□三人の魔女その5~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
さて、何度も述べたがルイズは『魔女』である。
その一エピソードとして、デザートのケーキをわずか三十秒でぺろりと平らげたルイズが食後に取った行動について記載しよう。
食事を終えたルイズは席を立ち、別の場所へと移動する。
食事中には席の周囲のものとしか会話が出来ないため、デザートを速攻で処理したルイズは自ら別の友人達の元へと赴いて食後の談話をしようと思ったのだ。
長テーブルに沿うようにしてルイズは歩いていく。そのとき、すぐ横で会話する男子達の声が聞こえてきた。
「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付き合っているんだよ!」
「誰が恋人なんだ、ギーシュ?」
「付き合う? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
色恋話はこの年の少年達が一番気にする話題だ。少女達も同じであるのだが。
だがルイズは、彼らの話を聞いて、ただ「汚らわしい」と心の中で思った。
何が特定の女性はいないのだ、だ。こいつもキュルケの同類か。
そう少し気分を悪くして彼らの側から歩き去ろうとする。
が、彼らの中の一人がポケットから落とした小壜に、ルイズの足が止まる。
これを落としたのは、先ほどキザな台詞を吐いていた優男、ギーシュだ。
汚らわしい男でも落とし物は落とし物だ。返してやろう。
と、床に落ちた小壜を拾ったルイズ。だが、その小壜が何であるかに気付いた彼女は、ふとひらめいてにやりと笑った。
「ギーシュ! ギーシュ・ド・グラモン! これ落としたわよ」
ささやくようであるが大きく良く通る声。街の役者から教えて貰った特殊な発声法を使い、ルイズは目の前の男達に話しかけた。
後ろから話しかけられたギーシュと彼の取り巻きは、振り向いてぎょっとした。
魔女だ。
彼女が話しかけてくるなんて、また何かたくらんでいるのか。
いや、食事中の彼女はいつも上機嫌だ。素直にただ落とし物について話しかけてきただけだろう。
そう考えた金髪の貴族ギーシュだが、ルイズが手に持っている小壜を見て目を見開いた。
あれは、あの小壜は!
「これは僕のものではないよ、ルイズ」
背中からわずかに汗を流しながらギーシュはそうとぼけた。今この場であれを自分の物だと主張するのは、あまりよろしくない。
「あら、そうなの」
ルイズは笑って素直に引き下がってくれた。
だが、周りがルイズの持っている物を見て騒ぎ始めた。
「おお? その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「それをギーシュが落としたというのかい、ルイズ? つまりギーシュはモンモランシーと付き合っていると言うことだな?」
「違う、違うよ皆。これは僕が落とした物じゃない」
ギーシュは頭を左右に大きく振って否定する。
だが、周囲の少年達の冷やかしの声は止まらない。
そんなギーシュに、ルイズは擁護の声を向けた。
「そうね、違うというなら違うのでしょう」
おお、ミス・ヴァリエール。何と機転の利くことか。
「でも、落とし主が解らないと言うことは、これはわたしが貰ってしまってかまわないのかしら?」
「い、いいんじゃないかな」
それが目的か! とギーシュは内心で叫んだ。
拾った物を自分の物にしようだなんて、貴族として意地汚くはありはしないか。
そうギーシュは言いたかったが、この場をこじらせないためには余計なことを言わない方が良いだろうと口をつぐんだ。
「ねえ、良いかしら? これ貰ってしまって、モンモランシー?」
不意にルイズが横を向いた。
「……ええ、構わないわよルイズ」
そこには、怒りで震えるモンモランシーが両手を握りしめながら立っていた。
「ねえギーシュ、わたしはあなたに香水を送ったつもりなのだけれど、あれはわたしの記憶違いなのかしら?」
「ご、誤解だよモンモランシー」
突然の事態に、ギーシュはさらに全身から冷や汗を流す。
モンモランシーは遠くに座っていたはずなのに何故ここに! くそ、誤魔化さなければ良かった!
「何が誤解なのかしら、ああそう。あなたがあの日わたしに語った言葉が誤解だったのね。香水なんて貰っても迷惑、そういうことだったわけ」
何のことはない。ルイズはモンモランシーに聞こえるようにわざと彼女の方を向いて大きな声で話していたのだ。
そんなルイズは目の前で起きている事態などわたしには関係ない、とばかりに小壜から香水を手の甲に垂らし首筋にすりつけていた。
「いや、違う。君のことは今も愛しているよモンモランシー」
その言葉に、不意にギーシュ達の横から誰かが椅子を蹴倒して立ち上がる音が上がった。
真ん中の二年生の席の隣、一年生のテーブルの方からだ。
「ギーシュさま! これは一体どういうことですか!?」
ルイズやモンモランシーよりわずかに幼い、一年生の貴族の少女がギーシュに詰め寄った。
「誰?」
モンモランシーは不意に割り込んできた少女に眉をひそめた。
「ケ、ケティ……」
ギーシュはさらに顔を青くした。
そうだ、ここは食堂。全ての生徒が今この場にいるのだ。
「ギーシュさまはあの日、わたしだけを見てくださると言ってくださいました。ですが、ですが……やはりミス・モンモランシと……」
「ケティ違うんだ!」
「何が違うのか詳しく説明して欲しいわね、ギーシュ」
左右から同時に攻め立てられてギーシュの頭はどんどんと混乱していく。
いつの間にやら食堂に修羅場が出来上がっていた。
ギーシュを冷やかしていた男子生徒達は、少女二人の鬼気に押されすっかり黙り込み、その修羅場を見守っていた。
そんな中、この状況を作り出したルイズは一人声を上げて笑い、彼らに背を向けてキュルケやタバサ達の方へと歩いていった。
ルイズの日常はだいたいこんな逸話の連続であった。
食後の談話を終えたルイズが、厨房へと入っていく。
「おじさま、サイトを返しにもらいに来たわ」
「おう、嬢ちゃんか、すまねえなぁ……」
やってきたルイズに、シェフやメイドと一緒に賄いを食べていたマルトーが気まずそうに頭をかく。
「あら、サイトいないわね」
「坊主は裏口にいるんだ」
「?」
用でも足しているのかとルイズは首をひねる。
まさか裏口で誰かにいびられているとかいう、貴族の学院生活小説みたいなことが起きていることはないだろうか。
「いや、それがな、飯をやったら美味い美味いって見てるこっちが嬉しくなるような食べっぷりを見せてくれたと思ったら、今度は美味いもんを食わしてくれたお礼をさせてくれ、何て言いだしてな」
「あら、それは……」
丸一日彼と一緒にいても特に気付かなかったが、それなりに礼儀正しい人柄なのだろうか、彼は。
知識の吸収ばかりに気を取られ、才人自身を全然見ていなかったことをルイズは少し恥じた。
「良い使い魔を召喚したなぁ、嬢ちゃん」
「ええ、そのようね」
マルトーの言葉を聞き、ルイズは花のように笑った。
「裏口に行けばいいのね。そのまま教室に連れて行くわよ」
「ああ、ごくろうさんって言ってやってくれや」
食事中失礼、とルイズは言って厨房の奥にある勝手口へと歩いていく。
マルトーとルイズが会話を続ける最中も、使用人達は特にかしこまった姿勢を見せなかった。
この厨房の使用人達は皆知っていたのだ。ルイズは他の貴族達と違い平民を下に見ず、さらには対等な立場で接するのを最も好むことを。
勝手口の扉を開け、ルイズは本塔から外に出る。
軽く周囲を見渡すと、すぐに才人の姿は見つかった。
才人は青空の下、大きな鉈を片手に薪割りをしていた。
彼の横には山のように割られた薪が積まれている。
「サイト、お疲れ様。途中で悪いけれど午後の授業に行くわよ」
「あ、ルイズ、見てくれよこれこれ!」
ルイズが才人に話しかけると、才人は妙にテンションの高い声でルイズに詰め寄ってきた。
「何?」
「これこれ!」
才人は鉈を握っていない左手をルイズに向けて突き出した。
「使い魔のルーン……が光ってるわね」
才人の左手の甲に刻まれた見覚えのない使い魔のルーン。
そういえば、とルイズは思いだした。人間を召喚したことに気を取られすぎて、自分の使い魔のルーンを確認するという基本的な作業を忘れてしまっていたのだ。
「それでな、ちょっと見ててくれ」
ルイズに向けていた左手を引くと、才人は脇に置かれた薪用の丸太を掴み、ルイズから距離を取って鉈を構えた。
そのまま才人は左手の丸太を自分の頭の上に放り投げる。
そして丸太が落下する一瞬の間に才人はルイズが目で追いきれない勢いでその右手を何度も振るった。
裏口の雑草の上に、八分割された丸太がばらばらに落ちてくる。
「サイト、武芸のたしなみがあったの!?」
ルイズは目を見開いた。なんて見事な剣技だ。
『ブレイド』の魔法を得意とする騎士団のメイジでも、こうはいかないだろう。
「いや違うんだ。俺、今まで薪割りも剣道もしたことない。でも、鉈を握ったら左手の文字が光って、体がすごい軽くなった。それで何て言うのかな、どうやればこの鉈を上手く使えるかなんとなく理解できるんだ」
「何それ!?」
聞き覚えのない使い魔の能力に、ルイズは目を輝かせながら驚愕した。
―
サイトについて:魔改造というより、原作でエロ方面にしか使われていない「好奇心が強い」という公式設定を拡大解釈した存在。
彼は挿絵の軟弱さと原作読者のニーズであるラブコメ時空さえなければ、好奇心が強く熱血で愛のために命も投げ出す八十年代少年漫画主人公だと思うのです。