□風雲ニューカッスル城その1~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
ルイズは自らのメイジとしての力量をライン相当であると考える。
四大魔法のメイジにはドット、ライン、トライアングル、スクウェアの四つの段階が存在するが、それは魔法に掛け合わせる属性を重ねられる数によって区分けされている。
では、段階の違うメイジの差とは何か。
戦闘活劇を好むメイジの少年達はそれを戦いにおける強さの差だと思っているのだが、それは違う。
属性の相性や得意とする魔法によっては、それは簡単に覆される。ドットがトライアングルを打ち負かした逸話など歴史上にいくつも存在する。
魔法研究者ならば、戦争用の魔法を使ったこともないのにトライアングルの力量を持つなどということもざらにある。
ルイズはメイジの階級を魔法の「真理」にどれだけ近づけたかを測るものであると考える。
熟練したメイジが多くの属性を重ねられるようになるのは、始祖ブリミルがもたらした四大魔法の「真理」に近づき魔法という技術を理解しているからである、と。
そして、ルイズは自らの爆発の魔法について、ライン相当の「真理」を得ているだろうと感覚的に捉えている。
トライアングル、そしてスクウェアの高みに届くには、さらなる研鑽が必要だ。そして、その真理の探究には爆発の魔法だけそのものではなく万物の知識や四大魔法の真理を知ることが必要である。そう思い続けている。
ルイズが魔法学院の授業に出るのはその真理の追究の一環だ。本来、学院で学ぶような内容など五年以上前に全て学習済みだ。
それでもなおこうして教室の最前列で授業を受けるのは、熟練のメイジである教師達の教科書には載っていない知識と経験則の披露を直接目で見るためだ。
今ルイズは教室で『風』の授業を受けていた。
教鞭を振るのは風のスクウェアメイジ、ギトーだ。
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
最強の系統、という言葉を聞いてルイズは吹き出しそうになった。
自分の魔法はどの系統だからお前より俺の方が強い、などという話は属性の魔法を覚え始めた少年達が言うような言葉だ。
だがルイズはそれも仕方が無いと思う。
まだ三十路にもなっていないこの若い教師は、元軍人だ。
若くしてスクウェアの領域へと辿り着き、将来の隊長候補とまで言われたほどであるらしい。
こうして魔法学院で教鞭を振るっているのは、軍の同僚といざこざを起こしたためだ。軍の規律は厳しい。退役となった彼は、その魔法の腕を学院に売り込んだのだ。
そんなことをルイズは考えていると、ふと隣に座っていたはずのキュルケが居ないことに気付いた。
教室を見渡すと、教室の階段の中程にキュルケが立っているのが見えた。
「何があったの?」
そうルイズは隣の才人に尋ねる。
「ああ、なんだかあの先生がキュルケに、自分に火の魔法をぶつけてこいって……」
才人がそう言うやいなや、キュルケの前方に直径一メイルもある巨大な火の玉が浮かび上がった。
直撃すれば即死してもおかしくはない。キュルケは殺る満々だった。
轟音と共に撃ち出される火の魔法。
それを前にして、ギトーは慌てる様子もなく短くルーンを唱え杖を振るう。
ギトーの背後から強風が吹き荒れた。
キュルケの放った火球はその強風の前に霧散し、熱をまとった風がキュルケへと迫る。
それを見ていたルイズは咄嗟に腕を上げ指を弾いた。
教室に響く轟音。
煙がはれたそのとき、キュルケは呆然とした表情で棒立ちになっていた。
「ミスタ・ギトー!」
ルイズはキュルケの無事を確認すると、振り返ってギトーに叫んだ。
全身に響くような声に、ギトーは軍の上官を思い出して思わずびくりと身体を震わせ背筋を伸ばした。
「戦闘の実技訓練は教室内でやるものではありません。オールド・オスマンの耳に入っては事ですよ」
「う、うむ。反省しよう。ミス・ツェルプストー、着席してよろしい」
ギトーはルイズから目を逸らしながらキュルケに指示を出す。
キュルケは自分の魔法が通用しなかったのが気にくわなかったのか、むすっとした表情で席へと戻った。
そしてギトーは再び講釈を開始する。
「さて、このように『風』はすべてを薙ぎ払う。『火』も、『水』も、『土』も、『風』の前では立つことすらできない」
ドットの鉄ゴーレムをドットのエア・ハンマーで吹き飛ばすことはできないのだが、ルイズはそれを口にすることはなかった。無駄に授業を妨害する必要もないだろう。論破するのは授業が終わりに近づいてからで良い。
「残念ながら試したことはないが、『虚無』さえ吹き飛ばすだろう。それが『風』だ」
「あら、でもルイズの『爆発』は吹き飛ばすことができなかったようですね」
ギトーの講釈にキュルケがそんな合いの手を入れる。
キュルケの言葉に教室中から小さな笑いがあがった。
ギトーは鋭い眼光で生徒達をにらみつけ、その笑いを止める。
「……ゆえに、『風』は最強の属性たり得るのだ。目に見えぬ『風』は、見えずとも諸君らを守る盾となり、必要とあれば敵を吹き飛ばす矛となるだろう。そしてもう一つ、『風』が最強たる所以は……」
ギトーは杖を胸の前に構えた。
そしてルーンを唱え始める。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
ルイズはそのルーンに聞き覚えがあった。昔、母から見せてもらった風の魔法。
机から身を乗り出してその魔法の完成を待つ。
だが、突如教室の扉が開き、集中を乱されたギトーは魔法の詠唱中断する。
何事か、と教室中の皆が扉を振り向くと、そこには全身にチェーンを巻き付け油まみれになったコルベールが居た。
「ミスタ、何事ですか。授業中です」
「ミスタ・ギトー。申し訳ない。本日の授業は全て中止となりました?」
「中止とな?」
「はい、そうです。教室の皆さんにも大切なお知らせがあります。背筋を正して聞くように」
背筋を正す前にまず自分の格好をどうにかしたらどうか、と教室の皆は思ったが、口に出す者はいない。
「皆さん、本日のトリステイン魔法学院にとって、よき日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります」
コルベールは後ろ手に手を組み言葉を続ける。全身に巻き付けられたチェーンが鈍い音を立てた。
「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」
教室中がざわめき立つ。
そんな様子を一人眺めていた才人は、あのコルベール先生がこんな真面目な顔をすることもあるんだなぁ、と一人思っていた。ブリミルの降臨祭に並ぶなどと言われても彼にはそのすごさが理解できていなかった。コルベールの言葉にも、お姫様がいるなんてますますファンタジーっぽいなー、と思っただけだ。
「したがって、粗相があってはいけません。急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います。そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列すること」
生徒達は皆顔に緊張した表情を浮かべる。姫殿下といえば王妃と並ぶ現在の国のトップだ。
そんな生徒達の中、一人、立ち上がる者がいた。ルイズだ。
「ミスタ・コルベール。申し訳ないですけど少々お待ちいただけますか? ……ミスタ・ギトー!」
「む、なんだね?」
生徒達と同じように真面目な顔を浮かべていたギトーは突然呼ばれた名前に困惑を返す。
「先ほど使おうとしていた魔法、是非続きをお見せいただきたく思いますわ」
「こ、これ、ミス・ヴァリエール!? 話を聞いていたのかね!?」
そんなルイズに、コルベールが驚きの声を向ける。
「聞いていましたわ。でも、魔法一つ見るだけの時間はあるでしょう。ミスタ・ギトーが使おうとしていたのはスクウェアスペルの中でも秘術と呼ばれるもの。時間を割いてでも見る価値は皆にとってもありますわ」
「ふむ……」
その言葉を聞いてギトーは頷きあごをさすった。
確かに自分が使おうとしていたのは軍の隊長格に伝わる強力な魔法。それをルーンを聞いただけでこの少女は見破ったというのだ。
ギトーはこのトリステインの『賢者』に自分の魔法を披露したくなった。
「あいわかった。ミスタ・コルベール。すぐに終わるのでお待ちいただきたい」
「むう、仕方ありません。私は次の教室に行きますので、早急に切り上げるようお願いいたしますぞ」
そう言ってコルベールは教室を後にする。
残されたギトーは、先ほどと同じように胸の前に杖を構えた。
「一度しかやらぬので見逃さないように。ユビキタス・デル・ウィンデ!」
詠唱を終えた瞬間、ギトーの横が霞み、やがてそこにもう一人のギトーが現れた。
「風は遍在する。これが風のスクウェアスペル。『遍在』だ」
教室がざわめく。
分身下もう一人のギトー。顔や体格だけではない。服や手に持った杖すらも完全な形で二人に分かれていた。
「驚くのはまだはやい。どれ……」
二人のギトーは同時に小さくルーンを呟き、杖を前へと振るう。
二人の杖の先から、『ライト』の魔法の光がともった。
「『遍在』はもう一人の自分を生み出す魔法。遍在を唱えた時点でこの魔法は終わり、他の魔法を使うことができる。そして、遍在ももう一人の自分として魔法を唱えることができるのだ。これが『風』が最強であることの証明だ」
教室の皆がその魔法に魅せられていた。
コルベールが教室にやってきてからずっと一人で本を眺めていたタバサも、本を閉じてその魔法に注目していた。
「す、すばらしいですわミスタ・ギトー」
ずっと不機嫌だったキュルケもその光景に見とれ、驚きの声を上げた。
「いや、私もまだまだ未熟。軍のころの同僚ワルドは、三つの『遍在』を作り出して見せたものだよ。……いかがだったかね、ミス・ヴァリエール」
「ええ、素晴らしい魔法でしたわ。ありがとうございます」
ルイズはそう言うと、腕を胸の前へと上げて指を弾いた。
遍在で生み出されたギトーが爆発し、風となってかき消える。
「むう!?」
「さあ、皆さん、姫殿下が参りますゆえ、急ぎましょう。御覚えがよろしくなるようしっかりと杖を磨きましょう」
ルイズはそう言って才人の手を引き教室を後にする。
ルイズにとって『遍在』の魔法そのものはどうでもいいものだった。ただ、どのように分身が生まれどのように消え去るのか、それを見たかっただけなのだ。
その日の夜。ルイズの部屋にはいつものように三人の魔女と、一人と一匹の使い魔が集まっていた。
「お姫様、綺麗だったなぁ……」
ワイングラスを片手に、才人はそんなことをぼんやりと呟く。
「意外とサイトって面食いなのね」
そんな才人にキュルケは笑いながら言う。
「ただのエロ犬なだけよ」
ルイズは手に持った紙を眺めながら、辛辣な言葉を述べた。
タバサは一人会話に乗らず、ワイン片手に優雅に読書をしている。ルイズの部屋には貴重な本が揃っていると最近タバサは気付いた。
「おま、ひでえなぁ。これでも健全な思春期の少年だっつーの俺は」
「健全なのに隣で寝るルイズに手を出さないのはどうしてなのかしらねぇ」
キュルケはにやにやと笑いながら才人をからかい、そしてルイズの方を見た。
「ルイズ、式典の最中ずっと不機嫌だったけどどうしたの? 他の人みたいに姫殿下ばんざーいとでも言っていればよかったのに」
「今日は真面目に授業を受けようと思ったのにいきなり中断したからよ」
「お姫様を見ても嬉しくなかったの? 他の子達なんかあの王女見てきゃーきゃー騒いでいたわよ」
「今更姫様を見ても、ねえ……」
「ああ、そうか。あなた子供の頃からのあのお姫様の知り合いなんだっけ」
キュルケは昔聞いたルイズの子供時代の話を思い出しながらそう言った。
他の貴族達にとって姫は雲の上の存在だが、ルイズにとって姫は仲のよい幼なじみなのだ。
「ま、姫様はどうでも良いでしょう。それよりも、タルブよタルブ!」
ルイズは身体を前へと乗り出すと、手に持った紙をテーブルの上に叩きつけた。
「ああ、あのメイド……シエスタだっけ? その子に何か話聞いていたわね」
「そう、聞けば聞くほどあの子の故郷はおかしいのよ。例えば、名物のシチュー、ヨシェナヴェ。サイト、これはなんだって?」
「ああ、日本の伝統料理の寄せ鍋のことだな。山で取れる野菜や根菜、それと肉を鍋に入れて醤油や味噌で味付けして煮込んだ鍋料理。寄せ鍋、ええと、発音はヨ・セ・ナ・ベだ」
才人はルイズと二人でしたシエスタとの会話を思い出しながら言った。
「それに、シエスタが村から持ってきていたショユを少しなめさせてもらったけど、あれは間違いなく醤油だ。日本の料理にかかせない調味料で、ハルケギニアに対応するヨーロッパにはないものだよ」
そこまで聞いて、キュルケもルイズ達が何を言いたいのか理解する。
「つまり、異世界のサイトの国にあるはずのものが何故かタルブ村にある?」
「そういうことよ」
「偶然ってことは無いの? ええと、例えばこの世界でニッポンに対応する遠い国から交易で流れてきたものがその村で落ち着いたとか」
「調味料自体の一致はともかく、名前の一致はおかしいのよ。サイトに確認したけどハルケギニアの言葉はヨーロッパの言葉とは全く対応していないわ」
それを聞いて、キュルケは腕を組んで思考を巡らせる。
そして、横で一人黙々と本を読み続けるタバサに視線を送った。
「タバサ、あなたもちょっと考えなさいよ。これじゃわたし一人がルイズに知恵比べを挑まれているみたいだわ」
キュルケの言葉に、タバサは本を閉じずわずかに上目遣いになって小さく呟いた。
「彼と同じ人がいる」
「同じ人? どういうこと?」
「ニッポン人」
そこまで言ってタバサは本へと視線を戻した。
「えーと、つまりどういうことかしら?」
「わたしがサイトを召喚したのと同じように、何らかの手段でニッポンからタルブ村まで世界を超えてやってきた人がいるということよ」
ルイズはそうキュルケへ謎かけの答えを教えた。
「ショユもミソもヨシェナヴェも、全て突然村に現れたシエスタの曾祖父が村に伝えたものだそうよ。そして、その曾祖父が村に現れたときにまとっていたというマジックアイテムが、これ」
そこまでルイズはまくしたてると、先ほどテーブルの上に置いた紙を手の平で叩いた。
その紙には、何かのオブジェが細かく描かれている。
「『竜の羽衣』という空飛ぶ秘宝だそうよ」
「『竜の羽衣』……また仰々しい名前ね」
キュルケはテーブルの上におかれた紙を眺める。
翼を広げた大きな鳥のような姿をしたオブジェの絵。
「これのどこが竜なの?」
「竜じゃないわよ。ねえサイト、これは何か教えてあげて」
ルイズはワインを飲みながら二人の会話を聞いていた才人へと話を振る。
「……ああ、それは飛行機だ」
「飛行機!? あの大陸と大陸と飛んで行き来するっていう地球の乗り物!?」
「大きさからして多分一人乗り。時代を考えると……多分、世界大戦をやっていたときの戦闘機だ。何十年も前、地球のいろんな国が同時に戦争を行っていて、こんな大きさの戦うための飛行機が毎日のように空を飛んで殺し合っていたんだ」
「カガクでできた地球版の騎竜ってとこかしら? 壮大な話ね」
キュルケはそんな感想を述べながら、絵をまじまじと見つめた。
「そういうわけで、わたしと才人は近日中にタルブ村に行くつもりよ。何日か学院を離れるけれど、あなたたちも付いてくる?」
「うーん、付いていきたいけれど授業サボって大丈夫かしら?」
「大丈夫よ。ミスタ・コルベールに話を通すつもりだから。彼、自転車にご執心だからもっとすごいサイトの国の乗り物を調べてくるって言えば大喜びで外出許可を申請してくれるわ」
「あら、それなら是非ミスタにも付いてきて欲しいわね。二人で辺境の村まで旅行とか素敵じゃない」
と、そんなことを話していると、突然扉の方からノックの音が響いた。
「こんな夜中に誰かしら?」
キュルケはルイズを促した。
ノックは規則正しく、一定のリズムを刻むように部屋に響く。
その音に、ルイズは何か心当たりがあったのか目を見開いた。
「これは……いえ、確かに今日なら……」
そう呟いて立ち上がると、ゆっくりと扉を開いた。
そして、どうぞと来訪者を部屋へと招いた。
その人物に、キュルケ達は眉をひそめた。
怪しいのだ。漆黒のマントに身を包み、頭巾を目深に被っている。
黒マントの人物は部屋の半ばまで進むと、懐から魔法の杖を取り出した。
突然の事に、キュルケとタバサは咄嗟に身構え、各々の杖を黒マントへと構える。
だが、ルイズはキュルケ達に「大丈夫」と伝え、杖を下げさせた。
黒マントの人物はルイズに軽く会釈すると、ルーンを唱えて杖を振った。
杖の先から光の粉が生まれ、部屋に降り注ぐ。
「……ディテクトマジック?」
キュルケが光の粉を見てそう呟いた。黒マントの人物はその言葉に頷く。
「どこに耳が、目が光っているか解りませんから」
ディテクトマジックは部屋のあらゆるところからマジックアイテムの反応を探知した。
が、どうやらそのなかに魔法の耳やどこかに通じる覗き穴がないようであった。
それを確認した黒マントの人物は、ゆっくりと頭に被った頭巾を取った。
そしてルイズへと話しかける。
「夜分遅く申し訳ない。お久しぶりです、トリステインの『賢者』よ」
そこに居たのは、トリステイン王国を動かす枢機卿。白髪と白髭の老いた顔の鳥の骨、マザリーニであった。