「あの、先輩っ!」
「あ?」
時。 午前の授業が終わり、ようやくになって中休憩に入ったばかり。
場所。 昼飯をかっ食らうための広場。椅子の上。
手。 チキン。
「す、す、好きですっ、付き合ってください!!」
ルイズは生まれて初めて愛の告白を受けた。
マントの色で学年は一つ下と知り、自分を先輩と呼ぶのだから歳も下なのだろう。
真っ赤に顔を染めるその様子は、うん、可愛いといってもいい。確かに可愛い顔をしている。身長は高いがやや童顔気味で、なるほどモテそうな感じ。勇気を振り絞って、余り貴族らしいやり方ではないが、それでも真正面から堂々と告白してくる度胸も気に入った。
しかし、確かに気に入ったがそれは駄目だ。それだけは聞けない願いなのである。
「……ごめんなさい」
大口を開けて、片手にチキンを掴みながらルイズは告白を断った。
もしゃもしゃと肉を頬張るルイズに、それこそ涙を流す勢いで下級生は詰め寄ってくる。
「どうしてですか!? いけない所は直します、もっともっと魔法の腕だって磨いて、『戦女神』の隣に立つ資格だって手に入れて見せますから!!」
バキッ! とルイズは骨を噛み砕いた。
かるしうむかるしうむ、と謎の言葉を発するその様は絶対にモテる様には見え無いが、しかし現に告白を受けているのである。
「お願いします!」
「無理よ」
「理由を教えてください!」
「り、理由ってあなた……」
何故分かってくれないのだろうか。黙って昼食を食べたいのに。
理由もクソも無いだろう。そんなに可愛い顔をしているのだから何も自分でなくていいじゃないか。
ルイズはしっかりと自分の事をわかっているのだ。
モテる様な性格ではないし、容姿だって、まぁ顔には少しだけ自信があるが、それでも脂肪よりも筋肉が好きなのでグラマラスよりスレンダーな体形をしている。スレンダーだ。誰が何と言おうとスレンダーなだけである。
さらに言うならばルイズの股間にはナニは無い。だってルイズは女の子なのだ。だからあえて理由を言うとすれば、
「……あなた、女の子じゃない」
「小さな事です! 私は超えて見せます、性別の壁を!」
「あの、だからね、そういうのを否定するわけじゃないの。アリだと思うわ、私も。でもね、私は『そう』じゃないの。分かってくれるわよね?」
「私のテクニックにかかればきっと先輩も『そう』なります! 」
「人が物を食べている時にそういうの、よくないわ」
「ああ失礼しましたっ、ですが、そう、何と言えば分かってもらえますか!? こう、えぇと……」
「とにかく駄目なものは駄目。ごめんなさいね、あなたの新しい恋が見つかるのを応援してるわ」
そしてルイズは優雅にチキンを食らい尽くした。骨すら残さずにすべて。ヴァリヴァリ。
椅子を引き、立ち上がり、上級生らしく、大人らしくその場から颯爽と踵を返す。
「ま、待って下さい! 一度、一度だけ触らせてもらえ―――」
「っちぇす!!」
彼我距離1.2メイル。
ルイズにするならば、そこは射程圏内。
全てを言わせる前にルイズは下級生に拳を叩き込み地に沈めるのであった。
骨まで食べるヴァリヴァリエールだが、テンパっていたのを分かってあげて欲しい。
最近、一年生や同性からの視線が気になるのだ。なんだか熱いものを感じるのである。注目されるのはもう慣れたものだが、なんだかこれは違うだろう。
私はレズじゃない、と小さくため息をつきながら。
08/後、風呂=『ただのERO話』
「ちゃんと聞いてる!?」
「はいはい」
「一回で結構!」
「は~い」
「あんたはどう思うか聞かせて御覧なさいツェルっ……きゅ、キュルケ……」
「照れないでよっ、こっちまで恥ずかしくなるじゃない!」
「にゃっ!」
ばしゃりと顔面に湯を引っ掛けられた。
所変わって、風呂である。昼時の事を誰かに言いたくて言いたくて堪らなかったのだ。
公衆の面前での愛の告白。頭がメルヘンな女の子なら一度は夢想することだろうが、それをまさか同姓から受けるとは思いもよらなかった。さらに触らせろと喚いてくるのも予想を大きく上回る。
ギーシュを潰して以来、『ゼロ』に加えて変な渾名を付けられたのがよくなかった。
そう、下級生たちはルイズのゼロっぷりを余り知らなかったのである。入学してまだ一月もたっていないので仕方がないといえばそうなのだが、多少なりとも分かっていてくれれば『戦女神』が広まる事もなかったろうに。
もともと一方通行がギーシュを殴り飛ばしたのはよく下級生の授業がある場所で、そこから見える広場、ルイズと一方通行が暴れまわったあの場所も一年生がよく使用する所。ルイズはものの見事に全てを目撃されていたわけだ。
もともと暇を持て余しているような貴族が集まる学院。教室からあの戦闘が見えたら誰だって興味を持つことだろう。
女を物色しにそこに赴いたギーシュに軽い殺意を覚える。いや、殺すのは駄目だが、女癖を矯正させる為にもチョン切ってやるのが一番いいのではないだろうか。勿論何をとは言わないが。ナニをとは。
口元まで湯船につけて大きくルイズはため息。ぶくぶくと空気を吐き出しながら、出来るだけ視界に乳を入れずにキュルケへと。
「キュルケはどうなのよ、その辺」
「どの辺よ?」
「だからその辺よ、その辺」
「『戦女神』?」
「それはもう諦めたわ。言いたいのはアレよアレ」
「ギーシュ? 死んでもいいとは思ってるけど……」
「別に殺すつもりは無いわよっ! だから、その、そういうナニについてよ」
ルイズの顔が赤いのは長湯だけのせいではないだろう。
年頃の女の子なのである。自分の体のことも気にかかる年頃だし、そういった話が出るとやっぱり気になってしまうものなのだ。
「ああ、ヤらせてくれれば分かるってやつね」
「ちょっと、乙女を前にしてヤるだのヤらないだの言わないでくれない?」
「おぼこ気取ってんじゃないわよ」
「おぼ……こ、古風なのねあなたって」
おぼこて。
正直吹き出しそうになったのは秘密である。
ん?
「っていうか、私はまだよ。気取ってんじゃなくてホントにおぼこなの」
「はぁ? あんた使い魔君と一緒に寝てるんでしょ?」
「……」
「……手、出してくれないのね」
「……」
「ごめんなさい、もう聞かないわ」
「わ、私の事はもういいわ。それよりどうなのよ、恋多き女なんでしょ、あなた?」
ルイズが質問を投げかけるとキュルケは非常にいやらしい笑みを浮かべた。
別にそういうのが羨ましいわけではないが、経験豊富なんだろうなぁ、と。ルイズには出せない色気、艶、そういうもの全てが詰まった、非常にキュルケらしい笑み。
聞きたいか聞きたくないかで言えば、正直聞きたい。
トリステインの貴族達は基本的に結婚を迎えるまで処女だ。しかしゲルマニアでは少し違っていて、結構そういうところにアバウトな面があるらしい。誰でも彼でも股を開くわけでもあるまいが、トリステインよりは開放的なんだとか。
そういうところで育ってきたキュルケだからこそルイズは異常なほどに色気を感じているのだろうし、自分に無いものはもしかしたら其処にあるのかもしれない。
だって、今まさに自分の胸に湯をかけているキュルケは非常にいやらしい肉体をしている。
(……肉感的って、きっとこういう事言うのね)
ルイズがしげしげとキュルケの肉を見ていると、彼女はクスリと一つ笑い、
「んふ、あなたもそういうのに興味あるのね」
「おぼ、っぷ……おぼこ、ですもの……くくっ」
「なに笑ってるのよ?」
「ん、んーん、何でも」
「でもよかったわ、脳みそまで筋肉で出来てるのかと思ってた。ちゃんと女の子してるじゃない」
「筋肉が男のものだと思ったら大間違いよ?」
「はいはい」
「一回で結構」
「は~い」
キュルケが右手を上げていったのを聞き、さて本題である。
「……それで、どうなのよ?」
「それはどの辺りの事を聞きたいのかしら」
「しょ、初級者編……くらい?」
「×××××とか?」
「いっ、行き過ぎ行き過ぎ! もっとそういうのが始まる前といいますか……」
「×××××?」
「だからそれ始まっちゃってんでしょうが!」
「まだ始まってないわよ! なにが聞きたいってのよ!?」
「だっ、だから……きす、とか……」
「あ、あー……そこからなのね、あなたって……」
そしてキュルケは湯船から一度立ち上がり縁へと腰掛けた。肌の色のせいで少し分かり難いがのぼせ気味なのであろう。二人して随分長い事入っている。
ふむ、と考えるそぶりを見せるキュルケは、うん、美しい。ルイズから見ても十分に美しい。
褐色の肌と、真っ赤な髪の毛。そして肉。言えばエロい身体をしている。
少しだけ不安になりルイズは鼻の下に手を持って行った。
大丈夫である。流石に鼻血は出ていなかった。
「キスねぇ……」
ルイズは知らないが、キュルケだっておぼこである。
ただルイズよりも経験豊富なおぼこであるだけで、そういった事になりそうになったのは何度だってあるし、実際に結構やりてなのだが本番はまだ。なんだか最後まで行く前に冷めてしまうのだ。キュルケの微熱は熱しやすく冷めやすい。
流石に一方通行がしたように初対面で乳を持ち上げられたのは初めてだったが。
さて、恋愛の酸いも甘いも知っているキュルケは何を語るのだろうか、とルイズ誤解をしたまま鼻をフンフン鳴らしながら期待の眼差しを送るのである。
「もったいぶってんじゃないわよ」
「別にもったいぶってるわけじゃないんだけど……」
「……し、舌とか入れられたことある?」
「ええ、まぁそのくらいは」
「ど、どどどうなのよ、その辺!」
「何興奮してんのよ?」
「いいから!」
ルイズはばしゃばしゃと水面を叩いた。
「……私は普通のやつの方が好きよ、キス」
「へぁ、何で?」
「だってがっついてくるんだもの。男なんて皆心に野獣飼ってんのよ? それをきちんと躾けてる人ならいいんだけど、そうそう居ないもんなのよ、これが」
「ど、どういう意味よ?」
「唇の奥をゆるすとね、私達くらいの年頃の男はヤらせてもらえるって思うわけ。たまんないわよ、そういう空気を読んでくれない人って」
そして今度はキュルケがため息をついた。
あふれ出る色気にルイズは圧倒されながら、空気を読まないことには定評のある一方通行を思う。
彼はまったくこちらの心を慮ってはくれない。読めてないのだ、空気。今王都で流行っている言葉で言うならばKYである。
空気が読めていないからがっつくかといえば、しかし彼はまったくそういう雰囲気を出さない。
(ヤるヤらないって言うか、殺る殺らないって感じ)
別に一方通行とキスしたいわけでもないが、相手は覚えていないとは言え一応唇を重ね合わせた仲なのに、まったくもってルイズに対してそういう感情をもってくれていないように感じるのだ。というか絶対にそうに決まっている。
同じベッドで寝ているのに、と悔しさに似た何かが。
「悔しいですッ!」
「何馬鹿やってるの。ほら、体洗うわよ?」
「へ、変な事しないでよね」
「私はノーマルよ」
そしてルイズは湯船から立ち上がった。
その際にキュルケの視線が己の股間に向き、ふ、と鼻で笑われるわけだが、何とか我慢。思わず拳を握ったが、ギリギリのラインで我慢しきれた。
ルイズだってきっとそんなヤツを見てしまったら笑ってしまいそうになる。
ルイズはキュルケの前にぺたりと腰を下ろしタオルに石鹸をこすり付けわしゃわしゃと泡立て始めた。
現在体中が傷だらけなのでそのまま洗ってしまうと流石に痛い。泡だけをタオルから絞るようにとって、それを腕や足に擦り付ける。
「はひっ」
ぴりぴりと傷口にしみるが貴族としては、さらに寝る時にすぐ傍に人がいるために『洗わない』という選択肢は浮かんでこなかった。
背中の火傷も少し高かった水の治療薬のお陰で大分治ってきている。背中には手が届かないので、
「あ、後は任せたー」
「もう、別に洗わなくたっていいじゃない」
「いいから一思いにっ!」
「……えい」
「っ! ぐ、にぅ」
「変な悲鳴ね」
「おぉうっおぉう」
背中を這い回るキュルケの手自体は気持ち良いのだが、やはりしみる。
ルイズはひぃひぃ言いながらキュルケに身体を洗ってもらい、結局頭もまかせっきりに。
先日一緒に風呂に入った時も洗ってもらったのだが、キュルケはこういうのが上手い。洗ってあげたりとか、してやったりとか。どこでこんなスキルを磨くのかはとても謎なのだが、気持ちいいのはいい事だ。とてもいい事だ。
なんだか終わってしまう嫌で随分長いことルイズは頭を洗われ、そしてキュルケが疲れたように声を上げる。
「まだぁ?」
「もうちょっとほ~」
悦。
今回もキュルケの太腿に頭を落としての洗髪である。
太腿はしっとりと濡れていて、肌はルイズと違って傷も無い。すべすべつやつや。どんなお手入れをしているのだろうか。
そして目線をちょっと変えれば、
「あんたってこっちも赤いのね」
「……何にも無いあなたには羨ましいものでしょ?」
「いつもの私だったらぶっこ抜いてるところだけど、あんたの洗髪技術に免じて許してあげるわ」
「あら、有り難い限りね」
笑うキュルケに泡を流され、後、交代してルイズがキュルケを。
痛い痛いとキュルケは喚いたが、ルイズはいつもの通り洗っただけだった。別に痛くしてやろうなどとは微塵も考えていなかったのだが、やはりこの辺りにお肌の差などが出てしまうのであろう。
まぁ何というか、まったりとしたお風呂の時間だったわけである。