□遥かに仰ぎ、麗しのその1~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
アルビオンとの戦いから一週間が経過し、虚無の休日となった。
平賀才人はその日一日は鍛錬を休み、他の生徒達と同様に休日を満喫していた。
衛兵長曰く、休息も鍛錬の一環である。
才人と共に剣技を学ぶタバサも、今日は自室で読書を楽しんでいることだろう。
空は休日にふさわしい晴天。
学院の使用人達は広場に野外用の椅子とテーブルを並べ、生徒達はそこでワイングラス片手に談笑していた。
話の中心は、先日王室から発表されたばかりのウェールズ皇太子奪還について。
事実がいくらか曲げられたそれだが、生徒達はどこまでが本当でどこまでが嘘か、主に『魔女』の行動について妄想で話を膨らませた。
もちろん、そんな話をする者ばかりというわけでもなく、どうでも良いうわさ話や恋の悩みについて話す者も居たり、酔った勢いでコルベール式自転車を爆走させる男子生徒達も居た。
そして皇太子奪還の中心人物であった才人とギーシュはというと、クラスの男達と一緒に学院メイドちちくらべについて激しく討論を交わしており、アルビオンの真相を聞き出そうと来る男子生徒を仲間に加え、二人に媚びを売ろうと近寄る女子生徒を落胆させた。
それまで魔女の従者として距離を取られがちであった才人だが、乳について男達と語るこの瞬間、彼はある種の一体感を感じていた。
かつてはルイズの乳の大きさで決闘騒ぎを起こした才人とギーシュ。だが彼らは成長した。
受け入れられぬ性癖を尊敬すべき一つの道として受け入れる、海のように広い漢の心を身につけていたのだ。
「エロは国境を越える!」
才人の放った言葉に、男達から賛同のうなりが上がった。
いつになく真面目な表情で拳を握りしめる才人。
不意に、その顔に靴がめり込んだ。
「――――!?」
才人は声にならない叫びをあげて草むらを転がる。
突然の物音に、広場は一瞬静まりかえった。
才人の周りにいた男達は何が起きたか理解できなかった。が、ただ一人、『風上』のマリコリヌだけははっきりと見ていた。
この世で最も美しい脚が、才人の顔面に蹴りを叩き込んだのだ。
男達の野望の王国に割り込んだ侵入者。
それは彼の主、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。
ルイズは地べたに這いつくばる才人の元へと歩くと、つま先で一発、二発と彼を蹴りつけた。
そして襟首に腕を回し、才人の首を脇に抱えた。
「出かけるわよ」
その言葉と共にルイズは才人を引きずり歩き出した。
「ル、ルイズ?」
事態が飲み込めないままギーシュが声をかけると、無表情のルイズが振り返った。
「……何?」
「え、ええと、そのだね。うん、君、王宮にいるんじゃなかったのかい?」
「休暇」
そう一言だけで答えると、才人を引きずったままルイズは広場を後にした。
学院を出たルイズは、門の横に止めてあった移動用の籠に才人を叩き込み、横に居た従者に指示を出すと自分も籠の中に乗り込んだ。
籠には何本もの鎖が繋がれており、鎖の先は一匹の風竜の鞍に繋がっていた。
従者は慣れた様子で鞍に乗り込むと、手綱を操り風竜を飛び立たせた。
竜と鎖で繋がっている鞍はゆっくりと地面から浮く。
揺れも傾きもしないその離陸は、風竜を操る従者がこの道三十年の熟練の操縦者だからこそできる芸当であった。
空を飛ぶ竜に籠をぶら下げ移動手段とする。
これは竜籠と呼ばれる貴族用の乗り物だ。
ハルケギニアにおいても移動にかかる時間というものは重視されている。
馬よりも空を飛ぶ幻獣を。その中でも最速と呼ばれる風竜を使った移動はハルケギニアの歴史において早期に考え出されている。
だが竜の背中というものは不安定であり、馬に落馬があるように空を飛ぶ竜から振り落とされる事例はいくらでもある。
空中浮遊の魔法を使う貴族と言えど、皆が皆咄嗟に魔法を使えるわけでもない。
そして、高速度で高所から地面に叩きつけられて生き延びることはまずない。
そこで考え出されたのが、籠の中に人を乗せ竜にそれを引かせる竜籠だ。
勿論竜は馬とは比べものにならないほど希少な生物であり、高い知性を持っているが飼育は困難だ。
故に平民が竜籠を所持していることは無く、貴族用の乗り物として使われていた。
才人の故郷の地球でいうところの自家用ヘリやビジネスジェットが近いだろうか。
勿論、速度は竜籠のほうが圧倒的に下なのだが。
地球には存在しない空を飛ぶ幻獣を使った乗り物であるが、それに才人は興味を示さなかった。
いきなり蹴りつけ問答無用に自分を攫ったルイズに批難を浴びせかけることが最優先だ。
だが、怒る才人にルイズは淡々と答えた。
婦女子の集まる場所で昼間からする会話かこの馬鹿犬が、と。
もっともな返答に、言葉に詰まる才人。
ルイズを問い詰めるために乗り出した身体を引き、そのまま座る。
背中から高級ソファーのような弾力と柔らかさが伝わってきた。
籠の中は観覧車のような対面式の構造だ。
軽量化のために貴金属での装飾こそされていないものの、才人には内装が格式の高いものであると感じられた。
内部からは見えないが、竜籠の外装にはトリステイン王家の紋章が彫られている。
王族用の竜籠をルイズは王宮での労働の見返りに借りていたのだった。
ルイズと王宮で別れて一週間。
才人は久しぶりに会った主の顔を見て、あるものを見つけた。
「ルイズお前……隈すごいな」
彼女の整った顔に二つの黒い窪みが出来上がっていた。
「そう……、そうなのよ聞きなさいよ聞け!」
ルイズは両手で才人の左右の肩を掴むと、勢いよく前後に揺すった。
そして突き飛ばすように手を離して座り直し、大きな動作で脚を組むと王宮での生活を語り始めた。
マザリーニが仕事を押しつけてくる。
貴族達が媚びを売ろうと次から次へと押しかける。
アンリエッタが血の付いた杖剣を持ったまま王宮を走り回っている。
マリアンヌ大后が娘の教育を間違ったと騒ぎ立てる。
寝る暇もないという主張だが、要約するとそれはただの愚痴であった。
才人は思う。この小さなお姫様が、今まで自分に愚痴を漏らしたことがあっただろうかと。
魔女や賢者などと言われているが、実際には十六歳の未熟な女の子でしかない。
個人では消化しきれない辛いことやどうしようもないこともあるだろう。
客人としてどこか距離感があった一ヶ月前とは違い、アルビオンでの一件を経て本当の友人になれたのだろうか。
とはいうものの才人は日本において大多数の男子高校生の例に漏れず異性の友人に恵まれておらず、女友達との距離感など解ってはいなかったのだが。
「で、結局どこに向かってるんだ」
籠に取り付けられた窓から下界を見下ろしながら才人は訊ねた。
視線の先には街道はなく、田畑もない。開拓されていない自然そのままの風景が広がっている。
「幽閉塔、って知ってるかしら?」
「知らないな」
ルイズの問いに対し、才人は即答した。
そう、とルイズは呟くと、あるトリステインの文化についてルイズは説明を始めた。
貴族の幽閉。
通常、罪を犯し裁かれた平民は投獄される。
だが位の高い貴族は平民と同じ処遇にするわけにはいかなかった。
暴虐の果てに王の座から引きずり落とされた王族が、かつてトリステインに居た。
トリステインの王族は始祖ブリミルの血を引く世界で最も高貴な存在であり、牢獄に入れることははばかれた。
そして彼はうち捨てられた要塞塔に幽閉され、二十二年生きた後、病で死んだ。
幽閉と言っても、広い要塞を自由に歩き回ることが許され、料理人など十名の使用人が雇われていたという。
貴族を罪人としてではなくあくまで貴族として扱い幽閉する。
地球の歴史においてもロンドン塔やタンブル塔など、王侯貴族の幽閉に使われた有名な施設は存在したが、当然のことながら才人は知らない。
「初めは罪人の幽閉に使われていた塔だけど、時代を経て違う使われ方をするようになっていったの」
ルイズの言葉に、才人は適当に相づちを打つ。
興味があるわけではないがつまらないわけでもない、といった姿勢。まあそんなものだろうとルイズは話を続ける。
「没落したものの力を付けて再興されては困る家、認知するわけにはいかない妾の子、魔法の使えない落ちこぼれメイジ、政治的事情から死亡者として扱われている者、そういった人物を貴族達はこぞって塔に隠し始めた」
幽閉塔と世俗は完全に切り離されている。
貴族達はやがてそこに人を隠すようになった。
「でも、貴族を幽閉しておけるだけの塔がいくつもあるわけではないわ。幽閉するだけに新しく建てるのも目立つしね。だから貴族達は大きな幽閉塔を建ててそこに皆で一斉に隠し物をした」
幽閉塔の共有。どこの誰が考えたのかは解っていないが、結果としてトリステイン中から次々と貴族が幽閉されていった。
塔の情報を外に一切漏らさないのが掟であり、時代を経ると共に塔にいる人物について外で語ることは貴族らしからぬ行為として扱われるまでになった。
「これから行くのはそんな塔の一つ、『女学院』。ま、いろいろ言ったけど女しかいない秘密の花園に遊びに行くとでも思っておけばいいわ」
そう言ってからからと笑うルイズに、才人は一つだけ疑問を投げかけた。
「なんとなくは解った……。けど、その、そんなところに行って大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないわね」
大丈夫ではない。幽閉塔はトリステインの汚点だ。
そのようなところに通うのは、貴族達から見れば弱味を探し回られているのと同じだ。
悪意を込められた噂は何度も耳にし、抗議文が届いたこともある。
両親からは何度も止められているし、竜籠を頼んだマザリーニからは嫌悪の目を向けられた。
「けれどね」
だがルイズは恐れない。躊躇しない。遠慮しない。
「そこには友達が居るの。友達が居るなら会いに行く。何の問題もないわ」
前を見て歩いている限り、世界は自分を中心にして動いている。
ルイズの本質は『賢者』ではなくあくまで『魔女』なのであった。
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あとがき:久しぶりの執筆なので特に山も落ちも意味もないエピソードを選択。え、一年ラノベ読んでなかっただけで何でこんなにゼロ魔新巻出てるの……?