□風雲ニューカッスル城その4~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
「行ってくれるかしら、ルイズ・フランソワーズ?」
そう笑顔でルイズに告げるアンリエッタ。
それに対し、ルイズも笑顔を作り返した。
「ええ、解りましたわ、姫さま。その代わり……」
「報酬ならしかと払うわよ。騎士の称号を与えても構いません」
「いえ、それもいただきますが。それよりも一つ」
ルイズは笑顔のまま、腕を上げて手の平を胸の前で握った。
「一発殴らせてください」
「魔女ォーッ! 姫殿下にーッ! なにをするかーッ!」
ルイズの言葉に一拍おいて、突如扉が開き何者かが部屋になだれ込んできた。
それは、以前才人と乳戦争を引き起こした貴族の少年、ギーシュであった。
「姫殿下! そのような卑しい魔女に頼ることはありません。その任務、このギーシュ・ド・グラモンにお任せください!」
ギーシュは右手に携えた薔薇の造花を振りながら、優雅にアンリエッタに進言した。
ルイズは自分の部屋に無断へ参上したギーシュを一睨みすると、その横へと無言で歩いていく。
そして、先ほど握った拳でギーシュのあごを殴り上げた。魔女式アッパーカットである。
「おぶぅッ!?」
「姫さま、どうやら盗聴されていたようです。どうしますか? 縛り首ですか?」
「あらあらまあまあ、困りましたわ。でもルイズ。縛り首はいけないわ。ええ、駄目よそれは」
アンリエッタは口元に手を当てながら困惑の表情を浮かべた。
「縛り首は死体がとても汚くなるから、貴族の死に方として美しくないわ。ここはやはり斬首刑よ」
アンリエッタはさらりとそんなことを言った。
ギーシュは突然告げられた物騒な言葉に目を白黒させた。
おかしい。こんなはずでは。格好良く登場しその任務お任せください、まあ素敵な殿方是非お願いします、と運んで姫殿下の覚えを良くするはずだったのだ。
死刑を告げられたギーシュは、脂汗を流しながら誰か助けて貰える人がいないかと部屋を見渡した。
そして、こちらを眺めるマザリーニと目があった。
「殿下。このような場所で話をしていたのは我々に非があります。死刑は認められませぬ」
その言葉に、ギーシュはほっと胸をなで下ろす。
「せいぜいが、数年の禁固と、耳をそぎ落とす程度でよろしいでしょうな」
「ででででで殿下! このギーシュ・ド・グラモン! けっして国に害をなす目的で盗み聞きをしていたわけではありませぬ! そう、その任務その任務、わたくしめにお任せくだされば、すぐさま手紙を取り戻してみせましょう!」
ギーシュはやけになり、とにかく勢いで誤魔化そうとした。
アンリエッタはそのギーシュの言葉にふと考え込んだ。
「グラモン? あの戦争狂のグラモン元帥の縁者かしら?」
「せんそうきょ……息子でございます姫殿下」
思わぬ父の評価にギーシュは唖然とするが、死刑か否かの正念場と言うことを思いだしギーシュは真面目な顔でアンリエッタに応える。
「あらあらそれなら手柄を逸るのも仕方が無いですね。ねえルイズ、この人は使えるかしら?」
「まあ矢よけくらいにはなるかと」
「ルイズ!? 酷くないかい!?」
ここでフォローしてもらわねば困ると焦ったギーシュだが、相手は魔女であることを思い出し自分で何とかしなければと考えを巡らせる。
そしてランプに照らされた暗い室内を見て、何とか知恵をひねり出した。
「姫殿下、僕は『土』のメイジでございます。聞き伝えるところによるとグリフォン隊の隊長殿は『風』のメイジ。そしてキュルケは『火』でタバサは『風』。ルイズに至っては系統魔法を使えません。この『土』の力はきっと役に立つことでしょう」
それがギーシュが何とか考えついた自分を売り込むための売り文句。
だが。
「ちょっとギーシュ。何言ってるの。キュルケとタバサなんて付いてくるわけ無いでしょう」
「え、そうなのかい?」
「何でトリステインの問題に他国の貴族が関わるのよ。この中で行くのはわたし一人よ」
「サイトもかい? 彼は君の使い魔だろう?」
「死んだらどうするのよ。客人よ彼は」
そう腰に当てながらギーシュに言うルイズ。
アンリエッタが依頼したのはあくまでルイズにだけ。別にこの部屋にいる全員に頼んだわけではないのだ。
だが、そのルイズの言葉に、キュルケはルイズの背後から語りかけた。
「ルイズ、行かないとは言っていないわよ。……トリステインの姫殿下。わたしの故郷であるゲルマニアとの同盟の危機と聞きました。この任務、このフォン・ツェルプストーもご一緒してよろしいでしょうか?」
「キュルケ!?」
「あら、それは頼もしいですわ。でも、トリステイン王国の者であるわたくしには、あなたに命じる権限はございませんわ。でもアルビオンに旅行に行くルイズ・フランソワーズに友人として同行するというのなら誰も止める者はいないでしょう」
のほほんと言うアンリエッタ。
一方のルイズはギーシュを掴み上げていた手を離し、キュルケへと詰め寄った。
「キュルケ、キュルケ本気なの!?」
「ここまで聞いておいてあなた一人で行かせると思って、ルイズ?」
「解ってるの、戦場なのよ!」
「何を今更、ね。オーク鬼の巣には連れて行って戦場は駄目なんて道理が通っていないわよ」
指先で髪の毛をくるくると巻きながらキュルケは何のこともないというように言った。
ルイズは何とかして考えを改めさせようと思考を巡らせ始める。
だがそんなルイズの横で、タバサが本を閉じ、顔をルイズの方へと向けた。
「わたしも行く」
「タバサも!? 何言ってるの。あなたは完全に関係ないじゃない!」
「今更。わたしの任務をいつも手伝っているのは誰?」
タバサの視線は揺るがない。
勇者になるのだと誓ったタバサの思いは強固だ。
そして、タバサがその剣と杖で守るのは自分の母を救った少女、ルイズである。
「俺も行くぞ」
焦るルイズに追い打ちをかけるかのように、才人も言った。
「女の子一人戦場に送り込んで見ているだけなんて、日本男児のやることじゃない」
才人は自分に浸っていた。物語の中のような世界に喚び出され、『ガンダールヴ』という選ばれた力を授かった彼。自分がここにいるのはこのためなんだ、などと言う青臭い、それでいて少年らしい思いが全身を巡っていた。
「サイト、あなたまで何を言っているの。これはわたしが受けた任務。あなたには関係ないわ」
「今更、だな。俺はお前の使い魔なんだぞ、御主人様」
その言葉を聞いてルイズはただただ頭を抱えた。
もう彼女には彼らを止められない。策を打つ前にキュルケ達の決心は固まってしまっていた。
そんなルイズとその友人達の様子を見て、アンリエッタはトリステイン一とも呼ばれるその美しい顔に笑みを浮かべていた。
結局、キュルケ達三人とギーシュは、ルイズと同行することとなった。
マザリーニはしきりにルイズに頭を下げていたが、ルイズはただ学院を離れる理由を学院長向けにでっち上げて欲しいとマザリーニに告げるだけで彼女自身も引く様子はなかった。
その後、アンリエッタは身分証代わりだと言って指にはめていた指輪をルイズに渡した。
「姫さま、これは?」
「トリステインの王族に伝わる秘宝、『水のルビー』です。一節には、始祖ブリミルに由来を持つ神器であるとか」
そう告げられたルイズは、その指輪を目を輝かせてまじまじと見つめた。
「ウェールズ様はそれと同じ『風のルビー』を身につけていておいでです。身分を証明するのに役立つでしょう」
その言葉を聞いて、ルイズはアンリエッタがこの任務をただ適当に命じたわけではないと理解する。
始祖ブリミルの神器。まさしく唯一無二の国宝。
そんなものを死を前提とした任務の場に持たせるわけがない。アンリエッタは、本気でルイズという人物の力を買ってこの命を授けたのだ。
「明日、グリフォン隊の隊長に身分を証明するための文書も持たせます。マザリーニ、よろしくて?」
「……あいわかりました」
「そして、もう一つウェールズ様に届けてもらいたい物があります」
そう言って、アンリエッタはキュルケ達が座るテーブルまで歩き、先ほどルイズが座っていた椅子へと座った。
テーブルの上を一通り眺めると、アンリエッタは座ったままルイズへと振り返る。
「ルイズ、紙とペンを貸していただけます?」
その言葉を聞いて、ルイズはアンリエッタに愛用の四色ボールペンと机の横に摘まれた紙を一枚渡した。
「あら、良い紙を使っているのね」
「ヴァリエール領で作らせている植物紙です。質は良いですが原価はたいしたことはございません」
「ですって、マザリーニ。それとこれは、ペン、なのかしら?」
「はい、わたしの使い魔である賢人ヒラガ・サイトの国で広く使われているインク入りのペンです」
そう言って、ルイズはアンリエッタに四色ボールペンの使い方を教える。
アンリエッタは初めて見る地球の道具に、新しいおもちゃを与えられた子供のように驚き喜んだ。
「まあ、まあ色インクがたくさん入ったペンなのね。素敵ね。ではこの色を使って……」
キュルケ達の見守る横で、アンリエッタは紙の上にペンを走らせた。
闇夜の中でランプが一つ灯っているだけの薄暗い部屋ではその内容を盗み見ることはできなかったが、時折アンリエッタが「ウェールズ様……」とつぶやきながら虚空を見上げたり、「ああっ! ブリミルよわたくしたちを引き裂くだなんて!」と両手で自らの肩を抱きながら体を左右にひねる様子を見て、ルイズ達はおおよそアンリエッタが何を書いているのかの予想が出来た。
そしてアンリエッタは書き終わった書を巻き、杖を振って魔法の封を施した。
魔法の蝋に押された花押には、アンリエッタの横顔が形作られていた。
「その密書をウェールズ様にお渡ししてください。件の書をルイズに渡すように書いてあります」
「密書? 恋文の間違いでは?」
「あらいやだ、ルイズ・フランソワーズったら。恋文を回収するために恋文を渡すはずがないじゃない」
そんなことを言うアンリエッタは両の手を頬に当てて首を左右に振っており、誰がどう見ても彼女の言が嘘であることは明白であった。
その日の夜遅く、ルイズと才人の二人だけになった部屋で、ルイズは一人机に座り珍しく羽ペンで書をしたためていた。
明日は朝が早いというのにいつまでも寝間着に着替えようとしないルイズに、才人は眉をひそめながら語りかけた。
「何書いてんだ?」
「遺書よ」
振り返ることなくルイズが答える。
「いしょぉ?」
頭に疑問符を浮かべながら才人はベッドの上から降り、ルイズの横へと歩く。
「見て良いか?」
「どうぞ」
ルイズの返事に、才人は今も何かを書き続けているルイズの手元を覗きこんだ。
「……筆記体はまだ読めねえや」
「そうだったわね。これはね、要約すると、『私が死んでも私が死地に行くよう命じた人のことを探らずそっとしておいてください』って書いてあるの」
まさしくそれは遺書だった。
「それ、逆に調べようとするやつ出てくるだろ」
そんなルイズの遺書に、才人は思わず突っ込みを入れた。押すなよ、絶対に押すなよ、という伝統芸だ。
ルイズの返答はと言うと。
「あらよくわかってるじゃない。わたしを盲信する軍人やメイジ殺しの知り合いとかも結構居るから、私が死んだら王室ってどうなっちゃうのかしら」
淡々と、ルイズはそう言った。
「おいおい、俺、ルイズのことそこまで外道だとは思っていなかったんだが……」
「人に死んでこいと命令するなら、その相手に殺されることぐらい覚悟するべきだわ。わたし、国のためと言えど死にたくないの」
ルイズは公爵家の娘だが、自分のために破壊の力を追い求めるその生い立ちのせいか、国への忠誠心というものが薄かった。
国のために、という貴族の意思で彼女が動くことはない。
同じくして領民のために、という古き時代の貴族の意思も彼女は持ち合わせてはいないため、ルイズはおおよそ貴族らしからぬ貴族であった。いや、自分のために、という卑しい貴族の意思は持ち合わせているのだが。
ルイズの答えに、才人はさらに言葉を続ける。
「じゃあ断れば良かったじゃないか」
「王のいないこの国では、姫さまの言葉は王の言葉に等しい。王命って言うのは、そんなに簡単に断れるようなものじゃないのよ、残念ながらね」
そう言いながらも、ルイズは遺書を書く手を止めることはなかった。