□異国のグルメ トリステイン魔法学院食堂の和風賄い食~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
平賀才人はその日一日、学院の広場で剣の修練に励んでいた。
主であるルイズ・フランソワーズが王宮に詰めており、彼は一人トリステイン魔法学院で日々を過ごしている。
ルイズを置いてキュルケ達を伴い学院に帰還したのはルイズの指示だ。使い魔が守るべき主から離れて良いのかと彼は抗議したが、王宮ほどこの国で守りが堅い場所などあり得ないとルイズに言われ納得して引き下がった。
そもそも才人は身元不明の異国人。
戦争の兆候有りと厳戒態勢が引かれる王宮に住み込むには問題が多かったのだ。
一人ルイズの部屋で過ごす才人は授業に出ることはなかった。
そもそも彼が学院でメイジの授業を受けていたのは使い魔として主に同行していたため。
生徒でも何でもない彼が一人で授業に出るわけにはいかなかった。
そうなると、才人がやれることと言えば文字の学習か剣の修練のみ。
アルビオンにて実戦を体験しワルドの一流の剣技を見た彼は、より一層剣の鍛錬に打ち込むようになった。
魔法を学ぶ学院で剣技を学ぶ彼を前は奇異の目で見ていた貴族達。
だが、アルビオンで裏切り者の魔法衛士隊隊長を撃退したと自慢するギーシュの言で皆才人をルイズを守る使い魔なのだと認識し、才人の訓練風景は日常に溶け込みやがて誰も気にしなくなった。
秘密任務であったはずのアルビオン潜入は、ウェールズ皇太子の亡命と共におおやけとなりルイズ達は正式に王室から功績を表彰された。
剣一つでワルドを打ち負かした才人をシュヴァリエにという話も上がったが、彼をトリステインに属させたくないと考えたルイズはそれを拒否。才人には平民では簡単には得られぬ金と、立派な剣が贈られた。
しかし、才人がその剣を握ることは無かった。煌びやかな名剣に姿を変えたデルフリンガーとワルドの杖を叩き折ったソードブレイカーはすでに彼の愛剣となっていたからだ。
その日も才人は鞘からわずかに刀身を覗かせるデルフリンガーを背に負い、練習用に改良した木剣片手に衛兵長に剣の手ほどきを受けていた。
午前中は膝が上がらなくなるまで走り込み、午後はタバサと共に素振りと組み手を行う。
アルビオンから帰って以来、タバサは死角に回り込むことを重点的に狙う戦法を取るようになった。
元々戦闘慣れしているタバサ。応用力は高く腕力のなさを急所狙いで補おうとしたのだが、真正面からの正攻法をとる才人は自分とは違う戦い方にさらなる刺激を受けた。
才人がこの世界に召喚されてわずか一ヶ月と少し。
彼の体は帰宅部の現代高校生のそれから急速に作り替えられていく。
ゲームやインターネットばかりが趣味であった才人は純粋に剣を振ることに楽しみを見いだすようにもなっていた。
だが一日中体を動かせば当然のごとく腹は減る。
そのとき才人はとにかく腹が減っていた。
貴族達の夕食の時間が過ぎると才人はふらふらと食堂へと向かった。
食堂ではわずかに残る貴族達が談話をしながら食後のワインを嗜んでいる。
だが才人は食卓へは着かない。この日の夕食は、マルトーから賄いを食べるよう誘われていたためだ。才人は真っ直ぐに厨房へと入った。
時折才人はこうして厨房へ行き賄いを食べる。
というのも、賄いには貴族の食卓にはまだ出されないマルトーの作った新作料理が出るからだ。
最近マルトーは才人から伝え聞いた日本の料理を再現しようとやっきになっていた。
「おう坊主、来たなぁ。今日のはうめぇぞ!」
「マルトーさんの料理はいつも美味しいっすよ」
そう会話を交わしながら才人は座る。
前のように手伝いを申し出ることはない。すでに昼の間に体力作りとして薪割りを行っていたからだ。
その才人の前に、メイドの少女が配膳を持ってやってきた。
黒髪黄肌のどこか東洋の雰囲気がする少女、タルブ村のシエスタだ。
一緒に食べましょうというシエスタに才人は二つ返事で了承した。
美人の女の子と一緒に食べられるのは大賛成だ……といつもの才人ならそう考えていただろうが、この日の才人はとにかく空腹で誰かと一緒に食べるかどうかなどはどうでもよかった。
目の前で並べられる皿を才人はそわそわしながら見る。
「はいどうぞ」
その料理は貴族の食卓と比べると豪華さは劣るが、空腹の才人の食欲を満たすには十分な量が盛られていた。
<ガーリックパン>-ニンニクの練り込まれたパン。貴族の夜食用の残り物でパサパサしている。
<ボイルライスのサラダ>-お米と新鮮野菜をたっぷり使ったマルトー料理長の新作実験料理。
<野菜スープ>-根菜の葉や肉の切れ端の入った白いスープ。
<水>-井戸から汲んだただの水。東京の水道水よりずっと上手い。
「ほう……」
米だ。才人の目の前には米が並べられていた。
野菜と一緒に混ぜ合わされているがそれは確かに才人がトリステインに来て初めて目にする白いご飯だった。
「お米だ……」
「なんだか珍しく入荷できたそうですよ」
才人の呟きにシエスタが答える。
「でも良いのかな。食堂の方でも見たことないのに賄いで出すなんて」
「貴族の方達は人がいっぱいですからね。食卓に出すほどの量は入荷できなかったそうです。役得ですね」
そんなものか、と才人は深く追求しなかった。
それよりも、パンと米という主食が二つ重なってしまっていることが才人は気になっていた。
才人は知らないことだが、ハルケギニアにおける米とは野菜の一種だ。
皿にご飯だけが出されて食卓に並ぶことはない。
ポテト・マッシュなどと同じような扱いなのだ。
「ま、いいか。いただきます」
「いただきます」
才人の声の後、始祖ブリミルへの簡易な祈りを終えたシエスタも料理の前で手を合わせる。
全ての食材への感謝を込めて、といういただきますという言葉だが、今の才人にはそのような子とを考えている余裕はなかった。
自作の箸を右手に持つ才人。
ちなみに隣のシエスタも箸を使っていた。故郷の実家ではずっと箸を食器として使っていたらしい。
才人はとりあえず米に手を伸ばした。野菜が混ぜられソースがかけられた白米。才人はそれを器用に箸で掴んだ。
一口、二口としっかり噛みしめて食べる。
「……美味い、美味いんだけどなぁ」
確かにそのライスサラダはサラダとして優秀だった。
――でもなぁ。ふっくら炊いたご飯とは違うよなぁ。べちゃべちゃしているというか……。
この米は炊いて料理されたものではない。ボイル、つまり茹でて作られたものだ。
そもそもハルケギニアには米を炊くという文化がない。
ボイルとしての調理法を知るものさほど多くなく、芯が残ったまま食卓に並ぶこともある。
その点ではマルトーのボイルは完璧であったが、やはり炊いたご飯とは明らかに違うものであった。
「まあ仕方が無いか」
出鼻をくじかれた才人は、サラダの横で湯気を上げるスープへと手を伸ばした。
小振りの深皿に入った白いスープ。白味噌の味噌汁みたいだなと才人は思った。
食事のマナーにうるさい貴族の食卓とは違い、ここは使用人達の食卓。才人は深皿を手に持ち味噌汁を飲むように直接皿に口をつけた。
「……!?」
そこで才人の動きが止まった。
あまりにも覚えのある味だったからだ。
日本での学生生活。その学校帰りに友人達と一緒に店に寄って食べた味。
「豚骨スープ……!」
「おう、よく解ったな」
後ろからかかった声に、才人は振り返った。
そこにはマルトーが笑いながら腕を組んで立っていた。
「ハルケギニアにも豚骨スープがあったんですね」
「いや、それは俺のオリジナルさ。おめぇの国にはあるんだなこれが」
オリジナル、と聞いて才人は驚いた。
自分だけで豚骨などと言う考えに思い至ったのか。
「坊主に聞いた『出汁』って考え方が面白くてなぁ。色々試してみたら豚の骨が以外と美味くてな」
才人は以前マルトーと日本料理の会話をしていたときに『出汁』の話題を出した。
トリステイン料理でも沿岸部では魚や甲殻類の魚介類から出汁を抽出することがある。だがそれは特定料理のレシピの一貫に組み込まれているだけであり、出汁を取るという概念は以外と広まっていない。
新しい考えに、一流の料理人であるマルトーは好奇心を多いに刺激され、三食の用意をする時間以外も毎日のように厨房に立ち日々研鑽を重ねていたのだ。
マルトーのどうだという視線を受けながら、才人はスープの具を箸ですくって口の中に運んだ。
スープの中は具でぎっしりと満たされていた。
本来なら残飯となる根菜の葉や葉菜の芯が刻まれてたっぷりと入っている。まるで豚汁のようなボリュームたっぷりのスープだった。
「うん、うん、これは美味い」
スープの具をひとしきり楽しんだ後、才人はようやく主食となるパンを手に取った。
一口サイズに千切って食べる。焼かれてから一晩経過したそれは、この食卓のメインを飾るには少々物足りなかった。
「ちょっと惜しいよなぁ……ん?」
ふと横に座るシエスタを見ると、彼女は才人と同じようにパンを手に持ち、千切ったパンをスープに軽く浸してそれを食べていた。
――スープにパン! そういうのもあるのか。
才人はシエスタを真似して、パンを豚骨スープにつけて口に入れた。
わずかな豚骨の臭みがパンのニンニクの香りに上書きされ、さらに水気を失ったパンをしっとりとした味わいに変えていた。
後は空腹に任せるまま。
才人はシエスタの食べる倍の速度で食事を進めていった。
「ふう……」
食事を終えた才人はお腹をさすりながら食堂を出、星空の下を歩いていった。
マルトーからお代わりを勧められた才人は、あの後もう一人分を平らげてしまった。腹がはち切れそうになっていた。明らかに食べすぎだ。
夜風に当たりながら才人は先ほど食べたスープの味を思い出していた。
「はは、豚骨かぁ」
そう呟きながら彼はにやにやと笑い歩く。
――豚骨と言えばやっぱりラーメンだよなぁ。パスタは探せばあるだろうからそこから麺を作ってもらって……。
平和な異世界の学院の中、才人は故郷の味に思いを馳せていた。
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あとがき:一応これはゼロ魔SSのつもりです。