視線の先、己の作り出したゴーレムがただの土くれに変わっていく様を見、彼女、『土くれ』のフーケは大きくため息を吐き出した。
学院に五つある塔の屋上。彼女はそこに居るのだ。
当然、ゴーレムの肩に乗っていたのは土で作ったダミー。服を着せフードを深く被らせれば、三十メイルもの距離、遠目には中々判断がつくまい。
『物を操る』という魔法特性を持つ彼女はその姿を戦闘領域に出すというような馬鹿な真似はしない。こうやって視界にさえ戦場が見えていればしっかりと戦えるのだ。
であるから、『青銅』のギーシュと名乗る生徒が真正面からあの使い魔と戦っていると聞いた時は馬鹿な真似をするやつも居るものだ、との感想しか浮かんでこなかった。
「やれやれ、こりゃ信じないわけにはいかないねぇ」
眼鏡を外し、鋭い目つきで睨む先には一方通行。
別の世界から来たという異常性をフーケは信じていなかった。『反射』という反則も、一万人という殺人記録も。
しかし二度だ。二度も敗れた。これでは信じないわけにはいくまい。
そして、
「───ふむ、何を信じるのかね?」
心臓が口から飛び出すほどの驚きが。
いつの間にかその老人はフーケの隣に立ち、一緒になって眼下を覗いているのだ。
「……学、院長」
「うん? 何かあったかね、ミス・ロングビル」
にこやかな笑みを絶やさないその老人にフーケは無駄を悟った。
「……下手な芝居はよしとくれ。知っているんだろう?」
「それは何をかね。君が『土くれ』であることか? それとも君の下着が紫色であることか?」
「ふんっ、とぼけた爺さんだよ、まったく……」
自身の髭を撫でつけながら老人は、
「ま、誰も死にはせんかったしの、まだ引き返すことも出来ると思うが……どうするかね、ん?」
「ごめんだよ。アンタの秘書は下着にすら気を遣わなきゃなんないじゃないか」
「ふむ、残念じゃの」
そしていつの間にか杖を抜いていた老人がいつの間にか完成させていた魔法を使い、そしてフーケは魔法を使われたと感知する前に、既に両手が拘束状態。
全てが一瞬の出来事だった。フーケが一息つく暇もなくそれは完成されていた。あまりの速度に逃げ出そうと考える、という脳の反応すら起こる間もなく既に拘束『されていた』のだ。
それがフーケの感じた老人の実力。
それがフーケの感じた学院長の本気。
いつもいつも下着を覗いてくるスケベジジイは、やはり国の学院を任されるだけの実力を持っていたのだ。
「はっ、はっはは! なんだいこりゃ、バケモンかアンタ?」
「んにゃ。人間自分の年すら忘れるほどに生きておるとな、意外と出来るモンなんじゃよこれが」
「大したくそじじいだよ」
「じゃろ?」
ぱちり、と下手糞なウインクはその老人に、それはそれは実に似合っていた。
13/『戦女神の不幸』
そして医務室。
ここ最近医務室の番人と化しているルイズにとっては非常に心地よくなってきた空間である。
担当の水の教員すらルイズに全てを任せて、自分は欠伸をしながら空いたベッドに眠るのだ。
『ん、このくらいなら問題ないね。慣れたもんでしょ?』
本当は医務室の担当教員ではなくきちんと授業を教えたかった、という彼の言である。
しかし、それでもクビにされないのは彼の実力が伴っているからであり、やはりそれなりにメイジをやっているのだ。
ルイズは勝手に薬品棚に近づき、そして液体状の『水』の薬を飲んだ。
鎮痛効果のあるそれはそれなりにお高い薬なのだが、うむ、ここは自分の部屋のようなものなので良いだろうと判断。
そしてもう一度怪我をしているところの包帯を替えようかな、といったときにそいつ等は現れたのだ。
「ハロー、ちゃんと寝てる?」
「げ、何しに来たのよあんた……」
「お見舞いよお見舞い。あの騒動で怪我したのあなただけだもんね」
「やかましゃ! 帰れ! 帰れ!」
と、ルイズがつばをも散らす勢いで叫べば、
「あぅ、やっぱりお邪魔でしたでしょうか……?」
「いやぁん、シエスタはいいのシエスタはぁ。ほらほら入って、私のじゃないけど美味しいお茶があるの」
キュルケの後ろからシエスタが不安げに顔を出してきた。
ルイズがシエスタを不当に扱うはずもなく、そしてまたその後ろからタバサが静々と現れるのだ。
四人でのお茶会。
ルイズには入学以来一度もなかったイベントである。
自然と口元はむずむず。微笑みの形をとろうとするそれを手で押さえつける。何となく寂しいやつだと思われそうで悔しかったのだ。
三人にお茶を入れてやろうと立ち上がったところでシエスタに制され、それは自分の仕事だと言う彼女に任せる。
「でね、この子ったらキュルケ~キュルケ~ってもうとろっとろの目で言ってきてさ、いやぁ、あの時はちょっと心臓に悪かったわね」
「そ、そんなことっ……い、言ったかもしんないけど、別にそんな他意はないわよ! あと子っていうな、子って!」
「あらあらまぁまぁ、そんな事があったのですね」
「そもそもあんなに大きなゴーレムに剣もって突っかかる馬鹿がいるかしら。寮から覗いたとき頭おかしいんじゃないかって思ったんだけど……まさかその通りになってるなんて思いもよらなかったわ」
「アレはっ、その、何か剣握ったら気分よくなってきちゃって……」
「気持ちぃの~……ですって」
「変態」
「ちょっと! 私はノーマルよ!」
「あらあらまぁまぁ」
ぐびぐびと一気に紅茶を飲み下し、そしてシエスタから御代わりを注がれ、そしてルイズが鼻息荒く続けた。
「大体何よ、私聞いてたんだからね!」
「……何をよ?」
「誰か~、いやぁ~……だって。何よあんた、私のことがそんなに心配だったのー?」
身振り手振りを加えながらいささか大仰にその場面を彼女は再現。
にたにたと非常にいやらしい笑みを浮かべるルイズにはむかっ腹が立つが、それでもキュルケの言は詰まる。
そもそも、キュルケにとってあれは本当に衝動で出た言葉であって、それこそそんな他意はないのだ。
あのときルイズの使い魔である彼が来てくれていなかったら間違いなく大怪我では済まされないダメージがルイズを襲っていたはずだ。
実際に心配していたし、怪我が酷いものではなくてよかったとも思っている。
「アレは……アレよ、アレ」
「どれよ」
はぁ、とキュルケは一度だけため息をつき、
「……心配だったのよ、あなたが。よかったわ、そんなに酷い怪我じゃなくて」
「お、ほぉ?」
「なによその顔」
「……あ、あんたがモテる理由が分かった気がする。何かずるい」
「あらあらまぁまぁ」
そしてシエスタはキュルケのカップに紅茶を注いだ。
キュルケとルイズ、この二人はちょっと見ない間に随分と仲が良くなったみたいだ。
それはシエスタ自身非常に嬉しいことで、これからも友達が出来るのは大歓迎。定期的にこういったお茶会のような場を開いてくれるのなら是非誘って欲しいものである。
しかし、嬉しいのと同時に少しだけの喪失感。寂しさや侘しさのような物が胸中に残った。
ルイズに友達が出来た。それ自体はとても良いこと。
だが、そうなると彼女はこれまでの様に自分ひとりに頼ってくるようなことは無くなるのだろうな、と。
シエスタにとってルイズは尊敬できる貴族様で、とてもがんばっている友達で、少しだけ手のかかる妹のような存在だった。
ちょっとだけキュルケに嫉妬のような、曖昧な感覚。
「あ、シエスタ」
「はい、どうされました?」
「ちょっとこっち座って。……あ、もうちょっとこっち」
「はい」
ルイズの言うとおりにベッドの上に腰を下ろし、
「えへ、特等席~」
そしてルイズが膝の上にちょこんと座った。
「あの……?」
「シエスタのおっぱいには癒しの効果があるのよー」
ぐいぐいと後頭部をシエスタの胸にあてがうルイズ。
もともと少しだけ幼い顔立ちに、そして髪の毛を切ってからはそれが際立っている。やはりどうあっても『妹』の印象は消せそうになかったし、同時に可愛いな、と。
ふ、とシエスタから自然に笑みが零れ落ちた。
「ミス、これからもたくさんお話しましょうね」
「当たり前じゃない。私を癒してくれるのはシエスタとクロとサンドピローなんだから」
「あら、私は癒しの中には入ってないのかしら?」
「はぁ? あんたは『癒し』じゃなくて『いやらし』でしょ。何よそのおっぱいは。えろいのも大概になさい?」
「セクシーの何がいけないってのよ!」
「フェロモン出すぎなのよ! 谷間こすったらグレープの匂いでもすんじゃないの!?」
「なによそれ! ソースは何処よソースは!」
ルイズはおっぱいおっぱいと叫び、キュルケはセクシーさを見せつけ、シエスタがそれを見てくすくすと笑っているとき、
「グレープの匂い……しない」
ごしごしと胸をこすり、タバサはポツリと呟いた。
。。。。。
少しだけ軽くなった(と思う)頭。
自身の中で決着をつけた後悔。
分裂しかけていた自分。
その時、一方通行の機嫌は良かった。
医務室へ運ばれるルイズを無視し、しかし置いていった剣を拾い上げて部屋に戻るくらいには。
「ったく、後悔ね……『最強』が情けねェ」
言葉とは裏腹にその顔はすっきりしているし、機嫌も良いのだ。
自身の中だけの決着だが確かに一方通行は開放された。己を戒めていた『一方通行』を解き放ったのだ。
くっくと咽喉を鳴らし、剣を暖炉の前に放る。
そして一方通行は倒れるようにベッドに横になった。今日は非常に快適な眠りにつけそう。
しかし、
「おい坊主」
「あァン!?」
「あ、いやすみませんニィさん」
「……ンだァ?」
眠りへの旅を邪魔する一声。男性のものであるそれは暖炉のあたりから聞こえるようだった。
一方通行はきょろ、と辺りを見回し、どう考えてもこの部屋には自分以外の人間がいないことを確認。
だとするならばそれはいったい何処からだろうか。
一方通行はまさかと思いつつも先ほど放った剣に視線を送り、
「おう、デルフリンガーだ」
「……おいおい喋るンじゃねェよ、何の冗談だこりゃ」
剣が喋っているのだ、剣が。
鍔のあたりをかちゃかちゃと鳴らす様はまさしく人の口のようで。
「冗談じゃねえよ。俺はインテリジェンスソード。ま、簡単に言や喋る剣だな」
「……いくらなんでもファンタジーしすぎだろ、クソッタレ」
「何言ってやがんでい、俺にとっちゃお前さんこそファンタジーだ」
「黙ってろテメェ。分解して構造解析すンぞ」
「ひぃ!」
一方通行は無視を決め込んだ。ルイズの匂いが残っている枕に顔を埋め、そして顔をしかめながらもなお無視を決め込んだ。
だって、あまりに分からなさすぎる、デルフリンガーの存在が。こちらの世界に科学が発展していない以上、対話機能のあるCPUやその他機械が入っているわけではないのだ。それは剣。『剣』が喋っているのである。
驚きではなかろうか。驚くしかないのではなかろうか。一方通行の世界で言うならば、その時履いた靴が喋っているようなもので、いや、何か混乱があるが、とにかく一方通行は驚いたのだ。
「……いや、この程度でどうこう言ってたら続かねェな」
「お、話聞いてくれんのか?」
ため息をつきながら一方通行は顔を上げ、言ってみろ、と不遜に。
そう。一方通行はこの程度で驚いてはいけない。これから先、どんな『常識』が出てくるのか分からないのだ。そのたびに一々乱れていては心がもたなくなってしまう。
「んでよ、あの娘っ子のことなんだが……」
「あァ?」
「アイツ、やべぇぞ」
「何がだ」
「頭だ」
「……、……」
何か言おうかと思って、そして口を噤んでしまった。
まさかルイズも自分が買った剣から“頭がやべぇ”と言われているとは思うまい。
一方通行もルイズの頭は大分おかしいと思っているが、とんでもない女だとは思っているが、しかし剣ごときに“頭がやべぇ”とは。さすがの一方通行も多少の同情を感じてしまった。
「……いや、頭がおかしいとかそういう事言ってんじゃねーぞ?」
「あン? だったら何だってンだ」
「お前さん知ってるか? 人間ってのはな、頭の中で麻薬を作れるんだぜ?」
「……エンドルフィンのこと言ってンのか?」
「えんどる……? いや、そんなのは知らねえがとにかく『ハイ』になる物質を出すことが出来んだよ」
「そりゃどっちかってェとドーパミンだな」
「どーぱみん? ……何だ、お前さん知ってんのか? だったら話は早ぇや。いいか、お前さんの使い魔はな───」
一方通行を御主人様だと思っているデルフリンガーの勘違いはさておき。
ガンダールヴ。始祖の使い魔である。
そのガンダールヴには特殊な能力があり、それは一方通行も知っての通り武器を操る能力があることや常識を超えた身体強化にある。
ひとたびその能力を開放すればそうそう負けることはなかろう。それほどの能力なのだ。
しかし、もちろん先日のように限界もあればある種の弊害もある。
それがデルフリンガーの言っている、所謂『脳内麻薬』と呼ばれる物質である。
ギャンブルをやめる事が出来ない。そういう話を耳にしたことがあるものは大勢居ようが、それは何故だろうか。
実はここでも脳内麻薬で、『当たった!』と思った瞬間に人間は快楽物質を分泌しているのだ。それはもちろん依存につながり、酷い時には滅ぼすまでになる。
当然だが脳の『開発』を日常的にうけていた一方通行は知っていること。それがどうしたと言ったところである。
「いや、話の肝はこっからでよ、ガンダールヴってのはそういうモンも『強化』しちまうわけだ。いい気持ちで戦えるってのは正直スゲーと思うぜ。
だがよ、そりゃあもちろん『いい気分』の時だけさ。心の震えを力にするガンダールブにはちっと厄介なモンになっちまう。戦闘依存。……まぁそこまではいかなくても『日常』に何かしらの不満を持っちまうのは間違いねえだろうな。もともとあの娘っ子、思い込みが激しそうだし『突っ走る』タイプじゃね?」
「知らねェな。その辺には一切興味ねェ」
「そうかい? 俺はそうだと思うね。あの娘っ子はアホだ。友達でいるのは楽しいが、良い男にゃことごとくフラれるタイプの女だと見た。ありゃ絶対B型だぜ」
「だからよォ、それが何だってンだ? 思い込みが激しくて突っ走ってB型の女はガンダールヴになるとどうにかなっちまうってかァ? 気持ち良くなって戦いが恋しいんなら戦争にでも行きゃいいじゃねェか」
「冷たいねえ。俺にとっちゃ久々の使い手だ。大事にしてほしいもんなのよ」
「ッハ、それこそまさか。アイツが何処でどう戦おうが俺には……、……どう戦おうが……?」
「気付いたか?」
「……」
一方通行は指先を口元にそえ、そして少しだけ目を細めた。
ルイズが『ハイ』になるのは別に関係がない。結局のところ一方通行の脅威にはなり切れはしないのだ。それはそれで良い。
『ハイ』な気持ちになるのは脳内物質のドーパミンが分泌されているときである。気持ちが高ぶるし、アドレナリン系の分泌と似たようなところがある。
しかしこれはどちらかというと自身に『危機』が訪れたときに出るもので、先刻の対ゴーレム戦、ルイズの状態はエンドルフィンが出ていると考えたほうが良くないだろうか。
ドーパミンには毒素があり、それを中和するためにエンドルフィンは分泌される。
一方通行の考えでは、おそらくルイズは武器を握った瞬間にドーパミンが出ているのだろう。『ハイ』になり、戦闘行動への意欲が燃えるはずである。
そして過剰に分泌されたそれを抑えるためにエンドルフィンが。もちろんそちらも過剰に出ることだろう。
それはそれは気持ちの良いことではないだろうか。モルヒネの六倍以上の鎮痛効果を持つそれは攻撃に当たっても大した事がないと考えさせ、精神的なストレスを軽減し、α派が出ているのだから集中力も持続させやすいのだ。
『最初からランナーズ・ハイ』。
一方通行との馬鹿な『お遊び』やゴーレムとの戦闘。そのときのルイズを端的にあらわすならこれである。
これだけならとても良い。
戦闘への依存はいずれ出るだろうがそれは一方通行に関係のないことだし、戦いを恐れないというのはそれだけで多少の役に立つものだ。
しかし、
「……面倒くせェ」
「そういうこった。迷惑極まりねえだろ?」
過剰なストレス状況に置かれたとき、人間はストレスを終わらせるための脳内ホルモンを分泌する。ノルアドレナリン。それは『闘争』か『逃避』の行動を選ばせるわけである。
例えばルイズが殺されそうになった時に剣を握ってしまえばどうなるだろうか。
デルフリンガーの話を聞く限りでは、『ガンダールヴ』はノルアドレナリンの分泌ですら『強化』してしまうはずである。
攻撃ホルモンであるアドレナリンがじゃぶじゃぶ脳内に補給。ついでにノルアドレナリンには恐怖感や強迫観念を生み出す作用がある。
暴走。
言葉にするとあまりにチンケなそれは簡単に想像が出来た。
お笑い種である。なんとルイズは暴走してしまう可能性を他の人間よりも大いに持っているのだ。
一方通行は知るよしもないが、ルイズは脳内麻薬といわれる分泌物を放出しやすい環境にある。
毎朝“がんばろう!”と思って自己鍛錬。このときルイズの脳内にはドーパミンが出ている。
高カロリーの『筋肉にいい物』や、これまた高カロリーな貴族の朝食を残さず食べるお口と胃。一方通行がいつも顔をしかめるアロマ。好きなことや楽しいことを考えるポジティブ感。そして口先の魔術師シエスタに褒められて、それらはエンドルフィンを。
嫌だ、面倒くさい、ちくしょう、最悪、爆発、爆発、爆発。小さな頃から続いたそれはノルアドレナリンを。
毎日のストレッチや、寝る前にやっている瞑想。暇があれば太陽の下に出るアウトドア。それらはセロトニンを。
脳にも慣れはある。毎日続いた刺激はそれだけで分泌しやすい脳内環境を作ってしまったのだ。
ルイズのお脳様は非常に優秀で非常に健康体。しかしそれが今回の仇となった。
「あんなにラリッてる使い手は初めてだ。暴走まで強化されたらたまったモンじゃねえぜ?」
デルフリンガーがそういうと一方通行は少しだけ不思議そうな顔を作った。
確かにたまったものではないだろう。暴走して、錯乱して、暴力的になっているガンダールヴはそれだけで洒落にならないものになる。
しかし、その脅威はまた一方通行には届かない。おそらく自動的に『反射』してしまうに決まっているのだ。
「どうするんでい。なるべく戦わせないのがベターだと俺は思うがね。剣なのに戦えないってのも変な話だが……まぁ、仕方ねえか」
「くく、余計な心配してンじゃねェよ。安心していいぜ? 誰もお前の存在意義を否定したりはしねェ」
「お、何だ、何か名案でもあんのか? 暴走は厄介だと思うぜ? 特に味方に剣を向けたりしちまったら……」
「そんときゃもう俺が殺してンだろ。どうだ、なかなかの名案じゃねェか?」
。。。。。
「……なんかぞくっと来たわ、今」
「あら、それはいけません。そろそろお休みになられてはどうでしょうか?」
シエスタが心配そうに顔を覗き込んでくるのに対しルイズは笑顔を作った。
別に体の調子がどうこうというよりも、何となく『虫の知らせ』的なものだ。ルイズは七歳のときから一度も風邪をひいたことがないのが自慢の一つ。何が何でも風邪ではないのだ。
「だいじょぶだいじょぶ、私風邪ひかないから!」
「あら、確か馬鹿は風邪ひかないって言うわよね?」
「うるっ、うるさい!」
「違う。馬鹿は風邪をひかないのではなく風邪をひいたことに気が付いていないだけ」
「そのくらい気付くもん! 私馬鹿じゃないもん!」
ルイズは若干涙ぐみながら叫んだ。
今日はじめて気が付いたのだが、タバサはその小さな口からは想像も出来ないほど大きな毒を吐く。
私よりもおっぱい小さいくせに! と心中言ってやりたい思いでいっぱいだが、タバサには将来性という、ルイズにとっての強敵が居るので何とか飲み込むことに成功。両手で自分の胸を揉みながらため息をついた。
「……何やってるのよあなた」
「やっぱ諦めきれないわ、巨乳」
「そんな……ミスは今のままでも十分魅力的です。綺麗な足をしていらっしゃいますし、体型だって嘆くようなことはないと思いますが……」
「でもシロったらキュルケのおっぱいは持ち上げても私のおっぱいは見もしないわ。……視界に映らないほどひ、ひひ貧乳とでも言うのかしら!」
ルイズはシエスタの膝から立ち上がりこのおっぱいが、このおっぱいが! とキュルケの胸をばしばし叩いた。
そもそもあの使い魔は異性に興味がないのだろうか。夜一緒に寝ているのに手も握ってくれない。布団は取られる。寒い。心も体も。
しかし、そう言えば、あれは嬉しかったのだが、
「……キュルケってさ、いつもシロから何て呼ばれてる?」
「ん? ん~、おいとか馬鹿女……あとは乳女とか?」
「シ、シエスタは?」
「メイドと呼ばれています。おいメイド、とかですね」
「タバサ?」
「チビ。ガキ。チビガキ。青髪。お子様。メガネ」
「ふ、ふ~ん」
「何なのよ一体」
「いえいえ、なんでもございませんよー」
勝った。そんな気がする。
そう、あの傲岸不遜で唯我独尊な一方通行はルイズをルイズと呼んだのだ。
あの綺麗な唇を動かして、綺麗な舌を動かして、そして咽喉を震わせ『ル』『イ』『ズ』。幻聴が聞こえてしまう。一方通行からもう一度呼ばれたい。
ルイズは顔を少しだけ赤くしながら目じり眉じりをたれ下げた。
たった一回だが、もしかしたらこれからもそう呼んでくれるのだろうか。何となく、一度千切れかけた絆が深まったような気がするのは、これは錯覚だろうか。
いつの間にかキュルケの胸を揉んでいた右手は動きを止め、
「ま、まぁ許してあげるわ、このおっぱい」
「私のおっぱいは私のものなんだけどね」
そしてキュルケがずれた下着を服の上から直しているとき、
「入るぞい。……ふむ、一応生徒は寮から出ることを禁じておるのだがの」
長い髭を蓄えた老人、オスマンが現れた。
彼はぐーすか寝こける養護教員をちらりと見、仕方ないのう、と柔らかく笑いながら呟く。
「が、学院長……」
「何と言ったらよいかの。君ら三人は非常に……ううむ、まぁあのゴーレムの前に立ったことは非常に賞賛するべきことだとわしは思っとるよ」
「はい」
「ミス・ヴァリエール。お主は困難に立ち向かう度胸を持っておる。頭も悪くない。ゴーレムの足元であれだけ動けたのは賞賛するべきことじゃ」
「ありがとうございます」
ルイズはぺこりと。
「ミス・ツェルプストー。お主の気転でミス・ヴァリエールは死なずにすんだと言っても良い。魔法の技術、その精度、共に学生とは思えぬほどのものじゃ」
「あ、ありがとうございます」
キュルケが今さらあわてた様に椅子から立ち上がり一礼。
あまりに突然な登場のために放心していたのだろう。
「そしてミス・タバサ。主はシュヴァリエじゃからあの程度は当然……とは思わん。二名同様ようやったとしか言えんが、わしの気持ちは伝わるかね?」
「はい」
「うむ。……さて、三名には何か褒美を取らせようと思っておる」
どきり、とルイズの心臓が一つだけ跳ねた。
この学院に入り一年、誰からも褒められる事無くがんばり続けてきた。厳密に言えばメイジから、だ。シエスタという甘甘な友人がいるのでそれは褒められたが、しかしそこにある貴族と平民の差。それは埋まることはないだろう。だって、シエスタがルイズに友達言葉で“やったじゃん! これからだって頑張れるよ!”なんていうのはあまりに想像が付かない。
そういう意味で、人からまともに褒められるのは初めてなのである。
こういうことを期待していたわけではないが、自分自身で勝ち取ったものなのだ。それは両親が送りつけてくる金のように与えられたものではなく、自分の力で得たもの。
内心、なかなか分かっているじゃないかひげじいさん! といったところである。
「お主ら三人……」
ついつい生唾を飲み込み、
「停学ね。一週間くらい」
「……は、はぁ?」
停学。学校に来てはいけないこと。間違いなくご褒美ではないもの。
そのくらい知っている、と自分の脳に突っ込みを入れて、さて、停学である。
ルイズには何故だと疑問がわく前に考えたことがあった。
停学と言うのは、それはまさか実家に帰らなければならないのではないだろうか。手紙をよこさず金を送ってくる両親のもとに行かねばならないのだろうか。やだ。それだけは、絶ッ対に嫌なのだ。
顔すら見たくない。まだギリギリで嫌いではないだろうが、それでも顔をつき合わせてまた失望の瞳が飛んでくるかと思うととてもではないが耐えられそうにない。嫌いになってしまう。
「そんなのってないわ。私たち、一応活躍したもの」
キュルケのその言葉にまさしくその通りだと頷いてしまう。
「うん。じゃから停学は体裁的なモンで、ほら、アレじゃろ? 一応わしの言うこと聞かなかった訳じゃし。まぁ単なるお休みじゃととってくれてよい。授業に出ても良いし、街に遊びに行くのは……まぁ、変装は忘れんようにな?」
「な、何だ……ああ良かった。学院長も人が悪いです。一瞬お父様とお母様の顔が浮かんじゃった……」
「ああいや、ミス、お主には実家に帰ってもらうぞい」
「なしてか!?」
「お、おお、中々聞かん訛りじゃな?」
「そ、そうじゃなくて、何で私だけ!」
「……お主の親御さんが五月蝿いんじゃよね。何で娘じゃのうてわしに手紙送ってくるの? 毎月毎月お主の近況報告書くのがいい加減面倒臭いんじゃけど……」
「知らん知らん! 私はそんなの知らない! 帰りたくない!」
「いやいや、そこを何とか。命令しちゃうぞい? トリステインにこの人ありと言われとるオールド・オスマンが命令するぞ?」
「いや……いやぁ、そんなの、そんなの……」
そしてルイズは肺にいっぱいの空気を溜め込んで、
「不幸よおおおぉぉおおおぉぉぉおお!!!」
ルイズ停学END。さて、これにて一部おしまいです。
しかし、いくらクロスオーバーさせたとは言え、一巻相当を書くのに13話とか……もっとぴゃぴゃっと書く技術が欲しいです。何かいらない事を書いているのでしょうね。というかギャグをなくせば良いんですが、しかし私は根っからのギャグ体質。書かずにはいられない、と。
次からは話が大きくなって、さらにワルドとか出てきますね。なんかもうかませ犬にも成りきれない臭いがぷんぷんしますが。
そしてついにルイズのガンダールヴに制約が付きました。前々から言っていましたが、虚無にガンダールヴに一方通行は強すぎるだろということです。
作者自身には脳みそから出るホルモンとか授業で習った程度でしか知らないので、間違ったこと書いてたらすみません。随時修正していきますのでおかしい所があれば教えてくれると嬉しいです。
独自設定とか、改変とか色々あると思います。
分かるかとも思いますが、ゼロ戦にルイズは乗れません。ゼロ戦の活躍を待っている方がいれば申し訳ない限りです。
長くなりました。ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。