平賀才人はルイズほどではないが、好奇心にあふれた性格をしている。
彼がそう周囲の人間に認識されたのは、小学生時代に夏休みの朝顔観察で、お茶を使った朝顔の育成について五十ページを超える日記を宿題として提出してからだった。
小学、中学を通しての得意科目は理科。逆に、暗記力を問われる社会科は苦手だった。才人は短気だ。長時間延々と単語を覚え続けるなど苦痛以外の何物でもない。
親にはもっと勉強を頑張れといつも口うるさく言われていたが、才人は勉強が別に嫌いなわけではなかった。
ただ、学校の教科書に載っている内容は、さほど興味と好奇心を満たしてくれるものではなかっただけだ。
才人は退屈な日常を満たしてくれる刺激に飢えていた。
そんな才人が出会った最高の友は、インターネットだった。
世界中の無数の知識が小さな箱の中に広がっている!
インターネットの魔力に囚われるのにはさほど時間はかからなかった。
才人は存分にその知識欲を満たした。
wikipediaを端から読みあさり、最先端の物理科学をgoogleで検索し、ひも理論の難解さに理解を放棄したりした。
ついでに男子としての欲も満たした。彼は健全なエロ男児だったのだ。
そして、才人には行動力があった。
インターネットの中だけではなく、現実世界でも行動を開始しよう。
そう意気込んだ彼が選んだのは悪名高いあの『出会い系サイト』だった。
だが運命は「現実世界にお前に相応しい女などはいない」とばかりに、出会い系に登録したばかりのノートパソコンを故障させた。
彼の行動は早かった。即座に親に土下座して修理代金を確保し、パソコンを修理に出した。
修理が終わるまでの日々は、ただ苦痛の日々だった。
才人は別に友人も居ないような根暗少年ではない。気の合う友人達と遊び回ったりもする。
でも、それでは刺激が足りない。もっと刺激を! もっと刺激を! ついでに恋人も!
その才人の思いに答えたのか、召喚の鏡はノートパソコンの修理を終え帰宅しようとする才人を一方的に刺激あふれる異世界に送り出した。
□デカとヤッコサンその3~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
女の子に好奇心を向けるのは大好きだが、女の子に好奇心あふれる目を向けられるのはむずがゆいものだ。
目を覚ました瞬間に視界一杯に飛び込んできた褐色の美女の視線を見て、才人はそう思った。
これは誰だろう。さっきまで夢を見ていたわけだから、これがまた夢ということはないだろう。
現に、自分は今布団の中にいる。頭が少しふらふらするのも寝起きで頭がぼやけている証拠だ。
「ルイズ、ルイズ、起こしたわよ」
目の前の美女が、後ろに振り向いて誰かに呼びかけた。
――ルイズ? 確か夢に出てきた女の子の名前じゃあ……。
才人は美女の振り向いた先にまだ霞んで見える視線を向けた。
そして、混乱した。
――何で夢の魔法使いが俺の部屋に!
自分好みの女の子の魔法使いに召喚されて使い魔にされるという、ゲームをやりすぎたかと後悔しそうな夢に出てきた少女が、自分の部屋の机に座っていた。
この状況は一体何なんだ。可愛い少女にエロチックな美女が自分の部屋にいるなど、これはあの夢の続きか。
「初めに言っておきます、これは夢ではありませんわ、ミスタ・ヒラガ」
そう言われて、才人は気付いた。
ここは自分の部屋なんかじゃない。白い壁紙と緑のカーペットの自分の部屋なんかじゃない。
石の壁に木の板をはめこんで作られた異国風の部屋。窓も、見たことのない豪勢な彫刻の彫られた西洋風のものだった。
窓から射す夕暮れの光が、自分の部屋でいつものように朝の起床をしたわけではないという事実を才人の脳に刻み込んだ。
才人は不意に自らの頬をつねった。
痛い。
これは夢ではない。そもそも、夢はこんなにはっきりとした自意識を保てるものではなかったはずだ。
しかし、これが夢じゃないとしたら、自分は夢だと思っていた状況の真っ直中にいることになる。
ここは魔法使いのいるとりすていんとかいう外国で、目の前の金髪の女の子は魔法使いで、自分は使い魔として召喚された。
「ええと……、君は、ルイズさん、でいいんだっけ?」
才人はまず状況を初めから整理し直そうと決めた。
「ええ、そうですわ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。使い魔とメイジ同士の関係ですので、気軽にルイズと呼んでいただいてかまいません」
「そして私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。キュルケが名でツェルプストーが家名ですわ、異国のお方」
ここは学院寮のルイズの自室。
そのルイズの部屋には、ルイズと才人の二人だけではなく、キュルケとその使い魔の火トカゲがいた。
ルイズがキュルケを自室に通したのは、キュルケが希望したからだけではない。
ルイズはこれから異国の地から見知らぬ土地に攫われた人間に、その境遇を説明しなければならない。
嘆き悲しむのは当然で、場合によっては召喚したルイズに怒りの矛先を向けるかも知れない。
魔法のない遠い異国から来た才人には、貴族の威光もメイジの恐怖も通用しない。
だからルイズは、数を味方につけた。
才人が変な気を起こさないよう長身のキュルケと巨大な火トカゲを部屋に通した。
才人を力で押さえつけるつもりはない。必要なのは、相対しているのは小さな女の子一人ではないと無意識に刻み込ませること。
その効果があったのかはともかく、今のところ才人からは怒気を感じなかった。
実際のところ、才人は怒りをまき散らすほど状況を把握していなかった。
いくら考えても、話が現実離れしすぎているのだ。
ドッキリテレビか? そう頭に解が浮かんできたが、さすがにそれはないだろうと切り捨てた。
確かに目の前の二人は女優と言われても納得できそうな美人だが、自分は芸能人でも何でもない。あれは有名人を策にはめて笑うための番組だ。
とりあえず才人は、再び室内を見渡すことにした。
そして、視界に飛び込んできた生き物をみてぎょっとした。
「そ、それ……」
「あら、わたしの使い魔に興味がおあり? 火竜山脈から召喚したサラマンダーのフレイムですわ。あなたの国にはサラマンダーはいるかしら?」
「い、いない……」
昔動物園で見たことのある雄ライオン、それほどの大きさの真っ赤な肉食爬虫類の姿に、才人は心臓が止まりそうになった。
「く、鎖とかにつながなくて大丈夫なのかよ」
「大丈夫ですわ。使い魔ですもの。わたしが命令しない限り人など襲いませんわ」
巨大なトカゲのぎらぎらとした瞳に、才人はとっさに視線を外した。
代わりに視界に映ったのは、机の前に座るルイズ。
机の上には、修理したパソコンを入れるために持ってきたリュックが置かれていた。
リュックの口は大きく開けられている。
良く見ると、リュックの中身が全て机の上に広げられていた。
俺の荷物を勝手に! そうつめよろうとベッドから腰を浮かせた才人に、ルイズは先手をうった。
「失礼ですが、危険物がないか検めさせていただきました。なにぶん、ここは貴族の子女達の眠る寮ですので」
「は、はあ。なるほど。貴族、貴族ね……」
ルイズの柔らかい声に、沸騰しかけた才人の頭はゆっくりと冷めていった。
――まあ魔法なんてあるようなファンタジー世界じゃ貴族なんて天然記念物が居てもおかしくないよな。
未だ状況の掴みきれない才人だったが、わずかに得た情報から何とか自分の置かれている状況について仮説を立てていた。
1.ここは日本製のゲームかファンタジー小説か何かの世界の中である。どう見ても外国人なのに日本語が通じるのもそのため。そんな感じの映画を昔母がレンタルビデオ屋から借りてきたのを見たことがある。
2.ここは海外にある隠れ里的な小国である。魔法という超常の力を他国に隠しひっそりと生活している。そんな感じの漫画が購読している漫画雑誌で連載されて半年ほどで打ち切られたのを見たことがある。
3.ここは地球ではなく、宇宙の遙かかなたの遠い惑星である。魔法というのは発達した科学の別名で、自分は実験体としてあの鏡からUFOの中へと連れ去られたのだ。そんな感じのSFホラー小説を幼なじみから借りて見たことがある。
――どれも現実離れしすぎだよなぁ。
才人は自分の想像力に自ら苦笑した。
「なあ、できればここはどこであんたたちは何者で俺は一体どうなったのか、初めから詳しく説明して欲しいんだけど」
自分では答えを見いだせなかった才人は、とりあえず目の前の二人に頼ることを決めた。
ハルケギニアは6000年前に現れた魔法の始祖ブリミルとその子供達によって作られた、大陸を埋め尽くす文化圏である。
ハルケギニアは魔法を使える貴族が魔法を使えぬ平民を従える世界であり、ブリミルの血を引く血族達が王となりいくつかの国に分かれて大地を支配している。
ここはそんなブリミルの血を引く王家の加護を受けた国トリステイン王国の魔法学院。トリステインの貴族の子女達は魔法を学ぶためにこの学院を学舎としている。
「大陸、大陸かあ……」
才人は椅子の背もたれに身体を預けながら、ここが地球であるという可能性を捨てた。いくらなんでも大陸丸ごと魔法使いがひしめいているなんて、地球上でありえるはずがない。伝説のムー大陸のように海の底に沈んで未だ人が生きているとかいうならともかく。
「ミスタ・ヒラガのいた国はなんという名前の国なのかしら?」
キュルケがそう問いかけてくる。
「日本って国の東京って都市に住んでいるんだけど……知らない、よなぁ?」
「ええ、存じてませんわ。……ルイズ、聞いたことある?」
「全く」
ルイズはそう答えながら机の上に重ねた紙束に羽ペンで文字をつづっていく。
国-ニッポン。都市-トーキョー。
彼女は才人が口にする全ての情報を記録するつもりであった。
「俺もハルケギニアなんて大陸もトリステインなんて国も聞いたことないよ。つーか魔法が実在する国自体世界中どこ見渡しても存在ねーよ」
才人は理不尽な状況にだんだんと冷静さを失っていき、右手で頭をかきむしり始めた。
一方のルイズはメモをとり続ける。彼は「魔法が実在する国自体」と言った。魔法のことを全く知らないわけではない。想像上の技術として彼の知識の中にあるのだと導き出した。
「ねえ、ルイズ。彼に地図を見せたらどうかしら? もしかしたら彼の国ではトリステインが別の名前で呼ばれているのかもしれないわ」
「はあ、ハルケギニアの事が伝わっていたとしても地図を見てそれだと解るとは思えないけどね」
そう言いつつもルイズは棚の中から地図が束ねられた羊皮紙の冊子を取りだした。フィールドワークのために大陸中を行き来するときにいつも用いている地図。あちこちにメモが走り書きされており、くたびれて端がぼろぼろになっている。
ルイズは地図の束を何枚かめくり、机の上にハルケギニアの全容が書かれた地図を広げた。
「これがハルケギニア全体の地図ですわ。ここが今居るトリステイン王国」
才人の前で地図上の小さな国、トリステインを指さして見せた。
一方の才人はその地図を見て、思わず芸人顔負けのツッコミをルイズに入れた。
「ってヨーロッパじゃねーか!」
手の裏で肩を叩く軽快な音が室内に響いた。
才人は地理が苦手だ。純粋な記憶力のみを要求される科目だからだ。
だが、それでもこの地図が地球のヨーロッパ大陸に酷似していることは理解できた。
「ミスタ・ヒラガの国ではハルケギニアをヨーロッパと呼ぶのでしょうか?」
才人に肩を叩かれて思わず何気安く触っているんだと癇癪をぶつけそうになったルイズだが、才人がこの地図を見て反応をしたという事実に気付き怒りではなく問いを才人に投げかけた。
「ええと……うん、これ、どう見てもヨーロッパの地図だ」
ルイズは才人がハルケギニアの地形を知っていることに驚いた。
才人の国では、ハルケギニアの地図を見ることが出来るということだ。
ルイズはハルケギニアと交流のある異国の文化にもそれなりに詳しい自信がある。
だが、ニッポンという国をどのような書物でも目にしたことがない。行商人達の話からも伝え聞いたことはない。
交流のない異国の地図をこんな少年が目にすることができるのか。ルイズは
「いや、でもありえねーよ。何でヨーロッパ人が魔法使えるんだよ。ハリー・ポッターかよ畜生」
「ミスタ・ヒラガ。あなたの国ではそのヨーロッパという土地はどのような土地だと言われているのでしょうか」
「…………」
ルイズの質問に、才人は沈黙を返す。
右の手の平で顔半分を覆い、十秒ほど無言のままたたずむ。
そして、ゆっくりと口を開き始めた。
「いや、ごめん。これはヨーロッパじゃない。形は同じだけどヨーロッパじゃないや」
「えっと、どういうことでしょうか」
「あんたたち、日本を全く知らないんだろう?」
ルイズとキュルケは、才人の言葉に素直に頷く。
「ヨーロッパ人は多分日本のことを知っているし、パスポートがあれば飛行機で簡単にヨーロッパと日本を行き来できるんだ」
才人は一方的にそうまくし立てる。視線はルイズとキュルケどちらにも向いていない。
ただ真っ直ぐに、ヨーロッパに似たハルケギニアの地図を見つめていた。
「それに、ヨーロッパに魔法使いの国なんてあるはずがないんだ」
誰に放つわけでもない。自分自身に対して確認するために、才人は言葉を続けた。
「どうやら俺は並行世界ってやつに来ちまったらしい」
―
あとがき
妄想ひたすら書き殴っていたらいつまでたっても初日が終わらない……。このSSはノープロットなのでストーリー展開とかよりこういうぐだぐだ会話とルイズ様の奮闘がメインになりそうな感じです。
ハルケギニアの地図を見たい人は才人御用達のwikipediaにGO!