□風雲ニューカッスル城その7~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
宿から影が躍り出た。
傭兵達はそれを確認すると同時に一斉に矢を放つが、人影は止まらない。
目をこらして見てみると、それは人ではなくゴーレム。
人と同じ作りをしたゴーレムを見て、傭兵達は武器を構え叩き壊そうとゴーレムへと向かう。
だが、次の瞬間ゴーレムは爆炎を上げ傭兵達を吹き飛ばした。
後方から飛来した火の魔法がゴーレムに激突したのだ。
だがこのゴーレムは金属で出来たゴーレム。火で燃えるはずがない。
実はこのゴーレムの内部と表面、ギーシュが錬金した油で満たされており、ドットスペルの発火魔法で一瞬で引火したのだ。
ゴーレムが身を振るうと中の油が飛び散り、炎が四方へとばらまかれる。
熱で融解しかけたゴーレムを前に、傭兵達は必死で逃げ出そうとする。
そのような光景が同時七箇所で展開されていた。
「ま、メイジ慣れしている傭兵と言っても、普通は杖を抜いてさあ始めって軍人相手に限った話よね」
ゴーレムに火を放ったキュルケは、杖の先をくるくると頭の横で回しながらルイズ達と共に宿を飛び出した。
ギーシュのゴーレムに被害を受けていない後方の傭兵達から矢が飛ばされるが、タバサが展開する矢返しの風魔法の前に全て軌道をそらされる。
お返しとばかりにルイズが『ファイヤー・ウォール』の魔法を唱えると、後方に陣を構える弓兵の一団が根こそぎ吹き飛ばされた。
「それにしても……」
火の海から飛び出した傭兵を才人が斬り捨てるのを見ながらキュルケは呟く。
「何あの詩でも詠んだみたいな演説。お姫様の演劇癖でも移ったの?」
キュルケはルーンを唱える合間に含み笑いをしながらルイズにそう言った。
対するルイズはと言うと。
「そんなわけないでしょう。わたしが素であんなこと言うとでも思ったの? ねえキュルケ、あなたトリステインに来てどれくらいになる?」
「え、一年とちょっとだけれど……」
「じゃあ、ああいう演説がこの国の貴族に受けるというのは理解できるわね?」
キュルケはその言葉に、ギーシュを思い浮かべ、マリコルヌを思い浮かべ、アンリエッタを思い浮かべ、ワルドを思い浮かべた。
「確かにそうね。それが?」
「カウンターの下で惨めに震えているトリステイン貴族達を兵力に変えるには、ああいうキザなのが効果覿面ってこと」
「…………」
キュルケは閉口した。いや、ルーンを唱える口は閉じてはいなかったのだが。
そして。
「……ったく、トリステインの貴族は実利のない勇ましい言葉にすぐ影響されるんだから。だから戦に弱いのよ」
「ごもっとも」
走るルイズ達の後ろでは、そのルイズの言葉に踊らされた貴族達が宿の外に躍り出て傭兵達へ魔法を向けていた。
矢は風に防がれ、魔法で隆起した地面に傭兵は足をとられ、距離を詰めた火のメイジの一撃で傭兵達は必死に逃げ出し、燃えさかる炎は水の魔法で延焼を防がれた。
手慣れている。トリステインに亡命した元王党派の軍人でも混ざっていて指示でも出しているのだろう。
「で、ルイズ、どうするの? まさか本当に全部これを相手にする気?」
「まさか。逃げるに決まってるじゃない」
ルイズ達の向かった先。それは港へと続く道ではなく、使い魔達を泊めた宿の近くの納屋であった。
「さ、皆、シルフィードに乗って。『囮』を使うわよ」
「囮?」
突然のルイズの宣言に、キュルケは疑問を返す。
「ええ。あの宿に居た頼もしい貴族様方全員。あれがわたし達が逃げるための囮よ」
そう言ってルイズは唇の端を釣り上げながら笑った。ルイズはワルドの言う囮作戦に大賛成であったのだ。
ルイズとワルドは昨夜この街へと来たのと同じようにフレイムと共にグリフォンに乗り、傭兵達の頭上を飛行する。
「いやはや、まさか自分たち以外を囮にするなんて、大胆な作戦だ」
グリフォンの手綱を引くワルドがそう感心したように言った。
手綱を引きつつも鞘から抜いた杖剣を右手に構えている。いつでも魔法を放てるようにしているためだ。
「先ほどは失礼しました。でもこれが皆を無事にアルビオンへと渡らせる最善の策でしたので。ミスタ・ワルドの精神力も温存していただきたかったですし」
「フネを進ませるための風の力に使う、だろう? ふふ、素晴らしい。きみが僕の部下ならどれほど頼もしいだろうか」
「軍に興味ありませんわ」
そう言いながらルイズは眼下の傭兵を眺める。
矢は飛んでこない。真上に放てば当たらなかった矢は自分たちにそのまま降り注ぐからだ。
そして、矢よけの魔法ばかりでつまらなかったのか、タバサがシルフィードの上から氷の雨を傭兵達へと降り注がせていた。
「きみの同行者もずいぶんと頼りになるようだ」
「足手まといになる人間など始めから一人も連れてきていません」
「そのようだ。きみの使い魔も飛び出してきた傭兵を見事に片っ端から斬り捨てていたようだし、朝方はずいぶんと失礼なことを言ってしまったようだね」
「あれはミスタ・ワルドが強すぎただけですわ」
そんな会話をしている最中、傭兵達の横の地面が急に盛り上がり、巨大な岩のゴーレムが出現した。
「おや、あれは……」
「トライアングルクラスの岩ゴーレムですわね。傭兵メイジも混ざっているなんて……」
「大丈夫なのかい? あのままでは下の貴族の彼らも物量で押されてしまうよ」
「問題ありませんわ」
ルイズはそう言うと、ルーンを唱えて『エア・スピアー』の魔法を放った。
槍のイメージを持って放たれたルイズの魔法はゴーレムの上半身を一撃で吹き飛ばす。
そして、吹き飛ばされたゴーレムの破片は、大きな石つぶてとなって傭兵達の頭上に降り注いだ。
突然の轟音と落石に傭兵達はパニックに包まれる。
「むしろ投石用の素材を用意してくれたようでありがたいです。それにあそこまで大きいゴーレムなら傭兵メイジには二体目は無理でしょう」
「これが、あの名高き『賢者』の魔法か……」
「ただの『魔女』ですわ」
そう言いながらルーンを唱え、再生しようとしていたゴーレムを根本から『アース・ハンド』の爆発で吹き飛ばした。
ルイズの魔法は全てイメージによって放たれる。
本来、ルイズの使う魔法はただの爆発だ。
だが、彼女はそれに強く魔法の効果を思い浮かべることで様々な種類の爆発を起こせることを幼い日に知った。
対象の内部から爆発する魔法、表面が爆発する魔法、見えない矢が飛んでいき着弾した場所が爆発する魔法、爆音のみを残す魔法、強い振動だけを与える魔法。
必要なのはイメージと感情。
四大魔法の使い手も、感情の高まりに魔法の効果が左右される。
ルイズの魔法はその感情の影響が特に顕著であった。短気で癇癪持ちである性格を何とか押しとどめて、冷静な魔女や賢者を取り繕うのもその感情を自分でコントロールしようとする努力の表れだった。
ルイズ達はひとしきり眼下へと魔法を落とすと、今度は速度を上げて空を進んだ。
向かうのは、樹の上にある『桟橋』。空を行くフネの甲板へ向けて二匹の魔獣は飛んでいった。
フネの上に降りたルイズ達は、船員達と交渉し無事アルビオンへと向けて出発することが出来た。
フネの動力である『風石』の代わりに魔法を使おうとフネの奥へと進むワルドに、タバサはどういう思惑なのか付いていった。手伝うつもりなのか、風のスクウェアであるというワルドの技術を盗み見るつもりなのか定かではないが、害はなさそうなのでルイズはとりあえず放っておいた。
そして、才人だ。彼は船橋に身を投げ出しぐったりとしている。別に船酔いをしたわけではない。
彼は、先の傭兵との交戦で剣を振るった。
剣術の訓練を受けている彼だが、剣で生身の人間を斬ったのはこれが初めてだ。
刃物を持つことすら禁じられた国出身の才人。それが、重たい長剣で何人も傭兵を斬りつけたのだ。言葉では言い表せない不快な気持ちが彼の中に渦巻いていた。
キュルケになだめられギーシュに激励される才人だが、その表情は暗い。
「情けないわねぇ」
「まったくだ」
才人を見下ろしながら言うルイズにそれに応えるデルフリンガー。
才人は視線をルイズの方に向けた。
「生き物とか初めて斬ったんだよ。ああー、斬った人死んじまったかなぁ」
「言ったでしょう。わたしのために戦えって。辛いならわたしのせいにしておきなさい」
「そう簡単に割り切れるかよ」
そう言って顔を両手で覆うと、才人は長い長いため息をついた。
「……なあルイズ、人斬ったことあるか?」
「あるわよ」
「殺したことは?」
「ないわよ……と言いたいところだけどどうかしらね。目の前で死ななくても放っておいたせいで死んだ人はいるかもね」
ルイズは今回のような荒事に巻き込まれたとき、躊躇無く破壊の魔法を使う。
一瞬で死ぬような魔法は使っていないが、拳で殴りつけるより遙かに威力の高い魔法。ルイズの知らぬ間に死んでいると言うことはあってもおかしくはない。
例えば先ほどのゴーレムを破壊した落石。ルイズからは見えなかったが、岩に頭をかち割られて絶命していると言うこともあるかもしれない。
ハルケギニアにおいても、殺人は禁忌だ。それでもルイズは、自分の身を守るためならば杖を振るっても構わないと思っていた。
とりあえずルイズはこの平和な国から来た少年をどう元気づけてやろうと考えた。
そのときだ。突如、空に爆音が響いた。
一拍遅れてフネに声が響く。
「空賊だーっ!」
その声に、ルイズ達は一斉に爆音のした方向へと顔を向けた。
空の向こう、黒塗りのフネが浮かんでいる。二十門以上もある大砲をこちらへと向けた戦艦だ。
「アルビオン王室謹製の第一級船ね」
ルイズはそのフネを見てそう言った。
「王室謹製?」
空賊のフネを見て何故王室の名前が出てくるのだとキュルケはルイズへ問いを投げた。
「そ、本来ならただの空賊が持っているようなフネじゃない。戦争のどさくさに紛れて王党派から奪ったのでしょう」
騒ぎを聞きつけて、フネの奥からワルドとタバサが姿を見せた。
ワルドの顔には疲労の表情が見て取れた。船長に宣言したとおり、風の魔法でフネを進めていたのだろう。
ルイズはそんなワルドを見て、一言言った。
「あのフネ沈められるかしら?」
「無理だな。この通り精神力を削りきってしまっていてね。万全ならばスクウェアスペルで抵抗は出来ただろうが……」
「キュルケは?」
「撃っても良いけど、その隙にあの砲門に集中砲火ね」
「そう」
そこまで聞いて、ルイズは再びワルドへと振り返った。自分も聞かれると思って答えを用意していたタバサは一人肩を落とした。
ワルドを見つめるルイズの瞳には諦めの色はない。
ワルドはそれを見て強く心を惹かれた。
「ミスタ・ワルド。先ほどわたしの魔法を見て『賢者』の魔法かとおっしゃいましたね」
「ああ、すばらしい魔法だった」
「失礼ながら、あれはわたしの全力ではありません。ですから、これからわたしの本当の力をお見せしますわ。教会からも一度異端の指定を受けたわたしの魔法を」
そう言って、ルイズは黒いフネを正面から見つめる。
空賊のフネには、甲板の上で弓やフリント・ロック銃を携えた賊が並んでいる。
だがそれはまだ射程外。風の強い空の上ではもっと近づかなければいけない。
それを確認したルイズは、無手のままルーンを高らかに唱え始めた。
イメージするのは、『火』、『水』、『風』、『土』。
四つの属性を心の中で重ね合わせる。
ルイズが唱えるルーンは、戦略級と呼ばれる戦争用スクウェアスペルだ。
ルーンが終わる。
そしてルイズは拳を強く握り、腰をひねり杖の仕込まれた右腕を身体の後ろへと回す。
弓のようにしなったルイズの身体は、矢を放つように右腕を加速させ、黒いフネへと正拳突きを放った。
ルイズの口からイメージした魔法の言葉が漏れる。
「『破城槌』」
黒船の前方が、砲門ごと爆砕した。
煙が上がり、突然の自体に船橋の賊達が慌てふためく。
フネの装甲は粉々に打ち砕かれ、二十あった砲門は全て歪み使い物にならなくなっていた。
魔法に打ち抜かれたフネは、浮力をわずかに失いゆっくりと高度を下げ始めた。
一撃でフネを落とす。それを見たワルドは、驚きに目を見開いていた。
「フネの構造を完全に理解すれば、最小の力で撃ち落とすことが出来る。いかがかしら」
「…………」
ルイズの言葉に、ワルドはただただ沈黙した。
風のスクウェアである自分の魔法を超える強大な力に、声を出すことが出来なかった。
「あ、ルイズ、ちょっと浮いてきたわよ」
フネの落ちる様子を眺めていたキュルケがふとそんな声を上げる。
「あら、向こうにも風のメイジが居るようね。……ラナ・デル・ウィンデ、『エア・ハンマー』っと」
追加で放たれたルイズの魔法がフネの脇につけられた翼をへし折り、黒船は再び沈み始めた。
「まあ下は海。落下して死ぬことはないでしょう。漂流はするかもしれないけれどね」
そう言うとルイズは黒船から視線を外し、船長へ賊を撃退したことを伝えるために船橋へと向けて歩き出した。
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あとがき:この話のためだけに前振りの原作そのままな前二話を書くのは大変でした……。
そういえば原作才人って未だに人殺してないんですよね。