トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く
![]()
「……詠美」
To be continued...
「あ、あの……。あたし帰るっ!」
くるっと振り返る詠美の首筋を、後ろからがしっと掴む由宇。
「さよかぁ〜。そりゃ奇遇やなぁ。うちらもちょうど帰るところやったんや。ほな一緒に帰ろか」
「うきーっ! 離しなさいよっ! このパンダっ!!」
じたばたする詠美。
「はいはい、詠美ちゃん良い子にしてまちょうねぇ〜」
「うっきゃーーーっ!」
ますますいきり立つ詠美。っていうか、煽る由宇も由宇だ。
「わかったわよっ! 一緒に行けば良いんでしょっ! ……あ」
そこまで言ってから、はっと口に手を当てて、俺をちらっと見る詠美。
めざとくその様子に気付いた由宇がにまぁっと笑った。
「まさか、同人界のクイーン・詠美様ともあろう方が、一度言ったことを翻したりせぇへんやろぉなぁ?」
「あっ、当たり前ようっ!」
腕組みして胸を張る詠美。
「そ、そんなわけないわようっ! なによ、ただ一緒に帰るだけじゃないのっ!」
「よっしゃ。ほなら行こか、和樹。あ、彩はんも一緒に来はる?」
「えっ? わ、私は、その……」
ちらちらと俺と詠美を見比べながら俯く彩。と、詠美がその彩に駆け寄った。
「誰かと思ったら彩じゃないっ。ちょうどよかったわ。あんたも来なさいよねっ!」
「は、はい……」
うーん、彩と詠美が知り合いだったとは意外だった。じゃなくて!
詠美の奴、彩を無理矢理に連れていこうとしてるんじゃないのか?
「おい、彩。嫌なら無理して来なくても……」
「あ、いいえ、違います。私、構いませんから……」
ふるふると首を振る彩。
由宇がパンと手を叩いた。
「よっしゃ。これで決まりやな。ほな行こか。ええフランス料理の店、知っとんねん」
……由宇さん、今なんとおっしゃいました?
俺の表情を見て、大笑いする由宇。
「冗談や、冗談。和樹の懐具合に期待するつもりはあらへんわ」
「あのな……」
「ほら、あんまここでしゃべっとったら、牧やんらの邪魔や。うちらはさっさといの」
由宇はそう言うと、さっさと歩き出した。
「あっ、待ちなさいよパンダっ!」
慌ててその後を追いかける詠美。
俺はため息を付くと、彩に言った。
「それじゃ、行こうか」
「……」
こくんと頷くと、彩は俺の後について歩き出した。
こみパ会場を出ると、広い駐車場の方にいくつもの灯りが見えた。徹夜で並んでいる連中のつけているものらしい。
由宇が舌打ちしたげにそっちに視線を送る。
「今まではあんまり気にせぇへんやったけど、やっぱりこんな事態になると、腹立つなぁ」
「徹夜組のことか? だけど、由宇だって規則を破ってるってことじゃ、人のことは言えないだろ?」
「そんな昔の話、ここで出さんといてぇや」
由宇はけろっと言った。それから、もう一度駐車場の方に視線を送って呟く。
「そやけど……なんや最近の同人界は歪んでるような気がしていかんのや」
「……由宇?」
「ま、前夜に辛気くさい話せぇへんでもええわな。ほら、早う行こ」
そのまますたすたっと歩いていく由宇。
詠美は……と見ると、とっくに駅の方に歩いていってしまっている。
俺は振り返った。
「彩はどう思う?」
「……」
駐車場の方を見ていた彩が、俺に視線を向けた。そして、小さな声で呟く。
「私に出来ることは、書くことだけですから……」
「……まぁ、そうだよなぁ」
俺は、黒々と不気味にすら見える徹夜組の行列を眺めて、肩をすくめた。
「こらぁーっ、和樹っ! なにぼやぼやしとんねんっ!」
駅の方から怒声が聞こえた。由宇が拳を振り回しているのが見える。
俺達は、駅に向かって歩き出した。
「で、ここかよ?」
「ええやん。安くて味もええんやし」
由宇は、そこまで言うと俺の耳元で囁いた。
「それに、和樹にはええ目の保養になるんやろ?」
「ば、馬鹿っ!」
「にゃはは、照れんでもええって。ま、明日への活力や」
オヤジみたいな事を言いながら、由宇はそのファミレスのドアを開けた。
入り口にいたウェイトレスが声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。Pia☆キャロットへようこそ〜。何名様ですかぁ?」
「4人や」
「4名様ですね。かしこまりました。お煙草はお吸いになられますか?」
「吸わへんよ」
「はい。それではこちらへどうぞ」
ウェイトレスはメニューを片手に歩いていった。その後に続く俺達。店内は夕飯時のピークを過ぎて、そこそこ空いているようだった。
全員がオーダーをした後、由宇が「ちょっとごめん」と言って席を外した。
俺もその後を追うように立つと、彩が俺に視線を送ってきた。
「あ、ごめん。ちょっとお手洗い」
「……は、はい」
ぽっと赤くなって、こくりと頷く彩。
俺はそのまま由宇を追いかけた。
トイレのある一角は、俺達の席からはちょうど見えなくなっていた。
それを確かめながら待っていると、しばらくして由宇が女子トイレから出てきた。俺の姿を見て、眉を潜める。
「なんや? 女子トイレの前でたむろっとるとは、あんまりええ趣味やないで?」
「アホかっ!」
大声を出しかけて、慌てて俺は声を潜めた。
「それより、なんで詠美を連れてきたんだ? 俺と詠美のことは知ってるだろ?」
「そのことか」
由宇は壁にもたれた。
「あんたと詠美のことは牧やんに任せよって思っとったんやけど、気ぃ変わったんや」
「どういうことだ?」
「牧やんに仲裁頼むにしたって、どうしても夏こみの後になるやないか。あんたはええとしても、詠美はそれほど器用やない。このままやったら、もやもやを抱えたまま夏こみに臨むことになってしまう。違うか?」
「……そりゃ、そうかもしれないけど……」
「どうせ、あれ以来顔合わせとらへんのやろ?」
確かに、詠美が俺に告白して以来、俺と詠美は一度も会っていなかった。
「とりあえず、飯食った後で二人きりで話出来る場、作ったる」
そう言うと、由宇は席に向かって歩き出した。
「それでどうなるかは賭けやけどな」
「そんな無責任な……」
「うちが出来るのはこれくらいや。ま、頼むで」
由宇は肩越しにひらひらと手を振った。どうやらこれで話は終わり、ということらしい。
俺はため息をつくと、もう少し時間を潰してから席に戻ることにした。
夕食を食べた後(味なんて全然判らなかった)、俺達は外に出た。
支払いが終わって最後に俺が出てくると、由宇が嬉しそうに俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「ごっそさん」
「あのな……」
「さて、うちはホテルに戻るわ。彩はんは確かまた電車やろ?」
言われて、彩はこくりと頷いた。
「はい……」
「それやったら、駅やさかい、うちと一緒の方向やな」
由宇は俺に視線を向けた。
「ほな、和樹は詠美を送ってやってな」
「なっ!!」
俺と詠美が同時に声を上げかけて、お互いに顔を見合わせた。
詠美は慌てて視線を落とす。
俺は由宇の腕を掴んで引っ張り寄せた。そして小声で訊ねる。
「何考えてんだよ、おめぇは!?」
「さっき言うたやろ。ちゃんと話し合いしぃ」
由宇はそう言うと、俺の脇腹を肘でこづいた。
「ぐほっ」
「んな、さいなら。また明日な」
「おやすみなさい」
彩もぺこりと頭を下げて、由宇の後を歩いていった。
仕方なく、俺は詠美に声を掛けた。
「どうする?」
「ど、どうするって、何をよっ?」
「由宇はあんなこと言ってたけど、詠美が嫌だったらここで別れてもいいんだけど……」
「……」
詠美は俯いたまま、しばらく黙っていた。
そして、俺がもう一度声をかけようとしたとき、不意に顔を上げた。
「ちょっと、歩かない?」
俺達は、公園にやってきた。
並木道は、水銀灯が寒々とした光を投げかけて、昼間とは違った雰囲気を醸し出している。
ずっと無言で、俺の前を歩いていた詠美が、不意に立ち止まった。振り返る。
「本、出来たの?」
そういえば、詠美はあの後どうなったか、なんて知らないんだよな。
「ああ。彩や瑞希に手伝ってもらって、なんとかな」
「そっか……。おめでと」
詠美は、微かに笑った。
「あたしがいなくても出来ちゃったんだね」
「……」
何て答えていいのか判らずに黙っていると、詠美は夜空を見上げた。
「明日はいい天気になりそう……」
つられるように空を見上げる。
いくつかの星が見えた。さすがに街中の公園では、晴れていても満天の星空とはいかない。
「そのままで聞いて……」
詠美の声が聞こえた。
「あたし、ずっと考えてた」
俺は、夜空を見上げたまま、その声を聞いていた。
「あなたが好き。それは変わらないけど。でも、好きだからって何をしてもいいってわけじゃない……。そうだよね?」
詠美の声が震えた。
「あたしがあなたを好きでいても、あなたは絶対にあたしには振り向かない。それが判ってて、それでも好きでいるって、単にその先に進むのが怖くて立ち止まってるだけ。そんなの、あたしらしくないよね……」
「詠美……」
「でも、和樹……。恋人がだめでも、友達には、なれるよね……」
視線を下げる。
詠美は俺に背中を向けていた。その肩が、震えていた。
「こんなの、虫が良すぎるかな……?」
「……俺が言うのもなんだけど、辛いんじゃないのか、それって?」
「……かもしれない。でも、大丈夫だよ」
振り返った詠美の頬を、涙が流れ落ちる。その雫が、水銀灯の光にきらめいた。
「誰かが言ってたじゃない。失恋は女を磨くって。和樹、覚悟してなさいよ。あたしを振ったこと、絶対後悔させてやるからねっ!」
その笑顔は、今まで見た詠美の笑顔のなかで、一番輝いていた。
だから、俺は右手を差し出した。
「いい友達になれるといいな……」
「……とりあえずは、明日」
詠美は、ぐいっと腕で涙を拭うと、俺の手を握った。
「がんばろ」
「おう」
俺は大きく頷いた。
「本当に送って行かなくてもいいのか?」
俺の家のあるマンションの前で、詠美は笑って答えた。
「いいわよ。襲われちゃたまんないもんね」
「誰が襲うかっ!」
俺が腕を振り上げると、詠美は軽く手を振って、歩道を駆けていった。
「また明日ね〜」
「おう。風邪引くなよ」
とりあえず、その後ろ姿に向かってそう叫んでおいて、俺はマンションに入っていった。
自分の部屋のドアを開けると、声をかける。
「ただいまぁ」
「あっ、おかえりなさい、和樹さん」
あさひが駆け寄ってきた。
俺は部屋を見回した。その視線の意味を悟ったのか、あさひが説明した。
「みらいちゃんなら、瑞希さんがご両親と一緒に来られて、預かってもらってますよ」
「そっか。夕飯は?」
訊ねると、あさひは満面の笑顔になって、部屋の中を指した。
「用意して待ってたんですよ」
そっちをみると、ちゃぶ台の上に立派な食事が用意してある。
「……もしかして、あさひ?」
「はいっ。私が作りましたっ」
えへん、と胸を張って答えるあさひ。
「この1ヶ月の間、瑞希さんに教えてもらった集大成です。さ、どうぞ」
「……」
言えない。実は夕飯はもう食ってきたなんて、とても言えないぞ。
「明日は私も和樹さんも大変だから、せいのつくものをいっぱい作ったんですよ」
満面の笑顔のあさひに、俺は心の中で悲壮な覚悟を決めて、箸を取ったのだった。
トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く
あとがき
あさひのようにさわやかに その15 99/10/20 Up