「あーっ!」
夜も更けたので続きは明日、と解散しようとしたところでルイズが突然叫んだ。
「どうしよう、サイトゥの寝る場所わたし何も用意してない」
「あら、そういえばそうだったわね……まあ使い魔のを用意していたとしても藁束は客人に相応しいベッドじゃないけれど」
才人は彼女たちのやりとりを聞いて、やはりここは夢の世界なんかじゃないんだと認識した。
寝床の確保なんて言う現実的な話、曖昧な夢の中で気にすることではない。
「ま、ルイズ。それに関しては安心してちょうだい」
「何? どこかに空きベッドでもあるの?」
「空きベッドは無いわ。でも、人一人分入るベッドのあてはあるわ」
キュルケはそう言うと、椅子をずらして才人の近くへ寄り、そのまま才人の肩へとしなだれかかった。
「ね、異世界の紳士様。今夜は二人一緒のベッドで過ごしましょうか。素敵な異世界の話のお礼に、ゲルマニアの『微熱』あふれる夜をお教えしますわ」
「ま、まじでー!?」
ワインの酔いによって活発に動いていた才人の心臓は、褐色の美女の身体に爆発しそうなほど鼓動を開始した。
「なななななななな」
一方それを見たルイズは、ワインで桃色にほてった顔を一瞬で真っ赤に変えた。
「きゅきゅきゅきゅきゅるるけ人の使い魔にななななななにしようとしししてるのよっ!」
知識豊富な賢者であるルイズだが、男女の関係については非常に初心であった。
「あら、サイトゥはヴァリエール家の客人なんでしょう? ヴァリエールの男を自分のものにするのはツェルプストーでは当然のことよ」
「んなっ!」
何を言い出すのかこの雌犬は。
そうだ、目の前の赤毛は盛りのついた雌犬だ。犬には調教が必要だ。
ルイズは沸騰したままの頭で右手の指を大きく弾いた。
キュルケの足下が『衝撃の爆発』で吹き飛ぶ。
「ね、ねえ、キュルケ。わたしの近くで『そういうこと』をしないって何度も教えたわよね」
「え、ええそうねルイズ。使い魔召喚の初日ですもの。自分の使い魔と一緒に過ごすのが習わしってものね」
キュルケはかつてルイズと反目し合っていた日々を思いだした。
連日のように男を自室に連れ込むキュルケにルイズは汚らわしいと怒り、キュルケが連れ込んだ男を裸のまま爆破して次々と窓の外に放り投げていったのだ。初め、キュルケは当然のことながら部屋の扉に鍵をかけていた。これを破るには学院内で固く禁止されている『アンロック』の魔法を使うか、盗賊のような錠破りの技を使うしかない。だがルイズはアンロックも錠破りも使わず、ただ扉を破壊することで中に押し入った。自分の都合のためなら他人の迷惑など省みない。それがルイズだった。
キュルケは恐怖に震えながらフレイムの頭を撫で、ルイズの部屋を出て行った。
フレイムの尾の炎が失われたルイズの部屋は、大きな光源を失って闇が広がる。
その後ルイズから部屋のベットを使うよう勧められた才人だが、自分は床で寝ると言い出したルイズに慌て、結局毛布を借り日本で布団を使ってそうしていたように、ベッドを使うことなく床の上で眠った。
□三人の魔女その1~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
ルイズは二日連続で頭痛と共に目覚めた。
二日酔いだ。昨日は何の酒を飲んだのだったか。そうだ、何か嬉しいことがあって秘蔵のワインを空けたのだ。
良いお酒は二日酔いをしない。そんな言葉は嘘であると位の高い貴族の家出身のルイズは知っていた。
頭が痛い。
授業をサボって寝ていたい。
そう思いルイズはベッドの上で丸まろうとする。
だが、いつもと何か感触が違った。
あの暖かい上質の毛布の感触が返ってこない。
寝返りで蹴落としでもしたかしら。
仕方なしに、ルイズは片手で頭を押さえながらむくりと身を起こした。
ベッドの両脇を見るが、毛布が落ちてしまっている様子はない。
寝ぼけ眼で部屋を見渡すと目的の毛布はベッドのはるか遠く、部屋の片隅に丸まって落ちていた。
何であんな場所に。
痛みの治まらぬ頭を振って、ルイズはベッドの上から降りた。
そして、何故か吹き飛んでしまっていた毛布を取りに部屋の隅に歩いていく。
腰をかがめて毛布を引っ張ろうとするルイズだが、何かが引っかかって持ち上がらない。
今度は腰を入れて毛布を引っ張り上げる。すると、毛布の中から何かが転がり落ちた。
何だろう、と目をこすってその何かを覗きこむルイズ。
そこには、見知らぬ男が眠っていた。
「キャアアアアアアアアアアアアー!?」
悲鳴と共に爆発音が朝の寮内に響き渡った。
「あは、あはははははははは!」
突然の騒音に何事かと駆けつけたキュルケだったが、寝間着姿で才人を介抱するルイズを見て、またいつもの癇癪でも起こしたかとあきれかえった。そして、ルイズから事情を聞くと、予想外の事実に思わず笑い出してしまった。
お腹を抱えて笑い続けていると、ルイズが真っ赤な顔で着替えるから起こしてあげてと才人を押しつけられ、部屋の外に追いやられた。
流石に部屋の外で笑い続けるわけにも行かず、笑いをこらえてルーンを唱えて才人に目覚めの魔法をかけた。
「おはよう、サイトゥ。トリステイン流の火花散る朝はどうだったかしら?」
巨乳美女の抱擁による起床。本来なら飛び上がって喜びそうな状況であったが、才人の気分は最悪であった。
「頭が痛い……」
爆発の痛みか二日酔いの痛みか。
とりあえずキュルケは二日酔いによるものだと説明しておいた。
ちなみにキュルケはそれなりの酒豪であり、二日酔いなど関係ないとばかりに朝早くに起床し着替えもすでに終えていた。
キュルケは隣の部屋の扉を開けて中からフレイムを出すと、扉の前でルイズが出てくるのを待った。
「はー、改めて見るとでけーなー」
才人はのっそりと部屋から姿を現したフレイムを見ると、腰をかがめてその頭を撫でた。
使い魔は怖くないものだと知った才人は恐怖ではなくその好奇心を目の前の火トカゲに向ける。フレイムは心地よさそうに目を薄めて「きゅるきゅる」と意外に可愛い鳴き声を出している。
「サイトゥの世界にはサラマンダーはいないのよね」
「ああ、小説とかの空想上の生き物って感じかな。しかし、どうやって燃えてるんだこれ」
フレイムの背を撫でながら、才人はフレイムの尻尾に注目した。
尻尾が燃えている。
背を優しく撫でると、きゅるきゅると喉を鳴らしてまるで犬のようにその尾を左右に振る。
キュルケが何も言ってこないと言うことは、この尾の炎で火事が起きる心配などはないのだろう。
ファンタジーだ。
才人はただひたすら感心した。
「サラマンダーは火の魔獣。わたし達の使う四大魔法とはまた違う魔法の力を持ったトカゲなのよ」
「やっぱり魔法かー。すげーな」
「チキュウのカガクではこういうことはできなくて?」
「生き物に火を付けて無事に生かすなんて、科学じゃ無理だろうな」
そんな会話をキュルケと才人は二人でしばらく続けていた。
が、いつまで経ってもルイズが部屋から出てくる様子はなかった。
「なあ、ハルケギニアの貴族ってこんなに朝の支度に時間がかかるものなのか?」
「化粧覚え立ての子供じゃないんだからそれはないわ。おかしいわねぇ」
さらに数分待ってみるが、部屋の扉は開かないままだ。
しびれを切らしたキュルケは、勢いよく扉をノックして叫んだ。
「ルイズ、ルイズ、どうしたの。もう朝食の時間よ!」
だが扉の向こうからの答えはない。
もしかして、とキュルケは返事を待つことなく扉を開いた。
その向こうには、学院の制服に着替たルイズが床の上に広げられた毛布にくるまって寝息を立てていた。
「はあ、貴族の子女が歩きながら朝食を取るなんて……」
「あら、別にこれくらい良いじゃない。私なんて外を走り回るときは馬上で食事を取るわよ」
「そういう変な食事の取り方をするからいつまで経っても胸が大きくならないのよ」
「胸は関係ないでしょ胸は!」
そんな二人の会話を聞きながら、才人は食堂で貰ってきたパンを口に含んだ。
美味しい。
パンの中はまだ湯気が立つほどに温かい。焼きたてのパンはこんなに美味しいものなのだと才人は感心した。
「手で食べられるわたし達はともかく、フレイムはちょっと辛そうよ」
「ぎゅるぎゅるー」
「ああ、昨日は気にしていなかったけど、そのサラマンダー、火竜山脈の魔獣だったわよね」
「ええ、この尻尾は間違いないわ。ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ?」
「ブランドだの値段だの物としての評価なんかしたら使い魔が悲しむわよ、ゲルマニア人さん」
「う、たしかにそうね。ごめんねー、フレイム。あなたがどこのサラマンダーであってもわたしはあなたが好きよ」
「きゅるきゅるー」
「それで良いのよ。ま、火竜山脈の火の魔獣については前々から興味あったから今度調べさせて貰うわね」
「あら、『物』ではないフレイムを簡単にいじくりまわしてあげさせると思って?」
「あなたの使い魔の情報の代価はわたしの使い魔の世界の情報。十分すぎる取引だわ」
「……やっぱりルイズ、あなたゲルマニアの貴族になった方が上手くやっていけるわよ」
パンを食べ終わった才人は、仲の良い二人の言い合いを後ろから歩きながらぼーっと見ていた。
マントが揺れる二人の後ろ姿。キュルケを見ると、歩くたびにマントにその大きな尻の形がくっきりと浮かんできた。
男心を全力で刺激する魅惑のヒップ。
彼女は乳もすばらしかった。うん、あの乳は良いものだ。才人は朝っぱらからそんなことを考えた。
そして、ルイズの方を見る。
すると横からかすかに風が吹きルイズのなめらかなウェーブがかかった金髪を揺らした。
朝の陽光が風になびいた髪を照らし、金色の髪の中から綺麗な桃色の輝きを浮かび上がらせた。
不思議な色だ。才人はそう思った。
才人が見たことのある金髪と言えば、ブリーチで黒髪を脱色した粗悪なボトルドブロンドくらいのもの。
天然のブロンドというものを今まで見たことがなかった。
地球から次元を隔てた遠い異国の地で出会った二人の少女。
きっと自分がこの世界に喚び出されたのは、『出会い系』などという安直な恋を求めた才人を見咎めた神様が、自分に相応しい女性は他にいるとしてこの地へと送り出して美女との出会いを運命づけてくれたのだ。ありがとう神様!
安直で脳天気で馬鹿である才人はこの世界にはいない遠い地球の神と仏に感謝した。ちなみに彼は無宗教である。
才人が一人でそんな妄想をしているうちに、学院の本棟が間近に迫っていた。
すでに授業が始まるぎりぎりの時間。他の生徒達の姿は見えない。
だが、一人、本棟の入り口にたたずむ物が居た。
学院の女子制服を着ているが、その容姿は幼く生徒かどうかは疑問が残る。
シャギーの入ったボブショートの青い髪に、幼い顔には赤いメガネをつけている。両手には大きな木の杖を抱えていた。
「あらタバサ。どうしたのこんなところで突っ立って」
その少女の姿をみて、キュルケは気さくに話しかけた。
どうやら彼女の知り合いのようだった。
「……二人とも昨日は居たのに今朝の食事にこなかった。心配」
「あらあらあらもう可愛いわねぇこの子は」
キュルケはタバサと呼ばれた少女を全身で抱擁し、身体をすり寄せた。
「え、と、知り合い? 下級生?」
突然目の前で繰り広げられ始めた百合色のやりとりに、才人は困惑しながらルイズに訊ねた。
「あれでも同級生よ。ちょっとキュルケ、サイトゥにその子紹介するから離しなさい!」
「はあーい」
キュルケの抱擁から介抱されるタバサ。その表情は、抱きつかれている最中も介抱された後も同じ、無表情のままだ。
「タバサ、この人は私の使い魔、サイトゥ」
「サイトゥじゃなくてサイトな。サ・イ・ト」
「ニッポンの言葉って発音しにくいのよ……」
才人はずっと気になっていた自分の名前の訛りをこの場になってようやく訂正した。
「そしてこの子はわたし達と同じ魔法学院の新二年生。ガリアから留学してきているシャルロット・エレーヌ・オルレアン。タバサって呼んであげて」
「うん、よろしく、タバサ」
「…………」
タバサはじっと才人を見つめると、やがてゆっくりと才人に向けて会釈した。
可愛いけれどどうもつかみ所が解らない子だ。そう才人は思った。
「雪風のタバサ、微熱のキュルケ、そしてわたし、魔女のルイズの三人を合わせて、学院の三魔女と皆は呼ぶわ」
ルイズは腰に手を当てて、才人に向けて胸を張った。
「どう考えても蔑称なのにルイズは気に入っちゃっているのよね」
「とばっちり……」
あきれるキュルケに無表情ながら不満を口にするタバサ、そして誇るルイズを見て才人は、赤青黄の信号機コンビだな、とそんなことを取り留めもなく考えた。