□風雲ニューカッスル城その10~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
宴の用意が進められる中、ルイズは老メイジのパリーに連れられウェールズの部屋へと歩を進めていた。
キュルケ達は旅の疲れを癒すために客間へ案内され、その中でルイズだけが大使の代表として手紙を受け取りに来たのだ。
「私はウェールズ殿下の従者を仰せつかっておりましてな。姫殿下とウェールズ殿下との仲も勿論存じておりました」
「はあ」
そんな会話をしながら暗い城内を進む。
「殿下が国外に外遊なさるときも従者として同行しておりましてな。トリステインに訪れる機会も多く、私は以前、賢者殿ともお会いしているのです」
「あらそうなのですか……申し訳ありません、記憶にございませんわ」
「ほほ、そうでしょう。私は皆に混じって賢者殿を見ただけですからな。ラグドリアン湖でウェールズ殿下と姫殿下が密会しようとしたときのことは覚えておいでですかな?」
「あー……密会しようとしたところを皆で覗いて、姫様達が戻ろうとしたところで拍手で迎えたときのことですね」
「そうですそうです。いやあ、あのときは見事に賢者殿に扇動されてしまったものです」
「今思うと、あのときのわたしの行為は身分をわきまえない失礼な行動であったと思いますわ」
ルイズはそう心にもない反省の意思を述べつつ、数年前の出来事を思い出していた。
ウェールズと逢引きをしたいと言い出したアンリエッタ。
またいつものヒロイン病かと呆れてそれを全力でひやかしたルイズ。
だが、それが本気の恋による行動であったとは当時のルイズは想像もしていなかった。
ルイズは恋愛に疎い。
かつては婚約者もいた。慕ってくれる者も多い。
だが、ルイズに普段向けられるのは賢者や魔女という名への崇拝の視線だ。ただの少女として彼女を見る者は少ない。居たとしても、マリコルヌのような異質なラブコールそのものを楽しむような変態ばかりだ。
そこへ来て、ワルドという青年がルイズの前に現れた。
姉の婚約者のはずの美青年。しかし彼はこのニューカッスル城に付くまでの間、ルイズにしつこいまでのアプローチを続けていた。
才人に戦いを挑んで見せたのも、自分に強い姿を見せたかったからなのだろうか。ルイズの心はわずかに揺れ彼の真意は掴めない。
皆の前では唯我独尊を掲げてみせるルイズだが、内面では年齢相応の少女の部分も確かに存在していた。
「ここです」
頭の中でぐるぐると思考を回していたルイズに、パリーが話しかけてくる。
彼は質素な木製の扉の前で立ち、懐から鍵束を出して扉の鍵を開けた。
パリーは扉を開け部屋の中へと入ると、ルイズを促し中へと招き入れる。
そこは、質素な部屋であった。
一人用の小さなベッドに、飾り気のないテーブルと椅子。
調度品の類と言えば、壁に掛けられたタペストリー程度だろうか。
ジェームズ一世率いる王党派の軍勢は敗北を重ね、敗走の末にアルビオンの端の岬にあるこのニューカッスル城へと辿り着いた。
この城はおおよそ王族が立ち入るような場所ではなく、他国からの侵攻に対抗するための最前線の軍事拠点である。
王族が泊まるにふさわしい部屋など無く、ただただ無骨な作りをした要塞であった。
「さて、どこにしまっておいでですかな」
パリーはそう呟くと、この部屋の唯一の収納場所であるテーブルの引き出しを漁り始めた。
仮にも王子の居室だというのに、彼の動作には遠慮と言うものがない。それだけウェールズとこの老メイジとの間には親密な関係が結ばれているのだろう。
やがてパリーは引き出しの中から幅二十サントほどの箱を取り出した。
金装飾や宝石が散りばめられた、大きな宝石箱だ。
「鍵は殿下がお持ちなので開けられないですが、この箱の中に確かに入っているはずです」
テーブルの上に置かれた宝石箱。その正面には小さな鍵穴が開いていた。
ルイズはそれを眺めると、パリーへと訊ねた。
「アン・ロックは?」
「無理ですな。これは王宮から持ち出してきた王族用の宝石箱ですので」
ルイズは宝石箱を手にとって、その造りを眺めた。
「では鍵を壊して中を開けます……よろしいですか?」
「ええ、殿下も戻られないようですしな。本当は今日の夕方には城へお戻りになるはずでしたが……戻られぬと言うことは反乱軍に捕まってしまったのかもしれませぬ」
「秘密通路でも使って城を抜け出していた?」
「ええ、この城の地下には秘密の港がございましてな。そこから殿下は空賊に扮して反乱軍の補給路を狙っていたのです」
空賊、という言葉を聞いてルイズはびくりと体を硬直させた。
嫌な予感がする。背中からじわりと汗がしみ出してきた。
「ええと、その空賊船とは、アルビオン王室謹製の第一級船だったりするでしょうか」
「ええ、『イーグル』号という王室直属の軍艦ですな。……ああ、見る者が見れば確かにそれと解ってしまいます。そこを反乱軍に狙われたのやも……」
「う、撃ち落とされてしまっている可能性はありますね……」
今朝ルイズが撃ち落とした空賊のフネはあきらかにウェールズの乗るフネであった。
どうしたものかと考えを巡らせようとするルイズだが、手の平に載る宝石箱の重さに意識を戻し、任務の遂行を優先した。逃げたと言い換えても良いかもしれない。
ルイズはコモン・スペルの口語詠唱をすると、宝石箱の鍵穴に向けて『アン・ロック』の魔法をかけた。
鍵穴を中心として小さな爆発が起き、鍵が破壊される。綺麗な宝石箱に小さな穴が開いていた。
ルイズはそれを気にした様子もなく、テーブルの上に箱を置き直すと、蓋をゆっくりとあけた。
中には、紙の束が詰まっていた。
「……ええと」
「それ全てが姫殿下より送られた手紙です。二人は頻繁にやりとりをしておりましたので」
「隠す気全然無いじゃないあの脳天毒花畑……」
ルイズはそう毒づきながら、これが任務の恋文か確かめるために束の中から一番上の紙を手に取り、目を通した。
『愛しのウェールズ様。最愛なるウェールズ様。わたくしだけのウェールズ様。あなたと離ればなれになってどれだけの月日が経ったでしょうか。あなたの居ない王宮での日々はまるで始祖ブリミルの加護のないはるか異教の地で過ごしているかのようです。今すぐにでもあなたの元へと駆け出したい。ウェールズ様ウェールズ様ウェールズ様。この胸が張り裂けそうな気持ちをどう言葉に表せばいいのでしょう。あなたを思うこの気持ち、詩にこめてあなたへと贈ります――』
ルイズは無言で手紙を宝石箱の中へと戻すと、腰の小物入れから着火の用意を始めた。
宴の場では甘い物を食べられそうにはなかった。
ウェールズの部屋を出て客間へと案内されるルイズ。
その道の最中、ワルドが廊下の壁に身を寄せて一人佇んでいた。
「あら、ミスタ・ワルド。どうしました? 客人と言えど戦時の砦を他国の者がうろつくのはいらぬ誤解を受けますよ」
ワルドを見つけたルイズは、何をしているのだと眉をひそめてそうワルドへと言った。
「ああ、ルイズ。待っていたよ。……パリー殿。すまないが外してくれないか。彼女と二人きりで話したいことがあるんだ」
「はい、かしこまりました。宴の用意が終わりましたら客間へ呼びにいきますので、お話が終わりましたら客間へとお願いします」
老メイジは一礼すると、ルイズ達の元から去っていった。
戦時の砦で他国の使者から目を離すなど本来ならあり得ない話だが、こうして自由にさせると言うことは最早城内の警戒などあってないようなものなのだろう。
暗い夜の廊下で二人が残される。会話はワルドから切り出された。
「ルイズ、回収は終わったのかな?」
「ええ、ここに」
ルイズはそう言って胸、服の内側の内ポケットを叩いて示した。
「で、二人きりで話したいこととは? 任務終了の確認などではないでしょう?」
「ああ、そのとおりだよ……そうだな、このようなことは慣れていないのでね。飾り立てることなく率直に言おうか」
そうしてワルドは咳払いをすると、壁に預けていた身を起こし、ルイズの正面に真っ直ぐと立った。
「結婚しようルイズ」
「……はい?」
唐突な告白に、ルイズの思考が停止した。
「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を……、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」
「待って、待ってワルド様。いきなりで解らないわ。あの、その……あなた、お姉様の婚約者でしょう? 何でわたしに……」
詰め寄るワルドに、ルイズはただただ混乱する。
だがワルドはさらにルイズの心を乱そうとするかのように追い打ちをかける。
「言っただろう。そんなもの、酒の席の口約束だと。僕に必要なのはカトレアじゃない。ルイズ、君なんだ」
アンリエッタの恋文で稼働していたルイズに似合わぬ乙女回路が、ワルドの言葉に暴走を始めようとする。
平静を取り戻そうと頭をふらつかせたルイズの肩を、ワルドは両手を乗せて支え顔をわずかに近づける。
「きみは偉大な賢者だ、ルイズ。そう、始祖ブリミルの弟子達のように、歴史に名を残すような素晴らしい人物になるに違いない。その力、僕の側で役立たせて貰いたいんだ」
「……そう」
「この旅で僕は理解した。僕に必要なのはきみだ、ルイズ。明日にでもここで結婚式をあげよう」
「……え、ここで?」
「そうだ。今日中にウェールズ皇太子殿下が戻られると聞いた。僕たちの婚姻の媒酌を頼むにはこれ以上ない相手だろう。明日の昼には反乱軍がこの城に攻めてくる。その前に、結婚式を挙げよう」
「…………」
ルイズはただ無言で、肩を掴むワルドの指を両の手で解いていった。
そして肩に乗せられたワルドの手を下ろさせると、一歩引き真っ直ぐワルドを見つめた。
「ワルド様、正直に申しますと、始めあなたと再会したとき、わたしのあなたへの印象は最悪でした」
「……ああ、ラ・ロシェールへ行く道の半ばまでずっと不機嫌そうだったね。久しぶりに会ったというのに嫌われてしまったのかと心配だったよ」
「ワルド様、昔のことは覚えておいでですか? ヴァリエールの屋敷の中庭で……」
「あの、池に浮かんだ小船かい?」
ルイズは頷いた。
「わたしはいつも魔法ができなくて母さまに怒られた後、あの小船の上に逃げ込んでいたものです」
「それを僕が探しに行っていたのだったね。今のきみとはまるで違う。使えぬ魔法すら自分の力に変え、真っ直ぐ前を向いて輝いている」
「ええ、ですから、あの逃げていたばかりは今のわたしにとっては恥ずべき過去。ワルド様、昔と変わらずわたしに接しようとするあなたを見たらそれを思い起こさせられて仕方が無かったのです」
「ははは、これは失敗したな。昔とは違う僕を見せた方が良かったのか」
「そしてもう一つ。ちい姉さまの婚約者が目の前にいると聞いて気分が良くなかったのです。姉さまがこの男に奪われてしまう、だなんて子供じみたことを思っていました」
そんなルイズの言葉を聞いて、ワルドは肩をすくめた。
「言っただろう。正式な取り決めなど無いただの口約束だと。僕が見ているのは君さ」
「そのようですね」
そしてルイズは、ワルドの前で一礼した。
「その婚姻、お受け致します」
暗い廊下でうつむくルイズの表情は、ワルドから見ることが出来なかった。
祝宴。キュルケはそこでワインを片手に持ちながらホール全体を眺めていた。
籠城をしていたというのに食材の蓄えがあったらしく、ホールに並べられたテーブルには様々な料理が載せられている。
テーブルの周りには礼服や軍服に身を包んだ貴族達。
王党派の残り兵力は五百だっただろうか。そこから考えると、このホールに集まるメイジの数は非常に多かった。
最後の舞台まで王族に付き従うような忠誠心を持つのはやはり貴族だからか。
いや、もしかしたらこの宴に格の高い平民の兵士も混ざっているのかもしれない。
傭兵に扮した服装から学院の制服に着替えたキュルケ。
その近くには貴族の男達が代わる代わる訪れてきた。
滅びる国への最後の使者へ顔を覚えて貰おうとやってきているのか、それともこの場ではもう数少ない若く美しい少女を見ようとやってきているのか。解らないが、キュルケは彼ら一人一人と言葉を交わしていった。
「トリステインの大使殿! このワインをお試しあれ! お国のものより上等と思いますぞ!」
キュルケはトリステインの貴族ではないのだが、いちいち説明するのも面倒なので彼女はただ笑ってそれに返した。
「なに! いかん! そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! このハチミツが塗られた鳥を食してごらんなさい! うまくて、頬が落ちますぞ!」
言われるままにキュルケは鳥の肉を一口食べる。
だが、頬が落ちると言うことはなかった。
普段学院で食べるマルトー達の作る食事の方が美味だ。
そういえばここはアルビオンだったんだな、とキュルケはどうでも良いことを思いだした。
もちろん、それを口に出すことはないが。
訪れては笑い大声を出して去っていく貴族達。
まるでそれが命の最後の輝きのように見えて、キュルケはどこか寂しさを覚えた。
「六千年の栄華、ここに没する、か……」
過去、幾度もハルケギニアでは戦争があった。いくつもの国が滅びた。
だが、始祖ブリミルに連なる血を伝える三王家一教国は、例え領土を狭めることはあってもこの六千年滅びたことはなかった。
それが今、一つ潰えようとしている。
アルビオンという大陸そのものが無くなるわけではない。だが、始祖ブリミルを象徴する王家が一つ消え去るのだ。
キュルケには、今後歴史がどう動くのか想像が出来ない。
反乱軍は聖地奪還を旗に掲げているらしい。
だが、それに従う国はないだろう。場合によっては、ロマリアと反乱軍との全面戦争に発展するかもしれない。
キュルケはホール全体を見渡す。
今ここにいる彼らが討ち果てるのがこれからの歴史の動きの引き金となるのだろうか。
ここまで来た彼らが捕虜になどなるとは思えない。捕まるとなったら爆薬を飲んで一人でも多くの敵を葬ろうとするだろう。
玉座を見る。年老いた最後のアルビオン王。その隣では、ルイズが王の耳に口を寄せ、何かを話していた。
やがてルイズは王との会話を終え、グラスを片手にキュルケの元へと歩いてきた。
「何を話していたの?」
「アルビオンの今後について」
「あら、政治に興味はなかったんじゃないの?」
「それでもわたしの知識が彼らの役に立つというのなら、出し惜しみはしないわ」
「戦場に向かう彼らへの最後のはなむけとか言うつもり? それとも感傷?」
ルイズはキュルケの言葉に答えない。
代わりに、相談したいことがある、とルイズは言った。
「何かしら?」
ルイズはキュルケに語り始める。明日、結婚式を挙げるのだと。
ハルケギニアにおいて、結婚式は始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で行われる。
新郎と新婦はこのブリミル像の前で、ブリミルの名に誓って永遠の愛を約束する。
結婚式とはブリミル教の神聖な儀式の一つなのだ。
当然、ブリミルへの誓いを破る離婚は忌むべき行為だとして蔑まれる。
その像の前で、ワルドとルイズは二人並んで立っていた。
ワルドはトリステインで着ていた魔法衛士隊の制服。
ルイズは城の者から借り受けたドレスを着ていた。その背には、新婦が身につける純白の乙女のマントがかかっている。
だが、彼らの前には詔を読み上げる進行役が居ない。ウェールズは居なかった。
「ふむ、ウェールズ殿下は間に合わなかったようだ」
「代わりの者は?」
「陛下にお頼みしたかったのだがご老体を我らのまがままに付き合わせる訳にもいかない。一人、位の高い家の者が来てくれる手はずだ」
「そうですか」
そういってルイズはうつむく。
「緊張しているのかい、ルイズ?」
「……いえ」
どこかぎこちない様子で、ルイズは首を振った。
明らかに緊張している様子が見て取れた。
二人しかいない礼拝堂に沈黙が訪れる。
再びルイズに話しかけようとするワルド。そこに扉の開く音が響いた。
「やあ、またせたね」
そう言って、礼服に身を包んだ青年が扉の奥から姿を現し、ルイズ達の元へと歩いてくる。
七色の羽が飾られた帽子を被った金色の青年。
歩くたびに揺れる薄紫色のマントはアルビオンの象徴だ。
青年はルイズ達の前で歩みを止めると、優雅に一礼して自分の名を名乗った。
「この式の媒酌を務めさせていただく、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。……まあこの名も今日限りのものだろうがね」
皇太子の登場に、ルイズは小さく笑った。
―
ワルドとの結婚シーンは書かなきゃいけないんです(強引に軌道修正させつつ)