「誓いません」
ルイズは始祖ブリミルの名で愛を誓うかというウェールズの詔に、そう答えた。
「……ルイズ?」
横で胸に杖剣を構えていたワルドがルイズの方を向いた。
「わたしはこの結婚を望みません。ウェールズ殿下、申し訳ありませんが……」
ルイズの言葉に、ワルドは慌てて杖を下げルイズに詰め寄ろうとする。
だが、ルイズは一歩引いてそれを避ける。
「どうしたんだい、ルイズ。気分でも悪いのかい? 日が悪いのなら改めて……」
「違います、ごめんなさい。ワルド様。わたしはあなたと結婚できない」
ルイズのその言葉に、ワルドは顔を赤く染めルイズの手を強く握った。
「……緊張しているんだ。そうだろルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがない」
「その自信がどこから来るのか解りませんが……ごめんなさい。わたしはあなたに付いていくことは出来ない」
ルイズは淡々とそう言うと、ワルドの手を払った。
対するワルドは、顔に貼り付かせていた笑顔を消し、怒りの表情を浮かべた。
「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためにきみが必要なんだ」
叫ぶワルドにルイズはただ冷たい目を向ける。
「僕にはきみが必要なんだ! きみの能力が! きみの知識が!」
ワルドは両手を広げ高々と述べる。
対するルイズはさらに一歩引き、ワルドを見つめた。
「ねえ、ワルド様……」
ルイズは首の下の留め金を外し、肩のマントを脱いだ。
白いマントは新婦の証。それを外すということは、もう式を続ける気がないという表明だ。
「結局、最後までわたしを愛していると言ってくれませんでしたね」
そのルイズの言葉に、ワルドの表情が凍った。
「わたしの級友には女子に見境無く愛の言葉を囁く人がいますが、はじめその類かと思っていました」
ギーシュのことである。
「でも、あなたの口からはそんな愛の言葉すら出てこない。ワルド様、結婚を断られたあなたがここでわたしを愛していると食い下がってくれたなら、国に帰ったとき父さまに相談してお付き合いをしても良いと思っていました」
嘘だけどね、とルイズは心の中で呟いた。
結婚しようと言い出したワルドに、ルイズは信奉者が一人増えた程度にしか思っていなかった。少女の心を確かに持つルイズだが、ワルドは趣味ではない。どちらかといえば才人のような勝ち気な少年の方が好みなのだ。
「わたしを妻にすれば、この知識を引き出し放題とでも思ったの? でも残念。わたしは夫であろうが肉親であろうが、自分で話したいと思ったときしか知識を披露しないの」
口元を歪ませて笑うルイズ。
対するワルドは能面のような表情で右手に杖を提げていた。
ワルドは小さく口元で何かを呟く。そして、杖を唐突に振るった。
咄嗟に後ろに飛び距離を取るルイズ。しかし彼女に魔法は飛んでこない
杖が向けられた先。それは傍らで控えたウェールズの胸。
切っ先の鋭い杖剣は、『エア・ニードル』の魔法で青白く輝き、ウェールズの体を深く深く貫いていた。
右手を突き出したままワルドはルイズを見、頭を大きく左右に振った。
「残念だ、残念だよルイズ」
「ええ、わたしも残念よ。まさか、考えられるうちで一番最悪のケースだったなんて」
ルイズはマントを後ろに放り投げながらワルドの杖の先を見た。
そこには胸を貫かれたウェールズではなく、杖に串刺しになった小さな魔法人形がぶら下がっていた。
□風雲ニューカッスル城その11~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
扉が音を立てて開かれ、十五人ほどの人が礼拝堂になだれ込んだ。
剣を抜いた才人、タバサ。杖を構えるキュルケにギーシュ。そして鎧に身を包んだ兵士達だ。
それを見て、ワルドは首を左右に振った。
「ふむ、全て見抜かれていたと言うことかね? はは、賢者殿を出し抜くには僕では甘かったようだ」
それに対しルイズは視線を外さぬままワルドに言った。
「いえ、全く見抜いていないわ。あなたが裏切り者だというのは可能性の一つとして考えていただけ。ただ単に……ワルド、あなたがあまりにも女性を口説くのが下手すぎただけよ。任務中にこんないつ攻め込まれるかも解らない場所で結婚しようだなんて、いくらなんでも不自然すぎたの」
考えられる全てのケースに対しルイズは罠を張っていた。
ウェールズにこだわっていたワルドに、ルイズは城の中に残る者からウェールズに最も容姿が近い人を選ばせ、血を吸い人に化けるスキルニルを用いウェールズの影武者とした。
ルイズは横のメイジ達を見る。
その中には、カトレアの姿に変身したシルフィードも居る。本物の姉にはとても似ていると言えないが、十年姉と会っていないというワルドをだますには十分だろう。
ワルドがギーシュのようなただの浮気性の男ならば、彼女をけしかけて揺さぶってやろうと思っていたのだ。このような場所に何故カトレアが、と思われるかもしれないが、勢いで押し切れば十分に心を揺さぶれるはずだった。
おおよそ戦場でやるような行為ではないが、ルイズは一度ワルドの裏の裏まで確認しないと安心してアルビオンから出られないと考えていた。
そんなルイズの言葉にワルドは杖を振るって人形を落とし、肩をふるわせて笑い始めた。
「くく、あはははは、なるほど。ユビキタス確かにこの十年己を鍛えてばかり。デル女性の機敏などてんで理解していないなウィンデ」
それはあまりにも自然な魔法の詠唱であった。
言葉の中に自然に溶け込んだルーン。誰もその違和感に気付かなかった。
ただ一人。彼の言葉を『日本語』で聞いていた才人を除いて。
「ルイズ離れろ! 魔法だ!」
才人の警告に、ルイズは咄嗟に横に飛んだ。
だが、魔法は襲いかかってこない。
ワルドが唱えたのは攻撃のための魔法ではない。彼の唱えたルーンは『遍在』だ。
二日前、学院で元軍人の教師ギトーが見せた『最強』の風の魔法。
ワルドに瓜二つの四人の『遍在』が礼拝堂に現れた。
その四人の奥、五人目の本物のワルドは杖を構えながらルイズへと言った。
「この旅における僕の目的は三つあった。しかしどうしたことだろう、このままでは全てを達成と言うわけにはいかないな」
「……どういうことかしら」
ルイズはドレスの裾を破り戦うための姿勢を取りながらワルドへと訊ねた。
ギトーの言でワルドが遍在を使えることは知っていた。だが彼の言では遍在は三つしか作れないはずだったのだ。最悪の予想よりさらにスクウェアメイジが追加。城のメイジ達は戦の準備に忙しく、これ以上の増員は望めない。
ルイズはただひたすらにワルド本体の隙をうかがっていた。
だがワルドは遍在に杖を構えさせながら、笑って左手の指を掲げてみせた。
「まず一つはウェールズの命。素直に言おう。僕はきみたちの言う反乱軍、『レコン・キスタ』の者だ」
そう言いながら指を一本立てる。
彼の言葉に、兵士達からざわめきが漏れる。
「二つ目の目的は、ルイズ、きみが受け取ったアンリエッタの恋文だ。この場にも持ってきているのだろう?」
「あんなものとっくに燃やしたわよ」
「何?」
ワルドが眉をひそめる。
ルイズはアンリエッタの恋文を全て燃やし尽くしていた。
任務達成の証拠とするため一枚の手紙からアンリエッタの署名部分だけを千切って残してあるだけだ。
「それは困ったな。だが仕方が無い。三つ目の目的で良しとしよう」
そう言ってワルドは左手を下ろした。
彼の周囲では兵士達がすでに包囲網を作っている。
「三つ目……トリステインの賢者、きみを『レコン・キスタ』へと連れて行くことだ!」
遍在は四方の兵士達へと斬りかかり、ワルドはルイズに詠唱の隙を与えまいと電光石火の勢いでルイズに肉薄した。
戦闘におけるルイズの魔法は近距離で使うものではない。
彼女の使う魔法は全て爆発であり、他のメイジ達のような『ブレイド』や『エア・ニードル』など彼女には使えない。
だからこそルイズは格闘を学び外に出るときは短剣を身につけていた。
だが、ドレスを着たルイズの手元に短剣は無く、無手に対しワルドは杖剣を振るう。
詠唱は可能。だが、自分を巻き込まずワルドだけを傷つけるような器用なイメージを作るだけの集中をすることができない。
この短い旅で、ワルドはルイズの魔法がどのようなものか理解していたのだ。
杖を振るいながらワルドはルイズに語りかける。
「抵抗しなければ殺しまではしないよルイズ。きみは生かしたまま知将として『レコン・キスタ』に迎えるつもりだ」
「無理矢理連れて行ってわたしが従うとでも思っているの?」
「我らの閣下の力に触れれば、きみも『レコン・キスタ』の素晴らしさを知るだろう。例えきみが死体になっていようとね」
そう言いながら風の刃を叩きつけるワルド。ルイズは身を沈めることでそれを回避した。
ルイズの背後に置かれた長椅子が暴風にあおられ吹き飛ぶ。
ワルドから何とか距離を取ろうとしながら、ルイズはワルドの言った言葉を頭の中で反芻する。
ルイズを連れ去りさえすれば良い。
つまりルイズが拒否しようが構わないと言うことだ。
禁呪に『ギアス』と呼ばれる心を操る水の魔法がある。
それを使えばルイズは彼らの望む知識を語る小さな巨大図書館になってしまうだろう。
さらに、死体になっていようとも、とワルドは言った。
四大魔法には人を蘇生する魔法は無い。だがそれは四大魔法に限った話。
水の精霊の力があれば、人は蘇るのだ。『レコン・キスタ』は精霊の加護を受けているか、精霊が作り出したマジックアイテムを所持している可能性がある。
もしかすると、目の前にいるワルドも『レコン・キスタ』の手で既に殺され、精霊の力で傀儡となっているのかもしれない。
ぞっとしない。ルイズは強く歯を食いしばった。
殺されるわけにはいかない。ワルドはここで打ち倒し、反乱軍が来る前にこの城から逃げ出さなければならない。
ルイズは剣の間合いを取るワルドに一歩左足で踏み込むと、体をひねりワルドの胴を狙って右の回し蹴りを放った。
突然の反撃にワルドの動きが止まる。
そこに隙を見いだしたルイズは飛び跳ねるように左の蹴りを打ち込む。
「これは驚いた」
だが、ワルドはそれを杖剣の柄で正確に受け止めて見せた。
固い柄を蹴りつけてしまい、逆にルイズが足を痛めてしまう。
左右の蹴りを放ち大きな隙が出来たルイズに、ワルドは魔法をまとわぬ杖を突きつけた。
ルイズは咄嗟に左手でそれをパリイング。体勢を整え再びワルドと対峙する。
「体術の心得もあるのかい。なかなかの蹴りだ」
「それはどう、もっ」
ルイズはワルドの死角を取るように杖のない左腕側へ潜り込もうと動き、すれ違いざまに後ろ回し蹴りを放つ。
対するワルドは、ルイズの蹴りに合わせるように自らも左脚を振り上げ蹴りを打った。
ルイズの足刀とワルドの脛が交差する。
ワルドの蹴りは体重の乗った重たい一撃。体格差に押され、ルイズは弾き飛ばされた。
そこに、ワルドの『エア・ハンマー』が追加で放たれる。避けようのない『面』の攻撃がルイズを襲う。
「しかし残念ながら、僕は軍人で隊長なんだ」
吹き飛ばされたルイズに、距離を取らせまいとワルドは前へと駆ける。
ワルドから離れた魔法を使う唯一の機会。だが、ルイズは全身を襲う衝撃に、魔法の詠唱どころではなかった。
先の魔法で大きく崩れた椅子の残骸にルイズは突っ込む。何とか受け身を取るが、尖った木の破片がルイズの頬を大きく切り裂いた。
動きを止めたルイズにワルドは『エア・ニードル』を纏わせた杖を突きつける。
ルイズはその場で宙返りをし、後ろへと飛ぶことでそれを避けた。
風の刃に巻き込まれた後ろ髪が、ごっそりと抉られ赤みがかった金の毛が礼拝堂に舞い散る。
ルイズは崩れかけた長椅子の残骸の上に器用に降り立った。
身の軽いルイズは、不安定な足場にワルドを誘ったのだ。
その誘いにワルドは乗った。だが、足場は崩れない。ワルドはルイズが思う以上の修練を積んだ軍人なのであった。
暴風のようなワルドの攻撃をルイズは捌いていく。
当然無傷とはいかない。
脇腹を抉られ肩を抉られ風を叩きつけられた。
援護はない。当然だ。四人のスクウェアメイジの遍在が兵士達を押しとどめているのだ。
もはや無事にワルドを倒すことは出来ない。
それを理解したルイズは、死中に活を求め自らが巻き込まれるのも省みず爆発魔法を放った。
早撃ちのワルドよりもさらに早い一単語のルーンでの魔法。
だがワルドは、それを難なく回避して見せた。
驚愕するルイズ。ワルドが行ったのは、ルイズの視線から魔法の放たれる位置を見極めるというもの。
メイジ同士での戦いで身につけたワルドの体術。
ルイズはこれほどの強者を母と体術の師以外に見たことがなかった。
蹴りは防がれリーチの短い拳など届かない。
杖剣と風の魔法に追い詰められ、ルイズはいつのまにか礼拝堂の壁を背にしていた。
「終わりだ、ルイズ。なに、腕の一本程度ですましてやる」
そう言って杖を振り上げるワルド。
ルイズの足はもう動かない。木の破片が右のふとももに突き刺さり地面を赤く濡らしていた。
それでもなお瞳の輝きを失わないルイズに、ワルドは刃を振り下ろした。
「――させねえよ!」
突如横から飛来した人影。それはワルドの振るった剣を弾きルイズを凶刃から守った。
「貴様!」
光り輝く長剣に、いびつな溝の掘られた短剣を持つ少年。才人がルイズの前に立ちふさがっていた。
「何故だ! 貴様には遍在が一体ついているはずだ! 何故ここにいる」
そのワルドの叫びに、才人は何と言うこともないという顔で返した。
「杖ばっかり触ってる貴族のぼっちゃんには解らねえだろうよ」
才人はそう言うと、右手の輝く剣をワルドに向けて叩きつけた。
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スキルニルはルイズが戦場での身代わり用に持ってきていた荷物の一つなのですが書く場所がなかった。