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No.6318の一覧
[0] 異界の扉は⇒一方通行 『ゼロ魔×禁書』[もぐきゃん](2011/02/28 13:22)
[1] 01[もぐきゃん](2011/06/23 00:39)
[2] 02[もぐきゃん](2011/06/23 00:40)
[3] 03[もぐきゃん](2010/03/02 16:24)
[4] 04[もぐきゃん](2010/03/02 16:35)
[5] 05[もぐきゃん](2010/03/02 16:36)
[6] 06[もぐきゃん](2010/03/02 16:33)
[7] 07[もぐきゃん](2010/03/02 16:58)
[8] 08[もぐきゃん](2010/03/02 17:03)
[9] 00/後、風呂[もぐきゃん](2011/06/23 00:40)
[10] 09[もぐきゃん](2010/03/02 17:15)
[11] 10[もぐきゃん](2010/03/02 17:27)
[12] 11[もぐきゃん](2011/06/23 00:40)
[13] 12[もぐきゃん](2010/06/02 16:51)
[14] 13/一部終了[もぐきゃん](2010/03/02 17:58)
[15] 01[もぐきゃん](2010/05/07 18:43)
[16] 02[もぐきゃん](2010/05/07 18:44)
[17] 03[もぐきゃん](2010/06/11 21:40)
[18] 04[もぐきゃん](2011/06/23 00:41)
[19] 05[もぐきゃん](2010/06/02 17:15)
[20] 06[もぐきゃん](2010/06/11 21:32)
[21] 07[もぐきゃん](2010/06/21 21:05)
[22] 08[もぐきゃん](2010/12/13 16:29)
[23] 09[もぐきゃん](2010/10/24 16:20)
[24] 10[もぐきゃん](2011/06/23 00:42)
[25] 11[もぐきゃん](2010/11/09 13:47)
[26] 12/アルビオン編終了[もぐきゃん](2011/06/23 00:43)
[27] 00/おとめちっく・センチメンタリズム[もぐきゃん](2010/11/17 17:58)
[28] 00/11072・レディオノイズ[もぐきゃん](2010/11/24 12:54)
[29] 13[もぐきゃん](2011/06/23 00:44)
[30] 14[もぐきゃん](2011/06/23 00:45)
[31] 15[もぐきゃん](2010/12/03 14:17)
[32] 16[もぐきゃん](2011/06/23 00:46)
[33] 17[もぐきゃん](2010/12/13 13:36)
[34] 18/虚無発動編・二部終了[もぐきゃん](2010/12/13 14:45)
[35] 01[もぐきゃん](2011/07/22 22:38)
[36] 02[もぐきゃん](2011/06/23 00:47)
[37] 03[もぐきゃん](2011/07/22 22:37)
[38] 04[もぐきゃん](2011/07/26 16:21)
[39] 05[もぐきゃん](2011/07/27 16:48)
[40] 06[もぐきゃん](2011/07/27 16:59)
[41] キャラクタのあれこれ[もぐきゃん](2010/12/02 20:55)
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[6318] 11
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:f417fde6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/09 13:47
11/~赤色アルビオン・終~





風が耳元を走りぬけ、その音で目が覚めた。貴族の証である外套がなびく。
ここはどこで自分には一体何があったのか。キュルケはこめかみを押さえながら考えて。

きゅい。

そうだった。視界に入ってくる風竜はシルフィード。一方通行と一緒にシルフィードの背中に乗って、そしてアルビオンへと飛んだのだ。そして、それからどうなったのだったか。覚えていないというか、記憶が曖昧で、もやがかかっているような感覚。
キュルケはもう一度こめかみを押さえて、静かに目を閉じた。
一方通行がいなくて、自分ひとりなのだから何かあったのは間違いないのである。
というか、想像では答えは出ているが、それが正解だとすると非常に腹が立ってくる。


「え、と……、だめだわ、思い出せない……」


まぁいい。アルビオンへと向かっていたのは事実だ。
何があって眠っていた(眠らされていた?)のかは知らないが、とにかく旅は続いている。ルイズとタバサは心配だし、ワルドは一体どうしているのかだって気になる。
キュルケはシルフィードの背中を撫でながら、


「あなたが言葉を話せたらよかったのにね。さぁシルフィード、アルビオンへ行きましょう?」


このときシルフィードが何を考えていたのかは知るよしもない。知るよしもないが、シルフィードはこれが答えだとばかりに横に一回転した。くるりと。
きゃ、と小さく悲鳴を上げながら背びれに捕まって、その時に初めて眼下を覗いた。目に入ってくるのはぞろぞろと隊列を組んだ軍隊連中。キュルケは目をまんまるにひらいてぼそりと呟く。


「あらやだ、戦争じゃない」


そこはすでにアルビオンなのだ。
ここにきてキュルケは初めて気が付いた。随分とシルフィードが急いでいる。タバサに頼んで何度か乗せてもらった事があるから分かるが、シルフィードはもっと優雅に空を翔る竜ではなかったろうか。

ぎく、と体が硬くなるのを感じた。
召喚主と使い魔は深いところで繋がっている。主に危機があれば使い魔はそれを察知する事が出来るのだ。
考えたのはタバサのこと。何かあったのだろうか。


「シルフィード?」


何も答えない。ばさりばさりと風を切る音ばかりが響くだけだった。
不安は徐々に大きくなっていって、キュルケはバシバシとシルフィードの背中を叩いた。


「ちょっと、急ぎなさいよシルフィード!」


きゅい! と元気のいい返事が返ってきて、さらに速度は上がった。
恐らく今までキュルケが背中でぐーすか寝てたものだから気を使っていたのだろう。風竜と呼ばれるのがよく分かるというもの。風のようなスピードでシルフィードは王城へと飛ぶ。
心優しい使い魔である。主の下へ一刻も早く文字通り飛んで行きたいはずなのに、恐らくはキュルケを気遣ってギリギリの速度で飛んでいたのだ。
キュルケは胸元から杖を取り出し右手で強く握った。
精神力は回復しているだろうか。あのワルドという男と戦闘になった場合、勝てるだろうか。色々と要素はあるが、やらなくてはならない状況で逃げ出せるほどの勇気を、キュルケは持っていない。キュルケはやらねばならない状況ではやってしまう程度の、流される女なのだ。
ふぅ、と一度だけ息を付く。どういう状況になっているかは分からないけれど、進むしかない。





◇◆◇





「申し上げたい事があります、殿下」

「すまんな子爵。我々には時間がない。聞いている暇もないようだ」

「いいえ、聞くはずです。殿下のご懸念は、貴族派の足を速めているあれでしょう?」

「……あれを知っておるのか?」


はてさて、戦争の事などさっぱり分からないルイズには、本当にさっぱりな話である。
あれとかそれとかどれとか。全然意味が分からない話である。
すでにウェールズの心は聞いた。このままこのとおりにアンリエッタに伝えるのがベストであろう。手紙も回収した事だし、後は帰るしかないのだ、ルイズには。
しかし。


「殿下は伝説をご存知でしょうか?」

「子爵、今はそんな話をしているときでは」

「あれは伝説なのです、殿下。あれこそが伝説の使い魔なのですよ」


ぴく、と体が反応した。
伝説の使い魔。それは、ルイズにとって馴染み深い言葉だ。なんと言っても学院長から伝説だと言われて、己が召喚した使い魔にだって伝説だといわれて、自分はもしかしたら伝説の『虚無』かも知れないと思っていたから。

思い出されるのはワルドの表情。なんだか怖いと思ったあの表情は、何故怖いと思ったのだろうか。
何かが透けて見えたから?
ルイズは、勘は悪くない。むしろいい。姉と比べればそれはそれは小さいだろうが、それでも勘の悪い女ではないのだ。

ちらりと視線をワルドに───その右手に、彼は杖に指をかけた。

ぞろり。
背中を舐め上げられたような、そんな感覚。
何でもいい、武器を。ルイズはそう思った。質素な室内。簡素な室内。狭く、ベッドや机、椅子。あまり大物を触れるような状況ではない。
コンマ一秒の思考。


「何が言いたい、子爵」


ウェールズのその言葉は、耳には入ってきても理解する事は出来なかった。
己の『スカート』からナイフを抜き取り、危機感をそのまま力にしているのか、左手は熱を持つ。
そんな馬鹿なことってない。ワルドの表情は、いたずらが成功したような、子供のように無邪気な顔だった。


「あまり人が多いところで死ぬなよ。探すのが面倒だろう?」


首の裏に電気が走ったような感覚。


「───ダメぇえ!!」


ルイズはナイフを投擲。同時に床を踏み抜く勢いで駆けた。
ワルドの杖はウェールズの胸の中央に吸い込まれるように。吸い込まれるように伸びていくが、ルイズの放ったナイフは銃弾のように飛んでいき、その矛先へとヒット。
狙いをやや外して、恐らく心臓を狙うはずだったワルドの杖は、胸の右側を深々と突き刺した。

どつ。

聞いていてあまり気持ちよくない異音。
ウェールズは何をされたのか、いまいち分かっていないような表情で、一瞬後、咳と一緒に少量の血を吐き出した。


「貴様何を!」


痩せぎすの男が杖を抜いた。
ルイズはすでにワルドに飛び掛っていて、右手にナイフを。
とにかく無力化。何がなんだか分からないけれど、とにかく無力化。このナイフをどこかに突き立てればいい。死なないように、腕でも足でも何でもいいから───、


「遅いよ」


ワルドはルイズとは対称に、非常にゆったりとした動きで、とはいっても動作そのものは早くて、ただ単純に動きに無駄がなさすぎてそう見えるだけで、とにかくウェールズの胸から杖を引き抜き、ルイズのナイフを受け止めた。ガンダールヴを発動しているルイズの攻撃を受け止めたのだ。
がちん! と杖とナイフがかみ合い、しかしワルドはルイズに視線すら寄越さない。無造作にルイズを払いのけ、ルイズがなかなか良い筋肉をしているといったその右足で痩せぎすの男の鳩尾を蹴り付けた。

呪文の詠唱中だった男は見事にくらってしまって、がくりと膝を付いた。「なっちゃいないな」ワルドが呟きながら放ったもう一発。それは男のこめかみを強かに打ち抜き、倒れこんだ男はもう二度と目覚めない。

一瞬の出来事だった。ため息を一度つく。その程度の時間の経過だったのに、一人は胸を貫かれて、一人は死んだ。
もう分からなかった。意味が分からなかった。なにがあってこんな事になったのかすらルイズの頭では検索不可能。グーグル先生もこの状況だとNot Foundである。
ルイズは一気に騒がしくなった心臓を必死に落ち着けようとして、床に倒れて血を流し芋虫のように蠢いているウェールズを見て不可能だと悟り、そして大声を上げた。


「何なのよ……どうなってるのよこれは!」


返事は返ってくるも、それはこの状況を作り出した張本人からなのだ。


「どうもこうもないさ。僕が皇太子を刺して、そこの付き人を殺した。それだけだろう?」

「あな、あなたっ、こんなことして、こんなことして!」

「まぁそう騒ぐな。大丈夫だ、ちゃんと考えて行動しているさ。これでも一世一代の賭けみたいなものだからね」

「馬鹿なこと言わないで! 何なのよ、これ、なんなのよぉ……」


トリステインのメイジが皇太子を殺したとなれば、それはもう大変なことになる。いま外で繰り広げられている戦争がそのままトリステインにきてもおかしくないのだ。
今のルイズにそんなことは考えられないが、とにかく大変な事が起きているのは分かる。だって、ワルドが、小さい頃からの憧れで、もしかしたら初恋の相手だったかもしれないそのワルドが、ウェールズを刺したのだ。出血がひどくて、このままだと死んでしまう。戦争で散りたいと言って、誇り高かったウェールズが死んでしまう。
どうにかしなければいけないのは分かっているけど、一体どうしたらいい? もうそれが分からない。

ルイズは床に尻餅をついてしまって、ワルドから逃げるように後ずさり。
怖い。目の前のこの人は、知ってる人じゃない。


「さぁルイズ、僕と一緒に来い」


その意味も分からなかった。


「僕と一緒に世界の真実を突き止めよう」

「やめ、てよ……、人が、死んでるのよ」

「気にするな。そりゃただの肉の塊だ。行こう、ルイズ。君は特別な力を持っている。気付かないか?」

「殺されちゃうわ、あなた、殺されちゃう」


もう泣きそうだった。これはさすがに、きつすぎる。


「はは、大丈夫だよ。言ったろう、これでも考えてるんだ。城の連中は彼が持ち帰った硫黄と、外の戦争の事で頭がいっぱいさ。君は知らないだろうけど、君の使い魔君がどうにも暴れまわっててね、貴族派の連中の足を速めてるんだよ。分かるかい? 貴族派の連中はね、勘違いしてるんだ。王党派の新兵器かと思ってるわけさ、使い魔君のことを。そりゃもうすさまじい戦果のようだね。一発で何人もの人が死んでるよ。危機感が足を速くして、この戦争の早期終結を願ってる」

「……シ、ロ?」

「そしてこのウェールズの自室。ここは城の一番高い天守閣、その一角の部屋だ。下の連中は今頃最後の酒でも飲んで、いかに格好よく死ぬかを語り合ってる頃だろう? そうなるとどうだ、この騒ぎに気が付くものは中々いないだろう。可能性があるのは彼の付き人だけ。でもその彼ももう死んでる。いくらなんでもないとは思うが、……もしかしたら最後の最後まで気が付かれないことだってあるかもしれないね。余計な気を利かせて、最後の時間を過ごしているんだろう、なんて思うかもしれないし」


饒舌に語るワルドは最早ルイズの知るワルドではないのだ。
彼の口から出てくるのは最早異世界の言葉である。右耳からはいっていって、左耳から抜け出ていく。
ただ一つ理解できたのは、使い魔のことだけ。一方通行がアルビオンに来ているんだよって、ただその一言だけ。

一方通行が来ている。胸中に湧き上がるこの感情は何だろうか。またしても分からない。以前に助けてくれたときとは違う感じ。単純な喜びなんかじゃない。
ワルドの話に惑わされているのだろうか。いま起こったこの事件が、ほんの少しだけでも一方通行のせいだとでも思っているのか。そんなことはない。そんなことはないはずなのに、変な感覚がルイズの心臓を鷲掴みにするのだ。


「だから……、だからこの騒ぎに気が付く人間は、二つ隣の部屋にいる彼女だが……。どうかな、彼女はどうすると思う、ルイズ。下の人間に騒ぎを伝えに行くか、それとも……君を助けにここに来るか。僕だったら下の人間を呼んでくる。でも彼女はどうかな───」


ワルドを見れば、その視線は扉の向こう。


「───今頃その扉の奥で、この会話を聞いているかもしれないね」


瞬間、小さな体が扉をぶち破る勢いで入ってきて、それは同時に氷の矢を吐き出した。





◇◆◇





よくあることである。
ああ、先に行っているかと思ったらまだ居たのか。先に行っているかと思ったら後から付いてきたのか。
まさにそのそれ。この現象はどちらが悪いとは言えない。いや、そりゃ遅刻しそうになったとか、いつも待たせてるとかそういう状況を除いてだけど。
まぁ、とにかく、行き違いの発生である。

一方通行は頭がいい。トークの上手いお笑い芸人よりよく回転するそれは、しかし向こうの世界の常識で考えているのだ。
空を飛ぶ船。これを聞いて飛行機を想像した一方通行は何も悪くない。誰だってそうではないだろうか。空を飛ぶ船。もしファンタジーの世界に迷い込んだとして、これを聞いたら飛行機か飛行船を思い浮かべるであろう。
一方通行が考えたのは、飛行機みたいなもの。空を飛んで移動するもの。だから、そんなに遅いものだとは思っていなかった。

考えてみて、もう帰っているだろうと思っていた。
スカボローの港について、もしかしたら一方通行はここで会うかもしれないと思っていたのだ。しかしルイズ達の姿はなく、王様のところに順調に進んでいるだろうと判断。
まさか途中で空賊に襲われているかもしれないなんて突飛な妄想はしない。それが現実に起こっていたとしても、それはかなりありえない事である。

戦争なんてくだらない。
考えは変わらないし、戦争を殺したいのも事実。
だけど、どこかではこう考えていたのではないだろうか。一方通行本人に聞いたって絶対否定するだろうけれど、ここで暴れまわって注目を集めれば。そう、考えていたのではないだろうか。

関わるだけでイラつくのだ、戦争なんて。ルイズが関わっているという事実だけで何故かムカつくのだ。
笑いが出てくるけれど、なんとこのスカボローから王様の城まで着くのに馬で『一日』がかかるのだ。この『一日』というのは約十二時間の事で二十四時間ではないが、それでも十二時間この戦争の中を進む。そうなるとどこに危険があるかなんて分かったものではない。堂々と隊列の中を走るわけにも行くまいし、もちろんこそこそと見つからないように進んでいるだろうことは理解しているが。

一方通行がどんな思いで能力を振るっているのかは分からない。分からないけれど、そこにはいつもとは違う何かがあったのだ。
だが、もういいだろう。そろそろいい頃だろう。いくらなんでも王様のところにたどり着いている筈だし、手紙とやらも回収しているはずだ。
いつもとは違う感覚にモヤモヤしながら、ふんと自嘲した。そこそこに満足げな顔は何を表しているのか。

ただ、一方通行は知らないのだ。自分が何をしたのかを。
能力で暴れまわって、人間なんかゴミクズのように吹き飛ばして。それはもう注目を集めた事だろう。この戦争に出ているものに絶望を与えた事だろう。
だが、その存在が脅威になって軍隊の足を速めたことに彼は気が付いていない。
あれには勝てないからさっさと王様を殺せ。そういう空気になっている事に、一方通行は気が付かないのだ。彼は人の死に鈍感で、人の想いに鈍感で、人の思いに鈍感すぎた。全部反射してきたんだから、一般人なんて彼から見れば全部低脳だから。
強すぎる彼は、全部が上手く行くと思っている。いや、上手く行くと思っていた。

そして何度目かの高電離気体の発生を確認。
おおよそ一万度のそれはじりじりと全てを焼き尽くし、またも後に残ったのは一方通行だけになった。


「ハッ、いい加減飽きちまうっつーの」


先を見ればまだまだまだまだ沢山の戦争屋。
腹が減ったなと一方通行はお腹をさすり、なんとなしに上空を見上げた。


「……」


上空を見上げた。その先に、


「……あァ? おいおいおいおい、クソッタレが、そうかよ、そういう事か! ……グズグズしやがってクソガキ!!」


一方通行は、もう目視で王城を確認できるほどにそこに近づいているのだ。
その王城へと向かうあの青い竜は、間違いなくシルフィードだろう。
何のために向かうのか。帰れと行っていたのに、何のために向かうのか。当然、そりゃ使い魔というのだから主のために向かうに決まっているだろう。





◇◆◇





ぺたりと尻を床につけて、涙を流しながらこちらを見つめる『友達』に、タバサの心臓は熱くなった。
ルイズ・フランソワーズと言えば学院でも有名で、とにかく彼女は強い女だったのだ。
ほんのちょっと前まで友達もいなくて(それはタバサもあまり変わらないが)、彼女はいわゆるいじめの対象だった。誰もが『ゼロのルイズ』という自分よりも下の存在に安心して、彼女の話題は常にこき下ろすことだけ。
タバサはそういったものに興味がなかったので無視を決め込んでいたが、タバサの友人はそうではなかった。

キュルケはいつも口にしていた。何でやり返さないのかしら、と。悔しくないのかしら、と。
実の所裏で色々と暴力を振るっていたらしいルイズだが、それはあくまでも裏でだ。彼女はゼロと言われようが無能と言われようがいつもすました顔をしていた。今のはちょっと失敗しちゃったの、と爆発を起こしていた。
ルイズは孤高の女だったのだ。孤独なだけではなく、きちんと誇りを持っていた。
だって、彼女が泣くところなど、一度だって見たことがなかったから。


「タバ、サ?」


弱弱しい声。
そんな彼女が泣いている。ルイズが泣いている。友達になってから、いつだって元気いっぱいで、うざったいほど暑苦しくて、今の今まで泣き顔なんて一度も見たことなかったルイズが、泣いているのだ。
実際はシエスタに泣きついてストレス解消していたとか、サンドピロー殴ってストレス解消していたとかそんなことはどうでもよくて、とにかく『友達』が泣いているのだ。

胸が熱くなった。こういうところで泣き崩れるような、そんなたまじゃないのに。

杖を再度振って、口の中だけで呪文を展開。氷で出来た矢を飛ばしながらワルドとの距離を詰める。
小柄なタバサは速度に自信を持っていた。中距離から近距離の魔法戦ならスクウェアにだって負けないと自負していた。
しかし、相手は魔法英士隊の隊長なのである。放つ魔法は華麗に捌かれ、打つ杖は簡単に防御。今までに実戦を経験した事のあるタバサはすぐに気がつく。強い。ワルドは強い。

睨みを利かせながらタバサはかばう様にルイズの前に立った。後ろからずるりと鼻を啜る音が聞こえる。


「……」

「終わりかい? なかなかいいコンビネーションだ。その杖がいいね、力の不足を重さでカバーか? その辺のおきらく貴族の考える事じゃない。君、もしかして実戦経験あり?」

「……」

「いやいや、実はそう思っていたんだ。ただの学院生にしては余裕がありすぎる。ああ、これは精神力の話でね。ほら、船を飛ばしたろう? 風石に魔法力を込めていたとき、随分と余裕があるなと思っていたんだ」

「……それが?」

「なに、単純な疑問さ。……君は後どのくらい魔法を使えるんだろう」


思わず舌打ちをついてしまいそうになった。
やはり船を飛ばすのを手伝ってくれと言われたとき、断っておくべきだったのだ。
メイジのランクは精神力の量で決まるものではない。だから、馬鹿でかい精神力を持ったドットのメイジだっていることにはいる。だけどそれは稀な話で、やはりランクと精神力の量は比例しているのが普通なのである。精神力を量で量るというのもおかしな話だが、事実としてそうだ。
タバサはトライアングル。対してワルドはスクウェア。


「自分ではあまり判断がつかないだろう? そういうものさ、精神力なんて。いつの間にか切れていることなんてよくあることだし。だからこそ僕は……、いや、僕達みたいに戦う者はそれを正確に判断しなくちゃいけないんだ」


ワルドは口元に笑みを浮かべながら続ける。


「僕は君をリタイアさせる程度の魔法を、あと二十は放てる。君はあといくつだろう。あれだけの船を飛ばしたんだ。そうそう余裕があるとは思えない。……五発くらい? いや、トライアングルであの船だからな。僕、実はちょっとサボったし、あと四くらいかな」


タバサは正確に精神力を量るすべを知らない。ワルドのように完成しきったメイジならばそれも出来よう。これだけの魔法をこれだけ撃つと精神力がなくなる。そう判断できるのも分かる。
しかし、タバサはまだ子供で、魔法も精神力も完成には至っていない。その日のテンションや感覚で発動回数がばらつくのである。自分の限界を図るのは難しかった。

口の中の唾を飲み込んだとき、額から一筋汗が零れた。嫌な相手である。頭もいい。戦わずして相手をしとめる方法を知っている。
ワルドの言うとおり、タバサの『何となく』で判断してもいいのなら、放てる魔法の回数は四回くらいだろう。


「タバサ」


スカートを引っ張られて。


「逃げましょう。こんなところで戦っても、仕方ない、逃げましょう」


それはそうだ。戦うよりも、逃げたほうが良いに決まっている。
しかし、簡単には逃げ出せまい。ワルドが何を考えているのかは知らないが、逃がすつもりがないことは分かる。さらに皇太子が血を流しながら倒れているのである。恐らくはまだ死んでいない。ここで逃げ出せば、国家間でどんな問題が起こるか分からない。
スカートを下ろす勢いのルイズの手を取って、タバサは静かに口にした。


「いく。あなたは下の人を呼んできて」

「だ、だめよ」

「そうだな、やめておいたほうがいい。君じゃ僕には勝てないよ、絶対に」


いや、勝算はゼロではない。
だって、こちらは下の人間すら呼んで来れば勝ちなのである。ワルドを裏切り者だと確定させてしまえば勝ちなのだ。


「あなたは走って。下に行って。人を呼んできて」

「ダメ、そんなのダメよ」

「お願い」

「そんなの……」


キュルケだってそうした。
自分ひとりが残って、敵をひきつけて、それがあったからここまでくることが出来た。
キュルケはルイズを助けようと思ってそうした。キュルケがそうするのなら、タバサだってそうしよう。何も死ぬようなことはしなくてもいい。ただ目をひきつけて、防御に専念しておけば、いくら相手がスクウェアでも簡単にやられてしまうようなことにはなるまい。

タバサはポン、とルイズの頭を撫で付けた。どちらが年上か分からないこの行為はどうやら効果があったらしく、ルイズは小さく頷き立ち上がる。
二人で顔を見合わせて、タバサは一度大きく息を吸った。ルイズは反対に大きく息を付いた。


「またあとで」


言い終わると同時、呪文を展開。
狭い部屋の中、小さな身体を全力で活かしながらワルドに肉薄。己の最も自身のある『速度』で勝負を挑んだ。小柄な身体を存分に活かし、超至近での魔法戦。展開中の呪文を停止させないように杖を振りかぶって、氷の矢を放った。
にやつくワルドは避けるそぶりすら見せないままその氷の矢を身に受け───、


「───残念。そりゃ『偏在』だ」


声が横から聞こえた。ルイズが駆け出した方向、開け放たれた扉の奥から聞こえたのだ。


「あ?」


これはタバサではなくルイズの声。
ワルドが二人居る。


「しまっ───」


タバサが珍しく慌てた声を上げたとき、魔法の直撃を受けた『偏在』は蜃気楼のように掻き消え、『本物』が杖を振っていた。
ふわりと風がタバサを通り過ぎていき、一瞬の空白、ひらりと学院の制服が風に揺れて。

ぶしゅ。
冗談ではなく、床に散っていく血液はこんな音を立てた。炭酸か。

痛みというよりも熱。熱い。血が流れている。久しぶりに味わった敗北は、ここまで痛いものだったか。平行感がなくなる。ああ、ごめんなさい、キュルケ、ごめんなさい。
意識が沈んでいって、最後に聞こえたのは。


「───う゛あ゛、ぁあああぁぁああああ!!」





ルイズは剣を握った。この状況で。
ウェールズが刺されて、その付き人らしい人物は死んで、そして何よりもタバサが血を流して。
脳の許容量をぽーんと飛び出した現状。
タバサの、空気中をいままさに舞っている血液。赤い赤い珠になって、その何滴かはルイズへと降りかかって。暖かい。部屋が、生臭い。ぷちぷちと頭のほうで何かが切れているような音すら聞こえてきそうな予感。
ウェールズのときはまだよかった。よかないがまだ『意味が分からなかった』からまだよかった。
今はしっかりと理解してしまっている。ワルドは敵で、その敵であるワルドはなんとタバサを攻撃して、いま、タバサは血の海に倒れこんだ。
駆け出した先のワルドが(顔をにやつかせている!)敵なのだ。
もちろん恐怖を感じた。タバサが簡単にやられたという事実が恐怖感を煽った。仲間の血液がそれをさらに増長させて、その恐怖を消し去りたくて、だからこそ、何とかしてくれと祈るような気持ちで背中のデルフリンガーを抜いたのだ。

あひぃ。

瞬間に脳を駆け巡った武器の情報。それに何だか、高揚感とはまた違うこの感覚。どろどろとしてて、普段の意識は掻き消えて、ただ怖かった。どうしようかと考える暇なんかなくって、とにかく考えたのは一つで。

どくん。鼓動が一つ。
戦わなくっちゃ。
ぶつ、と何かが切れたような。


「───う゛あ゛、ぁあああぁぁああああ!!」


咽喉の奥が切れてしまいそうなほどの絶叫。
ルイズのガンダールヴは、逃げ出すよりも戦うほうを選んだ。


「いけねぇ娘っ子!」


鞘から解き放たれて、ようやく喋る事が出来たかと思えばこれである。デルフリンガーもつけるものならため息の一つでもつきたい事であったろう。
しかし、今のルイズの思考回路は、というよりも思考という行為すらどこかに飛んで行って、ただ単に本能のみで剣を振っていた。

その日、最速をもう一つ超えたルイズの剣は、しかしそれでもワルドには当たらない。何で当たらない!
袈裟に振ろうが逆袈裟だろうが唐竹を狙おうが、避けられてしまうのである。

焦りを感じる余裕はなかった。ただ『この感じ』に身を任せたままルイズが上段から、本当に目にも止まらぬほどの速さでデルフリンガーを振った。ワルドは飛び込むようにルイズの脇を転がり避けて、簡単に避けてしまう。またも部屋の中に逆戻り。


「っとと、今のは危なかったな! 上出来だよルイズ!」


とは寸分も思っていないような表情でワルドが。

ルイズの剣は素直すぎた。頭の中は情報と意味の分からない恐怖感でぐるぐるぐる。目の奥はぎらぎら光り、ふぅふぅと鼻息は荒い。
たおさなくっちゃ。きらなくっちゃ。思考しているものはそのくらい。
ワルドも負ける気は毛ほどもしないだろう。だって、ただ真っ直ぐに向かってくる猪と一緒だ。ルイズは猪突猛進にワルドに斬りかかっているだけなのである。


「さぁ行こうルイズ、僕と共に! 我々レコン・キスタと共に! 君の力を狙っている奴なんて沢山居るぞ! 死んでしまう前に僕と共に来い!!」


返事はしなかった。そもそもそういうことを考えていられない。聞いた言葉は、ただ単純に記憶にとどめておく事しか出来ない。
ルイズはぶつぶつをたおさなくっちゃ、たおさなくっちゃ、と呟きながら、そしてまたも剣を振る。


「手負いの獣も顔負けだな。ちょっと痛いけど……いや、死んでくれるなよ?」


剣を振った。避けられる。
腰からナイフを抜き投げた。壁に刺さる。
剣を振った。避けられる。


「んんんぅッ!!」


なぜ当たらない。怖い。ワルドは強い。意味が分からない。たおさなくっちゃ、たおさなくっちゃ。

馬鹿になっているルイズは部屋の空気がひんやりと冷たい事に気がつかなかった。ワルドが何か呟いているようだったけど、それも何か注意を引くようなものではない。とにかく今、この剣で、斬らなくてはならない。倒さなければならない。
ルイズの考える『倒す』はそのまま『殺す』に繋がってしまう事にすら気付かない。剣を、突き立てる。それだけ。
とにかくとにかくとにかく、この胸を騒がせる恐怖感の終わりは、ワルドを倒さなければ終わらないのだ。ひんやりと手足が凍ってしまいそうに冷たいこの感覚は死を思わせる。嫌いだこんなもの。剣を、剣で、この武器で、

ひぃ。恐怖に引きつったような声をルイズは上げる。上げるのに、その身体は前を目指した。何故だか逃げる事を選択しなかった。それが最善であるはずなのにそうしなかった。
左手の熱が濃くなる。熱くって、怖くって! 進む、足を、先に、


「ライトニングクラウド」


ワルドが呟いて、杖を振り下ろした。
部屋の冷たい空気はパチパチと音を鳴らし始めて、ばちん! 弾けた。
青白い電流はルイズへと伸びて行き───、

ああ、これは何だろうか。
ルイズは剣を振っていた途中であった。
肩に自分よりも背の高いデルフリンガーを振りかぶった。途中で部屋中の空気が鳴り始めて、そのことに疑問すら感じないで。
斬る。倒す。
頭にあるのはこれだけだから、目の前を真っ白に染めるその電撃が放たれたその瞬間も、とにかく剣を振った。ぴゃん。風をも切り裂くその速度。

ふと。


「は、なん……だと……?」


電撃はその姿をかき消された。ルイズの剣の一振りで。
ルイズは、魔法を斬ったのだ。
ワルドに隙が出来ていた。だけど結局隙があろうがなかろうが、


「ッはいだらああぁあああ!!」


猪突猛進なのだ。何も考えてはいないのだ。
ルイズにその現象を不思議と思うような思考リソースはない。


「なるほどこうかい娘っ子! これが俺の本当の姿かい!」


呆けたようなワルドに肉薄。もともと狭い室内、四歩先にたどり着いて、輝き綺麗になっていくデルフリンガーを無視しながら無茶苦茶に振った。
一振り目でワルドの身体を薄く裂いて、ワルドは舌打ちしながら横に飛ぶ。
二振り目の追撃。ギリギリで剣が届く範囲にあった左手を斬り飛ばした。手元に残る、肉と骨を断ち切った感触。くるくる血を零しながら飛んでいくワルドの腕は、ベッドの上へと着地した。
更に追撃。勝てる。勝てる。今しかない。早くこの剣を突き立てて───、


「がッ、こ、のぉ!」


ワルドの杖が青白く光った。
さっきも見た現象。ウェールズが刺される前も、そうやって光っていた。
防御?
そんなもの今のルイズには考えられないのだ。その身を動かすのはただの恐怖心なのだ。やらなきゃやられる。この思考回路では防御のことなんか考えられなくって。

不用意に接近したルイズのわき腹をワルドのエア・ニードルが通り過ぎた。ごっそりと肉を削ぎとられて血がぴゅっぴゅと飛び出るも、痛みは彼方へとぶっ飛んで行ってしまっている。
きゃあああ! 絶叫しながら、しかしルイズを動かすガンダールヴのせいで、正確に腰からナイフを抜き放ち、ワルドの肩口へと突き立てた。

やった!
やったやった!
抜いて、刺す! 抜いて、刺す! 抜いて───、


「いッ───てえ! ちくしょう!!」


毒を吐いたワルドの膝が、ルイズのわき腹を襲った。自身の体から聞こえるボキリという異音に首をかしげながら。
折れた? 折れた。ごほり。無意識に咳が出た。
一瞬体が言う事を聞かなくなって、二、三歩後ずさり。
すると。


「オラァ!」


二発目の蹴りはお腹のちょっと上、鳩尾に入った。ワルドのつま先が、最早入ったというよりも沈み込んだ。そう表すのが正解なほどに深く。
痛くない。小柄なルイズは壁際へと吹き飛ばされながらそう考えて、ちょうどよく窓があった。ああ、なんか空きれい。剣は?「娘っ子!」デルフリンガーがない。「娘っ子! しっかりしろ! 俺を掴め!」落しちゃった。


「ウィンドブレイク!」


ワルドは杖の切っ先をこっちに向けてて、一度優しい風が通り過ぎて。

どごん!
ルイズは壁に沈み込む勢いで、痛い。全身から、なんだか急に痛みが噴出して来た。


「ウィンドッ、ブレイク!」


どごん!
烈風にもう一度襲われて、全身を壁へと強かに打ちつけ、意識が飛んで行ってしまいそう。今度はまた痛くなくなってきた。「掴め!」代わりに寒い。冷たい。助けて。「俺を掴め! 娘っ子ぉ!」


「ウィンドォ! ブレイクゥ!!」


どがん!
衝撃と共にルイズの背中の壁は何処かへと吹き飛んでいった。そうだ、窓が見えたから、外に落ちていったんだ。
外が見える。空が見える。青くて、青くて。落ちそうだと思った。下にじゃなくて、空に。空色の。青いのが、あの青いの───、


「ウィンドォオオ───」


大穴が開いた壁。
外が見えて、戦争が見える。もう王様達は戦いに出たのかな。もうすぐそこに敵が来ている。見える。外が見える。ああ見えている、その蒼い姿、高速で迫る竜。
その背中に立って、杖をこっちに向けてて、


「きゅるきゅる、けぇへへへ……」


なんだか笑いが出てきた。

───フレイムボール。

空から聞こえた声。
床に仰向けに倒れたルイズの目の前を通っていく炎球。それは魔法を放つ瞬間のワルドに直撃した。どぉん! と爆音が部屋を揺らし、炎は姿を変えて渦を巻き、そして消え去った。
倒れるワルドは動く様子はなく、ようやくになって安心感。

終わったんだ。





外のほうから戦争の雄たけびと、シルフィードが風を切る音。シルフィードの顔面が、ズタボロになったルイズの真横に着地した。同時にキュルケが華麗に降りてきてきゃ、と小さな悲鳴。


「なにこの地獄絵図! タバサ!」


こっちの心配もしてくれ。ルイズはピクリとも動かない身体でなんとか声を上げようとしたが、どうにも無理のようである。
キュルケは取り出した水の薬をばっしゃばっしゃとタバサにふりかけ、血が止まったのを見てようやく一息ついたようである。ルイズのほうにタバサを抱えながら歩いてきて、


「大丈夫?」


もうむり。ほんとしんじゃう。


「ほら、あとちょっとしか残ってないけど、何にも無いよりもマシでしょう? そのままだとほんとに死んじゃうわよ」


いやもうとにかく身体が動かないのだ。
キュルケもそれを察したのか、動かないルイズの服をびりびりと破り始めた。


「───! んあ、あふん」

「変な声出さないで。わき腹、血がひどいわ。ああ気持ち悪い。とにかくここ塞いで、近くの街に行きましょう。戦時中だからぼられるわよ、覚悟しときなさい」


いたずらっぽく笑うキュルケは相変わらず美人だった。美人だったが、


「あ、あんら、まうげ」

「うん?」

「まゆれぇ」

「あ?」

「まゆ、あふ、いたた、まゆ、まゆふふふいたた」

「ああ? なに言っているの?」

「まゆげぇ、まゆげぇ……」


ルイズは眉毛眉毛言いながら意識を失いかけて、肝心要のことを忘れている事に気がついた。
そう、ウェールズである。生きているのなら、どうにかして生かさねばなるまい。それが例え無駄だったとしても、生かさねばならないのだ。

そして。


「……満身創痍たァそういうこと言うンだろォな」


上空からもう一人。
品の無い話し方。姿が見えて、いつでも白いその姿。太陽光を背負っていて顔がはっきり見えないけれど、間違いない。間違いようが無い。それはルイズの使い魔。ルイズだけの使い魔、一方通行なのだ。
嬉しかった。ただ嬉しかった。同時にワルドが言ってた事が思い出されて微妙な気持ちになった。ここに来てくれた事は嬉しいのに、それを素直に喜べなかった。

何のために来たの?
ただ戦争があってるから、殺しに来たの?

一方通行に聞いたって、どんな言葉が返ってくるかなんて分かったもの。関係ねェとか言われるのだ。
関係ないことなんか無いのに、関係ないって言われるのだ。


「し、ろぉ……」

「……」

「わたひ、ね、こんかいね、がんばった」

「……あァ」

「だか、だがら……」


意識が徐々に落ちて行って、暗幕が下りて、ねむい。


「こうたいひの、こと……」


助けてあげて。
こんなところで死なせないで。
その誇りのままに、戦争で死なせてあげて。
口には出来なかったけれど、伝わっていると信じて。





◇◆◇





わりと一刻を争うというルイズとタバサをつれて、キュルケは先に飛んで行ってしまった。
部屋の隅に倒れこんでいる金髪が王子様らしい。キュルケがあの顔は早々忘れないと言っていたので間違いは無いだろう。
死人のように血の気がなく、どうにも死んでいるようす。
一方通行は面倒臭そうにつま先でちょいちょいとさわってみて、


「───!」


生きている。
出血がひどくて、どうしようもないところまで来てはいるが、この世界の水の薬品とかいう冗談のような効果を出すあれがあれば、恐らくだが治る。
弱弱しい体内の生体循環。このまま放って置けば死ぬ。しかしルイズは助けろと言った。

っち。
一方通行は舌打ち一つ。その部屋を出て、慌しい城内へと───行かなかった。
ルイズは助けろと言ったのだ。この男を。そして助けて、それからどうなる。
ルイズのことだ。見殺しになど出来ないと言い出すのではないだろうか。この戦争があと何日続くのか分からないけれど、身体が治ると同時に、今度は助けに行くなどとつまらない事を考えるのではないだろうか。

どくん。
いつも通りのはずの鼓動が、やけに大きく感じた。
どうなる。そうなるとどうなる。助かると、こいつはどうなる。この戦争は王党派と貴族派の戦争だ。最悪を考えれば、きっとルイズは亡命など、本当に勧めてしまう。どうなってしまうだろうか。この皇太子がトリステインなどに亡命したとなれば、それは、いったい。

どくん。

どくん。

一方通行は、ゆっくりとウェールズへと手を伸ばした。


「……水の薬ならここにあるが、どうするかね?」


倒れていたワルドからだった。
彼はうつ伏せに倒れていた身体を起こしかけ、無理だと悟ったのか、そのまま仰向けに寝転んだ。


「テメェ……」

「おっと、そう殺気立つなよ。僕は何も出来やしないさ」

「ハッ、あのガキにやられる程度の奴、警戒なンざしねェよ」


ワルドは生きていた。フレイムボールが当たる瞬間、同時にウィンドブレイクが発動したのだ。相殺した魔法は炎の渦になって消えた。ワルドはそのまま死んだ振りしていたのである。


「いたた……、化け物みたいになっちゃって。そんなに怒ることないのに。さすがに最後のほう本気出しちゃったよ」

「あァ?」

「腕を斬り飛ばされたって話さ」

「……ふん。オマエが『ワルド』?」

「ああ、始めまして、使い魔君。アクセラレータって言うんだって? 変わった名前だ。こんな格好で失礼かな」

「気にするこたァねェ。この部屋で立ってンのは俺一人だ。こっちがおかしいのかと思っちまうぜ」

「はは! ユーモアにあふれるね、君、ってぇ、いてて」


一方通行はがしがしと頭を掻き、そして、


「それで、テメエの目的は?」

「ん? ルイズだよ。殺すかい、僕を」

「……しっくりこねェンだよな、それ。なンだって俺にそれをわからせる様なことをあの女に言わせた? アイツが狙われてるってよォ」

「いやいや、そんなのフーケの独断だろう」

「そォだと思おうとしてたよ、俺も。でもよォ、それじゃさっきの『さすがに最後のほう本気出しちゃったよ』は何なンだ。確信しちまったっつの。テメェ、本気じゃなかったんだろ? 何のために? 狙われてるって何に? その情報はどこから? レコン・キスタって? ……考え出したら止まらねェな。違和感がありすぎる」

「……」


黙り込んだワルドは大したものだと小さく呟いた。
一方通行はそんな彼のほうに歩を進め、右手に持っていた水の薬を取り上げる。それをじ、と見つめながら、


「……まさかとは思うけどさァ、オマエ、アイツの為に?」

「おいおい、どこをどうやったらそういう考えに至るんだい?」

「狙われているってのは、事実なんだろォな。そりゃ分かるぜ。虚無ってのはそれだけでそういう風になっちまうモンなんだろ。そしてオマエが所属しているで“あろう”レコン・キスタってのも、虚無を狙ってンだろうな」

「……」

「オマエ、アイツに危機感を与えたな? 狙われてるっていう事実を与えたな? 多分あれだ、テメェが上に与えられた内容は『手紙』だけだろ。恐らく『レコン・キスタ』自体はアイツが虚無だってことをまだ分かってねぇ。その事実は、オマエにとって都合がよかった。レコン・キスタに所属してるオマエは、ルイズの虚無を知ってるオマエはそこで考えたってわけだ。ルイズを他に取られる訳にはいかない。けどレコン・キスタにも来て欲しい存在ではない。自分がそこから抜けるわけにも行かない。だったら……、だったら、本人が自分の身を守る以外にねェ。狙われているという事実を残して、これだけのことが先にも起こるってことを示唆して、それで敵に回ったってわけだ。小せェ頃からの知り合いってのは、面倒なモンなンだな」

「……まいったな」

「すっきりしたぜ。まさしく悪役(ヒーロー)。映画の見すぎだっつの」

「エーガ?」

「こっちじゃ舞台っつーのか」

「ははは。よく分かっているじゃないか。小さな頃から悪役に憧れてね」


一方通行は水の薬の封を開けた。小瓶にはいったそれは無色透明。いや、若干水色。


「助けるのかい?」

「……」

「気にする事はない。それはもともと死んでいるはずの人間だ。僕が殺すつもりだった」

「……アイツはなン言ってた」

「いやいやそれはもう凄い剣幕で亡命なさいませってさ。一回皇太子に向かってタメ口きいてたよ。さすがに焦ったね、あの時は」


本当は違う。一回タメ口を聞いたのは事実だけれど、ルイズは誇りを理解して、戦争で死ぬのを『あり』だと判断したのだ。
しかし、一方通行が情報を得るのは、ここだけ。ワルドの口からだけ。
それを簡単に信じてしまう。この辺りが子供で、さらに、いかにもルイズの言いそうな事ではないか、亡命。
現代の感覚で生きている一方通行は、亡命を勧められて、それを断るような『お国のトップ』はいないと考えている。当然のように生きる事に執着するものだと考えている。
だったら、それはもう。


「亡命ねェ……」

「亡命だな」

「するってェと、さすがにな、無ェよな、そりゃ」

「そういうことかな」


ごきり。
何があったのか、それは分からない。ただ異音が響いた。それだけで王子様は死んだ。ただそれだけの事だった。
一方通行は水の薬をワルドへと投げて寄越し、ワルドは受け取るために身体を起こして。


「君、僕んトコに来いよ」

「あの女にも言った。断る」

「いや、断るな」

「断るね」

「じゃあ言い方を変えよう。ルイズのところから消えてくれ」

「……くく、昔の男は引っ込んでろよ。ありゃ俺のモンだろ?」

「違うな。そういうことじゃない」


一方通行が疑問を視線に乗せてワルドへ送ると、ワルドは意外にも真剣な表情だった。
さっきまでのニヤついた顔を引っ込めて、真摯に眼差しを送ってくるのだ。
キモチワリィ。そう思うも、その視線からは逃れられないよう。


「君は彼女の隣に相応しくない。いや違うな、彼女が君の隣に相応しくないんだ。君は異質すぎる。ルイズは素直だからさ、そういうのは良くない。簡単に影響される。彼女はいい仲間に恵まれているから、君がいなくとも大丈夫だ」

「……」

「この状況で、そうまで簡単に皇太子を殺すのは、こちら側の人間の選択だ、アクセラレータ。僕はいつだって君を歓迎しよう。世界の真実を見たいのなら、僕のところへ来い」


ワルドは水の薬を一口だけ口に含み、残りを肩とルイズに斬り飛ばされた腕へと塗りつけていた。そしてそのまま何でもないように立ち上がり、彼は壁にあいた大穴から身を投げ出す。狙い済ましたように使い魔であるグリフォンが飛んできて、


「それでは、また会おう」


一方通行は特に何をするでもなく、少しだけ考え込んだ顔で、どこを見ても戦争ばかり。嫌気がさす。


「……どいつもこいつも、クソッタレばかりだ」


ポツリとこぼしたその言葉。
結局それは、自分を含めて。


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