「昨日のハンバーグは美味しかったわね」
「そうね。今度夕食にでも並べて欲しいわ。マルトーさんならきっと素敵な改良もしてくれるでしょう」
「ハシバミバーガーお昼に食べたい」
「ハンバーガーは手づかみで食べられるのが良いわね。ちょっとした遠乗りで食べるのによさそう」
「……ああ、俺の大好物をみんなに認めて貰えて嬉しいよ」
口々にハンバーグの感想を言う四人娘に、才人は横を振り向きながらそう言った。
そして、前へと向き直る。
「でも、この状況はどうなんだ!?」
才人は目の前に広がる光景を見て、絶叫した。
□好きな焼気持ちその2~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
才人の座るテーブルの前には、大量の小皿に載せられたサラダがあった。
サラダはいずれも、細く千切りにされている。
「仕方が無いじゃない。『キャベツ』がどんな野菜か想像付かなかったんだから」
そんな才人の愚痴に、ルイズがそう答えた。
ルイズ、キュルケ、タバサ、モンモランシーの四人はサラダを一人で食べる才人の横で、パンをちぎりながらワインを嗜んでいる。
「翻訳されなかったってことはハルケギニアには無いってことだろ。諦めろよ」
「すぐに諦めたら人間堕落するわ」
ルイズはそう言うと、才人の前に小皿を持ってくる。
細かく千切りにされた葉菜がその上に載せられている。
「飯食った後にこの量は辛いんだが……」
「一皿一皿は一口分しか載ってないでしょう? あなたくらいの男の子なら余裕よ」
ルイズに促され、才人は仕方なしに小皿に手を付け始める。
才人が使うのはナイフとフォークではなく、夕食前に木材を削って作った『箸』だった。
名前も解らない野菜の千切りを才人は口へと運ぶ。
「……違うな。しっとりしすぎだ」
「はい、じゃ次」
ルイズが新しい皿を才人の前へ持ってくる。
才人はためいき一つ付きながら、箸をのばしてそれを掴む。
「器用ねぇ」
「ああ、箸か? 日本ではナイフやフォークよりもずっ一般的な食器だよ」
「わたしの分も作って貰ったのは嬉しいんだけど全く動かせないわ」
ルイズは懐から一組の木箸を取り出すと、才人の真似をしてペンを持つように箸を持つ。
だが、いくら力を入れても二本の箸の間は開かない。
「日本の子供は文字を覚えるよりまず箸の使い方から学ぶからなー。慣れれば、切る、刺す、掴む、絡める、全部これ一つで出来るようになる」
「スープは飲めないわね」
「スープはお椀にいれて、お椀を左手で持って直接口を付けて飲むんだよ」
才人は毎朝味噌汁を飲むときにそうしていたように、左手でお椀を掴んですするジェスチャーを取る。
それを見たルイズは。
「ちょっと原始的ね」
「文化の違いって言ってくれ」
そう言い返しながら才人は野菜の千切りを口へと運ぶ。
一噛み二噛みと咀嚼して、これは違うと結論づける。この水気の多さはキャベツというよりはレタスだ。
才人は次の皿を手元に持ってくる。
「そもそもこの中にキャベツに似た野菜があるかも解らないんだよな」
「他の野菜で代用できないのかしら」
「あの料理にキャベツ以外を使うなんて俺は聞いたこと無いぞ」
そう言いながら才人は野菜を口にする。
そして、首を振って皿を横に除ける。どうやらこれも違ったらしい。
次の皿を目の前へと運ぶ。
「あ、それは……」
ルイズはその皿の中身を見て、わずかに身を乗り出した。
「んんぎいー!? にがっ! にがっ!」
「ハシバミ草……慣れてないとすごい苦いから気を付けてって言おうと思ったんだけど……」
咳き込みながら横に置かれたコップの水を一気飲みする才人。
喉をさすりながら一息つくと、急に服の襟を引かれて才人は後ろに仰け反った。
「ハシバミ草、美味しかった?」
いつの間に後ろに回り込んだのか、タバサが襟を掴みながら才人の顔を覗きこんでいた。
「え、う、いや、苦すぎてちょっと苦手かな……」
タバサはその才人の感想を聞いて、眉をわずかにひそめ口を固く結んだ。
彼女との付き合いはまだ浅いが、才人には何となくこの表情の意味するところが解る。『けっこう悲しい』だ。
「あ、でも、そうだな、この野菜、焼き肉とかのときにタレと一緒に焼いて食べたら俺もきっと美味しいと思うよ! ピーマンみたいな感じで!」
「そう」
才人の言葉を聞き、タバサは襟を離して才人を解放する。
そして、皿の上に残ったハシバミ草の千切りを手で掴むとそのまま口へと運び、咀嚼しながらキュルケ達の元へと戻っていった。
「……いまいち良く解らん子だなぁ」
「そこが可愛いのよ」
自慢の親友を誇るようにルイズはそう言った。
才人は頭の中でもう一度、ようわからんとつぶやくと、再び千切りサラダの山と格闘し始める。
そんな才人の横から、ふと小さく声がかかった。
「あのう、ミスタ・ヒラガ、ミス・ヴァリエール」
メイドの制服に身を包んだ、黒髪黄肌の少女だ。
「あらシエスタ。どうしたの?」
ルイズがそう返事をした。
才人は黒髪のメイドを見る。どうやらこの少女はシエスタという名前らしい。
ルイズ達と行動を共にしていると、なかなか使用人達と知り合う機会がない。貴族と平民の地位の差というものだろうか。日常の行動範囲が違うのだろう。
ルイズ達はまだ良いのだが、他の貴族達はどうも使用人達への扱いが悪い。
明らかに下に見ているというのか、言い方は悪いが同じ人として見ている感じがしない。
そんな貴族と平民の差で、ルイズがこのメイドの名を呼んだと言うことはそれなりに覚えのある仲なのだろうか。
いや、ルイズならば学院に居る全ての人物の顔と名前を覚えてると言われても今更驚かないのだが。
「その、キャベツという野菜を探しているのですよね?」
「そうよ」
才人を間において、シエスタとルイズは言葉を交わす。
「あのですね、間違っていたら申し訳ないのですが、わたしの故郷ではヤシェ玉を『ニセキャベツ』と呼ぶんです」
「本当? でもヤシェ玉なんて煮る野菜であって、生で食べるものではないわよ?」
「いえ、故郷ではよく、こうやって細切りにして塩を振って食べていました」
シエスタの言葉に、ルイズは才人の方を向いた。
「よし、サイト、ヤシェ玉を食べるのよ」
「いや名前だけ言われてもどれだかわかんねーし」
「あ、はい、これですミスタ・ヒラガ」
シエスタがまだたくさん残っている小皿の中から一つ選んで才人の前に置いた。
才人は前に置かれた小皿の中身を両の目で見つめる。
見た目。
うん、それっぽい。
色。
うん、キャベツと同じ色だ。
才人はそこまで確認した才人は、右手の箸でヤシェ玉の千切りをはさむと、そのまま口へと運んだ。
「……うん、これ、キャベツだ。キャベツの千切りだ!」
「本当! よおーっし!」
ルイズは才人のその言葉を聞いて思わずガッツポーズを取った。ところどころで貴族らしからぬ行動を取る少女だ。
そうしてルイズは横を振り向くと、ワインを飲んで談笑していたキュルケ達へと声をかける。
「さ、みんな材料が揃ったわよ。動いた動いた」
ルイズの呼びかけに「はぁーい」とゆるんだ返事をキュルケとモンモランシーは返し、グラスを置いて立ち上がる。
昨日に引き続いて十人ほど集まっていた使用人達も、洗い終わった調理器具の置いてある台へと向かう。
皆が動く中、食べ終わった野菜の皿を片付ける才人にルイズは話しかける。
「でも何でヤシェ玉がニセキャベツなのかしら。初めからヤシェ玉って翻訳されていても良さそうなのに」
「だって、キャベツじゃなくてニセキャベツなんだろう?」
「ニセって何よ」
「え、ニセはニセだろう……って、翻訳されてないのか。ニセは日本語で偽物とか似たような物って言う意味だよ。つまり偽物のキャベツ」
「……待って、なんで日本語の名前がシエスタの故郷の方言になってるの?」
「ん……え、あれ?」
ルイズは芋の入ったカゴを運ぶシエスタを両目で見据える。
「今度、シエスタの故郷について詳しく聞いた方が良いかもしれないわね」
昨夜のハンバーグの時と同じようにして、貴族と平民が混ざり才人の指示で料理を作っていく。
まず用意されたのは、パンを焼くのに使う小麦粉だ。
それを台の上に載せられた鍋の中に入れる。
「そして、小麦粉の半分くらいの量の水を入れる。入れたらダマにならないようによくかき混ぜる」
才人の指示に従いタバサが鍋の中に水を入れ、モンモランシーがそれをかき混ぜる。
同じようにルイズとキュルケも二人で仲良く鍋の中をかき混ぜていた。
その横では、シエスタが袖をまくり、皮をむいたべたべた芋をおろしがねですり下ろしている。
他の面々、マルトーは自慢の鉈包丁でキャベツを大きくみじん切りにし、深い皿へと載せていく。
他の使用人は賄い用に余らせた豚肉を氷倉庫の中から取りだして、ナイフで細切れになるよう肉片をそぎ落としていく。
「そして混ざったら……って、ロングビルさんそんなに身を乗り出さなくても全部説明しますよ。また学院長に言われて来たんですか」
「いえ、ちょっと個人的興味が……」
そんなやり取りをしつつ、小麦粉と水が混ぜおわる。
シエスタ達メイドもべたべた芋をすりおわったようだ。かゆそうに指先を爪でかいている。
「本当は小麦粉と水の状態で時間をおくといいらしいけど、時間がないので省略しよう。俺も家でそれやったことないし」
才人は台におかれた鶏卵を手に取り説明を続ける。
「山芋……べたべた芋だっけ? それと卵を小麦粉水の中に入れてかき混ぜる。鍋一つに卵は一個でいいかな?」
その才人の指示に従って、鍋の中にすり下ろしたべたべた芋が入れられる。
べたべた芋はどうやら山芋と似通った芋の一種のようだが、その形は山芋とは違いジャガイモのように丸く小さい。
これならば入れすぎということは無いだろう。
芋と卵を入れ終わり、キュルケとモンモランシーはそれを混ぜ始める。小麦粉を水に溶かすのとは違い、それらは綺麗に混ざり鍋の中の色が少しずつ変わっていく。
「次は肉とキャベツを混ぜれば用意は終わり……マルトーさん、そっち終わりました?」
「おう、今持ってく!」
深皿の中に山盛りになったキャベツと、その半分もない細切れの豚肉が台へと運ばれる。
そして、鍋の中にキャベツと肉が入れられ、それをまたかき混ぜる。
「む、急に混ぜるのが難しくなったわね」
お玉を使い鍋をかき混ぜていたモンモランシーが険しい顔でそう言った。
「ああ、そういうときはそこからすくうようにして混ぜるんだ。もう溶かすんじゃなくて均等になるように混ぜるだけだから、そんなに力はいらない」
「ああ、なるほど。こういう感じね」
才人の言葉を聞いてようやくスムーズに手を動かせるようになるモンモランシー。
一方隣のキュルケは初めから余裕そうな顔で鍋の中を混ぜていた。キュルケは料理が得意であった。
「それでタネは完成。本当は油を薄く塗った鉄板をみんなで囲んで焼くんだけど……さすがに鉄板なんて無いだろうからフライパンだな」
「焼くからオコノミ焼きなのね」
鍋の中を混ぜ終えたキュルケが腰から抜いた杖を軽く振り、杖の先に小さな火を灯した。
「でも、『オコノミ』って何かしら? この鍋の中の物が『オコノミ』?」
鍋の中を興味深そうに眺めていたルイズがそう才人に質問する。
「オコノミはえーと、お好み。好きな物を入れて焼くって意味かな?」
「『お好み焼き』ね。日本の固有名詞を使うときはもう少し意味を思い浮かべながら言ってね、サイト」
包帯の巻かれた才人の左手に触れながらそうルイズが言った。
そしてモンモランシーが鍋を混ぜる様子を横で見ていたタバサも才人に言葉をかける。
「好きなものなら何でも?」
「いや、一応いくつか入れる候補があって、肉の他には……海老とか、チーズとか、餅とかだな」
「モチ?」
「えーあー、そうか、餅は確かにハルケギニアになさそうだな。米はあるよな?」
「ある」
「米の中でも特にべたべたもちもちしたやつを炊いて、熱いうちにそれを叩いて潰してこねるんだ。すると米が固まって餅になる」
そう会話を続ける横で、モンモランシーもようやく鍋をかき混ぜる手を止めた。