ヴァリエール家の三女ルイズ嬢は好奇心と探求心の塊である。
将来の可能性の一つとしてアカデミーの研究員を選択したのも、魔法研究で国に貢献したかったからではない。アカデミーに貯蔵された無数の研究成果。それを目当てにしたものだ。
幼い日、ルイズが芽生えたばかりのその破壊に対する好奇心を真っ先に向けたのが、自分に衝撃を与えた雷についてだった。
雷とはなにか。何故雷で木が炎上したのか。そして、自分の魔法であの破壊を引き起こせるのか。
雷と炎にまつわる自然に関する本を読みあさり、魔法の失敗を繰り返した。
そして雷を擬似的に引き起こす魔法も存在すると知り、魔法に関する文献も読みあさるようになった。
ルイズの母、カリーヌ・デジレは風のメイジである。
雷は風の系統の魔法。魔法の学習に積極的になった娘が雷の魔法を見せて欲しいと言ってくると、カリーヌは喜んでその破壊の力を披露した。
その圧倒的な魔法の暴力に、ルイズはさらに魅せられることになる。
屋敷内の本をわずかな期間で読破した幼いルイズは、新しい知識を欲した。
もっと破壊を。もっと破壊の知識を!
禁忌の欲にまみれたルイズは、さらなる知識のため親をだますことに決めた。
「お父様、お母様、わたしはいつかスクエアクラスの偉大なメイジになりとうございます。ですから、魔法に関する蔵書をもっと増やして欲しいのです」
スクエアクラスになりたいなど、完全な嘘だった。屋敷の本を読み切ったルイズは幼いながらも理解していたのだ。
自分は異常だ。
魔法を失敗して爆発するなど、ありえない。自分はハルケギニアの一般的な魔法の使い手ではないのだ。
自分の使えるのは爆発の魔法のみ。
だが、その爆発の性質は使う魔法の種類により変わる。破壊を楽しむようになってからそれを理解するようになった。
だからか、ルイズは確信していた。自分の使えぬ魔法の知識は、爆発の魔法をより強力なものにすると。
愛しい娘の懇願に、両親は困惑した。
魔法に関する本などこの屋敷に山ほどあるはずだ。まだ幼いこの子供に見せるような初等の魔法書など、それほど多くもない。
だが、ルイズがわずかな期間で身につけた魔法の知識を披露すると、考えが変わった。
この子は天才なのではないだろうか。
両親は喜んでトリステインのみではなくハルケギニア中からその権力を利用して書物を集め始めた。
魔法の本だけではなく、自然や文化、教養の本も多く読ませた。魔法を理解するには万物を理解することが必要だ。そういって両親はルイズに様々な知識を与えた。
人は、趣向にあった知識を覚えるとき、そして、欲に動かされたときにその記憶力を最大に発揮する。
ルイズは遊ぶことなど忘れて、読書と魔法の修練にあけくれた。
他の楽しみと言えば、身につけた様々な知識で姉のエレオノールをからかって遊ぶことくらいか。
得た知識の成果は爆発の魔法の変化と共に返ってきた。規模は大きく、狙いは正しく、距離は遠く。
精神力にこめた感情が魔法に影響されると言うことを実体験として理解する。対象を傷つけたくないと強く願えば、爆発は爆風と爆音に変わった。大樹を燃やした雷を思い浮かべると、爆発はより凶悪なものに変わった。
自らの魔法の力に自信をつけていくルイズ。それがさらに知識の蒐集を早める。
破壊のための読書。その読書が少しずつ破壊のためではなく自らの知識を増やすために変わっていくのにルイズは気付かなかった。
ルイズよりもルイズに知識欲を植え付けようとした両親達のほうが一枚上手だったのだ。
ルイズが膨大な知識と傲慢な性格と周囲を巻き込む行動力をもって『魔女』と呼ばれる以前のこと。
彼女の二つ名は、『賢者』であった。
□デカとヤッコサンその2~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
またやってしまった。
ルイズは自らの短気がまたやっかいな事態を引き起こしてしまったことを反省した。後悔はしなかったのだが。
普段は教師にすらまともな敬意を払わない唯我独尊なルイズだが、自分の背の上で気絶する才人に対してはずっと淑女としての態度を崩さなかった。
理由は二つある。
一つは彼の学院での立場を生徒達が口にしていたような平民ではなく、ヴァリエール家の客人とするため。
貴族の家柄としては一流である自分が彼に敬意を示せば、他の者もそれに従わざるを得ないだろう。
そしてもう一つ。こちらが本命。才人の機嫌を取るためだ。人間、下手に出た相手にそうそう悪い感情を持たないだろう。
遠い異国から攫われたという大きなマイナス感情。それを少しでも埋め合わせるため、ルイズはあらゆる手を使うつもりだった。
人から知識を引き出すということ。そして相手から好かれるということは、権力や暴力など役に立たないことをルイズはその経験から知っていた。
まあ、やってしまったことはしかたない。
ルイズはいつものようにそう結論づけて、背負った才人を引きずって歩き始める。
「どっせーい!」
ルイズの身長は153サント。比較的小柄だが、低すぎるというわけではない。
だが、才人の身長は170を超えるほどの高さ。フィールドワークに慣れたルイズと言えど、軽々と持ち上げるというわけにはいかなかった。
「……何やってるのよルイズ」
そんなルイズ上から、声がかかった。
「あら、キュルケ。授業はどうしたの?」
コモンマジックである『フライ』の魔法で宙に浮いているキュルケに、ルイズは才人を背負ったまま声を返した。
「いつまでたっても教室に戻ってこないから様子を見に来たのよ。……はあ、それにしても酷い格好ね」
キュルケの言うとおり、ルイズの格好は酷かった
背中に背負った少年に押しつぶされ老人の様に前のめりになり、さらには背負い鞄を背にではなく胸にぶら下げている。
とても高貴な公爵家の娘の格好には見えなかった。
「そういうならちょっとレビテーションで持ち上げなさいよ」
「はいはい……」
キュルケは『フライ』の魔法を解いて地面に降り立ち、ルイズの背中で眠る才人をレビテーションで浮かび上がらせた。
人一人分の重さから解放されたルイズは、身体を後ろにそらしてストレッチを行うと、身体の前にぶら下げていた鞄を肩から外し、。
「では御者さん、寮までお願いしますわ」
「授業はどうするのよ」
「気絶した人なんて授業に連れて行けないわ」
「はあ……どうせまた癇癪起こして魔法で吹き飛ばしたんでしょう」
「ぐ……」
図星だ。的確すぎる予想にルイズは何も言い返せなかった。
「しかし、会ったばかりの男性を自室に連れ込むなんて、ヴァリエールもやるようになったわねぇ」
「男性じゃなくて使い魔よ。それと、彼はヴァリエール家の客人扱いにするから余計な手出しは無用よ」
「あら、ヴァリエール家の男に手出しをするのがわたしの家の伝統なのだけど」
「はあ……」
いっそのことキュルケを彼の現地妻にさせてハルケギニアに留まるよう仕向けさせようかしら。ルイズは才人懐柔案にそんな新しい策を追加した。
ルイズは頭の中でこれからどうするかを考えながら手に持った背負い鞄を調べる。
これもまた今までに触ったことのない質感の布で作られている。素材は不明。唯一解るのが、非常に機能的な形状をした鞄だと言うことだ。
――鞄の口を開閉するのは……ファスナーか。何これ。この鞄一つ量産して売るするだけで屋敷が建てられそうだわ。
才人のことなどすっかり忘れ、ルイズは鞄の持つ魅力に一瞬でとりつかれた。
鞄だけでこれなのだ。中に入っている物は一体どれだけの価値があるのか。
ルイズは鞄のファスナーを開けると、おもむろに中をあさり始めた。
「ちょっとルイズ。その荷物ってこの彼の物なんでしょう。勝手に開けて良いの?」
「ばれなければ良いの。いつも言っているでしょう」
キュルケはルイズのそんな態度にため息を一つついた。
ルイズがばれなければいいと言って行動した結果、結局全てがばれて面倒ごとを引き起こしたのはこの一年だけで両手の指で数え切れないのだ。
ルイズはキュルケのそんなあきれの表情も意に介さず、鞄の中から一つの薄い箱を取り出した。
「ねえ、キュルケ。これ何だと思う?」
「ルイズが解らないのにわたしがわかると思って?」
「仮にもトライアングルメイジなんだからその言いぐさはないでしょ」
ルイズが取り出したのは、才人の世界ではノートパソコン、あるいはラップトップパソコンと呼ばれる物だった。
だが、それをハルケギニアに住む彼らが理解できるはずもない。
「素材からして解らないわねぇ……」
ルイズはノートパソコンを裏返したり拳で軽く叩いたりしてそれが何か確かめようとする。
「ちょっと貸してみて」
「はい、落とさないようにね。……まあこういうものならゲルマニア人のほうが詳しそうね」
ノートパソコンを渡されたキュルケは、杖を握ったままの手でルイズと同じように両手でいじりはじめる。
だが、やはりキュルケにもそれがなんの用途に使うものなのか、そもそも素材はなんなのか理解することは出来なかった。
「ちょっと彼降ろすわね」
キュルケは宙に浮かせていた才人を地面にゆっくりと降ろしレビテーションを解くと、右手の杖を左手に持ったノートパソコンに向けた。
「壊さないでよ」
「解ってるわよ」
キュルケが唱えたのは『ディテクトマジック』。対象物の魔力を探知するための魔法だ。
魔法で生み出された光の粉が、ノートパソコンに降りかかる。
「魔法の反応はないわね」
「そりゃそうよ。彼、魔法のない国から来たんだから」
「何それ!?」
ハルケギニアはメイジの支配する世界だ。
メイジが貴族となり王となり、魔法の使えぬ者達を支配する。それが何千年も続いてきたのだ。
魔法の使えない者が貴族の位を得ることが出来るゲルマニア出身のキュルケにも、魔法のない国というものが想像できなかった。
「本当なの、それ?」
「その箱を見ただけでわたし達の理解の出来ない場所から来たことが解るでしょう」
「ねえルイズ、これ土のメイジなら素材が解るかしら」
「何言ってるのよ。彼に訊けば良いだけじゃない」
ルイズは鞄の中からまた違う物を取り出しながら言った。
――これは動物の皮をなめしてできているわね。牛かしら?
手の平ほどの大きさの四角い物体。間に隙間が開いており、そこには紙と、これまた素材の解らないカードが入っていた。
折りたたみ式になったそれを開くと、右側に金属でできたボタンがついていた。
ルイズは躊躇することなくそのボタンを外した。中には様々な色をしたコインが入っていた。
「こっちは財布のようね」
「他人の財布をあさるなんて感心できないわね」
「ばれなければいいのよ」
ルイズは財布の中から一番大きなコインを取りだす。それは真鍮に似た輝きを持つコインだった。
金ではない。土地が変われば金属の価値も変わるだろうと今度は素材についての考えを切り捨てた。
ルイズが注目したのはそれではない。コインの作りの繊細さであった。
手に取ったときに最初に感じた違和感。それは、コインの側面に細かな溝が掘られているからだった。
片面を見ると、美しい草花の図柄。それと、見たこともない文字だ。
コインを裏返すと、一面に文字が浮かんでいた。文字は精巧な直線と美しい曲線で描かれている。
さぞや価値のあるコインなのだろう。
少なくともこの国の平民が日常で使うコインをここまで作り込む必要は無い。
ルイズは学院に向けて歩きながら様々な角度からそのコインを観察する。
そして、突然の事態に驚愕する。
文字の中から、文字が浮かび上がってきたのだ。ルイズは瞬時にその構造を把握。そして、めまいがしてきた。
「ねえキュルケ、ゲルマニアではこのコインを量産できるかしら?」
「今度は何?」
再び才人を宙に浮かび上がらせていたキュルケは、ルイズにノートパソコンを渡し代わりにコインを受け取った。
一分ほどコインを手の平の上で遊ばせたキュルケはやがてゆっくりとルイズの方を向いた。
「……是非彼の話を聞きましょう」
「ええ、格別のワインを用意して、昨日の晩酌なんかとは及びも付かない最高の尋問を行いましょう」
ルイズはわずか五百円の価値のコインを前に、その何百倍もの価値があるワインを用意することを決めた。
―
Q.ファスナーってハルケギニアにあるの?
A.一巻のロングビル絵の服がどう見てもファスナー付きです。1891年アメリカにて誕生。
メガネの形状やパンツのゴムなど私の考えるハルケギニアの文明レベルは高いです。