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「ただいまぁ」
To be continued...
そう言いながら家のドアを開けると、奧から声が聞こえてきた。
「こうです。……『らーめんたんめんたんたんめん! れいめんにゅーめんひやそーめん! カードマスターピーチ! ただいま参上!』」
「えーっと、こうなの? 『らーめんたんめんたんめ……』 うっ、舌噛んだぁ……」
……なにやってんだか。
俺は苦笑して、部屋に入った。
「あっ、和樹さん。お帰りなさい」
「おひゃへりぃ」
舌を噛んだせいか、妙な口調の瑞希。
「ただいま。それより瑞希、あさひになにやらせてんだよ」
「何って、カードマスターピーチの口上よ。やっぱり上手いわよねえ」
瑞希は感心して言った。
上手いも何も、本人だろうがよ。
「にしても、いきなりなんでまたそんなこと?」
「えと、それがですね、瑞希さんが……」
「あ〜っ、ダメダメっ、しゃべっちゃダメっ!」
慌ててあさひの口を塞ぐ瑞希。
「あれは内緒なんだってば。いい?」
「はひ」
瑞希に口を塞がれたまま、こくこくと頷くあさひ。
「なんだ、一体?」
「あ〜それよりも、あたしの部屋汚してないでしょうね?」
「汚してないって。ほれ、鍵」
俺は鍵を瑞希に渡した。瑞希は鍵をポーチに戻しながら訊ねる。
「で、長谷部さんは?」
「彩ならもう帰ったよ」
「もう、気が利かないんだから。お世話になったんだから夕食くらい誘ってあげればよかったのに」
うーん、そう言われてみればそうだったなぁ。明日はそうしよう。
「ま、いっか。それじゃご飯にしましょ。あとは暖めるだけだから」
そう言って、瑞希はエプロンを締めながらキッチンに立った。
俺はあさひに尋ねた。
「で、あさひの方は?」
「はい。今日はお掃除の練習をしてました」
笑顔で答えるあさひ。そう言われてみれば、窓とかが綺麗になっている気がする。
「よしよし、偉いぞあさひ」
くいくいと頭を撫でてやると、あさひは嬉しそうに微笑んだ。
台所で瑞希がなにやらぶつぶつ言っている。
「暑いわねぇ〜」
「クーラー効いてないのか?」
俺が聞き返すと、瑞希はそれ以上何も言わずに、何かの炒め物を始めた。ジュージューという音と、いい匂いがこっちに流れてくる。
その後ろ姿を見ながら、あさひが感心したように言う。
「ホントに瑞希さんって、何でも出来るんですよ〜。お料理もお洗濯もお掃除も、それにお裁縫も上手いんです」
「ま、料理を筆頭に家事全般は一通りこなせる上に、象が踏んでも壊れないっていうのがあいつのウリだからな」
「変なウリを付けるなっ!」
キッチンから怒鳴る瑞希。
「何を怒鳴っとるねん。カルシウムが足りんのとちゃうか?」
「そうだよな。ちゃんと小魚を……って由宇、お前いつの間にっ!」
「あ、こんにちわ、猪名川さん」
あさひがぺこりと律儀に頭を下げる。由宇は鷹揚に手を振ると、俺に視線を向けた。
「その後どないしたかと思ってな。なんとかなったん?」
「ああ。アシは手配できたし、場所も瑞希の部屋を借りて確保したからな。それより由宇の方はどうなんだ?」
「……和樹、あんたきついこと言うなぁ」
胸を押さえて由宇は顔を顰めた。
「せっかく忙しいとこ時間割いて様子を見に来てやったウチに言う言葉かぁ?」
「あ、せっかくだから由宇も食べていく? 一人分多めに作っちゃってるから」
キッチンから瑞希が声をかけると、由宇はいそいそとちゃぶ台の前に座った。
「なんや悪いなぁ、ご馳走まで振る舞ってもろて」
「悪いと思うんなら辞退しろよ」
俺は小声で呟いたが、由宇はあっさりと無視した。
「さ、はよ食べよ」
夕食が終わって、由宇が帰っていったあと(結局あいつは飯を食いに来ただけだったのか?)俺は瑞希を送りがてら散歩に出た。
辺りはもう薄暗くなり始めている。
「……瑞希」
「何?」
先を歩いていた瑞希が振り返る。
「悪いな、色々と迷惑かけて」
「何をいまさら言ってんだか……」
瑞希は微笑んだ。
「あたし達、友達でしょ? 困ったときはお互い様、よ」
「お互い様って言っても、俺はお前に何もしてやれないからなぁ」
俺は頭を掻いた。
「迷惑の駆けっぱなしで終わっちまいそうだけど……」
「なによ、いつもの和樹らしくないわね」
瑞希は歩き出した。
「これで最後なんだし、ぱぁーっとやりましょうよ、お互いに」
「……瑞希?」
「あ、あたしここで良いよ」
そう言うと、瑞希は軽く手を上げた。
「それじゃ、おやすみなさい」
「あ、ああ。おやすみ」
俺が答えると、瑞希はもう一度手を振って、自分の家の方に駆けていった。
俺はそれを見送って、向き直った。
「……久しぶりだな、小僧」
そこに、奴がいた。黒いガクランを身にまとった、あの男……。
「……お前はっ!」
「貴様に話がある。ちょっと付き合ってもらおうか」
男は、軽く顎をしゃくった。
「俺には話なんてない」
「こちらにあると言っている」
そう言うと、のしのしと歩き出す男。
無視してやっても良かったが、マンションに押し掛けて来られると、こんどはあさひやみらいに害が及ばないとも限らない。
俺はため息を付くと、その男の後を追って歩き出した。
公園の奥まったところまで来ると、男は振り返った。
「貴様、どうして戻ってきた?」
「お前には関係ないだろう?」
「答えろ!」
怒号が辺りに響き渡った。
気圧されそうになり、俺は慌てて男をにらみつけた。
男は腕組みして言い放った。
「貴様にあの地に立つ資格などない!」
「……ああ、そうかもしれない」
俺はうつむいてつぶやいた。そして、顔を上げる。
「でもな、俺はあそこからいろんな事を学んだ。その地がなくなろうとしてるとき、何かを残そうとして何が悪いんだ!」
「笑止!」
男は叫んだ。
「貴様が再び漫画を描くこと、許すわけにはいかん!」
「お前にどうこう言われる筋合いはないっ! だいたい、なぜお前は俺が漫画を描くのを止めようとするんだっ!?」
「貴様がそのようなことを知る必要はない。……どうやら、話し合っても無意味だな」
男はゆっくりと身構えた。
「ならば、その腕をへし折ってでも、止めさせてやろう」
「くっ……」
俺も身構えたが、体格からして勝てそうにない。
逃げるか?
……いや。
俺は、叫んだ。
「俺は、俺を支えてくれた、大勢の人たちの為にも、描かなければいけないんだっ! それが、俺に出来るたった一つの恩返しの方法だからっ!」
「……それが、貴様の答えか……」
男はつぶやくと、構えを解いた。
?
「なら、貴様を支えるという人たちの思いに見事応えてみせるがいい」
「……ああ、そのつもりだ」
俺が答えると、男はそのまま闇の中に消えていこうとした。
「お兄ちゃん!」
不意に女の子の声が聞こえた。俺が振り返ると、公園の入り口で、肩で息をつきながらこっちを睨んでいる少女がいた。
……お兄ちゃん?
初めてみる少女だ。……ってことは、俺に生き別れの妹がいた、なんてことじゃなければ、少女はあの男に向かって「お兄ちゃん」って言ったって事で、それじゃガクラン男の妹!?
「い、郁美! どうしてここにっ!?」
ガクラン男はてきめんにうろたえている。……どうやら、俺の推論に間違いはないようだ。
「お兄ちゃんのやることくらい、わかるもん。でも、本当に千堂センセイを脅してたなんて、信じたくなかった……」
「……すまん、郁美。だが、俺は……」
「言い訳なんて聞きたくないわっ」
郁美、と呼ばれた少女はふるふると首を振ると、ぎゅっと拳を握りしめた。
「お兄ちゃんなんて、お兄ちゃんなんて……」
「い、郁美?」
「お兄ちゃんなんて大っ嫌いっ!!」
ガガーーン
一瞬、男の背後に大きな文字を書いたプラカードが見えたような気がした。
「い、郁美……。う、うぉぉぉぉぉっっ!」
男は吼えると、そのままいずこともなく駆け去っていった。
「……ほんとに、もう」
腰に手を当ててその男を見送ると、少女は俺に駆け寄ってきた。
「大丈夫でしたか、千堂センセイ。お怪我ありませんでした?」
「いや、大丈夫。で、君は一体……? 俺のことを知ってるの?」
「すみません、兄がご迷惑をおかけしまして」
ぺこりと頭を下げる少女。
「いや、気にしてないけど。えーと、郁美ちゃんだっけ?」
「はい、立川郁美です。……あ」
名乗った後で、慌てたように口に手を当てる郁美ちゃん。
……ちょっと待て。立川? 立川って、もしかして……。
「もしかして、君が……? あの、いつもメールをくれてた立川さん?」
「あの、えっと、それは、その……。はい」
赤くなってこくんと頷く少女。
改めて見てみる。小柄で色白な女の子だ。高校生……、いや、中学生くらいか。
この子が、あの立川さんだったなんて……。
キィッ
郁美ちゃんは、ブランコを揺らした。
「ごめんなさい。ずっと騙してて」
「騙してなんてないよ。たしかにいつものメールからは、こんな子だったなんて想像できなかったけどね」
俺は、そっとその郁美ちゃんの乗るブランコを押してあげながら言った。
「……あたし、実は心臓が悪いんです。それで、他の子みたいに外で遊べなくて……」
「えっ?」
「だから、あたしは自分の家と病院以外の世界は知らなかったんです。そんなあたしは、絵や漫画を見るのが好きだったんです。……自分の知らない場所に行けるから……。
「郁美ちゃん、キミは……」
「でも、家や病室で見られる絵って、画集なんかの印刷した絵じゃないですか。あたし、一度でいいから本物の絵を見たくなって、お兄ちゃんに無理言って、絵の展覧会に連れていってもらったんです。そして、そのときに初めてセンセイの絵を見たんです」
絵の展覧会? ……ああ、高校の時に展覧会に佳作入選したときの、か。
「それで、ファンになっちゃって、お兄ちゃんにお願いしてセンセイのこと調べてもらって、メールやプレゼント出して……。でも、あたしこんな子供だから、普通に書いてもセンセイ相手にしてくれないかなって思って、あんな大人みたいな文章書いて……」
「そうだったのか……」
俺は頷いた。
「でも、センセイ美大落ちちゃって、もう絵をやめるって。あたし、がっかりして……。でも、今度は漫画を描くって知って、とっても嬉しかった。あたし、漫画も大好きだし、それに漫画なら絵と違ってお部屋でいつも見ていられるから」
「……うん」
「でも、1年前に、センセイいなくなっちゃって。あの、センセイ、本当に桜井あさひさんと……?」
郁美ちゃんは肩越しに振り返った。俺は頷いた。
「うん。……ごめん」
「ううん、謝る事なんてないです。あたし、嬉しかったんですよ。センセイはやっぱりすごいんだなって」
「そんなんじゃないよ。たまたま好きになった人が有名な声優だったってだけで」
「……」
郁美ちゃんは首を振った。
「違いますよ。いろんな障害があったのに、好きって事を貫いたから、すごいって思ったんです。あたしは、出来なかったから……」
郁美ちゃんの言葉の最後は、小さくてよく聞き取れなかった。でも、郁美ちゃんが話し続けていたので、俺は聞き返さなかった。
「それで、今度センセイがまた戻って来るって聞いて、あたし嬉しかったんです。そして、決めたんです」
郁美ちゃんは、自分の胸に手を置いて、俺を見た。
「あたし、心臓の手術をすることにしました。成功する確率はあんまり高くないけど、でも……、でも、この先もセンセイの漫画、読みたいから」
「……郁美ちゃん」
と、郁美ちゃんはぴょんとブランコから降りた。
「ごめんなさい。長話しちゃって。あたし、そろそろ病院に戻らないと」
「えっ!?」
「えへへ、実はこっそり抜け出して来てるんです」
ぺろっと舌を出すと郁美ちゃんは歩き出した。
「それじゃ、おやすみなさい、センセイ」
「郁美ちゃん!」
俺は大声で呼びかけた。郁美ちゃんは振り返った。
俺に、郁美ちゃんのために出来ることがあるとすれば、それは……。
「俺、頑張って描く! だから、郁美ちゃんも、頑張れ!」
「はいっ」
大きくうなずいて、郁美ちゃんは歩き去っていった。
しかし、驚いたなぁ。あの立川さんが、あんな子だったなんて。
よし、頑張って描かなくちゃな。立川さん……いや、郁美ちゃんのためにも。
俺は大きく深呼吸して、歩き出した。
それから、あっという間に1週間が過ぎた。
入稿の締め切りまで、あと1週間。
だが……。
「和樹、ここは?」
「ああ、61番のトーン」
「わかったわ」
瑞希はカッターナイフを片手にため息をつく。
「こうなりそうな気はしてたのよね」
「すまん」
そう、彩は仕事は丁寧だが、作業が早いというわけでもない。というわけで、新戦力として瑞希にも手伝ってもらっているのだった。
「……はぁ、あたしって不幸だわ……」
「こら、ため息をつくな。トーンが飛ぶっ!」
「和樹さん、こっち、出来ました」
彩が原稿を持ってくる。うむ、やっぱり出来はいい。これでもう少し早ければ……なんてことは贅沢だよな。
「でも、あさひとみらいの2人だけ家に残しておいて、大丈夫かなぁ?」
「あのね、誰のせいでこうなったのよ!」
「……俺のせいです」
俺はがっくりうなだれて答えた。
「あのっ、和樹さん、その、頑張りましょう」
彩がそう言って励ましてくれた。
「ありがと。あと何枚?」
「その……、66枚です」
「おーのー」
かなりの大ピンチだった。
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あとがき
ども〜。
本家本元の夏コミが先に終わってしまいましたねぇ〜(苦笑)
というわけで、今回は、その夏コミに出かける途中の電車の中で書きました。はい。
しかし、前日が雨だったので心配してましたけど、いい天気でした。いい天気すぎてすごく暑かったです。
そんなに本を買うつもりはなかったんですが、気付くと30冊くらい買ってました。
……えっと、勉強です、勉強(爆笑)
さて、今月の残り、どうやってすごそうかな(笑)
それから、例のコピー本、40部なのであえて宣伝しませんでしたが、ものの見事に売れ残りました(苦笑)
うーん、やっぱり宣伝しておくべきだったかな?
とりあえず完売しなかったので、コピー誌に掲載した名雪SSは非公開のままにしておきます。
ではでは。
あさひのようにさわやかに その10 99/8/15 Up