ルイズと才人は部屋の床に山積みになった荷物を慌ただしく片付けていた。
先日の虚無の曜日に城下町で買った品々だ。
始めに訪れた武具店の品だけでなく、持ちきれなかった服や日用品も多い。
才人は制服を着る生徒や使用人達と違い、毎日私服だ。
仮にもヴァリエール家の客人という立場であるので、服は平民が着るようなものではなく貴族用の物を買っている。勿論、貴族の証であるマントは含まれていないのだが。
「普段着る服はベッドの下のタンスへ。礼服はクローゼットにかけておきましょう」
「おう、礼服はこれかな。……おいルイズ、ちょっとクローゼットに服に関係ない物入れすぎじゃねえ?」
「それ大きいから便利なのよ」
「革製のものとかあるし……臭い移るだろ」
「香水で誤魔化せば……駄目?」
「駄目です。いや俺もそこまで身なりとかうるさくないけど、これはないわ」
「ううー、剣とかも買ったし別に棚か何か用意すべきかしら」
「鉄臭い服は着たくねえなぁ」
そんな会話を交わしながら二人は服と日用品を片付け終わり、残った武器に手を付ける。
とはいってもしまう場所がないので、壁に立てかけたり床に置いて埃を被らないよう布をかぶせたりする程度だ。
「地震来たら危ないな」
「トリステインは来ないわよ」
そうなのか、と返事をしながら才人は壁に立てかけられた古剣を一つ掴むと、鞘からわずかに刀身を出す。
「――ぷはぁ! ようやく解放されたぁ! おい坊主に娘っこ、買っていきなり置いていくのは酷いんじゃねーの?」
「まあそう言うなよ」
「わざわざ錆落とししてもらったんだからありがたく思いなさい」
「そんなことしてもらわなくても俺は自分で……えーと、なんだっけ?」
何かを言いかけて止まるデルフリンガーだが、ルイズはそれを気にしない。
どうもこのボロ剣はあまりに長く生きすぎて記憶が曖昧になっているらしいのだ。
齢三百と言われるあのオールド・オスマンですらときどき魔法の知識が危ういときがあるのだ。千年以上生きた剣ならどれだけのものだろうか。
金具に気を付けながら荷物から武器を取り出していくルイズ。
その中に、見覚えのない細身の短剣が入っているのに気付いた。
「ねえサイト、こんなの買った? 短剣なら持っているから今更必要ないと思うのだけれど」
「あ、それは、えーと、タバサが……」
と、才人が説明をしようとした時、扉からノックの音が響いた。
「あー、はいはいちょっと待ってー」
ルイズは荷物を包んでいた厚布に汚れた手をこすりつけて拭き取ると、扉まで小走りで向かう。
そして鍵を開け扉を開くと、そこにはタバサが立っていた。
いつもの大きな杖は持っていない。代わりにルイズが昨日貸した指輪型の杖を右手の人差し指にはめている。
「あら、タバサ。ごめんね、今ちょっと荷物の整理をしているの」
「荷物に用事。入って良い?」
「へ? どうぞ」
才人の服に何かあるのかと首をひねりながらルイズはタバサを部屋へと招き入れる。
部屋へと入ったタバサは部屋の真ん中できょろきょろと周りを見渡す。
やがて開封しかけの荷物の中にある物に気付き、厚布の袋に手を入れた。
「その短剣がどうかしたのタバサ?」
「わたしの」
「は?」
「あ、いやー、ほら、この前武器屋にいったときさ、タバサも一緒に剣を選んだんだよ」
才人がルイズに説明しようと手を振りながら説明する。
「でも何でわたしの荷物にそれが入ってるわけ?」
「え、そのー、それは……」
「…………」
言いよどむ才人に、無言のタバサ。
それでルイズは思い至った。
「ちょっとタバサ、もしかしてわたしの支払いにそれ混ぜたんじゃないでしょうね」
「…………」
「タバサ?」
「プレゼント」
「は?」
「ルイズからわたしへ、プレゼント」
「……いや、別にあなたへ贈り物をするのは構わないけどね、それがそんな飾り気もないもので、しかもわたしの知らないところでとかちょっとないんじゃないかしら」
そのルイズの言葉に、タバサは首をひねって考え込んだ。
「運賃」
「なんのよ」
「シルフィード」
「町まで往復乗るだけで金貨十枚以上取るとか、もうシルフィードに乗るなっていいたいのかしら」
「……じゃあ、口止め料」
「なんのよ」
ルイズの問いに、タバサは二人を見守る才人へと視線を投げる。
「彼についての隠し事。それを追求しない口止め料」
「んなっ」
彼とは才人、隠し事とは『ガンダールヴ』についてだ。
ルイズの驚愕を横に、タバサは短剣を大事そうに抱えて部屋を後にした。
□雪風さんちのタバサさん~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
さて、剣を手に入れたもののこれからどうしたものか。
部屋で鞘から短剣を抜いて刀身を眺めながらタバサはそう考えた。
剣の使い方に関する本は読んだ。この前城下町にルイズ達と行ったときに、指南書を一緒に買ってきたのだ。
だが戦いの技能は本では身につかない。そのことを騎士であるタバサは身をもって知っていた。
タバサは一通り思考を巡らすと、そして剣を買ったときのように才人に頼ることにした。
今ルイズの元へ行っても機嫌が悪いままのはずだと考え、夕食の場でタバサは才人に剣を教えてくれないかと頼んだ。
だが、才人の返答は思ってもいないものだった。
「え、いや俺剣の使い方とか全然知らないし」
ではあの青銅のゴーレムを真っ二つにしたのはなんだったのかと訊ねると、「馬鹿力」とだけ返ってきた。
才人の言うには、日本には『気』という魔法とは違う人の力を引き出す技術があり、それを使って一時的に腕力を高めたということだ。
疑いの目で見るタバサだが、では実際に『気』を見せてやる、と食後に広場に連れられていった。
また決闘かと貴族達が見守る中、タバサは才人に言われるままに風の魔法を放った。
人一人なら簡単に吹き飛ばしてしまう強烈な暴風魔法。
だが、才人はそれをポケットに手を入れたまま足を踏ん張って耐えてみせた。
タバサは『気』の持つ潜在能力に魅せられた。
是非教えて欲しい、そう才人に詰め寄る。だが。
「魔法をメイジしか使えないように、『気』は日本人にしか使えないんだ。教えても絶対に使えない」
タバサはわずかに落胆しながら素直に引き下がった。
彼が無理というなら無理なのだろう。きっと地球では『気』も科学の力で解析され、日本人にしか使えないということがはっきりと解っている可能性が高い。
彼が剣に関して素人だと言うことは解った。
しかしそうなると誰に剣を教わればいいのか。
悩むタバサに、才人は提案をした。
「剣を使うなら、俺と一緒にやらないか?」
才人はタバサを連れてルイズの元へ行くと、剣の修練について都合して欲しいと言った。
するとルイズは、彼らの元に一人の衛兵を連れてきた。
「彼はこの学院の衛兵長。この人が剣を教えてくれるわ」
「よろしくお願いします! 平賀才人です!」
「おう、よろしくなぁ。わしは衛兵長だ」
「……この人、わたしの母の元部下で、母に変な影響受けてときどき言動が変だけど気にしないであげてね」
こうしてタバサは剣を正式に学ぶことになった。
剣術、とはいっても技術よりもまず体力と筋力が基本となる。
タバサと才人がまず命じられたのは、毎朝の走り込みだ。
厳しい騎士の任務を経て体力だけは豊富なタバサ。運動不足がちの現代人である才人を置いて、一人学院の内壁を走っていく。
空からはいつの間に学院の外の寝床から起きてきたのか、シルフィードが見下ろしていた。
朝の走り込みが終わると、タバサは自室に戻って汗を拭き、いつもどおりに朝食を食べてから授業へと向かう。
教室には才人の姿がない。
なんでも、ルイズの部屋で一人文字の勉強をしているらしい。
剣の練習を抜け駆けされたのではないかと心配していたタバサはそれを聞いて安心した。
二人同時に学び初めて、いきなり差を付けられるわけにはいかない。タバサは微妙に負けず嫌いであった。
昼食を経て午後の授業が始まると、才人は教室で文字の勉強をしていた。
彼曰く、日中に一人で部屋に籠もっているのは気が滅入る、とのことだ。
本があれば一日中部屋から動かずにいられるタバサにはその気持ちは良く解らなかった。
そして授業が終わって夕食が始まるまでの間、タバサと才人は衛兵長の指導で剣術を学ぶ。
型も出来上がっていないのにいきなり刃物を振り回すのは危ない、と木剣を渡された。
膝の高さほどしかない短い木剣だが、それでも手に感じる感触はずっしりと重かった。タバサが以前使っていたような中抜きされた魔法の杖とは違う。練習用とは言え、立派な人を殴り殺すための武器だ。
衛兵長の指示の元、木剣を構え、そして素振りを繰り返す。
剣術は遊戯などとは違い実戦の武術。ただ剣を振ると言うだけでも無数に型が存在する。彼女達が最初に学んだのは、剣を右肩の後ろに振りかぶり、左下へと振り下ろすという原始的なもの。
それでも剣の重みは手の平を痛め、翌日の朝には手の平にマメが出来る寸前になっていた。秘薬を使わぬ水の魔法で簡単に治してしまったのだが。
こうした生活が数日続いたある日のこと。
ルイズからシルフィード用の首輪を譲り受けたタバサは、昼食後に広場の目立つ位置でシルフィードに『使い魔の頭が良くなる方法』を試していた。
シルフィードが言葉を喋れるようになっても問題なく見せるための行動なのだが、どうも自分の使い魔は頭が足りていないようなのでタバサはわりと真面目に指導を行っていた。
真面目にやり過ぎたのか、いつの間にか昼の休憩時間は終わり、周りから人がいなくなっていた。
人のいない広場。
そこでタバサは腰にさしていた短剣を抜いた。
練習を開始してから数日経過したが、未だにこの剣を振ったことはない。
貴族としてメイジとして騎士として魔法を学び続けてきたタバサだが、本当はずっと前から剣に興味はあった。
それはある物語を読んだのがきっかけ。竜殺しの物語、『イーヴァルディの勇者』だ。
幼い日に読んだこの物語は、ずっとタバサの心の奥底に残り続けていた。
いつか自分だけの勇者がやってきて、手を握って闇の底から救い出してくれるのだと、何度も妄想した。
だが勇者は現れなかった。当然だ。物語は現実とは違う。
それでも、とタバサは思う。
自分だけの勇者が居なくとも、自分が勇者になって剣を取ることは出来る。
わたしは勇者になる。そう思いをはせていると、ふと『イーヴァルディの勇者』の一節が口からこぼれ出た。
「ルーを返せ」
それは、竜と対峙した少年が、剣を構えて村娘を攫った竜へと叫んだ言葉だ。
今、タバサの手には陽光に輝く短剣が握られている。
そして、目の前にはドラゴンとは違うが、一匹の風韻竜が座っている。
まるで物語の場面のような風景だとタバサは思った。
ルーを返せ。その次に続く台詞はなんだったろうか。
――あの娘はお前の妻なのか?
「違う」
幼い頃何度も読み返したガリア版の『イーヴァルディの勇者』の台詞が、タバサの頭の中へと甦ってくる。
――お前とどのような関係があるのだ?
「なんの関係もない。ただ、立ち寄った村で、パンを食べさせてくれただけだ」
――それでお前は命を捨てるのか。
「それでぼくは命を賭けるんだ」
タバサはそこまで台詞を言うと、剣を振りかぶり、木剣で何度もそうしたように虚空に向けて剣を振り下ろした。
そして、短剣を腰の鞘へと収める。
「もう大丈夫だよ」
そう言いながら振り返り、先ほどまで剣を握っていた右手を差し伸べる。
「竜はやっつけた。きみは自由だ」
手を差し伸べた先。
そこには、キュルケが立っていた。
沈黙が広場を支配する。
やがて、気まずそうな顔で、キュルケは呟いた。
「あ、あのね、タバサ。授業にこないから呼びに来たんだけど……」
キュルケはそこまで言うと目をそらし、さらに言葉を続ける。
「その、あなた、意外と演技派なのね」
タバサの白い肌は羞恥で真っ赤に染まった。