁい。ありがとう、雪ちゃん」
嬉しそうにはしゃぐみさきに、私はさっきまでの妙な気分を、忘れることが出来た。
……そして、二度と、思い出せなかった……。
「……雪ちゃん……。嘘……だよね?」
「私は知らないわよ、そんな人のこと……」
あとがき
雪のように白く その16 2001/7/31 Up