□風雲ニューカッスル城その14~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
トリステイン王国の首都トリスタニア。その中心に真っ直ぐと伸びるブルドンネ街、その先に王族の住む王宮があった。
その日、王宮の守りを担当する魔法衛士隊グリフォン隊副隊長は、隊長不在の隊をまとめながらグリフォンを傍らに控えさせ待機していた。
どこかぴりぴりした空気が王宮を包んでいた。王宮の上空には飛行禁止令が出され、隊の皆は戦が近いとの噂を聞き過剰なほどに気を引き締めていた。
気負いすぎな部下達の気持ちをどう緩めてやろうかと髭をさすりながら考える三十過ぎの副隊長。
そんな彼の元に、部下の一人がトリスタニアの上空に竜の影ありと伝えてきた。
副隊長はすぐさまグリフォンにまたがり集まる隊士の元へと向かう。
竜は城下町の上空を滑空し、王宮の門の前へと降りたという。
副隊長は二騎の隊士を伴い門へと向かう。
するとそこには、体長六メイルほどもある風竜と、数名の貴族と平民が門番の兵士に詰問されていた。
前に出て兵と話すのは、ブロンドの髪をポニーテールにまとめ上げた平民の服を着た少女。
後ろに立つ貴族の従者かと見た副隊長は、グリフォンに乗ったまま杖を構え少女に向けて声を上げた。
「何者か!」
顔を上げて副隊長を見上げる少女。
杖を構える副隊長に向けて少女は高らかに名乗った。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。アンリエッタ姫殿下の命により参上致しました。姫殿下、もしくはマザリーニ閣下にお目通し願いたく思います」
そう言って平民に扮した少女、ルイズは一枚の書状をグリフォンの前に突き出した。
ヴァリエールの名を名乗る平民の少女。だが、埃で汚れうっすらと血の香りのするこの少女が、副隊長には隊にも信奉者のいる姫殿下の幼なじみには思えなかった。
副隊長は門番を促して書状を少女から受け取らせる。門番から書状を受け取った副隊長は、杖を構えたままそれに目を通した。
マザリーニ枢機卿の署名の入った身分証明書。少女の名乗った名を確かに証明する書状であった。
副隊長は杖を下げグリフォンから降りると、ルイズに深く一礼した。
「これは失礼を致した。して、ミス・ヴァリエール。何故そのような平民の格好を?」
「身分を隠す必要のある任務を受けておりましたので」
嘘だった。単にルイズはうっかり荷物からマントを出すのを忘れていただけだった。
副隊長は隊士の一人に命じ、王宮に話を通すよう門の中へと向かわせた。
そしてルイズを宮殿内に案内しようとしたところで、彼女の後ろにも貴族と平民が立っているのを見た。
「ミス・ヴァリエール。後ろの方々は?」
「わたしと同じく殿下の命を受けた魔法学院の生徒達です」
「ふむ、なるほど。皆傷だらけだ。さぞや厳しい任務を受けていたのでしょうな」
「密命ですので、申し訳ありませんが話すことは出来ません」
「何、解っておりますよ。姫殿下自ら軍の者以外に授けた任務。探るような真似は致しませぬ」
そう笑い副隊長はルイズ達を引き連れて門の中と入った。
向かうのは城壁と王宮の間にある待合用の建物。身分が証明されたと言えども王族の居る宮殿内に勝手に入れるわけにはいかない。アンリエッタと連絡が取れるまで副隊長はルイズ達をそこへ案内するつもりだった。
建物へと入る寸前のこと。
宮殿の中からアンリエッタが護衛を引き連れて小走りでルイズ達の前へと現れた。
「ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! まあこんなに傷だらけになって!」
頭に包帯を巻き頬に布を当て、手にも包帯を巻いたルイズの姿を見て、アンリエッタは思わずルイズを抱きしめた。
「姫さま、任務、完了致しました」
「ああ、あなたならきっと出来ると信じていたわ。ルイズ! わたくしのルイズ!」
誰がわたくしのルイズだと呟きながらルイズはアンリエッタから身を離すと、腰の荷物袋から紙片を一枚取り出した。
それは、アンリエッタの署名が書かれた手紙の一片だった。
「この通り、書は回収しました。申し訳ありませんが必要ない部分は全て燃やしましたが」
「いえ、かまわないのよ。紙は所詮紙。大切なのは中に込められ伝わったはずの気持ちなのだから」
そう言ってアンリエッタはルイズから破かれた痕の残る紙片を受け取ると、紙に小さくキスをした。
任務の完了を確認したルイズ。彼女は次の任務を進めるために、荷物袋からもう一枚羊皮紙を取りだした。
「姫さま。任務中にジェームズ陛下にお会いしたおり、新しく一つ任務を授かりました。これをお読みください」
それはルイズがウェールズに見せたジェームズ一世の書状であった。
それに目を通したアンリエッタは、はっとした表情でルイズを見た。
ルイズはただ黙って後ろへと振り返る。その中には、少年少女達に混じって金髪の青年が一人。
ウェールズ。その姿を見たアンリエッタは手にしていた紙を思わず手放した。
呆然と立ち尽くすアンリエッタ。
やがて彼女は、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。
「あ、あ、あ……」
突然のことに言葉が出ないアンリエッタ。ルイズならば彼を救い出してくれる。そう心の片隅で願っていた希望。だが、まさか本当にそれが実現するとは思ってもいなかった。
立ち尽くし涙を流すアンリエッタの前に、ウェールズが進み出てくる。
「アンリエッタ……」
「ウェールズ、さま……」
アンリエッタはふらりと前へと踏出し、ウェールズへと倒れ込んだ。
ウェールズは両手を広げ、アンリエッタを受け止め両腕で包むように彼女を抱いた。
「ウェールズ様……ああ、うあああああああ……」
「すまない、恥も知らずに生き残ってしまったよ」
胸の中で泣き声を上げるアンリエッタに、ウェールズは幼子をあやすように頭を撫でる。
そんな二人の様子をキュルケ達は涙をうっすらと浮かべて眺めていた。
一人を除いて。
ルイズは二人の抱擁を見ようともせずに、アンリエッタが手放した王の書状とアンリエッタの恋文の断片を拾い腰の荷物袋にしまう。
そして抱き合う二人を眺めると、無言で彼らの前へと歩き、アンリエッタを靴の裏で蹴りつけた。
「きゃん!?」
可愛らしい、それでいて子犬のような声で悲鳴をあげるアンリエッタ。
思いの外強かった蹴りはウェールズもろとも彼女を吹き飛ばし、抱き合ったまま二人は草の上に倒れ込んだ。
突然の暴挙に、傍らで見守っていたグリフォン隊がざわめきを上げる。
だが、同じく控えていたアンリエッタの護衛達はいつものことだとただため息を吐いた。
「な、なにをするのルイズ? 劇でいうとクライマックスのシーンよここ?」
そんなアンリエッタの言葉に、ルイズはただ冷たい視線を向ける。
アンリエッタを蹴ったルイズに王族への遠慮というものは無かった。幼い頃から殴り合いの喧嘩をしていた二人。さらに、ウェールズはすでに滅んだ王国の王族だ。
まったく詫びる様子もなくルイズはアンリエッタへ声を放つ。
「そんなのは後回しにして、姫さまには文句があります。あなたのせいで死にかけました」
「え、今更そんなこと言われましても……。戦場に行ったのなら死と隣り合わせなのは当然でしょう?」
「そっちではありません。姫さま、一人誰か足りないと思いませんか?」
そのルイズの言葉に、アンリエッタはウェールズを強く抱きしめながらルイズとその同行者を見た。
「……グリフォン隊隊長が足りませんね。戦死でもしました?」
「違います。隊長、ワルドはですね、裏切り者だったんです。反乱軍『レコン・キスタ』の内通者だったのですよ」
グリフォン隊の隊士達からざわめきの声があがる。
起き上がるウェールズに身を任せ、胸に首筋をすりよせながらアンリエッタは眉をひそめた。
「それ、本当?」
「ええ。皆の怪我も全て彼一人を相手取った時に負ったものです」
起き上がり身を離そうとするウェールズに強く抱きついたままアンリエッタは表情を険しくする。
「解ったわ。外ばかり見ていたら中が腐っていたのね。任せて、国中を調べに調べて粛清の嵐を巻き起こしてみせるわ」
「お願いします。隣に裏切り者が居て杖を向けられるということの無いよう」
そうルイズは言い、アンリエッタから視線を外しアンリエッタの護衛に顔を向けた。
ルイズは護衛にマザリーニと面会させてもらうよう話を通す。王の任務を遂行するため、ルイズは次の行動を開始した。
アルビオンからの帰還から数日後。
ルイズは何故かマザリーニの執務室で連日書類の作成を手伝わされていた。
それらは全てゲルマニアとロマリアの国交に関わるもの。
ウェールズの亡命でアンリエッタはゲルマニアの皇帝との婚姻を白紙に戻した。だが、いつアルビオンを制した反乱軍は、トリステインに牙をむくとも解らない。
そのため、ゲルマニアとの同盟まで白紙に戻すわけにはいかなかったのだ。
「ちょっとちょっとマザリーニ様、何で関係ない治水の書類が紛れ込んでいるんですか!」
「いや、なに。折角の機会なのでそちらにも目を通して知恵を拝借したいと思いましてな」
「内政まで任された覚えはありません! ああーもうー! 皆わたしを歩く図書館か何かと勘違いしていないかしら」
そう言いながらルイズがペンを走らせるのはロマリアへ向けた文の草稿だ。
アルビオンの新政府は、始祖ブリミルの血を引く王室を滅ぼし、さらには同じく始祖の加護のあるトリステインを狙いつつも恥知らずに『聖地奪還』を掲げている。ロマリアを通さずにそのようなことをのたまうアルビオン新政府に対抗するため軍事同盟を結びたい。そのような旨が、いかにもロマリアを刺激しそうな内容で長々と書かれている。
一方、ゲルマニアとのやりとりは、この数日で既に数回行われていた。
皇帝とアンリエッタの結婚は無くなる。それは、アンリエッタとウェールズが正式に結婚することになったためだ。
だが、それでは軍事同盟は結べない。代わりにトリステインは、アンリエッタとウェールズの間に生まれた子供をすぐさまゲルマニアに渡すことを約束した。
ゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世がアンリエッタを欲しがったのは、別にその美貌に惚れたからではない。
皇帝は、始祖ブリミルの血という箔を欲しがったのだ。
トリステイン王族の血とアルビオンとトリステイン二つの王族の血。その二つを比べてゲルマニア皇帝は後者を選んだ。
アルブレヒト三世は齢は既に四十過ぎだ。妾の子もおり、トリステインから送られた子を自分の子と婚姻させ、自らの傀儡としてしまえば良い。そう考えた。いや、違う。ルイズがそうなるよう仕向けたのだ。
正式な文書はまだ交わしていないが、このまま行くと軍事同盟は締結され、アンリエッタとウェールズは近いうちに式を行うだろう。
「大団円、といったところですかな」
マザリーニは書類にペンを走らせ署名を書きながらそう独りごちた。
それを聞いていたルイズは、首を振ってそれを否定した。
「大団円なものですか。これは、ゲルマニアに嫁ぎたくない姫さまがまだ生まれてきていない自分の子供に責任を押しつけただけの、ただの先延ばしの終わり方です」
「ほう?」
「わたしは姫さまに三つ選択肢を用意しました。ゲルマニアにこのまま嫁ぐ。ウェールズ殿下をゲルマニアに引き渡す。子をゲルマニアに引き渡す。まあ、返事は考える間もなく三番目を即答でしたけど」
やれやれとルイズは首を振った。幼い頃からアンリエッタに政略結婚政略結婚と言い続けたルイズがその即答の原因なのだが。
貴族や王族の結婚というのは本当に面倒くさいものだ。血と権威と領地が複雑に絡み合う。
カトレアとの婚約を無視してルイズに結婚を迫ったワルドの方がずっと単純明快で解りやすい。彼の場合はルイズの脳に詰まった膨大な知識が目的だったのだが。
「まあ、トリステインにとっても三番目が一番ですな。王が不在なのをこれ以上続けるわけにもいきませぬ」
「滅んだアルビオンの王族がトリステインの王になるだなんて、アルビオンの反乱軍は確実に攻めてくるでしょうね」
「魔法衛士隊の隊長に間者を潜ませたほどです。ウェールズ閣下がおられなくても奴らはきっと攻めてきたことでしょう」
ウェールズと愛を囁きながら王宮内の貴族を片っ端から調べているアンリエッタをルイズは思い出す。
今頃『レコン・キスタ』に関わりを持つ高官でも見つけて笑いながら首をはねているかもしれない。
ルイズはやれやれと首を振った。ルイズはトリステインさえ滅びなければ王族の婚姻がどうなろうとも構わなかった。
それが、何故アンリエッタとウェールズの幸せ新婚生活などのために何日も執務室で缶詰状態にならなければならないのだろう。
「ああああもう何でわたしがこんなことを……」
「ジェームズ陛下の最後の任務を受けたのは賢者殿だったと聞きましたが?」
「そもそもただの学生がこうやって宰相の真似事をしているのがおかしいと思いませんか!」
「それは私が手伝って欲しいと思うからですな。滅びたはずの国から王子を連れてくるなどという事態、とても私一人の手では捌ききれませぬ」
淡々と答えるマザリーニ。
これを機会にルイズを自分の部下として王宮に組み込んでしまおうという考えも彼の中にはあった。
「はあ、学院生活が懐かしい……帰りたい……」
「ロマリアと渡りがついたら考えましょう」
その言葉に、ルイズはがっくりと項垂れた。
□風雲ニューカッスル城 完□
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第一部完という感じで短編連作に戻ります。
先のこと考えていないので未完のまま不定期連載みたいな感じで。