武器といえば何だろうか。
やはり剣か。銃は何となく違う気がするので、うむ、やはり剣だろう。
ルイズは少しだけ考え込みながらタバサの手を引いてその店へ向う。タバサはなんだか不思議な少女だ。目を離すとどこかへ消えていってしまいそうな気がするので仕方なく。
というか、事実目を話すとタバサは消える。さっきまで隣に居たと思ったらいつの間にか消えていて、探せば本屋の前でつっ立っていた。隣に居るものだと思い込んでいたので普通に話しかけていたのがすごく恥ずかしい。
眼鏡を買うのに付き合ってやったというのに、しかも金はルイズが出したのに、それなのにこっちの買い物には付き合えないというのか。
「……あ、武器屋じゃない、アレ?」
「そう」
「やっと見つけた。こんな路地裏みたいな所に作って……よほど人気が無いのね、武器って」
「平民が買うには高すぎる」
そう、武器が必要なのは平民だ。
貴族は魔法を放っていればいいが、しかし平民は領地内で戦争があれば軍に吸い上げられる。一部の貴族と平民で軍隊が編成されるわけだ。一応支給品なんかもあるだろうが、もともと武器を使わない貴族が用意するものなど高が知れていて、ボロか役に立たないものばっかり。そんなもので戦えといわれる平民や傭兵は死にたくなければ自分たちで新調するしかないのだ。だから武器を売りたければ戦争があっているところにいくといい。
とはいえ、しかしここは王都なのだ。よほどの馬鹿で無い限り攻め込んでくる事は無い。よって武器屋は寂れる。平民自体は潤っている。
「可哀想なものね、武器屋も。傲慢かしら」
ここはいっちょ入学して最低限以外一度も使った事のなかったラ・ヴァリエール家の金を撒き散らしてやるか。
鼻息荒くルイズは扉を開いた。
「たのもー」
「へいへ~って、ちょ、何ぇう、……貴族様がこんなしがない道具屋に何のようで?」
「冷やかしに来たわけじゃないわ。ちゃんと買いに来たんだから」
「は、はぁ、最近は貴族様も武器を振うわけですか?」
「どうにも魔法よりこっちの方が性に合ってるみたいなの。魔法学院知ってるわよね? 私、そこで『戦女神』って呼ばれてるわ。何の冗談って感じでしょ?」
「戦女神たぁまた随分な二つ名ですねえ……」
「違うわ。それは渾名みたいなもんで、ホントの二つ名は『ゼロ』っていうの。戦女神ゼロよ。強いのか弱いのかよくわかんないでしょ?」
「ゼロですか」
「ゼロよ。魔法が一切使えないの、私。成功したのは最近二つだけ」
「貴族様ですか?」
「貴族様ですよ?」
訝る様な店主の視線にルイズは笑いながら言った。
どのくらいからだろうか、ゼロと呼ばれても大して腹が立たなくなったのは。ムカつく事はムカつくが、それでも以前のように食って掛かるような事はなくなった。相手は平民。魔法の事が理解できていない平民なのだ。こちらの心情を分かっていないわけで、それは単純な疑問だったのだろう。
ルイズがお勧めを持って来てと言うと不思議な顔で店主は店の奥に引っ込んだ。
「タバサ、暇してない?」
「……楽しい」
「そう?」
「そう」
壁にかかっている剣や甲冑などを見ながらタバサは店内をあっちにウロウロこっちにウロウロ。
どう見たって楽しそうには見えないが、まぁ本人がいいのならいいのだろう。
ルイズもタバサを見習い、そして壁にかけてある一振りの剣を手に取った。
「あ~、きたきたきたぁ……!」
麻薬中毒者のような声を出しながら、そして左手は輝く。
流れ込んでくる情報。体の動かし方や剣の振り方。おおよそ戦いに必要なものは全て左手から流れ込んでくる。
なぜ使い魔のルーンにこんな力があるのかは疑問だが、せっかく『返って』きた力だ。存分に使わせてもらおう。
そして同時に思うのは、
(……シロに刻まなくてよかった。ホントよかった。ファインプレーよシロ、そして私)
ちょっといやらしい言い方だが、寝込みを襲ってよかった。
下手に説得してあの使い魔がこの力を得てしまったらそれこそ最強ではないか。ただでさえ凶悪なのにこれ以上の力をもってもらっては困る。
それにルイズはこの力があるからこそ一方通行と付き合ってられるのだ。これがあるからこそ一方通行と『遊んで』いられる。
半信半疑だが、一方通行の言う『訳の分らないもの』を操っているという爆発も今考えてみれば可愛いものだ。あんなに嫌いだったのに、たった一人の存在がルイズの幻想を根底からぶち壊した。
(ぷふっ、『幻想壊し《イマジンクラッシャー》』……なんちって)
身体強化と共に脳内の分泌物がいい感じにどぱどぱと。妙なアヘ顔で笑うルイズはとても危険な人物のようだった。
証拠に色んな刃物をもってきた店主は帰ってくれといわんばかりの顔をしている。
少しの気まずさを残しながらルイズは一度咳払いし、持っていた剣を壁にかけた。
「ごめんなさい、ちょっとお花畑が見えていたの」
「そ、そうですか……貴族様も大変なんですねえ。あっしはこの辺でお花畑は見た事ねえですが……」
「咲かせてみる? きっと気持ちいいわ」
グッと拳を握るルイズに何かを感じ取ったのか、店主はその話は終わり、と持っていた刃物をカウンターの上に並べた。
がらがらがら、と音が鳴るほどに置かれた刀剣類は基本的に小さいものが多い。ナイフや短剣が大部分を占めていた。
お勧めを用意しろといってこれだ。一瞬馬鹿にされているのかと思ったルイズだが、店主はそういった瞳をしていない。本当にお勧めを持って来たのだ。小さなルイズが振れて、最も効率よく人を殺せるであろう武器を。
よく考えて編成された武器類は店主の優しさに溢れていた。それに触れたルイズは、実力は伴わないが誇りだけはしっかりと存在するルイズはそれだけで大変嬉しくなり、
「……オヤジ」
「へ、へい、なんざんしょ」
「『買い』よ」
「ま、まさか、冗談はいけねえ貴族様……いや、失礼承知でお嬢さんと呼ばせてもらおう」
「度胸があるのね。気に入ったわ」
笑みを浮かべながらルイズが言うと、店主の顔つき不機嫌そうに変わる。
「有り難いですがねお嬢さん、……刃物、いやさ武器を舐めるのはいけねえ。ナイフ一つ扱うのだって熟練を目指すにゃ膨大な時間がかかるもんだ。
俺ぁこんなしがない道具屋で大した武器も扱ってねえが、それでも仕事には矜持をもってんだ。望まねえ戦争に駆り出される兵隊さん達を帰還させるためにもいい武器を。そんな思いをもって毎日毎日刀身を磨く。お嬢さんみたいな衝動での武器買いは許せはしねえ……!」
「い、いいわオヤジ! あなたいい!! マルトーと同じ匂いがする……そう、職人ね! あなた職人だわ!」
「マ、マルトー? 何でお嬢さんが……いや、そんな事はどうだっていい! とにかくあんたにゃ売れねえな!」
憤慨したように腕を組み、ついに店主は出て行ってくれと声を張り上げた。
こういった所謂『変態』が好きなルイズとしてはたまらない。
笑みをさらに深く刻み、そして担いでいたサックをカウンターにどんっ!と。随分重そうな音がした。
紐を解き、そして中身を見せ付けるように、
「……二千五百エキューあるわ。勿論現ナマ」
「っ! ガキがふざっけんじゃあね―――」
「私の親はね! ……私の親はね、手紙の代わりに金を送るのよ。手紙は今までで、一年間でたったの一回。死ねばいいのにって返信してやったわ。だって、こんな沢山のお金どうやって使えばいいのよ? きっとお父様もお母様もちょっと頭おかしいんだわ。少し早いけど痴呆が始まってるのかもしれない」
「……それがどうしたんでえ」
「最低限以外使わないつもりだった。学院を卒業してつき返してやるつもりだったの。ま、あってもなくても同じ金って所よ」
「はんっ! 傲慢な貴族様だ!」
「でもお金はお金。使ってやるわ、今、ここで!」
「仕事人のプライドを金で買おうってか! いくら出されようが売る気はねえ!」
頑固オヤジとはこの事だ。
いいじゃないか。気に入った。
貴族然り、当たり前だが平民にも矜持はある。ただ、平民は力のなさから矜持を売って生活するしかないのだ。
だが、勿論それを売らない者もいる。一部にだが、確かに存在するのだ。売らない一握りの人間。こういった変態がルイズは大好きなのである。
ルイズははっはっはと大口を開けて笑い、
「私を見なさいっオヤジィ!」
そしてカウンターの上にあるナイフを掴んだ。
瞬間に湧き上がる力と情報。
本来は相手を刺し殺すものだが、それは勿論投げても使えるわけで。脳内を武器の情報が駆け回っている今のルイズは千の武器を扱える女だ。
「っふ!」
小さく息を吐き出しながら下手投げで投擲。カウンターを越えて店主の背後に突き刺さった。
たんっ、と音を立てて突き立ったそれは、勿論それだけで終わるはずもない。
「ちぇいさー!」
ルイズはカウンターに並べられた刀剣を全て掴み上げ、そして投げる。
たんっ! たんっ、たんったんたんたんたたたたたたた!! 壁に突き立っていく刀剣たちは所狭しと身を寄せ合っていた。
オーバースロー。サイドスロー。アンダースロー。ルイズはどの状態だって、どんな体勢だって投げて見せる。
身体強化は伊達ではない。
すたぁんっ! と最後の一本、総数四十本の全てを投げ終え、店主の唖然とした顔を見ながら笑みを深めた。
ゆっくりと針山のようになっている壁を指差し、
「これが私の、最近になって成功した一つの魔法よ。それが武器なら、きっと何でも使ってみせる」
「……冗談だろ」
店主は呆れたように両手を挙げた。
それを見てルイズは少々挑発的に笑み、
「二千五百エキューある訳だけども、どうしましょうかしらね?」
「……負けたぜ。この店で最高級のものを最大限ご用意いたしましょう、貴族様」
「んふ、よしなに」
ルイズは優雅に手をひらひら。店主は苦笑しながらもう一度店の奥に引っ込んだ。
そして、
「おでれーた。もしかして使い手じゃね?」
「ん?」
何処からか店主以外の声が聞こえてくるわけだが、探しても誰もいない。
店内にはルイズとタバサしかいないのだ。
「ここだここ。ああ反対、そうそう、そのまま真っ直ぐ」
誘導されつつ声の発信源を目指すが、タバサの方が一足早かった。
彼女は無表情のまま、そしてなにやらルイズをじろじろと見ながら剣郡に手を突っ込む。
そして取り出したるは、
「インテリジェンスソード」
「応ともさ。インテリジェンスソード、デルフリンガー様でえ」
「へぇ、これが……」
喋る時に鍔の部分がかちゃかちゃとなるその剣。
タバサから受け取り、その視線に何か嫌なものを感じながら、そして左手は輝く。
「……ただの剣……よね?」
流れてくる情報ではそう。
この剣はただの剣だ。確かに頑丈そうな素材で出来ているようだが、他のと比べて少し重い。さらにでかい。ルイズの身長よりも大きいのだ。
流石に自分よりも大きな得物を振るのはかっこ悪いような気もするし、もしかしたら振り回されてしまうかもしれない。身体強化は確かにありがたいが、それは絶対ではない。
「ただの剣とは言ってくれるじゃねえか娘っ子。こちとら伝説とまで謳われるモノホンの魔剣だぜ?」
「ボロ剣じゃない。これならギーシュが作った剣(笑)の方がマシよ」
「おいおい嬢ちゃん、魔剣と剣(笑)を比べるなよ。流石に傷つくね」
「そ。んじゃお戻り、元いた場所に」
言い終えルイズは剣郡の中にデルフリンガーを突っ込んだ。
刃も錆びてたし、多分インテリジェンスソードだからこその珍しさを買われてあそこにいるのだろう。
「ちょ、おま! 待て待て待て待てっ、買ってくれ! 絶対損はさせねえ!」
「買う時点で五サント損するわ」
「流石にもうちょっと高えよ! お箸じゃねえんだぞ!」
「……何よあなた、中々良い合いの手入れるじゃない」
「ツッコミには定評があるんでな。……じゃなくてっ!」
インテリジェンスというには愉快すぎるその剣は、しかしルイズのお眼鏡には叶わなかった。
武器を持つと身体能力が上がる。これは確かな事だ。厨房でシエスタやマルトー等の使用人たちに囲まれて包丁を握った時はそういうのがなかったため、『刃物』ではなく『武器』に限定されている事が分かる。
そしてその線引きはどこで行われるかと言うと、それはルイズの脳内。確かに包丁を持ったときはルーンの反応は見れず、シエスタにも自慢する事は出来なかったが、そこでシエスタが言った一言。
『ルイズさんはミスタ・グラモンに見初められたようですね』
その一言は手に持っていた包丁を確かに武器に変えた。
何故かは分らない。もしかしたらルイズはギーシュを殺したいと思ってしまっているのかもしれない。それほどギーシュは面倒くさく、ウザく(くるくる回って蹴りを放つ彼ではない。KMFを華麗に操る彼ではないのだ)、気持ち悪いのだ。
閑話休題とにかく、『武器』の認識は脳内で行われているらしい。
折れた剣はルイズにとって武器ではなく、ムカつく顔を思い出しながらでの包丁は武器になる。
そんなルイズからすると、かちゃかちゃとやかましい剣は余りに錆びすぎているし、ボロ過ぎる。
先ほどは一応ルーンが反応したが、これから先もそうなのかは分らない。もし全然切れなかったらこれは『武器』じゃないと思ってしまうかもしれない。
ルイズのお買い物は高くつく。『武器』を持つと身体能力が上がるという特性上、質より量ではなく量より質でもない、その両方を選択しなければならないのだから。
「お待たせしました、貴族様」
「ん、別にお嬢ちゃんでも構わないけど?」
「いやいや、お嬢ちゃんは本物の貴族様だ。一応敬意は払わねえとな、一応」
「ふふ、安い敬意だったわね」
「硬い事言いっこ無しですぜ。こっちだって店が傾くほどのモンもってきてんでさぁ」
店主は又も大量に武器を抱え、
「おいオヤジ! この娘っこに俺の有用性を語ってみな!」
そしてため息をつく。
「まぁたお前かデル公! 失礼なこと言ったんじゃねえだろうな!?」
「俺はそこの娘っこに買われてえんだ!」
「ああ? 珍しいじゃねえか、お前がそんなこと言うなんて」
「そうさ、こりゃとんでもない事なんだぜ娘っこ! 俺が買われたいなんて早々言う事じゃねえんだ!」
「あぁもうやかましいわねぇ……」
「買え! 買うんだ! 俺を買ってくれ! 絶対損はさせねえ! なぁそうだろ! お前ぇさんガンダールヴなんだろ!?」
「……なんですって?」
がんだぁるぶ? とルイズが効きなれない言葉に首を捻っていると、隣からくいくいと袖を引く感覚。
可愛らしいそれはタバサである。
「始祖の使い魔」
「へ?」
「ガンダールヴはブリミルの使い魔」
「……あん?」
なんだか、一気に色々なものが繋がった気がした。
始祖。描くのも恐れ多いそれはなんだかよく分らない神様だ。伝説といわれる『虚無』の使い手だったという。そしてその使い魔はガンダールヴ。
ルイズの使い魔は一方通行。
使い魔はなんと言っていただろうか。
『お前ェ、虚無だぜ』
ちょっとだけ、信じてしまった。
もしかしたら自分は、そう、『虚無』なんじゃないかと。
心に喜びが浮かび上がり、
「やっば……」
一気に冷めていった。
ルイズは約束を交わしたのだ、一方通行と。先日の『お遊び』のあと、ビチョビチョの下着に涙を流しながら。
一方通行はルイズの頭を右手で掴みながらこう言っていた。
『お前ェが虚無っつーのは誰にも言うなよ? ン? 分かってンのか? 分かってンだったら頷けよ、なァおい』
泣き続けるルイズの頭を掴んで笑いながらそう言った。愉快そうに一方通行は言っていたのだ。
正直お股の事情のせいで全然聞いてなかったのだが今になって思い出した。
とても危険な状態である。
泣く子を黙らせる事なくさらに泣かしながら約束を紡ぐ一方通行。彼とのそれを破ってしまえば、ルイズはどうなってしまうだろうか。
殺される? いや、愛想をつかされてしまうのだ、きっと。
それは非常に困る。せっかく己の使い魔が可愛く見えてきたところなのだ。やっと一方通行の心の反射に一歩だけ踏み出したのだ。ここでそれは困ってしまう。
「おい娘っこ、そうなんだろ? ガンダー───」
「分かった! 分かったから! それ以上言ってみなさい、鍛冶場にもっていってドロドロにするわよ!?」
「お? 買ってくれんのか!?」
「たったの五サントくらい安いものね!」
「俺は箸じゃねえ!」
「タダでいいぜ、嬢ちゃん」
「箸よりもっ!?」
そしてルイズはデルフリンガーと出会った。
10/『もう一人』
ルイズがタバサに連れられ眼鏡屋へと向うと、キュルケは物珍しそうにあちこち覗きながら歩いている一方通行の腕を取った。
勿論自分の自慢の一つ、胸を押し付けながら。
一方通行の表情は変わらない。相変わらず商店を覗き込みながら、時折コクコクと頷いたりしている。
自分では分かっていないかもしれないが、随分と可愛い。
年下(おそらく)には今まで興味は無かったが、なるほどこういうことか。身長もキュルケより少しだけ低く、なんと言えば良いだろうか、すっぽりと収まってしまいそうな気さえする。『萌え』の意味を知った。
「ねぇシロ君、あなたの世界にはどんなものがあるの?」
「科学」
「それはどんな事が出来るの?」
「金さえかけりゃ何でも出来らァ」
胸を押し付けようが耳元で囁こうがまったくの無意味。
多少自信は失われていくが、一緒に寝ていて手さえ握ってもらえないルイズに比べればマシだな、と自分自身を納得させた。
ここ数日付き合ってわかった事だが、一方通行はがっついていないのだ。
キュルケたちの年頃なら所謂『ヤりたい盛り』だろうに、今までの恋人たちと比べてもそういう空気を全くといっていいほどに出さない。
一瞬、同性愛者なのかと疑ったが誰を見るときも同じ目をしている。単純に興味が無いんだろうな、と。色恋が大好きな自分では考えられない事だった。
キュルケはさらに胸を押し付け、一方通行の手を握った。
「元の世界に帰りたい?」
「あァ。ちょっとやりてェ事があンだ」
「……怖い顔してるわ」
「つーか離れろ、歩きづれェ」
一方通行が煩わしそうに口を開くとキュルケは何か不思議なものに弾かれた。
バチ、と何か叩かれたような衝撃。
なるほどこれがルイズの言っていたものかと理解し、さらに一方通行に興味が湧いてくる。
キュルケの傍に居なかった人種だ。身体で攻めても何の反応も返ってくることはなく弾かれるとは。ホイホイ付いて来る貴族なんかよりよっぽど紳士的ではないか。
キュルケは下っ腹がじんわり疼くのを感じ、己の微熱が燃え上がっているのに気が付いた。
「……んふ」
「あ?」
「美味しそうね、あなた」
「はァ?」
心底分かりませんといった表情の一方通行。
キュルケもそれはそうだろうな、と。
そして、
「私、こう見えても処女だから」
「……」
「未使用なのよ?」
「……」
「ねぇ」
「っハ、残念ながらガキに興味はねェ」
「私は十七よ? 絶対あなたより年上だわ。それにルイズよりマシでしょ?」
「……こっちにゃ馬鹿か変態しかいねェのか?」
熱っぽい視線を送るキュルケを置いて一方通行はさっさと歩を進めて行ってしまう。
相変わらず覗く店は、服、靴、アクセサリー。
ファッションに興味があるのだろうか、と少しだけ意外な驚きをキュルケは感じ、そして一方通行はいつもキュルケが寄る服屋へと入っていった。何となく趣味が合ったような気がしてほんの少しだけ嬉しい。
店内の一方通行は興味深げにブーツを手に取っていた。
(あら、良いセンスしてるのね)
お勧めの、前列に陳列されているものではなく、その奥から見つけ出したものの様だった。
新しい物好きのキュルケは見向きもしなかったものだが、シックな色合いのそれは一方通行に良く似合いそう。
彼は今穿いているジーンズとの色合いを確かめ、そして棚の奥に戻した。よく似合っているように感じたが、何か不満だったのだろうか。
「……買わないの?」
「金がねェからな。ウィンドウショッピングってヤツだ」
「王都に来るのにルイズからは1サントも貰ってないわけ?」
「何で俺がアイツから金を貰うンだ?」
俺はアイツを殺しかけただけだぞ、と一方通行が続け、キュルケはまたも一方通行の意外な一面を知った。
彼は、何というか、ルイズから無理やりにでも金を取ってきてそうだったのだ。雰囲気がそう語っているではないか。誤解していたキュルケを責める事は誰にも出来まい。
しかし一方通行の考えでは、今、衣食住があれば死ぬことはあるまいと考えている。もともと金に執着心があった訳でもないのでそれはどうでも良い事だったのだ。
そしてさっさと店から出て行ってしまう一方通行を追ってキュルケも外へ。
ウィンドウショッピングと彼が言ったとおり、本当に見て回るだけだった。
「いいの? さっきのブーツ、すごく似合ってたわよ」
「良いも悪いもねェだろが。万引きでもしてこいってかァ?」
「そういうわけじゃないけど……買ってあげましょうか?」
「いらねェ。借りを作るのは趣味じゃねェ」
一方通行はひらひらと手を振り今度はアクセサリーショップへ。
そこでも趣味のいい指輪やブレスレットなどを見て回るも、結局何も買わずに外へ。金が無いので買わないのは当たり前だが、欲しくは無いのだろうか。
キュルケだったら仕送りを送れと両親に連絡している所かもしれない。
その後も一方通行は入る店入る店で中々のファッションセンスを見せ、しかし何も買わないで去っていく。店員の白い目が怖くないのだろうか。貴族はその辺りも覚悟して、店に入ったら絶対一つは買わなければいけないのに。プライドの生き物なのだ、貴族は。
キュルケは流石に一方通行が不憫になってきた。
「ね、ねぇ、買ってあげるわよ、そんなに遠慮しなくて良いのよ?」
「だからいらねェっつってンだろ」
「でもあの服もすごく似合ってたのに、もったいないわ。あなた綺麗なんだからもっとお洒落なさいよ」
「ウルセェな、洒落たモン着て何しろってンだ?」
「私の隣を歩いてくれるだけで良いわ」
「何だそりゃ?」
「いいからホラ、来て来て! あっちの方にすごくいいお店あるんだから。タバサとルイズの分も一緒に買うわよ! あなたきっとレディースの方が似合うからちょうど良いじゃない!」
そしてキュルケは一方通行の腕を取りズンズンと大またで歩き始めた。
抵抗するかと思われた一方通行は一応大人しく付いてきている。またも反射されたらと思うと心理的なショックが大きい為に大変重畳である。
自然と笑みが浮かび一方通行には何を見繕ってやるか、と服の事について考えた時だった。
「あいたっ!」
バチ、と再度反射。
腕と胸が少しだけ痛かったものの、一方通行のその表情を見れば声は出せなかった。
「……っ」
「シロ君?」
一方通行が驚いているのだ。目を見開き、信じられないものを見ているかのような、
「おいオマエ! 止まれっ……オイ!!」
一方通行の視線の先、一体誰の事を言っているのか分らない。
狭い道と、喧騒に満ちた周囲。余りにも人が多すぎる。虚無の曜日の今日、それは仕方のない事だ。
「───っオイ!!」
一方通行は先に進もうとしているのだろうが、それは人の波が許さなかった。
道幅5メイルほどの大通りにはこれでもかと言うほどに出店と人間たち。
キュルケは一応一方通行の力を知っているので、なぜそれを使わないのか非常に疑問を感じるところである。
(……焦ってる?)
キュルケの考えは概ね正解だった。
表情からも読み取れてしまうほどに一方通行は焦っていたのだ。いつもニヒルな笑みを絶やさない彼がこうまで。
結局喧騒の中に飲み込まれ、一方通行はその姿を見失ったのだろう。伸ばしていた手がゆっくりと下りてきた。
「……大丈夫、シロ君?」
「……ウルセェ」
「顔色が悪いわ。今日はもう帰る?」
「ウルセェ!」
「な、何よ、どうしちゃったの?」
「……何でアイツが、ここに居やがる……っ」
そして一方通行は小さく小さく何事かを呟いた。
きちんと聞こえなかったが、こうまでショックを与える人物とは一体誰なのだろうか。
(……ああ、そっか)
そしてキュルケはソコへ思い至るのだ。
きっとその人物も元の世界から召喚されたのだろうな、と。
。。。。。
そして無事に買い物を済ませたルイズたちだが、帰りの竜の上、ぴりぴりと肌を刺す感覚。無言の圧力。それは勿論一方通行から放たれていた。
非常に居たたまれない。何か理由を知らないか、とキュルケに視線を送っても彼女は肩をすくめるだけに終わった。
はぁ、とルイズはため息をつき、一方通行を見るが彼は変わらず無言で方膝を立てるだけ。目つきが一層キツクなり、ここ最近やっとの事で解かりかけた一方通行はまた何処かへ行ってしまった。
内緒で買った服なんかを是非見てほしいのだが、そんな雰囲気を今出そうものなら竜の背中から叩き落されてしまうだろう。
(なんなのよぉ……)
ルイズに限らずきっと全員が思っていることだろう。
タバサは無表情で読めないが、ルイズが握っている手は少しだけ震えていた。
これでは駄目だ。また最初に戻ってしまうだけになる。
よし、と自分に喝をいれルイズは一方通行へと。
「……シロ、何かあった?」
「黙ってろ」
「でも、何だかあなた……」
消えてしまいそうな顔をしている。結局ルイズは最後まで言えず口を閉ざしてしまった。
こういったときが一番腹立たしい、ちっとも自分の事を教えてくれない一方通行は。教えてくれなければ何を言って欲しいのかも分らないし、何をして欲しいのかも分らない。
ご主人様として何かしたいのに全然懐いてくれない。踏み込んでしまえば絶対に弾き返される。
とは言うものの、やはりルイズはルイズで、反射? やってみなきゃわかんないじゃない! と。
「あ、あのね、私、シロの言ったとおりたくさん武器買ってきたわ」
「……」
「そこの店主が結構いい人で、剣を一本サービスしてくれたのよ」
「……」
「デ、デルフリンガーって言ってね、インテリジェンスソードで……」
「……」
一方通行からは何も返ってこない。なんと『反射』さえしてくれない。
鼻の奥がつんとする感覚。じんわりと涙腺が弛みルイズの瞳に涙が溜まっていく。
だめだ。
使い魔を召喚して数日経つが、やっぱり自分は駄目なのかもしれない。
諦めたくないのに、それなのに、どうしたって一方通行の事が分らないのだ。一生懸命なのに、ルイズはいつも一生懸命なのに、一方通行は行ってしまう。手の届かない何処かへ。
鼻水を啜り上げ、まだ諦めるものか、と袖で涙を拭った。
しかしその時、
「ちょ、ちょっと、あれ何!?」
キュルケが指したのは地上。
すでに学院が見えており、そこには何かがいた。
「ゴーレム」
タバサは変わらず抑揚の無い声を上げる。
ギーシュとはレベルの違う、超がつくほど巨大なゴーレムだった。戦乙女のような無駄な意匠が無いそれは非常に実戦的であり、そして何より恐ろしい。がつんがつんと学院の壁を殴っているのだ。
あの辺りはルイズが毎朝筋トレと魔法の練習をしている場所で、その近くには馬小屋がある。脳裏に浮かぶのは黒い毛並みが美しく、ルイズが勝手にクロと呼んでいる牝馬。
「ちょっと、冗談じゃないわよ!」
激情に駆られ、タバサに降下してくれと大声で頼むが、それはゆっくりと首を振られる。
「なんでよ!?」
「危ない。きっと死ぬ」
「やってみなくちゃ分らないじゃない!」
「トライアングルかスクウェアクラスじゃないとあのレベルのゴーレムは作れない」
「それがどうだって言うの!?」
「勝ち目が無い」
静かにだが、しかしそれは現実だ。
いくら切れる剣をもっていようが、30メイルを超える土人形にどうやって対抗しようというのか。
タバサの言っている事が現実で、それは覆しようの無いもの。
だが、それでもあそこにはクロがいて、それを見捨てていい訳があってたまるもんか。
ルイズはシルフィードの背から身を乗り出して下を見た。何メイル程かは分らないが、目も眩むような高さ。ゴーレムよりも上空を飛んでいる。
(……ルーン全開でも、死ぬ……かな?)
心臓が高鳴り始めた。
キュルケが馬鹿な真似はやめろと諌めてくるが、聞こえない。
馬の為に命をかけるのは馬鹿か? そうだろう。きっとそうだ。
しかし一年間、毎朝毎朝傍にいてくれたのだ、クロは。他の貴族たちにとってはただの乗り物でも、ルイズにとっては、
「……友達なのよ」
そしてルイズがシースからナイフを取り出し、上手い事学院の屋上に飛び降りようとした時、
「……あれ?」
がっちりとキュルケから襟首を掴まれていた。
「ちょ、放して!」
「何考えてんのよあなた! 魔法も使えないのに飛び降りる気!?」
「そうに決まってんじゃない! 学院殴ってんのよ!? 傍にはクロが居んのよ!!」
ルイズがそれでも尚飛び降りようとすると、一方通行が一言。
「……殺す」
その表情は言葉に出来るものではなかった。
何の違和感もなく、それはそれは自然に一方通行はシルフィードの背から飛び降りていく。
ルイズは目を剥き、自分のために行動してくれる一方通行に驚きを隠せなかった。
落ちて行き、そして普通に地面に立っている一方通行はとても小さい。
その隣にゴーレムが居るのだから余計に。
そして、二つ目の太陽が輝いた。
当然のように猛威を振うそれは、余りにも凶悪。
ゴーレムの身体は直視できないほどに発光する太陽の威力を全身に浴び、赤く赤く。どろり、と一部解け始めた。
「……く、くひ、ひゃはは……ッぎゃあひゃはぁっはひゃはははは!! 殺す殺す殺す殺すっ、ブチッ殺ォす!! ひゃあっははは!! 聞いてっか最弱! 俺は何だァ!? 一方通行だろォがッ! 何やってんだ『最強』がよォ!! 笑っちまうよなァ、笑っちまえよ!! 教えてやンぜクソッタレが!! く、くくひひゃひゃははは、俺はァ、俺はなァ、」
狂笑の一方通行は、
「俺は人殺しなンだよォォおお!! 愉快痛快たまンねェじゃねェかァ、なァそうだろッ!? ひひゃ、あはっくひひゃはははははははははは!!!」
決して自分のために降りたのではないんだな、とルイズは確信を持った。
むしろ、悲痛な叫びに聞こえる笑声を聞きながら。