ルイズは自らの魔法の属性について考える。
ルイズの持つ魔法の力。それたただひたすら「破壊」の一点のみを突き詰めたものだ。
火のメイジの使う『フレイム・ボール』。
ルイズの使う『フレイム・ボール』の爆発。
より強い破壊をもたらすのはどちらかと問われれば、圧倒的な差でルイズの魔法に軍配が上がる。
では、この破壊の力とは何か? 自らの使う魔法とは一体何か?
ルイズはこの十年間、それをただひたすら自問してきた。
四大魔法を知り精神力の本質を知り先住魔法を知ったルイズであったが、未だその答えは出ない。
だが、使い魔を召喚したあの日、ルイズの行く先に光が見えた。
爆発以外の魔法を使うことが出来たのだ。
成功したのは、『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーバント』の二つ。
ただのコモン・マジックと呼ばれるこの魔法。
だがどうだろう。使い魔召喚は数ある魔法の儀式の中で最も神聖なものの一つであると言われ、それがもたらす効果も他のコモン・マジックの比ではない。
その二つの魔法に共通するのは、全魔法の中で二つしかない使い魔に関する魔法であると言うこと。そして、口語詠唱の呪文、「五つの力を司るペンタゴン」という言葉だ。
五つの力を司るペンタゴン。これは始祖ブリミルのもたらした魔法の力を象徴する言葉。メイジそのものを表す言葉。学院の制服であるリボンを止めるためのブローチにもペンタゴンを表す五芒星が刻まれている。
五つの力とは、火、水、風、土の四大系統に、伝説の属性である虚無を加えたものだ。
この言葉が混じる魔法を自分が使えたと言うことは、自分は五つの力の加護を得た虚無のメイジなのか?
そう考えたところで、ルイズは自らの妄想を鼻で笑った。
使い魔を呼べるだけで虚無になるのなら、世の中のメイジはみな虚無のメイジだ。
そう思い、妄想を記憶の奥に丸めて捨て去ろうとする。
捨て去ろうとしたのだが。
「ガン、ダールヴ……」
ルイズは自分の使い魔が始祖ブリミルの神の左手、ガンダールヴであると導き出してしまい、ここ三日で何度もそうしたように頭を抱えた。
□がんだーるう゛その1~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
昼食を知らせる鐘が学院に響く。
朝食を抜き午前の授業を無視したルイズだが、混乱した頭を落ち着けるためにゆっくり食事でも取ろうと机の前から立ち上がった。
そして扉まで歩いていったところで気付いた。自分はまだ寝間着のままだ。
着替えなければ、と後ろに振り返ったところでルイズはその光景に口をあんぐりと開けてしまった。
部屋が、汚い。
本棚の下には本がぶちまけられ、棚からは紙があふれている。
そんなちらかった部屋の中、毛布が綺麗に折りたたまれて隅に置かれていた。
――使い魔の面倒も見てやらないで、なにやってんだろ私。
そういえばサイトはどうしたのだろう。今朝何か言葉をかわした気がする。
部屋にいないと言うことは、授業に出ようとしない自分を置いて教室に向かったのだろうか。
ルイズは息を大きくはき出すと、服を着替えるためにタンスに向かった。
食堂に行ってまずはサイトに謝ろう。そして学院から余った寝具を手配しなければ。
着替えを終えたルイズは部屋の惨状を再び見直すと、「食事から戻ったら片づけよう」と部屋を出ようとする。午後の授業に出る気は全くなかった。
扉の前に立ったところで、向こう側からノックの音が響いた。
何てぴったりなタイミング、とルイズは苦笑してそのまま扉を開いた。
扉の向こうに立っていたのは、タバサであった。
「食事に呼びに来てくれたの? 大丈夫よ今行こうとしていたところだから」
「話がある」
そう言ってタバサはルイズの袖を左手で掴んだ。
タバサがこういう動作をするときは、付いてこいという合図だ。付き合いの長いルイズは経験でそれを知っていた。
タバサに連れられルイズは寮を出る。
そしてその足は、学院の裏側の方向へと向かっていった。
さて、何だろう。ひとけのない場所に行きたいというのは何となく解るが、それなら何故寮のあの部屋で話をしなかったのか。
タバサは学院の裏の一角で足を止める。
そこには、体長六メイルほどもある竜が座り込んでいた。
「あら、風竜じゃない。どうしたの、使い魔の紹介でもしてくれるの?」
ふらふらと引き寄せられるようにルイズは風竜に近づいていくと、おもむろにその体表、竜の鱗を手の平で触り始めた。
見知らぬ人間に手を伸ばされ触れられた風竜は驚き「きゅいきゅい」と可愛らしく鳴いた。暴れないのはその巨体で人に害を与えないようタバサがしっかりと言い聞かせているからだろう。
「あれ?」
手の平に伝わってくる感触に、ルイズは首をかしげる。
「ねえタバサ、この子本当に風竜?」
「…………」
ルイズの問いに、タバサは沈黙を返す。
そして無言のまま十数秒が経ち、そしてタバサはゆっくりと口を開き始めた。
「……どうしようか迷っていた。でもルイズなら話してもきっと大丈夫」
「何のことよ。話が見えないんだけど?」
「あなたはわたしに自分の使い魔の『本当』のことを教えてくれた。だからわたしも教える」
そうタバサは言うと、右手に握った大きな木の杖を掲げてルーンを唱えた。
「『サイレント』? ……本気で誰にも聞かれたくない話があるのね」
ルイズの言葉に、タバサは小さく頷く。
そして、風竜の方へと目を向けると、小さな声で「話して良い」とつぶやいた。
タバサの言葉に応じるようにルイズの横にいた風竜は首を振る。
「やっと人と話せるのね!」
風竜はその大きな口を開くと、突然人間の言葉を話し始めた。
「……は?」
いきなりの事態に、ルイズは身体を硬直させた。
竜が、喋った。
この三日こんなことばかりだ、という思いがルイズの脳にうっすらと浮かんだ。
「えーと……韻竜さんでございますでしょうか」
「きゅい! そうなのね。名前はイルククゥ、おねえさまはシルフィードって名前をつけてくれたのね!」
「おねえさまはわたし」
早口でまくし立てる風竜に、タバサが言葉をつけくわえる。
とりあえずルイズは、両手で頬を覆った。
落ち着け、落ち着け。大丈夫。これはまだわたしの常識の許容範囲内の出来事のはずだ。
「つまり、タバサの使い魔は、絶滅したはずの風韻竜、そういうことね?」
「きゅいきゅい! 絶滅なんてしてないのね!」
「そういうこと」
ガンダールヴに引き続いて韻竜。何なんだ今年の使い魔達は。
他にも変な使い魔が混じっていやしないだろうな、とルイズは昨日の教室の光景を頭に思い浮かべた。
「ルイズ」
思考の海へと沈もうとしていたルイズに、タバサが話しかける。
「わたし、どうすればいい?」
「どうすればいいって、あー」
タバサの立場、そして韻竜という存在から、ルイズは状況を把握する。
「トリステインの中だけで考えるならば何の問題もないわね。いくら珍しい魔獣だからって留学生の使い魔を奪うほどアカデミーも馬鹿じゃないし」
「他の人に話しても大丈夫?」
「大丈夫じゃないわね。今のはトリステインだけの話。ガリアも含めて考えると、あなたが韻竜を召喚しただなんてガリア王室に伝わった日には、どうせまたろくでもないことにしかならないわ」
「隠す?」
「そうね。隠すというのは大切なことよ。ねえ、イルククゥ、シルフィード?」
「シルフィードって呼んで欲しいのね。きゅいきゅい」
「シルフィード、魔法は使えるかしら?」
「使えるのね! これでも二百年も生きてるんだから!」
「韻竜で二百年って、人間で言う十歳程度じゃなかったかしら」
「うっ」
「ともかく、喋れること、魔法が使えること、韻竜であること、全部隠しましょう。隠し事というのは、いざというときの切り札になるし」
ルイズは杖が埋め込まれた左腕を右の指先で叩いた。
杖を持たずに平民の格好をしてメイジであることを隠し、その腕に仕込んだ杖で爆発をまき散らすというのはルイズが良く利用する荒事解決の手法であった。
「ばれない?」
「ばれなければいいっていつも言っているわよね。どうしてもばれては困る隠し事の扱い方は簡単。奥の奥の奥まで隠せばいいのよ」
唇をつりあげた笑みを浮かべながら、ルイズはシルフィードの首筋を撫でる。
「とりあえず、間違って喋ってしまわないようにサイレントの魔法がかかったマジックアイテムを取り寄せるわ。屋敷に私物として保管してあるの。首輪にでも加工しましょう」
「良いの?」
「代価は貰うわよ? 風韻竜の生態調査」
魔女の取引。だがタバサはルイズが無償でマジックアイテムを譲ってくれるのだと認識した。ルイズが珍しい生き物を調べるのは当たり前のこと。ルイズにシルフィードの正体を明かした時点で自分の使い魔がいじくりまわされるのは確実だと諦めていたからだ。
「後は、タバサ自身がわたし以外の誰にもこのことを話さないことね」
「キュルケにも?」
「キュルケにも。本当に必要になったときだけ話しましょう。情報漏洩の防ぎ方というのはね、自分の中に全て抱えておくことよ。あなたの大切な人の事情だって、わたしは協力者にすら必要最低限のことしか話してないわよ?」
「サイトにも?」
「あなた彼を気に入ってるの? 会ったばかりの人を信用するなんて論外よ」
ルイズは驚いたような呆れたような顔でタバサを見た。
その視線にタバサはただこくりと頷く。
「ああ、あと鱗もあまり他人に触らせない方が良いわ。風竜に詳しい調教師とかに触れられたら何かがおかしいってばれるから」
ルイズはそう言ってシルフィードの頭を一撫ですると、一歩引いてシルフィードに寄せていた身を離した。
「さて、話はこれで終わりで良いかしら?」
「ん」
タバサはシルフィードの口に左手で触れると、右手の杖を振って『サイレント』の魔法を解除した。
あの左手の仕草は「喋るな」だろうか。タバサはシルフィードにおねえさまと呼ばれていたが、既に使い魔に対する調教は完了しているのかも知れない。
タバサが戻って良いとつぶやくと、シルフィードはその大きな翼を広げ、学院の寮へと向けて飛んでいった。
ただの風竜として見ても見事な竜だ、とルイズは思いつつ空を見上げていた視線を下ろしタバサの方へと向き直る。
「もう食事の時間終わっちゃったかしら」
「マルトーさんにパンでも貰えばいい」
二人はいつも通りの会話を交わしながら学院の建物を迂回して食堂へと向けて歩いていく。
昼の鐘からはずいぶんと長い時間が経っている。
ルイズはスカートのポケットから時間を刻むマジックアイテムの時計を取り出すと、その時刻を見てため息を一つついた。
「最近まともな食事を取っていない気がするわ」
「今回はともかく他は自業自得」
「言うわねー……」
そう言葉を投げ合いながら『風』と『火』の塔の間にあるヴェストリの広場へとさしかかったときだ。
ルイズ達の視界の遠くに、妙な人だかりが見えた。
「何かしら? 今日何かあった?」
「さあ」
吸い寄せられるようにしてルイズ達の足はその人だかりの方へと向かう。
広場に集まる貴族達の顔が識別できるほどにルイズが近づいたときだ。
「諸君! 決闘だ!」
前時代的な宣言が、人混みの中心から放たれた。