第14話/王女の心、ルイズの願い
「ルイズちゃん…まだ、怒ってるのかな?」
「さあな…ありゃ怒ってるというより、落ち込んでたからな。はやく立ち直ればいいんだが…」
「僕もちゃんと言うべきだったんだよ、キバット」
渡はルイズのしょげている顔を思い出しながら、
「僕は…ヴァイオリンを演奏するだけで…人に聞いてもらえるだけで、とても嬉しかったって」
「渡…ん?」
見るとルイズの部屋の前に壁にピタッと耳をくっ付けている人物がいた。
「ていっ!」
「ぎゃん!」
キバットはそいつを蹴る。
「なにしてるの?ギーシュ君」
「ワ、ワタル陛下にキバット伯爵!?こ、これはその…」
「誰!?」
ルイズの声がする。渡はそのまま部屋の扉を開けて入った。
ギーシュはキバットに尋問されている。
「僕だよ」
「なんだ、ワタルか…」
「お客様?」
黒頭巾に黒いマントの女性を見て、渡はルイズに訪ねた。
「そ、そうなの。とっても大事なお客様なの」
「あ、あのルイズ。こちらの方は?」
「わ、私の使い魔の…」
「ワタル=クレナイです」
「その渡の使い魔のキバットバット三世です。伯爵の位についております」
キバットが突如部屋に入ってきて、目をキランと光らせた。
女性はちょっと呆然となり、
「つ、使い魔?人間にしかみえませんが…」
「人間です」
(実際は…ちょっと違うんだがな)
キバットは内心そう思った。
女性はちょっと驚いたが、すぐにクスッと笑い、
「そうよね。はぁ、ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」
納得したように微笑むアンリエッタに、ルイズは僅かに顔を赤くする。
「そうですね…」
ルイズは少し俯く。
(いったい…私にどんな資格があるんだろう)
泣き叫んでいる自分の使い魔を抱きしめる事もできない主人など…
「あなたはどこから来たのですか?」
「僕は遥か東の…」
「一国の主流の御座にいる、さるやんごとなきお方です」
『!?』
これには流石にワタルとルイズも驚いた。
「ちょ、ちょっとキバット」
「な、何いってんのよ!」
「貴殿がここにいるのもご内密、そしてその理由も更なる極秘。そうでございましょう、アンリエッタ王女殿下」
それに渡は驚いた。アンリエッタ王女といえば、この国のお姫様のはずだ。
『何でわかったの?』
『ふっ…俺は女性の顔を忘れない、それと極秘はそこのエロガキに。いいか、ここで王族に自分の事を売っておくんだよ。あのジジイに正体ばれてんだ。こうなったら、裏でちょちょいとコネを造っておくべきだろ。その為には立場が同じだとバラシとくんだよ。『キバ』の事は伏せてな。あのエロガキは結構な部分まで聞いてやがった。俺は…お前を護る為なら、一国の美しい王女であろうと…脅すぜ』
『キバット…』
「主と共にこの遠き異国に来ました。以後よしなにお願いいたす」
「ま、まさか遥か東方の王族…」
「はい。所でルイズ殿。姫殿下のご依頼、引き受けるおつもりか?」
「う…」
ルイズは少し目を伏せる。キバットの瞳は『断れ』と言っているようだった。
「…受ける」
「どういうことかわかっているのか?」
「わかってるわよ」
「そうか…ならば、俺からは何も言わん」
キバットの言葉にルイズは暗くなる。
「申し訳ございませんアンリエッタ殿下。どうか僕達がここにいる事はご内密に。今の僕はルイズ=フランソワーズの使い魔としています。彼女を守る為にここにいる事は誓います。どうか、信じていただけませんか?」
渡はアンリエッタの瞳を真っ直ぐ見る。
「…わかりました。貴方を信じます。貴方はとても強い眼をしていますね。私なんかとは…ちがって…」
そうしてアンリエッタはルイズの部屋を去っていった。
ルイズはキバットに睨まれながら、アンリエッタ王女の依頼を話し始めた。
依頼の内容は、内戦が続くアルビオンの地に潜入し、アンリエッタがアルビオン王国王子に宛てたある手紙を極秘裏に回収する、というものだった。
アルビオンは現在、国内の貴族が『貴族派』『王党派』の二つの派閥に分かれて、内戦状態にある。
『聖地』といわれる場所の奪還を掲げ、アルビオン王族に代わり、有能な貴族による共和制をうち立てようと者達が『貴族派』で、アルビオン王族を中心にその古い臣下の貴族達で構成されているのが『王党派』。
アンリエッタはゲルマニアとの同盟を結ぶ為、ゲルマニア皇帝に嫁ぐことが決まった。
アルビオンの内戦は、近い将来、貴族派の勝利で終結する事はもはや眼に見えている。
そうなれば、その後のアルビオンがトリステインに侵攻してくることは火を見るより明らか。
それに対抗するため、大国であるゲルマニアと同盟を結ぶことになったのだ。
無論、アルビオンの貴族達にとって、それは不利なことだ。
その為、奴等はその婚姻を妨げる材料を血眼になって捜しているらしい。
悪い事に、それは確かに存在していたのだ。
アンリエッタが、以前アルビオン王国皇太子プリンス・オブ・ウェールズに宛てた一通の手紙…一通の恋文である。
そんなものがゲルマニア皇室の目に触れれば、婚姻もそれに伴う同盟も全て反故にされてしまう。
その手紙は現在アルビオンのウェールズ王子が持っており、背水の陣に追い込まれている王党派が敗れれば、その手紙も明るみに出てしまう。
こんなことを信用のおけない周囲の貴族達に話すわけにもいかず悩んでいた所へ、土くれのフーケ捕縛の件でルイズの事を耳にし、悩み抜いた末、無二の親友であるルイズを頼ってきた、という訳だったのだ。
「本当にどういう意味かわかってんのか、ルイズ」
「………」
キバットはいつもと違い真剣で、強い言葉でルイズに問いかける。
「今度ばかりは言わせて貰うぜ。俺はお前の使い魔じゃないからな。俺の守るべき人物は渡だ。お前がそんな内戦状態の国に行くって事は、渡も行くって事だ」
それはそうだ。使い魔は主人と死が分かつまでいるものだし、もし行かなかったらそれは渡の身が危険になる。
「もしそんな国で渡がその内戦状態の敵と戦ってみろ。いっとくがな、変身するなって無茶な命令は無しだぜ。その時は俺が渡を無理矢理変身させる」
「………」
「もし渡が『キバ』ってバレれば俺や渡だけじゃない。魔皇を召喚した魔女って事でお前や、お前の一族すら処刑される所まで行くかもしれないんだ。それを…」
「キバット。もう辞めてあげて」
「しかしな渡!」
「ルイズちゃん。なんでその話を引き受けたの?」
渡はルイズの瞳を見つめる。ルイズは瞳を潤ませて、
「王女殿下…泣いてたの…」
「………」
「私、最近貴方のように人の心の音楽が聞こえるの。王女殿下から聞こえた心の音…とても、悲しく泣いてたの」
ルイズは自分も泣きそうな声で続ける。
「私…王女殿下の事が大好きなの…子供の頃、一緒に遊んで、一緒に笑って、とても楽しかった。太陽のようにキラキラ笑ってた王女殿下が、泣いていたの…」
ギュッ、と手を握る。
「私…あの人の涙を止めたい。あの人の悲しい音楽を元の太陽のような音楽に戻したい」
ルイズの瞳から涙がこぼれる…
今のルイズは知っている。心の涙の音楽が、どれだけ辛いのかを…
「だから…だから…」
「わかったよ。ルイズちゃん。出発はいつ?」
「ワ、ワタル…」
「ケッ!しゃーねーな!おいエロガキ!」
「は、はい!伯爵様!」
「ギーシュ!?」
突如扉が開いてキバットに敬礼をしたギーシュにルイズが驚く。
「お前を案内係に任命する。渡と俺はよく地理をしらんからな!」
「こ、光栄です!」
「じゃ、ルイズちゃん」
渡はルイズに優しく笑って、
「出発の準備をしようか」
後で『不覚』と暴れ叫ぶが、ルイズは泣きながらワタルに抱きついた。
明朝…
ルイズ・渡・キバット・ギーシュは旅支度を終えて集合していた。
因みに、オールド・オスマンに外出の旨を伝える時、『かなり』の強引な交渉があったらしい。
ルイズはあえてそれを聞かないことにした。
「バイクに3人乗りか…不良だね」
「はっはっはっ、人生ルールを破るのもスパイスさ」
結局はマシンキバーに乗って行く事になった。
このマシンキバーなら安全運転でもすぐに馬の何倍もの速さで到着する。
「お願いがあるんですが…」
「なに?」
「僕の使い魔を連れて行きたいんだ」
渡とルイズがキョトンとする。
「別に構わないけど……ギーシュ君の使い魔って?」
「この子さ」
ギーシュは足で地面を叩く。すると、地面が盛り上がり、そこから人程もある巨大モグラが出現した。
ギーシュはさっと膝を着くと、そのモグラを抱きしめ頬擦りし始める。
「ヴェルダンデ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」
目の前で抱き合うモグラとギーシュ
「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」
ルイズがそのモグラ…ヴェルダンデを指差してギーシュに尋ねた。
「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」
「…朝っぱらからそんな事いうなよ」
キバットはげんなりする。
「あのね、ギーシュ。私達が向かうのは、あのアルビオンよ?地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて無理よ。ダメ、却下」
ギーシュが愕然とした顔をする。
それに渡とキバットは首を傾げる。
「どうして?船でも使うの?」
「…ああ、そうか。渡はアルビオンの事を知らなかったわね。ならさぞビックリ…キャァァァァア!」
突如、ルイズがヴェルダンデに押し倒された。
モグラは鼻をルイズの身体をつつき回す。
渡はいそいでヴェルダンデをルイズから引き離す。
解放されたルイズは乱れた服装を整え、渡の後ろに隠れる。
「まったく! 主人に似て、なんて破廉恥なモグラなのかしらっ!!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。ヴェルダンデは宝石が好きだから、ルイズのしている指輪に興味を持っただけさ」
「ん?ルイズ。その指輪どうしたんだ?」
「こ、これは王女殿下らから守護としてお預かりした『水のルビー』よ」
「すんげぇな、これ。ものゴッツイ魔力秘めてんぞ」
「へぇ…そんな宝石がこの世界には…ん?」
「どうしたの?渡」
「何か…来る」
渡は警戒して空を見る。
すると空から鷲の頭と上半身に、獅子の下半身、翼の生えた巨大生物が降りてきた。
「ありゃあ、『グリフォン』か。俺達の世界じゃとっくの昔に絶滅した生き物だぜ」
グリフォンは地面に降り立つ。すると背に人が乗ってるのがわかる。
大きな羽帽子を被り、口元に髭を生やした若い男だ。
「おはよう、諸君」
男は帽子を取り、一礼する
「僕は姫殿下より、君達に同行することを命じられた、王宮魔法衛士隊グリフォン隊隊長のワルド子爵だ。此度の任務は極めて重要であるが故、君達だけでは心許ないが極秘任務故である為、一部隊を付ける訳にもいかぬ。そこで僕が指名されたって訳だ」
と自分が来た経緯を説明した。
魔法衛士隊の隊長という事で、ギーシュはある種の尊敬の眼差しを向けている。そして、ルイズは彼を見ると、震える声でその名を呼んだ。
「ワルド様……」
それを聞いた瞬間、ワルドは人懐こい笑みを浮かべて、
「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」
ルイズに駆け寄り、その身体を抱き上げる。
「お久しぶりでございます」
「相変わらず軽いな君は! まるで羽のようだね!」
「……お恥ずかしいですわ」
ルイズは、照れたようにそう言う。
ワルドは、ルイズを地面に下ろすと、再び帽子をかぶり直し、渡達に顔を向ける。
「ルイズ。彼らを、紹介してくれたまえ」
「あ、あの…ギーシュ・ド・グラモンと、私の使い魔のワタルです」
ルイズは交互に指差して紹介した。ギーシュは深々と頭を下げ、渡も会釈する。
「君がルイズの使い魔かい?人とは思わなかったな」
ワルドは友好的な笑みを浮かべる。
「僕の婚約者がお世話になっているよ」
「…いえ、それが僕の役目ですから」
「こ、婚約者だって!?…って渡?」
キバットはこの目の前にいる男を見て『ロリコンか!?』とまで思ったが、渡が警戒心…それも他の3人には気付かれないくらい研ぎ澄ませた警戒心だ。
長い付き合いのキバットでなければ気付かなかっただろう。
渡のそんな様子をワルドは勘違いしたのか、ワルドはにっこりと笑うと、ぽんぽんと肩を叩いた。
「どうした?もしかして、アルビオンに行くのが怖いのかい?なあに!何も怖いことなんてあるもんか。君はあの『土くれ』のフーケを捕まえたのだろう?その勇気があれば、なんだってできるさ!」
「…そうですね。頑張りましょう」
「その意気だ」
ワルドは、グリフォンに跨ると、ルイズに手招きする。
「おいで、ルイズ」
その誘いにルイズは僅かに躊躇い、俯き、チラッと渡の方を窺う。見れば渡は、何か怖い顔をしている。
(もしかして…嫉妬してくれてるのかしら…)
ルイズはそれに妙なキモチを持つ。
「では諸君! 出撃だ!」
ワルドの声にグリフォンが急に駆け出し、翼を羽ばたかせて空に昇り、飛び立っていった。
「陛下!僕達もいきましょう!」
「おうキバっていこうぜ!さあ、マシンキバーも二人乗りになって楽に…」
「二人とも、予定変更」
『え?』
渡はそういって学園の校舎に戻っていった。
渡は急ぎ足で廊下を走っている。
「あら?ダーリン」
「ワタル」
キュルケとタバサだ。
「キュルケちゃんに、タバサちゃん」
「何を急いでるの?」
「なんでもないよ。ゴメン、急いでるんだ」
渡が再び歩き始めると、キュルケとタバサもついてくる。
「…どうしてついて来るの?」
「だって、ダーリンが…とっても怖い顔してるから」
「ワタル…戦いに行くの?」
二人はもうすでに何かを悟っていた。そんな二人に渡は
「危険だから、来ちゃダメ」
その渡の言葉に
「なら、絶対について行く」
「きゅ、キュルケちゃん?」
「ワタルを助けるの…約束」
「た、タバサちゃんまで!?」
(もう貴方に…)
(『ステンドグラス』を…)
(『割らせない!』)
この二人も、ルイズと同じ『あの夢』を見ていた。
「ワタル~!この際だ。ついて来てもらおうぜ」
「キバット!?」
「この二人なら大丈夫さ。それに、何かあるんだろ?」
「…うん」
キバットの了承を得て、二人はワタルについていった。
ギーシュは後ろからヴェルダンデを担いでノロノロついてきた。
渡は大きな扉を開ける。
するとその扉の先は学園とはまったく造りが違う建物だった。
知らないキュルケとギーシュはキョロキョロする。
するとちょっとした広さの部屋に入る。
そこにはトランプに勤しんでいた3人と給仕をしていた一人のメイドがいた。
「皆さん…『城』で出発する事にしました。皆さんの力も必要かもしれません。ついてきてください」
3人はそれを聞くと、椅子から立ち、頭を垂れ、傅いた。
『仰せのままに…』
そして…
「それでは皆様お席にどうぞ。先日一級の茶葉が入りましたので、ただいまそれをお煎れします」
シエスタの一流ともいえるメイドの風格に全員席についた。
出発する一行を、アンリエッタは学院長室から見送っていた。そして目を閉じ、胸の前で手を組んで祈る。
「始祖ブリミルよ…彼らの旅路を、どうかお守りください…」
「なに、心配には及びますまい。彼が付いております。彼ならば、道中どんな困難があろうとも、必ずやってくれるでしょうて」
オスマンの言葉に、アンリエッタは首を傾げる。
「彼…とは?あのギーシュ殿のことですか?それとも、ワルド子爵?」
オスマンは首を振った。
「では、あのルイズの使い魔さん…ワタル殿が?」
オスマンは頷く。
「オールド・オスマン。それはどういう…」
『ギャオォォォォォォォォォォォォッ!』
大地を震わす咆哮が聴こえる。
そして翼を羽ばたかせる大きな羽音。アンリエッタの目の前で巨大な竜の城が空を飛んでいった。
「…ほ、本当に、ど、どういう、ことですか?お、オールド・オスマン」
(あのマオォォォォォォォォォォォォォォッ!?)
その後、オールド・オスマンはアンリエッタに苦しい説明を続けるハメとなった。
「な、なんなんだ!?あの巨大な竜は!?城でできている!」
「わ、ワタルゥゥゥ…」
流石にワルドは慌てふためき、ルイズはワタルの行動に米神と拳をプルプル奮わせた。