「汝等此処より入りたる者、一切の望みを捨てよ」
ルイズは門に刻まれた文字を高々と読み上げた。
幽閉塔『女学院』。空から見たその建物は、塔ではなく城と呼ぶべき物であった。
塔への入り口、ガーゴイルの彫刻が彫られた城門を才人は見上げる。
悪魔の像、そしてルイズの読んだ文字。
「まるで地獄の門だな」
「人によっては、そうかもね」
「ルイズにとっては?」
「さあ……、考えたこと無いわ」
そして考えるつもりもない、そう言ってルイズは門を開いた。
□遥かに仰ぎ、麗しのその2~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
ルイズ達が塔の中に入ると、すぐにメイド服を着た使用人が出迎えた。
才人は魔法学院でもニューカッスル城でも使用人を見てきたが、女性の使用人はメイド服というのがハルケギニアでの決まりと認識する。
竜籠の従者と塔に入ってすぐの来賓室で別れ、ルイズと才人は使用人に案内され塔の奥へと進んでいった。
廊下に点在する窓はすべてカーテンがかけられており、日の光は一切入ってこない。
代わりに、魔法の照明が天井からつり下げられている。
寂しい場所だ。そう才人が思った矢先だ。
「あ、ルイズだー」
廊下の向こうから、十歳ほどの少女が駆けてきた。
「久しぶりね」
「わーわー」
少女はルイズの背中に抱きつくと、ルイズの魔法学院の制服であるマントを掴んで自分の身体に巻き付けた。
「はいはい、後で温室いくから、また後でね」
「はーい」
じゃれる少女からマントを引きはがしその背中を押す。
すると少女はルイズを見つけてそうしたときと同じように、廊下の向こうへ駆けて行った。
そして。
「みんなー! ルイズ来たよー!」
大声が廊下に響いた。
それを聞いたルイズは苦笑。使用人は口元に拳を当てて小さく笑った。
「変わらないわね、ここは」
「はい。いつも通りでございます。これまでも、これからも」
訂正、ここはきっと明るい場所だ。才人はそう考え直した。
それから廊下を一分ほど進み、使用人は一つの扉の前で歩みを止めた。
彼女は扉の正面に立ち、扉につけられたノッカーを打つ。
「ほーい」
扉の向こうから気の抜けた返事が返ってきた。
「ミス・ヴァリエールがお着きになられました」
「はいはいはーい」
扉の向こうから走る音。そして一拍おいて扉が開いた。
中から出てきたのは黒髪を腰まで伸ばした少女。
服装は先ほど廊下でルイズに飛びついた少女と同じ。この『女学院』で支給されている制服だった。
その作りはしっかりしたもので、貴族を相手にする針子が作った物。ただ、貴族を象徴するマントはつけられていなかった。
「よっす」
黒髪の少女がルイズに向かって片手を上げて挨拶をした。
貴族らしからぬその砕けた態度に才人は面を食らう。
対するルイズは腕を組んで胸を張り、言った。
「使い魔を連れてきたわ。賭けは私の勝ちね」
そのルイズの言葉に、黒髪の少女はきょとんとした表情になる。
「使い魔? どれ?」
「これ」
ルイズは組んだ腕を解き、親指で横に立つ才人を指し示した。
指差された才人は何も言わない。そもそも目の前に立つ少女が、ルイズの友人であると言うこと以外何もわからないのだ。
よって、自己紹介をするような場面なのかわからない。
黒髪の少女は腰を軽く曲げ、下から覗きこむように才人の顔を眺めた。
値踏みするかのように数秒才人を見つめた後、少女は姿勢を元に戻し一歩後ろに下がった。
「ま、とりあえず中に入りな」
促されるままにルイズと才人は部屋の中へ入っていく。
使用人は一人、笑顔でその様子を眺めていた。
足を踏み入れた部屋には、高価な調度品と金属細工の入った家具が並んでいた。
広さは魔法学院の寮部屋の倍ほどはある。
竜籠でルイズが才人に説明したとおり、この塔は貴族の幽閉される場所。
その私室ともなれば、相応の広さが求められる。
魔法学院の寮はあくまで貴族の子供を入れる場所であるが、この『女学院』は子供ばかりが住んでいるわけではない。
ここは一生を過ごすための場所だ。貴族として最低限の暮らしができるよう、ある程度の広さが確保されていた。
ルイズと才人は部屋の中央に置かれたテーブルへと促され、椅子を引いて着席した。
黒髪の少女はルイズと才人が二人並んで座ったのを確認すると、その対面に座る。
「友人が訪ねてきたのにお茶も出さないのね」
「どうせ後で温室行って山ほど飲むんだろう。それより説明しろよ人攫いさん」
人攫い。久しぶりにその言葉を聞いてルイズは苦笑した。
才人を召喚したばかりの頃は、同じように魔法学院の生徒達から人攫いだの奴隷を連れてきただのと言われていたのを思い出す。
そしてルイズは以前生徒達に説明したときと同じように、嘘を混ぜた才人の出自を説明した。
黒髪の少女はというと、机に頬杖を突きながらぼんやりとルイズの言葉を聞いていた。
そして、ルイズの話が終わると、ふうん、と特に感心もしていない様子でつぶやいた。
「ふうん、じゃないわよ。使い魔が召喚できるかの賭け、私の勝ちよ。約束通りあれ渡しなさい」
「へいへい」
少女は面倒臭そうに返事をして席を立つと、部屋の一角にある本棚へと歩く。
そして棚から一冊の本を抜き出しテーブルへと戻ってくる。
「ほらよ」
そう言ってルイズに本を投げ渡す。
それを受け取ったルイズは表紙を数秒眺めると、本を開きページをめくっていった。
「なんだそれ」
横に居た才人がルイズの持つ本を見て言った。
ずいぶんと古ぼけた本だ。
「始祖の祈祷書っていう国宝の偽もんだよ、使い魔くん」
答えたのはルイズではなく、正面に座り直した黒髪の少女。
「異国人っていうから喋れないかと思ったけど、そうでもないみたいだな。『爆弾魔』だ。よろしく」
彼女から初めて投げかけられた挨拶に、才人も「よろしく」と返す。
爆弾魔。名前なのかそれともメイジの二つ名なのか。
さすがに名前と言うことはないか、と才人がそれについて訊ねると。
「ここでは本名を言ってはいけないってしきたりがあるのさ。そして二つ名でもない。これはまー、ここに入った罪状みたいなもんだ」
「罪状?」
「おう、それ聞く? 聞いちゃう? ここじゃ投獄された理由を聞くのはマナー違反だ。だけどまあ私は心が広いから教えてやろう」
妙なテンションで『爆弾魔』はまくし立てる。
トリステイン貴族は演技好き、とは誰の言葉だっただろうか。
魔法学院で妙に大げさな言動を取る貴族達を見てきた才人は、落ち着いて『爆弾魔』に相づちを返す。
語り始めたのは、一つの事件。
首都トリスタニアでかつて連続爆破事件があった。
街の至る所で上がる火の手。
それの解決に乗り出したのが、当時アンリエッタ姫の遊び相手としてトリステイン王宮に滞在していた『賢者』ルイズだった。
捜査を開始してから一週間、ルイズは爆破の実行犯を突き止めた。
それは宮廷貴族の一人娘。ルイズとも面識のある小さな女の子だった。
爆破の証拠、アリバイ、目撃と犯人と断定するだけの材料が揃っていたその娘には、犯人として一つだけ足りない者があった。
爆破を行う動機がなかったのだ。
いや、そもそも爆破を行っているという事実すら知らなかった。
彼女は、爆破事件の真犯人により『爆弾魔』としての人格を植え付けられていた。
トリスタニアの爆破を実行していたのは、娘の身体を操っていたその『爆弾魔』だったのだ。
「人格を植え付ける……?」
とんでもない話だ。そんなことが可能なのか。
「理論上は可能よ」
答えたのは、本を読み終えたルイズだった。
「あんたの使ってるデルフリンガーみたいに、物に人格を植え付ける方法は存在する。それを人間に対して行った馬鹿がいたのよ」
人の心を魔法で操るのは容易い。
真犯人を捕えたルイズは、娘の『爆弾魔』の人格を消そうとした。
爆破は全て『爆弾魔』によって行われたこと。
娘自身には罪は一切なく、『爆弾魔』の人格のみを処刑すれば罰が科せられることもない。
だが、娘はそれを拒否した。
「まー、なんつーか、自分の中に住んでる同居人を殺すのは後味悪いって思ったのさ。今じゃ人格がぐちゃぐちゃに混じっちまって消したくても消せないんだがね」
「確かに会うたび言動が粗暴になっているわよね」
「それは人格じゃなくてここの生活のせいだな」
けらけらと笑う『爆弾魔』。
その様子を見て、才人は理解した。
彼女はタバサやアンリエッタのようなルイズの『変な友人』の一人なのだと。
窓が全て布で覆われ外界と隔絶されているこの幽閉塔にも、日の光を浴びることができる場所がある。
植物を育てるための温室。作物や花を育てる愛でるのが趣味の者達が集まる場所だ。
だが、今この温室に集まっているのは花を愛する寡黙な少女などではなかった。
「ルーイズ! アルビオンで大活躍だったんだってね!」
集まっているのは、ルイズが『女学院』に足を運ぶうちにできた友人達。
知識が豊富で饒舌なルイズは、友人を作るのが大の得意だった。
「耳が早いわねぇ。発表からまだ三日よ」
「わはは、暇人をなめちゃいけないよ」
そういうと、ルイズの周りにいた一人の女性が一枚綴り形式の週報新聞をルイズの前で広げて見せた。
記事の見出しは『ウェールズ皇太子殿下大救出!』。
ちなみに一週間前の見出しは『アルビオン陥落! 始祖の血消滅!?』であった。
「ゴシップ紙じゃないの、それ」
「えー、でもこれ面白いよ?」
そういうと女性は新聞紙を握った手をぱたぱたと上下に振った。
外との繋がりがない幽閉塔と言えど、生活するためには数多くの物資がいる。
定期的に届く物資の中には、外の情報を載せた新聞も混ざっていた。
トリステインにおいて、紙は貴重なものではない。
貴族と平民の共通の趣味として読書があり、それなりの規模の街であれば紙で作られた書物を扱う店は必ずと言って良いほど存在する。
本を専門とする行商人もごく少数であるが存在するし、首都トリスタニアともなれば身分を問わず入館可能な国営の有料図書館がある。
ここまでトリステインの紙文化が発展しているのは、平民の識字率の高さにあると言えよう。
領土の狭いトリステインが他国に匹敵する国力を得るためにはどうすればよいのか、という難題を過去の賢王が文字教育によって解決しようとした結果である。
もちろん義務教育という概念が存在する才人の故郷とは比べものにはならない識字率。
だがそれでも、多くの知識を得られるようになった平民達の価値観が大きく変わる程度の改革はもたらされた。
識字率が上がれば当然筆記媒体の需要も上がる。
そこに商機を見た商人や貴族、果ては魔法研究所までがこぞって紙の開発・製造を始め、安価な紙が市場に流されるようになった。
そして安価な紙の登場により、紙を使い捨てるという考え方が生まれ、当時の最新技術であった活版印刷と組み合わさり新聞が生まれた。
そのような背景を知らない才人は、新聞というものの存在に純粋に感心した。
数々の地球文明を越える魔法の産物を見てきた才人であるが、彼の頭の中ではハルケギニアの基本的な文明レベルは未だに剣と魔法の中世ファンタジー世界という認識。
新聞という日本の生活で身近だった製品が、この世界にあるなどと想像していなかったのだ。
目の前で広げられた記事はつい先日の出来事である、アルビオン王国での顛末だ。
その当事者であるルイズは、次から次へと質問攻めにあい、それに一つ一つ答えていった。
「ふうん、本当に人間の使い魔なのね」
ルイズが皆と会話を進めるうち、一部の興味が才人に向いた。
二十歳ほどのたれ目の女性に顔を触られ、十にも満たない子供に服をぐいぐいと引っ張られる。
多くの女性陣に囲まれて鼻の下が伸びそうになる才人だが、巨躯の狼に乗った双子の少女が「私達の使い魔とどっちが強いかな」と言ったところで冷や汗が吹き出た。
狼に顔を舐められて硬直しているところをルイズがニヤニヤと眺めている。
「ルイズちゃん、私達のと一日交換しない?」
「王狼の毛皮っていいマフラーになるのよね」
「ごめんやっぱなしでー」
婦女子達と楽しそうに語り合うルイズを見て、才人はなんとなく自分がここに連れてこられたのかを理解した。
きっと友達に自慢したかったんだろう。自分が呼び出した使い魔を。
竜籠の中で、ルイズはここへ友人に会いに行くと言った。
あの『爆弾魔』がその友人なのかと才人は初め思っていたが、どうやらそれは間違いだ。
ここにいる全員が、ルイズの友人なのだろう。
思えば、魔法学院でもルイズは多くの友人達に囲まれている。
友のためなら無理を押し通し禁忌も足で踏みつける。
自分のご主人様の本当の魅力は、美貌でも知識でもなく、その精神にあるのだろう。
平賀才人は狼に手を甘噛みされながらそんなことを思った。
□遥かに仰ぎ、麗しの 完□
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あとがき:『爆弾魔』さんはゼロ魔ゲーム版の設定を出すためのオリジナル舞台装置さんです。ゲーム版のネタも原作設定に修正し直していろいろ書いてみたいなぁ。あ、ゼロ魔は中世ファンタジーではなく近代ファンタジーです。