ルイズ、キュルケ、タバサ達三人は、虚無の曜日に一緒に街へ繰り出すことが多い。
これは、放っておけば自室に籠もって出てこないルイズとタバサを週に一度くらいは太陽の下に連れ出そうとキュルケが努力を続けた結果である。
虚無の休日にトリステインの中でも一番の都市である王城の城下町にいくには、学院から馬を借りるか、朝食後に学院から出る乗り合いの馬車を利用するかである。
だが今日城下町へ繰り出そうとするルイズ達はそのどちらも選ばなかった。
ルイズ達は先日決闘が行われたヴェストリの広場に集まり、一匹の風竜を目の前にしていた。
「人が三人、火トカゲが一匹。帰りは荷物も増えるわ。シルフィード、いけるかしら」
「きゅい!」
竜の大きな頭を撫でながら言うルイズに、シルフィードは強く肯定するようにひと鳴きした。
その鳴き声を聞いてにっこりと笑ったルイズは傍らのタバサへと向き直る。
「はい、これ。道中で読むと良いわ」
ルイズは背に負ったリュックの中から、5枚ほどの紙を取りだした。才人が地球から持ち込んだ鞄は、いつの間にかルイズの物として扱われていた。
「何?」
「使い魔に人語を喋らせるための方法についての草稿案よ。はい」
紙をタバサに手渡すルイズ。その横では、シルフィードとフレイムがきゅいきゅいきゅるきゅるとはじめましての挨拶を交わしていた。
「人語……?」
「そ。タバサなら『緑の街の黒猫達』を読んだことがあるわよね?」
「うん」
緑の街の黒猫達。魔法を使える平民メイジの使い魔達が、人語を話して街中を大冒険するという、最近人気の児童小説だ。
「使い魔のルーンの恩恵で、あの黒猫みたいな使い魔が人の言葉を話すようになると言うことはまれにあるの。それも、使い魔になったときにいきなり話せるようになるのだけじゃなくて、使い魔になって十年も経ってから話せるようになった例もあるわ」
タバサは、ルイズの話を聞きながら紙の一枚目を眺める。
草稿とはいうものの、文字で紙がびっちりと埋め尽くされていた。
筆跡はインクとペンを用いたものではなく、才人が地球から持ち込んだボールペンの文字。
つまり、これはこの四日間のうちに書かれたと言うことだ。
「使い魔が人語を話すのに必要なのは、初めからそれが備わっているかの運と、知能。運はともかく知能は訓練で上げられるから、その紙に書かれている方法を試すと良いわ。シルフィードは大きいから、昼にでもこの広場で訓練すると良いわね」
昼、と言う言葉と、広場、という言葉を特に強調してルイズは言った。
「読み終わったらその紙他の人にも貸してあげて。自分もやってみたいって人、きっといると思うから。ああ、学院だけじゃなくてガリアの知り合いにも見せてあげて良いわよ」
「…………」
「あれ、ルイズ、タバサ何を話しているの?」
いつまでもシルフィードの上に乗らずに話し込んでいるルイズ達に、フレイムとシルフィードのやり取りを眺めていたキュルケが割ってはいってくる。
「使い魔が人の言葉を話すための方法よ。キュルケ、あなたのフレイムももしかしたら喋れるようになるかもしれない」
「本当!?」
「ええ。タバサも。その子、子供の竜みたいだから、頭が良くなればもしかすると数年後には言葉を喋れるようになっているかもしれないわね?」
ルイズはそう言ってタバサに向けてウィンクをし、シルフィードに乗り込むためにタバサの元から離れていった。
「……ありがとう」
タバサはルイズの背に向けて、小さく感謝の言葉を言った。
□がんだーるう゛その5~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
トリステインの城下町は馬の行き交う大都市であったが、その衛生環境は非常に優れていた。
水を象徴とするトリステイン王国。その名の通り優れた水のメイジを多く抱える魔法王国であった。
水は汚れを洗い流す。汚れとは毒であると、水のメイジ達の研究によって広く知られており、王宮の傍らに広がる城下町は日々清掃が行われ、さらに水道や治水も長い時間をかけて整えられていた。
虚無の曜日は人も多数行き交うため、町のあちらこちらに清掃を担当する平民や水のメイジの姿が多く見受けられた。
その城下町の大通りに面したブルドンネ街をルイズ達は歩いていく。
四人の他に、フレイムも巨体を揺すって人の波を割りながら前へと進む。
シルフィードは流石に町中に入れるわけには行かないので町の外に離している。今彼女は一人置いていかれたことに拗ねて、草原でふて寝をしていた。
「とりあえずルイズ、今日はサイトの買い物をするんでしょう? どこからいくの? やっぱり服?」
「武具店」
「は? 武具?」
「剣をサイトに持たせるの。サイトは、武器の鑑定士だって説明したでしょう」
「おう、その通りだ」
「はあ……。でも一日歩き回るのにいきなりそんな重たい物買うの?」
「さすがに持って歩かないわよ。学院まで送ってもらうの。たくさん買うつもりだしね」
ルイズはそう言って、マントの上に背負った背中のリュックを右手で叩いた。
中には、金貨や銀貨がぎっしりと詰まっている。
一目でこの鞄の構造を見極められるものはいないだろうと、スリ対策に持ってきていたのだ。
「さすが公爵家の三女は言うことが違うわねぇ」
「別に親からもらったお金ばかりじゃないわ。自分で稼いだお金もあるわよ。ちょっと盗賊の返り血がかかってるかもしれないけどね」
ルイズはそんなことをさらりと言って、大通りをそれて路地裏へと入っていく。
貴族の行き交う大通りとは違い、ごろつきのたまり場となっている裏道は清掃員が足を運ぶこともない。
ゴミや汚物が道端に転がり悪臭を放っていた。
「きゅるきゅる」
「ああフレイムごめんね。ここを這って歩くのは辛いわよね。……はい、『レビテーション』」
ゴミを前に足を止めていたフレイムに、キュルケはルーンを唱え浮遊の魔法をかけて浮かび上がらせた。
ルイズ達は汚物を避けて前へと歩いていく。
「きたねえなあ……」
東京のアスファルトの風景を見慣れていたサイトは、汚い裏道に素直な意見を述べた。
「こんな場所まで清掃の手を行き届かせるほど、国の財政に余裕はないのでしょう。……雨が降ったら表にも汚れが流れるから、わたしはここも綺麗にした方が良いと思うのだけれどね」
「そもそも道にこんなゴミを放り投げてるってことが俺には良く解らん」
そんな言葉を交わしながら彼女達は歩き、剣の形をした看板の店の前で足を止めた。
石段を上がり、羽扉を開ける。少女達が一列に並んでぞろぞろと薄暗い店の中に入っていった。
「おやおや、貴族の奥様方。そんな集団でこんな店に何用ですかね。ピエモンの秘薬屋は一本道が違いますぜ」
その様子を店の奥のカウンターから見ていた五十歳ほどの中年店主が呆れたような声で言った。
「客よ。武器を見せて頂戴」
「はは、おったまげた! 貴族様が刃物をご入り用ですかい!」
「貴族が剣を振らないなんて常識に凝り固まるくらいなら、杖を仕込んだ剣を一本でも多く貴族の軍人に売りつけることを考えなさいな、おじさま」
「はは、ははははは、なかなか言うじゃないですか若奥様」
ルイズの言葉に、店主はくわえていたパイプを唇から離し、口から煙を吹き出しながら笑いこけた。
今日は休日だというのに客が来なくて困っていたところだ。丁度良い、この小生意気な貴族から金を巻き上げてやろう。店主はそう考えルイズをぼったくりの標的として見据えた。
「この店の剣の質が知りたいわ。『ごく普通の』大剣をまず見せて」
「おうよ」
普通のと言われて、店主はどれほどの質の剣を出したものかと悩んだ。
相手は貴族。そこそこ立派な剣を用意した方が良いだろうか。
いや、質の悪い剣を見せてこれが平民の中では普通なのだと言って高く売りつけるか?
三十秒ほど店の奥で悩んだ店主は、素直に店で一番多く扱っている『普通の』大剣をカウンターへと運んだ。
「いかがですかね、奥様」
「サイト、見て」
ルイズに促されて才人は両手で目の前の大剣を両手で握った。
「すげぇ! 本物の剣だ!」
「良いから、心を落ち着かせて『鑑定』してみせて。得意なんでしょう?」
ルイズの言葉に、そうだ、自分は武器の鑑定士だったんだと才人は真面目そうな表情をつくろってみせた。
「……鋼でできた大剣。重心が先端に寄りすぎているから、振る際は剣の勢いに身体を引っ張られないように気を付ける必要があるな。切れ味は悪いから、引くよりも叩きつけるようにして重さで相手を潰す感じで使う」
「ほう」
才人の評価に、店主は素直に感嘆の声を上げた。
若く見えるが、この金髪の貴族に使えている護衛だろうか。
「なるほどね。おじさま、この剣おいくらかしら」
「はあ、ごく普通の大剣ですからね。新金貨で二百ってところですぜ」
店主のその言葉に、ルイズは無言でカウンターを全力で蹴りつけた。
「ひっ!」
小さな体から放たれた蹴りは床にくくりつけられたカウンターを傾けさせ、店内を揺さぶった。
「馬鹿にしているのかしら? わたしは別に板金鎧を買いに来たのではないのだけれど」
新金貨で二百。それは、平民の一年の生活費に匹敵する。
いくら命を売る高給取りの傭兵とはいえ、その価格で平凡な剣を買おうとするものはいない。
「貴族が皆、物の価値を解らない愚者ばかりと思わないことね。お金の価値を知らなければ、領民に正しい税もかけられないのよ?」
「へ、へへ、これはとんだご無礼を。その剣は新金貨で八十でさあ」
へこへこと頭を下げながら店主は平謝りする。どうやら目の前の貴族にはぼったくりは通用しないようだ。
貴族相手にぼったくりをするのは、ばれた場合非常に危険なことになる。店主は素直に剣の正しい値段を言った。
一方のルイズはこの店主が初めからまともな値段を提示しないであろうと予想していた。
店に並べられた武具には、どれも値札がつけられていない。ようするに、そういう店なのだ。
「とりあえず一通り目を通すから、順に持ってきて。大丈夫、冷やかしのつもりで来たわけじゃないから何本か買っていくわよ」
この貴族は自分より一枚上手だ、そう長年培った直感で悟った店主は、それなら良い剣をたくさん買っていってもらおうと一品物の武器を取りに店の奥へと引っ込んでいった。
「なに、タバサ剣に興味あるの?」
ルイズと店主のやり取りを横目に、キュルケとタバサは店の棚に飾られた剣や鎧を眺めていた。
金物に興味はなかったキュルケだが、意外と真面目に剣を眺めているタバサに驚いて横から声をかけた。
「昨日メイジ殺しの技を初めて見た。鉈でゴーレムを討ち取る。興味深い」
「ああ、昨日のサイトの決闘ね。確かに凄かったわね」
キュルケは昨日サイトが振るっていた鉈に似た曲刀を手に取りながらタバサの答えに声を返した。
「でも、メイジなら剣なんかじゃなくて『ブレイド』の魔法とか『エア・ニードル』の魔法とかを使えば良いじゃない?」
「魔法を二つ同時には使えない。片手に剣。片手に杖。それが理想」
「タバサみたいな身体のちっちゃい子が二杖なんてできるわけないわよ。軍人の使う杖剣にしておきなさい」
「……そう」
「こんな場末の武具店にそんなもの置いてあると思わないけどね」
とそこまでキュルケは言ったところで、ふと数日前に見たルイズの論文を思い出した。
「タバサ、小さなあなたでも剣を持ちながら杖を持てるわよ」
「?」
キュルケの言葉に、タバサは首を傾げた。
まさか細身の杖と剣を一緒に握れとでも言うつもりなのだろうか。そんなことをすれば、握力の弱いタバサでは握りが甘くて手から剣がすっぽぬけてしまう。
「ルイズよ、ルイズ。あの子、杖を持たずに魔法使っているでしょう」
キュルケの言葉を聞いて、タバサは心底嫌そうな顔をキュルケに向けた。
ルイズが杖を持たずに魔法を使えているのは、腕の中に魔法の杖の素材を水のメイジの外科手術で埋め込んでいるからだ。
確かにあれはすごいと思うタバサだが、実際自分の腕に仕込みたいかというと、否だ。
「悪趣味」
「あはは、まあそうよね。でもね、ルイズはあれの他に、指輪型の杖とかも作っているのよ。それなら両手で剣を握りながら魔法を使えるでしょう?」
「それ、本当?」
「本当よ。確認してみましょうか。ねえ、ルイズ……って、それ!」
カウンターのルイズの方へと顔を向けたキュルケだが、目に飛び込んできたものを見て驚きの声をあげた。
宝石がはめ込まれ金の細工が施された、豪奢な大剣がカウンターの上に載っている。
「す、すごい剣じゃない」
キュルケは剣やメイスといった金物に興味はないが、貴金属や宝石には興味が大ありだ。
剣に施された見事な装飾に釣られるように、ふらふらとカウンターへと近づいていく。
「おや、若奥様お目が高い。これはかの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が鍛えた大剣でさあ」
「シュペー卿! 偽物じゃないの!? いえ、この銘は確かに……よくこんなもの仕入れられたわね」
「へへへ、まあ長年武具屋をやっていればこういうのを手に入れられる機会がございましてね」
店主は、この大剣をまるで自分が作った物だと言わんばかりに胸を反らして誇った。
キュルケは剣を両手に持って散りばめられた宝石を眺めている。
だがルイズは興味なさそうな顔で、ただ一言、「サイト」と鑑定士の名前を呼んだだけだった。
「キュルケ、ちょっとそれ貸してくれ……うん、ありがとう。よし……」
大剣の柄を握り、才人は薄目できらびやかな諸刃の刀身を眺めた。
二十秒ほどそうしてから、才人はゆっくりシュペー卿の大剣をカウンターに広げられた柔布の上に置いた。
「これ、なまくらだ。丁寧に扱わないと簡単に折れちまう」
その才人の声を聞いて、胸を反らしていた店主は慌て始めた。
「そ、そんなはずが……! 刀身には魔法もかけられていて鉄すら一刀両断のはずですぜ旦那」
「キュルケ、『ディテクトマジック』」
「あ、うん、解ったわ」
店主と一緒に驚きの顔を浮かべていたキュルケは、淡々と放たれたルイズの言葉に促され腰に差した杖を引き抜いてルーンを唱えた。
杖の先から光る魔法の粉が金細工の施された刀身に降り注ぐ
「ええと……、『固定化』ね。でも、強度を増すというよりは装飾を守るために経年劣化を防いでいる感じ。切れ味はほとんど上がっていないでしょうね」
「そ、そんな……」
才人とキュルケの鑑定結果に、店主はがっくり肩を落としカウンターの上に突っ伏した。
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原作では今後も触れられないだろうという予想で独自設定ラッシュ。
しかし、自動操縦の人形型マジックアイテムとインテリジェンスアイテムが組み合わさったら、SFなAIロボットが完成するんですね。魔法って凄い!