□がんだーるう゛その4~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
夕食を終え部屋に戻ったルイズと才人。
部屋の隅には、すでに下段に収納棚が据え付けられた新しいベッドが用意されていた。
二人は机の傍らの椅子に座り、机の上に載せられた刃物を前にして『ガンダールヴ』についての考察をする。
「今のところの仮定では、『ガンダールヴ』の力は二つ」
ペン先を引っ込ませた四色ボールペンの先端で、ルイズはノートとして使っていた茶色い紙を叩く。
「一般的な武器、及び『サイトが武器と認識した道具』の使い方が頭に流れ込んでくること」
机の上に並べられているのは、短剣、ナイフ、ペーパーナイフ、布に石を詰め込んだ即席のブラックジャック、木の串、食堂から持ち込んだ食事用のナイフとフォークだ。
初めフォークでは発動しなかったガンダールヴのルーンだが、ルイズがフォーク一本で看守を殺し脱走したこそ泥の話をすると、食事用のナイフとフォークでも左手のルーンが輝くようになった。
一方木の串は、串どころか割り箸ですら事故で人が死ぬことを才人は知っていたため、ガンダールヴの力を引き出すのにさほど時間はいらなかった。
必要なのは手に持つものを武器と思い込むための想像力だ。
「そして、それらの武器を持つと身体能力が向上すること」
これは鉈で丸太を切ったときや、広場での決闘で実践済みだ。
さらに才人は先ほど、ペーパーナイフを持ちながらその場で宙返りもしてみせたりもした。
「でも、この身体能力というのはすごい限定的ね。さっき昼の広場を担当した衛兵さんに確認を取ったんだけどね、サイトの動き、凄い変だったらしいの」
「変?」
「ええと、動きはまるで野獣のように素早い。でも、構えとか剣の振り方は素人そのものだ、って」
才人はその言葉に、母がレンタル店から借りてきた古代文明の戦争映画を思い出した。
映画の中の筋骨隆々な戦士達はどのようにして武器を振るっていたか。
「えーと、つまりあれか。向上した腕力だけで無理矢理戦っていたと」
「それは少し違うと思うわ。腕力だけでは、銅の塊を鉈で綺麗に真っ二つなんてできないわよ。あなたは武器の正しい扱い方、刃物をどう動かせばものを切れるかについては理解している。けど、人が長い年月を培って積み重ねてきた技術、『武術』については専門外なのよ、おそらく」
刃物の正しい扱い方と、武術。
近いようでいてその実かなり遠い理念だ。
「あー……確かに言われてみればそうだ。鉈を持っていたとき、なんつーか、スポーツをやるときみたいな正しいフォームの取り方とか、効率の良いゴーレムの倒し方とかは思い浮かばなかった」
「六千年前の使い魔だものね。その時代に剣術や槍術がなくても納得できるわ」
そう結論づけ、ルイズは机の上の刃物を片付け始める。
その最中、ルイズはふと気付いたように才人に話しかけた。
「武術に興味があるなら衛兵さんに教えてもらいなさい。今度紹介するわ」
「そうだなー……こんな力があるならそっちも身につけた方が良いか」
「その理由以外にも、身体を動かす趣味を持った方が何かと楽しいわよ。わざわざわたしと一緒に使えもしない魔法の授業を聞くよりかはずっと良いんじゃないかしら。ちなみにわたしも武器を使わない武術ならちょっとだけ知ってるの」
両手に短剣を抱えながら、ルイズは腰をひねり右の回し蹴りを虚空へとはなった。
空気を切り裂く軽快な音が室内に響く。
残念ながら才人の位置からは脚を上げたルイズのスカートの中身は見えなかった。
「魔法使いに格闘技が必要なのか?」
「口を塞がれたり杖を奪われたりしたら、結局頼りになるのは自分の身体よ」
「ルイズは他の皆と違って杖を持っていないじゃないか」
「わたしは両腕が杖だから。ああ、腕を折られたら魔法が使えなくなるかもしれないわね。ちょっと考えておきましょう」
クローゼットの奥に刃物をしまいながらルイズはそう答えた。
机の上には食事用の道具と木の串だけが残り、メモを取っていた紙も戸棚の奥にしまわれた。
片付けを終えたルイズは再び椅子の上に座り、才人に向けて人差し指を突きつけた。
「さて、キュルケ達がまた来る前に、キャラ設定について決めておきましょうか。たまには自分の使い魔も構ってあげなさいとって言っておいたから今日は来ないかもしれないけれど」
「キャラ設定て……」
キャラ設定という用語がハルケギニアの言葉に存在することに才人は呆れた。
いや、自分になじみが深い言葉だったせいでそう訳されてしまったのか。パソコンのバッテリーに限りもあるし、もうゲームが出来ないんだなと才人は残念に思った。
ちなみに才人がおぼろげながらも世界地図をちゃんとした形で書けたのも、インターネット専用機であったノートパソコンについでにいれてみたシヴィライゼーションなどのシミュレーションゲームのおかげであった。
「まず、異世界から来たという話だけど、これは私とキュルケ、タバサの三人だけの秘密。他の人には地図にも載っていない遠い異国の地から召喚された賢人と説明する」
「ああ、まあ異世界なんてばれたとしても誰も信じないだろうけどな」
「だからこそ、漏れる経路が増えるのを恐れずタバサにも教えたのよ。まあ一応、あの二人にはもう口止めをしてあるけど」
ルイズは四色ボールペンを手の中でいじりながらそう答えた。
四色のペン先を一色ずつ交互に出していく。さらに同時に二色を出そうとしても出てこないことを確かめたり、ペン先を出し切らずにスイッチ部がバネで戻る様子を観察したりしていた。
ルイズはすっかりこのボールペンの構造を気に入ってしまったようだ。
四色ボールペンに興味を奪われつつも、ルイズは言葉を続ける。
「そして、ここからはキュルケ達も含めた皆への説明。あなたは学問を学びつつ、武器の鑑定人をしていた」
「ああ、武器の使い方が解るって言うのは隠さないのか」
「真実に嘘を混ぜるのが正しい人のだまし方よ」
ボールペンの先を才人に突きつけ、ルイズは断言した。
「で、武器好きが高じて趣味でそれを振るってはいたけど、特に誰からも学ばなかったので剣技は身につかなかった。そんな設定でどうかしら?」
「なるほどなー。でも、身体能力の向上についてはどうするんだ? 剣持ったときだけ素早くなるんじゃどう見ても違和感あるだろ」
「そっちは一応考えがあるわ。まあ設定上は物を壊すと困るので普段は力を抑えているという感じにしましょう」
「種族が違うってことにすればいいか」
「種族?」
「ほら、俺ルイズ達と違って肌の色黄色いだろ。だから小型犬と大型犬の違いみたいに、ハルケギニア人とは種族が違うってことにすればおっけーだと思う」
「そうね、確かにそうね」
ルイズと才人はノリノリでキャラ設定を作っていく。
才人は普段からゲームや漫画に触れていたためかこういう設定を考えるのが好きな若者であったし、ルイズは友人に演劇好きの幼なじみと読書好きの同級生がいるためこういう人物設定の話をすることがわりと多かった。
やや暴走気味であったが、それでも何とか整合性の取れた嘘を考える。
「問題は、この左手だよなぁ。理由もないのにずっと包帯を巻き続けるなんてわけにはいかないだろう。怪我ならずっと治らないのも変だし」
才人は、ガンダールヴのルーンを隠すための包帯が巻かれた左手をランプに向けて透かした。
「それは大丈夫。昼の決闘で鉈を落とすためにあなたの手を爆破したでしょう。あれで酷い火傷を負ったということにすれば良いのよ」
「あれは右手だったぞ?」
「どっちの手だったかなんて誰も覚えてなんかいやしないわよ」
「でもそうなるとルイズが俺に人に見せられないような火傷を負わせたってことになるだろ? いいのかそれで」
「サイトはギーシュを切るつもりはなかった。でも横で見ていたわたしは自分の使い魔が貴族を傷つけるとあせり魔法を使った。これならどちらにも非がないように聞こえるでしょう」
「うーん、そうかなぁ」
才人は右手で包帯の表面を撫でながらルイズの言葉に首を傾げた。
彼にはまだメイジと使い魔の関係がどのようなものであるかほとんど理解していなかった。ルイズの話を使い魔と主ではなく、人と人としての間の出来事としてとらえていたのだ。
「ま、これで悪い評判が立ったとしても今更気になんてしないわ。それより、包帯だと動かしづらいでしょう。水のメイジに頼んで皮膚手袋を用意してもらうわ」
「皮膚手袋?」
「火のメイジが自分の手を焼いてしまうということは良くあるの。そういった人が火傷を隠すために使う、はめても違和感を感じないマジックアイテムの手袋よ。色は白で良いかしら?」
「色は何でもいいや。でも、魔法でも火傷の痕は消せないんだな。地球でも皮膚移植とかしないと消せないらしいし」
「重度の火傷の痕は水のトライアングルメイジでもないと治しきれないし、それに手袋と比べて治療用の秘薬はすごい高級品なのよ。平民が何年も遊んで暮らせるくらいにはね」
なるほど、と才人は頷く。
だが、ルイズの言葉を少し反芻して考えてみると、おかしなところがあると気付く。
「ルイズには火傷を消せる魔法使いの知り合いはいない? 治療の薬を買うほどのお金はない?」
「……どっちも答えは否、ね。でも傷を治さない理由はどうとでも作れるわ」
「じゃあこういうのはどうだ。ルイズの命令を聞かず決闘を続けようとした俺は、自分を恥じて火傷の痕を自らの戒めとして……」
「クドい! というかクサい! 没ね」
「い、今更それを言うかお前は……」
得意げに設定語りをしていたところに入った思わぬ突っ込みに、才人は顔を赤くして反論した。
「この設定はわたしも関わることなんだから、真面目に考えてよね」
「てめぇ!」
二人は左手の火傷の理由をどうするか、討論を交わし始める。
その討論は、キュルケがフレイムを連れて部屋にやってくるまで続いた。
「あれ、なんで机の上に串とナイフとフォーク?」
ルイズは、才人に地球の食器について聞こうと思っていたのと誤魔化した。