14/~ここ考えるのいつもしんどい~
浮遊大陸アルビオン。その街、ロサイスは首都ロンディニウムの郊外に位置していた。戦争の以前から工廠であったロサイスには、赤いレンガ造りの工場、錬鉄場、そして、空き地には所狭しと大小さまざまな艦が並んでいる。
そこに、ワルドの姿があった。視線の先、アルビオン皇帝オリヴァー・クロムウェルは、改装されていく艦、ロイヤル・ソヴリン号をキラキラとした眼差しで見つめ、すばらしいすばらしいと子供のように口にする。
改装されてゆく艦は名前を変え、レキシントン号を名乗る。名前一つを変えるのに大した手間をかけるものだと、ワルドは内心唾を吐いた。
ヘンリー・ボーウッド。クロムウェルは艤装主任を任されている彼と話しこんでいるらしく、二、三度、喧騒にも負けない大きな声が聞こえた。ボーウッドの表情を見るに、『ロイヤル・ソヴリン(王権)』の方がよかったのだろう。
そしてクロムウェルがお供を促し踵を返す。どうやらこちらに向かってくるよう。相変わらずニコニコしていて、いやさ、動画を見ているわけではない。ニコニコと、笑顔のままで、ワルドへと向かってくるのだ。
「子爵、君は竜騎兵隊の隊長として、レキシントンへ乗り組みたまえ」
一声だった。厄介だなと思うも、まさか断るわけにはいかない。実力があるというのはこういうことだ。
ワルドは羽付き帽の影で小さく舌打ちした。
「子爵?」
「あの男の目付け役、と言ったところですか」
「何を言うか。私は信頼しているよ。あの男は頑固で融通が利かない。だからこそ、馬鹿は扱いやすいと言うものだろう? 失礼、言葉が悪かったかな。余は魔法衛士隊を率いていた君の実力、先日の任務成功、どちらをとっても、その能力を買っている」
「有り難きお言葉」
頭を下げるワルドが感じるのは、視線。値踏みするようなそれ。
その視線は皇帝から来るものではなかった。彼の後ろに付き従う一人の女。真っ黒な、身体にフィットする服を見に付け、顔をフードで深く隠している。東方に存在するロバ・アル・カリイエから来たと言う彼女を、ワルドは警戒していた。
彼女は常にクロムウェルと共に居る。常に、だ。クロムウェルが姿を見せるとき、彼女の姿が見えなかったことはない。
(……人形が。信頼だと?)
つまりはそういうこと。クロムウェルは傀儡にすぎない。もちろん確証はない。あなたは誰に操られているのですか、などと、とてもではないが言えた物ではないから。
これは勘だ。ワルドはクロムウェルを小者だと感じている。元は司教の彼に、国を変える力などあるものかと思っていた。すると、常日頃からチラチラと視界に入る女。怪しさ爆発の風貌。これを怪しまないで誰を怪しむと言うのか。
「子爵、君はなぜ余に付き従う?」
予定調和の質問かい。
ワルドは思わずにやりと口の端をゆがめた。
「私の忠誠を、お疑いになりますか?」
「いいや、そうではないぞ、子爵。君は功績を上げても、余に何も要求はしない。かといって、名誉に生きると言う男でもあるまい? 金も名誉もいらん男を、余はどう扱えばいいかね」
「聖地を」
「ほう」
「閣下は私に聖地を見せてくださる男だと、そう信じております」
はっは、とクロムウェルは笑い、そして去った。もちろん、シェフィールドという怪しい女を引き連れて。
聖地。見せてくれるなど、そんなことは期待しない。ワルドは、自分でそこへ行くのだ。レコン・キスタがどうなろうと知った事ではない。頭が傀儡なのだ。いずれどこかで潰れるのは目に見えている。それまではここで情報を収集し、次の雇われ先を探し、金を貯める。
二人の背中が完全に見えなくなるのを待ち、ワルドは羽付き帽をかぶり直した。ふぅ、と一息。あの女は、なんだか苦手だ。ワルドが好きなのはもっと、
「よくもまぁころころと態度の変わる男だよ」
そう、こういうはすっぱな女が好きなのだ。
「人よんで七変化のワルドだ」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。子供が真似するからよしな。ねぇミサカ?」
「ったくよォ、理解に苦しむっつーの。ころころと態度変えてンじゃねェよ、髭子爵が」
「……」
「……」
「……とミサカは七変化のミサカを披露します」
若干顔を赤くするミサカに、ワルドははっはっは、と大口を開けて笑った。
マチルダがはじめてミサカを連れてきたときは、こんな少女が使えるわけがない、と思った。ワルドはマチルダに冗談じゃないのか、と視線を送り、彼女はこう言ったのだ。「だったら試験でもしたらいい」。どこからそんな自信が沸くのだろうかと疑問だった。ワルドはそれならばと杖を抜き、瞬間、気を失ってしまった。
目覚めたときにはベッドの上。ミサカがこちらの顔を覗き込み、どうですか、と無表情に問いかけてきたときは、さすがのワルドも乾いた笑いしか出てこなかった。
十分に使える。戦闘に関しては、合格点である。この自分がやられたのだから、そう簡単に死にはしないだろう。
だから、使えるものは最大限に使うワルドの策は。
「さっきの女、わかるか?」
「黒づくめの?」
「ああ。シェフィールドというらしい」
「なんだい、アイツが相手なら、私でいいじゃないか」
「いいや、そうじゃないんだ」
ワルドは辺りに人が居ない事を確認し、ミサカに向き直った。そこにあるのは先ほどとは違い、真剣な表情。
「ミサカ、君はあの女を追え」
◇◆◇
一方、トリステイン。アンリエッタの居室は、結婚式の用意でてんてこ舞いである。ドレスの仮縫いがいちいち面倒で、逃げ出してしまおうかと考えるのもこれで三度目。
愛しのウェールズが死んだときいて、その悲しみにふける間もない。結婚などと、どこの誰がするのだろうと考えて、そういえば自分の事だな、と現実があとから付いて来るような感覚だった。
ため息と同時に、アンリエッタが三着目のドレスに腕を通す。ドレスは美しく、こんな結婚でなければはしゃぎでもしたかもしれないな、と考えたとき。こんこん、と二度のノック。扉を開けたのは、母である太后マリアンヌだった。
「……母さま」
「元気がないようね、アンリエッタ」
ふるふる、とアンリエッタは首を振った。
「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」
「……ええ、そうでしょう」
望まぬ結婚。当然、相手は好いていた人間ではない。ウェールズは死んだのだ。
アンリエッタの瞳から、ぽろりと雫が零れ落ちた。この結婚は自他共に認める政略結婚なのだ。勢いを増すアルビオンから自国を守るための。自身が王家に生まれているため、そういう可能性はもちろん見つめていた。見つめていたが、なんともタイミングが悪い。もう少しだけ、アンリエッタはもう少しだけでいいから、ウェールズの事を考えていたかった。
「恋をしているのね」
涙を拭う事すら忘れて、
「私のそれは、届かぬところに行ってしまいました」
「恋ははしかのようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れてしまいますよ」
「……え?」
ああ、とアンリエッタは口にした。
なんと、なんという事だろう。いままで疑う事すらなかった母が、とたんに嫌な位置に付いた。恋ははしかのようなものだと。すぐに忘れてしまうようなものだと。
だめ、だめ、と心中で呟いて、必死に必死に自分を押し殺した。爆発してしまいそうな感情を、ぎゅうぎゅうを押さえ込んだ。
一言だけ言えばいい。そうですね。その一言だけ。アンリエッタは咽喉を震わせて、一度だけ唾を飲み込み、そして声を出そうと。
しかし───。
「あなたは王女なのです。忘れねばならぬ事は、忘れねばなりませんよ」
かあ、と顔が熱くなった。同時にもうだめだ、と悟る。
「───前王の喪に服してッ、国を動かさなかったあなたが言うことですか! 王位を空席にしたままのあなたが! 忘れる事の出来ないあなたが! よくもそれを言う!」
太后マリアンヌは、女王になる事を拒んだ。理由は王の喪に服すと、そういう理由だった。
全てが今更なのはわかっていたが、それでも、それだけは言いたかった。母に対してなんという口のきき方だろうかと頭の後ろ、冷静な部分で考えたけれど、それでも止まってくれる事はなかった。
「国のために、民のために結婚をするのはいい! 納得の出来る理由を、私自身に与えてくれました! でも、でも、あなたは、母さまは……、……私は、何のために結婚するの? なぜ、一緒に泣いてくれないの? なぜ、何も言わなくていいから、なぜ、抱きしめてくれないの? わたしは、あなたの娘よ、母さま……」
アンリエッタは放心したように、いよいよ泣き出してしまった。愕然とした表情のマリアンヌが、とても憎らしく思える。
結婚を祝福してくれれば、それでもよかった。ごめんなさいと一言でも言ってくれれば、これも抑えることが出来た。抱きしめて、辛い思いをさせますと言ってくれさえすれば、こんな事にはならなかった。
だけれど、『忘れなさい』。それはあまりにひどい暴言だ。前王を忘れられないマリアンヌが言っていいことではないではないか。
アンリエッタにも、冷静な部分では分かっているのだ。たとえマリアンヌが女王として国を統治していたとしても、おそらく結果は変わらなかったろう。アルビオンは結局戦争をするのだろうし、トリステインの状況は、今とたいして変わる事はなかったろう。
しかし、王として表に立っていたわけではなく、そりゃさ苦労もあったのだろうが、太后として裏に居続けた人間に、そう言われるのだけは勘弁ならなかったのだ。人身御供のように娘を他国に渡すその精神性が。おめでとうも、ごめんなさいも無いままに『忘れろ』と言う人間性が、アンリエッタには理解できなかった。
がくり、とアンリエッタは膝をついて。
「わたしは、わたしは……」
静かに首を振りながら。
膝を濡らす雫は、しばらくのあいだ止まる事がなかった。
◇◆◇
宝探しは三日後に決行ね。
そう三人で話し合って、もちろんその間にある授業はサボると決めて、そしてルイズは頭を悩ませていた。
一方通行である。どう誘ったものかと。単純について来て、と言っても来てはくれないだろうし、お願いしますと額を地面にこすり付けてもついて来てくれないだろうし、暴挙に出たとしても反射されてしまうだろうし。
うぬぬ、とルイズは唸った。そもそも、多分、いや確実に、一方通行は宝探しに興味が無い。あるのかどうかも分からないそんな物に、彼が興味を示すはずがない。彼が興味を持つのは無敵と帰還。そこまで長くない共同生活だが、そのくらいの事は分かっているのだ。
どうしたものかと、ルイズは柔らかいベッドの上で片足立ち、己の体幹を鍛えながら考え込んだ。
「ん~……んん~……ふむぅうん……」
ゴロゴロと転がってみたり、突如としてプッシュアップを始めたり、太ももの裏の筋肉群ハムストリングスを撫で付けたり、ルイズの変態性はとどまる事を知らなかった。
見かねたのだろう。そんなルイズに、ついに声がかかった。
「どうしたね、娘っ子」
「ボロ剣……」
「いまは綺麗なデルフリンガーです」
「ボロ剣……」
「魔法も食べちゃうデルフリンガーです」
「ボロ剣……」
「ガンダールブの左手と伝説されているデルフリンガーです」
「ボロ剣……」
「……ボロ剣です」
「うん、あのね───」
こんこん、と二度のノック。デルフリンガーがあ、これで終わり? 俺の出番これで終わり? とせつない声を上げていた。
はい、とルイズが扉に向かって返事すると、わたしです、と。ルイズが聞き違えるはずのない声、それはシエスタ・ヴォイスである。
「入って入ってー」
「失礼します」
「座って座ってー」
「あ、いえ、そんな」
「いいからいいから」
ルイズはシエスタをベッドへと座らせ、その膝の上にちょこんと腰を下ろした。頭の後ろでシエスタがくすくす笑って、へら、と自身も表情を崩す。
アルビオンから帰ってきたとき、一番説明が大変だったのはシエスタだった。クラスメイトもどうした、なんだと面倒だったが、シエスタはそれとは違い、一切何も聞いてはこなかった。ただ、泣かれた。ひ~ん、ふえ~ん、といつもの『大人』具合からは考えられないような声を上げてシエスタは泣いた。ごめんシエスタごめん! と車椅子からジャンピング土下座すると余計に泣かれた。
それからシエスタが泣き止むまでルイズは四十の顔芸を披露。一週回って『禿げないコルベール』を顔だけで表現したところで、ようやく笑いを取ることに成功したのである。
「怪我しないでください」。シエスタは言ったが、ルイズは頷く事が出来なかった。だったら、とシエスタはルイズを抱え上げて、「看病は私に任せてください」。
なんとできた娘であろうか。これだこれ、こういうのがモテるのだ。ルイズにはない魅力がモリモリ詰まっている。
だから、そんなこんなでここ最近、シエスタは毎日ルイズの部屋へと来ている。車椅子生活のときは常にバックを陣取られ、トイレとかもう色々世話をしてもらったのはいい思い出であるいやまったやっぱり恥ずかしい思い出であるぜんぜんいい思い出ではないのである。
ルイズは微妙に思い出して顔を赤くし、後頭部を柔らかく包むシエスタおっぱいを堪能した。
「シエスター」
「はい」
「宝探し、行っちゃうかい?」
キュルケの真似をしてバチューン! とウィンクを放ったが、シエスタは、ん? と首を傾げるだけに終わった。
「……え、えっとね、明々後日から行こうかって話してるんだけど……」
「ああ! 仲直り計画ですか、もしかして!」
「ぐふぅっ、よくお分かりで」
「最近、ちょっと様子がおかしいですからね、あの人」
「いつもどっかおかしいから今どこがおかしいのか分からないっていう状況に陥っててねぇ……、へへ、ご主人様失格だい」
「そんなことはありません。ルイズさんはよく頑張っていますよ。私だったら、きっと耐えられません」
「そう? わたし頑張ってるって思う?」
「はい、とても」
「えへ、そっかぁ」
「そうですよ」
「そかそか」
「そうですよ」
ルイズはもぞもぞと動いて、シエスタに正面から抱きついた。これ、この顔面を包むおっぱいの感触、どこまでも柔らかく、しかし張りがあり、持ち上げれば心地のよい重みを感じ、揉めばいくらでも形を変えるこれこそが、ルイズを優しい気持ちにしてくれるのだ。キュルケのいやらし攻性おっぱいではなく、限りない癒しを含むこのこれは銀河(コスモ)。むはーっ、ふごふご、むはーっ! とルイズはシエスタの胸から癒しを吸収した。
少しだけくすぐったそうな笑い声。背中と頭を撫でてくるシエスタの手のひらは、とても温かい。
「今日はなんだか、甘えんぼさんですね」
「世間が許すのならいつも甘えてたいわ」
「ふふ、私でよければいつでも」
「いいの? その内おっぱい吸いたいとか言い始めるかも知れないわよ?」
「っ、い、いいです、よ?」
「冗談だってば」
はた、と目を合わせて、そしてケラケラと笑いあった。
一時間ほどそのままで色々と堪能し、そして話題は一方通行の事へと移る。
ルイズは言った。一方通行と何とかして宝探しというか仲直りというか、いや、別に喧嘩しているわけじゃないのだけれども、それでも何かおかしいから出来ればそういう色んなことを聞きたく存じておりますですはい、と。
シエスタは少しだけきょとんとした様子で、
「では、誘えばよろしいのではありませんか?」
「んー、だから何て言って誘おうかなぁ、ってね。ほら、“勝手に行ってろよ、俺ァ興味ねェ”とか言いそうじゃない?」
「あはっ、ルイズさん、ちょっと正直すぎですよ」
ルイズは小首を傾げた。
「そういうのは、嘘ついちゃえばいいんです!」
珍しく、シエスタは若干興奮した様子でそう言った。
◇◆◇
その日、一方通行は図書室へと来ていた。適当に選んだ本を手に取り、適当に目を滑らせる。それだけで一方通行の脳に『記録』されていくのだ。まず記録、その後に理解がついてくる。超のつく速読であった。
読み終えた七冊目の本をぱたりと閉じ積み重ねる。答えの出ない疑問をこれ以上考えないように選択したのが読書。ゲームの一つでもあればいいのに、と久々にこの世界の不便さを感じた。
さて次はどんな要らない情報を脳に溜め込むか、と席を立ったその時。
「こんなとこに居たのね、あんた」
「……あァ?」
非常に会いたくない顔が出現。
ルイズ が あらわれた。
一方通行 の こうげき。
「ンだよ、授業サボってンじゃねェ。行け」
ルイズ は 749の ダメージ を くらった。
「うう、うう~~! なによ! あ、あんた、私の事ちょっとくらい心配したらどうなの!?」
「ハッ! ンな事するような人間に見えンのか、俺が」
「見えないけどしろって言ってるの! 私だけでいいから! 他は全然見なくていいから!」
「残念だ。お前とは分かり合えそうにねェよ」
一方通行は顔をゆがめながら言い切った。こうやって、ルイズをいじるのが日課のようになってしまっているのだ。久々である今、なんだか懐かしさのようなものを感じてしまった。たかだか一週間程度でこの感じ。どうにも異世界に汚染されているな、と一方通行はため息をつく。
今回の件、ルイズには一切非がない。あくまでも一方通行がワルドの言う事を簡単に信じて、それで殺してしまった。自分の馬鹿さ加減に腹が立っているのだ。さしもの一方通行も、確かにルイズの顔は見たくないが、それでも八つ当たりでルイズを攻撃するような事はなかった。
「あんたねぇ、結局私のことどう思ってるわけ? 怒んないからちょっと言ってみなさいよ。私のこと好き?」
とんでもない質問が出たな、と心中両手を挙げた。
「いや、あンまり好きじゃねぇな、正直」
「う~……、それなら……き、きき嫌い?」
「まァ、どっちかってェと、そっちだな」
「げは! ……だ、だったら、好き寄りの嫌い? 嫌い寄りの嫌い?」
「……嫌い寄りの嫌い……だなァ、うン」
こくん、と一方通行は子供のように頷いた。
好きなはずがない。この女は、いちいち一方通行に幻視させるのだ、あの最弱を。やることなすことキラキラと輝いているし、それを見ていると、自分の影が深く濃く見えてしまう。そんな人間を、一方通行が好きになる訳がない。なっていい訳がない。
当然、『人間が良い』とは思っている。ルイズは良い人間だ。上条当麻も良い人間だ。ただ、一方通行が悪い人間だから、好きか嫌いかと聞かれれば、それはもちろん『嫌い』に位置してしまうのが当たり前。
一方通行がそんな事を考えているとは思っていないのだろう。ルイズの瞳がうるうると輝きだした。零れ落ちる寸前の涙が、目いっぱいに溜まっている。
「じゃ、じゃあ、し、したいとか、ちっとも思わない?」
「あン? 何だ?」
「だ、だから、あなたの凸と私の凹で嬉し恥ずかしドッキングっていうか何ていうかごにょごにょ……」
「───、……本物の馬鹿かッ、テメエ!」
「だって! 男の人って考えるより先に下半身が反応するんでしょ! それってそういうことでしょ! アレがこうなってああなるんでしょ!」
くい! とルイズは水平に立てた手のひらを。くい! と。
目をまんまるに開いた一方通行はぱくぱくと二、三度口を開け閉めし、ふるふると首を振った。ありえねェ、この女……。
「と、とにかく! アレだから! あんたの世界からなんか来てるとかそういうアレがあったから宝探し行くから三日後だから! 絶対行くわよ! 元の世界よ! 元の世界!」
一方通行が未だに現実に帰って来れずにいると、ルイズはそれだけを言い残し、ひょっこひょっこと杖をついて走り去った。随分と“わやわや”な言葉を残して。
元の世界。もちろん『記録』している。だけれど、それを理解するのはもうちょっとあとだ。その前に、理解の前に、一方通行は はぁあ……、と中年のサラリーマンのようにため息をついた。
「っ、くそ、勘弁しろよ、クソガキ……、思春期かちくしょう……」
こっちはつまらない事を考えないようにと思ってつまらないことを考えているのに、ルイズはズカズカと土足で一方通行の内面を乱す。
良くも悪くも、一方通行にとってルイズは初めて過ぎる女なのだ。