□好きな焼気持ちその3~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
「俺も駆け出しの料理人だった頃は貧乏で、良く水に溶いた小麦粉を焼いてそれを食べてたもんだなぁ」
マルトーがへらでフライパンの上のお好み焼きをひっくり返しながらそう独りごちた。
「野菜を入れていたらお好み焼きに似たものが出来ていたかもしれませんね」
その横でそれを見ていた才人がマルトーに声を返す。
「入れていたとしてもこうやって細かく刻んで混ぜるってことは思いつかなかったと思うぜ。あのころは馬鹿だったからな」
「それが今は料理長ですか。頑張ったんですね」
「がはは、そう褒めるな恥ずかしい」
才人の言葉に笑いを返すマルトー。才人と話しながらもフライパンから目は離さない。
そのマルトーの横では、同じようにフライパンとへらをもったキュルケが、お好み焼きを華麗にひっくり返していた。
「料理上手いなぁ、キュルケ。ちょっと意外だ」
「そう? ま、わたしもここまで上達するのにいろいろあったのよ」
木のへらでお好み焼きの表面を軽く叩きながらキュルケがそう言った。
「……もしかしてルイズ関連だったりする?」
「鋭いわね。子供の頃にちょっとあの子と一悶着あったのよ」
「何やってんだかなぁ、俺のご主人様は」
「ま、結果的に趣味が一つ増えてわたしは良かったと思っているけどね」
そう言葉を交わすキュルケと才人を横目に、マルトーはさらにお好み焼きをひっくり返した。
「あ、マルトーさんそれくらいで良いです」
「おう、そうか。火通るの早ぇなあ」
「本来はお店でお客が自分で焼きながら作って食べるものですからね。大火力でさっと焼いても中の肉までしっかり火が通ります」
マルトーは大皿に焼き上がったお好み焼きを載せる。
そして油の付いた布でフライパンの上をこすると、お好み焼きのタネをお玉でフライパンへと再び流す。
才人は大皿に盛られたお好み焼きに、ケーキを切り分けるために使うナイフで切れ目をいれ、小皿に小分けにしていく。
キュルケもお好み焼きを焼き終わり、へらで直接お好み焼きを切り分けると、そのまま小皿へと載せていった。
その小皿をメイド達がテーブルへと運んでいく。
いつの間にか様子を見に来た使用人の数が増えていた。
テーブルを囲むようにお好み焼きが載せられた小皿が並び、テーブルの中心にはお好み焼きが積まれた大皿。
量は多いが、容積のほとんどは小麦粉と水とヤシェ玉。
夜の戯れとして作るにはほどよい価格の食材群であった。
テーブルの前に座った貴族の少女達と使用人達。
彼女達に促されるように、才人は胸の前で手を合わせ。
「いただきます」
と言った。
「サイトのそれ、面白いわよねぇ。誰に言っているの? ニッポンの神様?」
そうルイズがナイフで小皿のお好み焼きを切りながら才人に尋ねた。
「俺は無宗教だよ。そうだな、多分、料理を作ってくれた人と料理の材料を作ってくれた農家の人に言っているんだ」
「ニッポン人は道徳心が高いのかしら」
そうルイズは言いながら、フォークでお好み焼きを口へと運ぶ。
できたての熱さにはふはふと息を吐きながら咀嚼する。
美味しい。熱々の生地のほのかな甘みに、とろけるような肉の味。美味しい、美味しいのだが。
「何か物足りないわね」
そうルイズは言った。
「休日の町の屋台で売っていそうな味ね」
とキュルケも続く。
「野菜入りのミートパイみたいね。品のない舌触りだけど」
とモンモランシー。
「薄味」
とタバサ。
「そうですか? 美味しいと思いますけど」
とロングビル。
その微妙な評価に、才人はしまった、と叫んだ。
「大切なのを忘れてた! この上に、ソースとマヨネーズと鰹節と青のりをかけるんだよ」
思わぬ失態に、才人は頭を抱えた。
そして、その才人の叫びに聞き慣れぬ単語を耳にしたキュルケは疑問を投げかける。
「マヨネーズ? 鰹節? アオノリ? それもニッポンの料理?」
「マヨネーズはハルケギニアにもあるわよ、キュルケ」
そう才人ではなくルイズが答えた。
「あらそうなの? 聞いたことがないけれど」
「ガリアの地方のソース」
そうガリア出身のタバサが追加で答えた。
「トリステインには輸入されていないわね。マルトーおじさまなら知っていそうな物だけれど……あれ、マルトーおじさまは?」
マルトーに話を振ろうとしたルイズだが、テーブルに彼がいないことに気付き辺りを見渡した。
すると。
「おーう、嬢ちゃん達、食うのはまだはえーぞ! このソースを使いな!」
マルトーが鍋を両手で抱えて厨房の奥から歩いてきた。
「賄い用に作ってるソースだ。きっとそれに合うぜ」
「よくソースが必要って解りましたね」
マルトーの準備の良さに、才人は驚いて彼に訊ねた。
まさか料理人の勘というやつだろうか。
「いや、焼いている途中にちょっと食べてみて、これはソースがいるだろうってな」
「つまみ食いはずるいっすよ料理長ー」
「そうですよー」
マルトーの告白に、使用人達が口々に文句を言い出す。
「がはははは、良いじゃねーか。こうしてソースを用意できたんだ、どうせお前達も物足りなかっただろう」
そう言いながらマルトーはお玉でソースをすくい、皆の小皿のお好み焼きの上にソースを薄くたらしていった。
ルイズはお好み焼きの上に載せられたソースをナイフの先につけると、それをなめてみた。
甘みと酸味の混じった独特の味がする。食べた覚えのない味だった。
「おじさま、このソースはどうやって作ったの?」
「おう、料理に使わない野菜や果物の切れ端を煮込んで、塩と酢と砂糖を混ぜたものだな。嬢ちゃん達の食事に出したことはないぜ。昔、これ作って上司に見せてみたら、客に残飯から作った料理を食わせる気かって怒られてなぁ。自信作だから賄いには出してるけどな」
「美味しいですよねー、マルトーソース」
マルトーの言葉に、シエスタがナイフでお好み焼きを切りながらそうソースの感想を述べた。
シエスタに追従するように、使用人達もうんうんと頷く。学院の平民達には人気のソースなのだろう。
ソースを配り終えたマルトーに、ルイズはさらに訊ねる。
「マルトーおじさま、マヨネーズの作り方は知っているかしら? お好み焼きにかけると良いそうだけど」
「おー、マヨネーズか。作れるぜ。でも、今から作り始めたんじゃ料理が冷めちまうな」
「鰹節とアオノリは知ってます?」
「そっちは聞いたことねえなぁ。鰹ってあの魚の鰹か?」
「どうなの、サイト?」
マルトーの言葉を受けて、ルイズは才人へと話題を振る。
才人は記憶を巡らせて、鰹節はどんなものだったかと記憶を巡らせる。
「ええと……魚の鰹をカチカチになるまで干して、紙みたいに薄く削った物、かな? ごめんあまり知らない。でも、出汁とかが一杯出るスーパー調味料だ」
「ほう、面白そうだな。今度鰹が入ったら試してみるか」
マルトーは才人の言葉に、目を輝かせた。
ソースがかけられたお好み焼きを前に、改めてルイズ達はナイフとフォークを握る。
そして冷めないうちにと、皆お好み焼きを口にする。
すると。
「あら?」
「……一気に美味しくなったわね」
「うん」
先ほどとはうってかわって、皆美味しいと絶賛する。
「ソースで味を引き立たせる類の料理だったのね」
「ソースを足しただけでこれだけ美味しいなら、マヨネーズと鰹節が追加されたらどれだけ美味しいのかしら?」
「もごもご……」
三人娘達は小皿の上のお好み焼きをぺろりとたいあげ、さらに大皿に積まれたお好み焼きを小皿へと仲良く取り分ける。
ちなみにロングビルはまた感涙極まった様子で一口一口噛みしめながら食べていた。
「確かに美味しいけれど、見た目が汚いから貴族の食卓に並べるのはちょっと無いわね」
一方、モンモランシーはそう感想を述べた。
「そうだなぁ。これを奇麗に焼き上げるのは俺でもさすがに無理そうだ。材料も安いから賄い行きだな」
「ひぃふふぃ」
「タバサ、口の中に物を入れながら喋るのはやめなさい。行儀悪いわよ」
キュルケが苦笑しながらお好み焼きを口いっぱいに入れながら話そうとするタバサを注意する。
しかられたタバサはしばし咀嚼を続け、口の中のものを飲み込むと、改めて言葉を放った。
「ずるい。平民だけこれ食べるの」
「がはははは、残念だったなぁ。実は賄には食卓には出してない俺の創作料理を一杯出してるのよ。貴族は料理の材料だけで文句を言うやつらが多いからな、端材を美味しく処理してるんだよ俺らは」
「ずるい」
そうして料理長特製マルトーソースの力により、大皿のお好み焼きはあっさりと無くなったのであった。
食事を終えたルイズ達は、食器を片付けると才人を囲んで日本の料理についての話を聞く。
「日本の料理に欠かせないのは、やっぱり醤油と味噌だな。大豆から作る調味料なんだ」
「大豆から調味料ねぇ……」
「やっぱりハルケギニアにはないのかー。はあ、味噌汁が恋しい……」
そう言って遠くを眺める才人。
そんな中、使用人の一人が控えめに手を上げた。
「あの、わたしの故郷のタルブ村に、大豆から作るショユとミソがあるんですけれど……」
「ええっ!? すげえ! タルブすげえ! どうなってんの!?」
「本気でシエスタには話を聞かないといけなさそうね……」
両手を上げて喜ぶ才人に、頭を抱えて考え込むルイズ。
そんな二人の様子を何のことやらと思いながら、モンモランシーが才人に尋ねた。
「ミスタ・ヒラガは他にどんな料理を知っているのかしら? ハンバーグやお好み焼きのような実際に作れそうなもので」
「俺、そんなに料理とかしないからなぁ……あんまり母さんの手伝いもしてなかったし」
才人は腕を組みながらどんな料理を作れただろうと記憶を掘り返す。
目玉焼き、卵焼き。いや、卵があるならそれくらいハルケギニアにもあるだろう。
カレー。いや、カレールーなんてどうやって手に入れるんだ。
昔体験学習で打った蕎麦。いやいや蕎麦の実なんてこんなところに存在するのか。
そうして悩み続けた後、ふと才人はある料理を思い出した。
「コロッケって料理の作り方を歌詞にした歌があるんだ。実際に作ったことはないんだけど」
「へえ、どんなの? 歌ってみて」
ルイズに促され、才人は使用人達の前で一人歌い始めた。
ハルケギニア共用語に訳されたその歌は、おおよそ次のようにルイズ達に聞こえてきた。
厨房に入りじゃがいもを用意する。
じゃがいもをゆでたら皮をむき、押し潰す。
玉葱を包丁でみじん切りにする。なお涙目になっても我慢すること。
塩と胡椒と振ったミンチをフライパンで炒める。
じゃがいも、玉葱、炒めたミンチを混ぜそれらを握って丸くする。
それの表面に小麦粉、溶き卵、パン粉を順につけていく。
熱した油でそれを揚げれば『コロッケ』の完成。
キテレツ外人。
「……誰?」
「ああ、しまった! マサルさんが混じった!」
才人が最後に言った言葉。
それは才人が良く読んでいた漫画雑誌のギャグ漫画『すごいよ!!マサルさん』に出てきた替え歌ネタだった。
ちなみに才人が歌った歌、キテレツ大百科のオープニング曲『お料理行進曲』の第一番は、ハルケギニアの言葉に訳され全く韻を踏んでいなかったため、才人は厨房にいる皆に音痴と思われたのであった。
□好きな焼気持ち 完□
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タイトルでラブコメ展開を期待した人はごめんなさい。