□三人の魔女その7~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
「ごめんなさい、取り乱したわ」
三人娘達の中で一番品のない驚き方をしたルイズは、両の手を頬に当てながら気持ちを落ち着かせた。
「でも、ごめんなさい。世界が丸いなんて全然理解できない。一つずつ確認していくわ」
メモ用の紙の上に、ルイズは再びボールペンを載せる。
「本当に世界は丸いの?」
「だから丸いって言ってるだろーが。月だって丸いだろ?」
「月が丸いと世界も丸い?」
「月というか空にある星全部が丸い。地球もその星の一つだよ。海と木に満たされた月が地球になるって思えばいい」
才人が言いたかったのは、世界を特別なものだと思うな。そういうことだった。
世界は夜空にある無数にある星の中の一つ。そう才人はルイズ達に説明する。
だがブリミル教の思想を生まれたときから教え込まれていた彼女達。世界は始祖ブリミルの加護を受けた特別な物だと無意識のうちに思っている。なかなかその考えを受け入れられなかった。
しかしそれでは話は進まない。世界は丸い。そう仮定してルイズは質問を続ける。
「じゃあ、球の下にいる人達が落ちないというのは何故? 物は上から下に落ちるものでしょう?」
「その上から下に落ちる、というのがそもそも勘違いなんだよなー」
才人は、さてどう説明したものだろうと考えを巡らせる。
そして、とりあえず思いついたことを片っ端から話すことにした。
「上から下に。じゃあ、なんで太陽は空から落ちてこない? 星もそうだ」
「え、あ、なんで? キュルケ?」
「わたしに振られて解るわけがないでしょう」
理解の範疇を超えてしまったルイズは、思わず隣のキュルケへと頼ってしまう。トリステインの賢者も世界の真理の前には脆かった。
「下に落ちる、という現象を科学では『重力』とか『引力』とか言って……ルイズ、ちょっとペン貸してくれ」
「……このペン、他にないの? 木炭みたいにインクがいらないのにすごい綺麗な線が引けるわ」
「あー、確かまだあったはず。そっち使うか」
才人は床に置かれた自分の鞄を膝の上に持ち上げると、中をあさり新しく一つボールペンを取り出した。
いつの間にかリュックの中に紛れていたボールペン。100円ショップで四本100円で売っているような安物の黒ボールペンだ。
そのボールペンを使い、才人は新しい紙の上に円を描いた。
「これが地球」
そして円の外側から円の縁の線に向かって、いくつもの矢印を描いた。
「『星』というものは、自分自身の中心に向かってものを引っ張る力を持っている。上から下へとものが落ちるのは地面がものを力で引っ張っているからなんだ。万有引力の法則って呼ばれてる」
才人の説明を無言で聞き続けるルイズ達。
さて、自分の説明は通じているだろうか。こういうとき、理科や物理、化学の教師達はどうしていたか。
「月も『星』の一つだから、当然引っ張る力を持っている。ハルケギニアの月は二つだよな。なあ、ハルケギニアの海にも満潮や干潮ってあるか?」
とりあえず才人は、自分が好きだった授業を真似して、教え子達に質問を投げかけることにした。
「あるわね」
「何でそれが起きてるかは解っているか?」
「水の精霊が先住魔法で……」
ルイズが文献で読んだ理論を披露しようとする。
だが、才人はそれを否定した。
「違う、実は違うんだよそれ。潮の満ち引きは、月が『引力』で海の水を引っ張っているからだ。魔法のある世界でもきっとそれは一緒だ」
「……引っ張り合ってぶつからないの?」
「引っ張り合っているよ。月は地球の地平線の向こうへ無限に落ち続けてるって森本レオが言ってた」
「誰よ、それ。有名な学者?」
才人は曖昧な知識で放物線運動について説明する。学校の授業でも習っていない夜空が地上へ落ちてこない理由についての説明だ。ありがとう森本レオ!
なんとか説明を終えた才人は、矢印付きの円い地球の描かれた紙にさらに円を付け足す。
地球の隣に二つの小さな円、ハルケギニアの月。そして紙の端に巨大な円、太陽を描いた。太陽にはおまけとして炎をあらわすぎざぎざを円周につけておいた。
「星のない場所には、上も下も空気すらもない宇宙が広がっている。そしてその宇宙のずっと遠くには太陽だ。鉄なんて一瞬で溶けてしまうような温度で燃えているけど、すごい遠いから地球を少し暖めるくらいの熱しかとどかない。これが『世界』だ」
才人は誇らしげにそう言葉を締めた。
さて、自分の説明は伝わっただろうか。そう思いながらルイズの様子を見ようと覗きこむ。
すると、ルイズはペンを握ったまま震えていた。
そして次の瞬間、ルイズはペンを机に放りだし、両手を大きく動かして胸の前で拍手をし始めた。
「すすすすすすごいわサイトッ!」
それにつられて、キュルケとタバサも拍手を行う。
ルイズは確信する。『科学』とは世界の真理を探究する学問だと。
彼女は才人の教えを全て真実だと直感で信じ、そして己の中の価値観の数割を捨てさり頭の中でさまざまな理論の再構築を始めていた。
しかしそれは『賢者』たるルイズだから出来たこと。
キュルケとタバサは、まだ才人の話を信じ切れていなかった。
「サイト、本当に世界は丸いのかしら。全部机上の空論で、勘違いだったってことはありえない?」
キュルケは才人にそう訊ねた。面白い話だが、話が飛躍しすぎてそうそう納得できるものではない。
「いや、それはねーよ。だって、地球じゃ空飛ぶ鉄の船に乗って月まで行って、丸い地球の姿を見た人が何人もいるんだから」
「うっそお!」
月まで飛ぶ船と聞いて、キュルケ、そして横で無言で話を聞いていたタバサは驚いた。
ハルケギニアにも風石で空を飛ぶフネが存在するが、月まで飛んだなどおとぎ話の中だけの話だ。
もしや彼は遠い夜空の星の国からやってきた王子様なのでは、とタバサの妄想は爆発したがそれを口に出すことはさすがになかった。
「でも、思ったよりも進んでいるって昼間は感じてたけど、やっぱり世界は丸いって知らなかったかー」
足りない脳みそから必死に説明をひねり出していた才人は、力を抜いて椅子に身を投げ出した。目の前のグラスにつがれた赤ワインには一回も口を付けていない。
「わたしも本をたくさん読む。でも知らなかった」
そうタバサは感想を述べる。
「きっと大発見」
タバサが言葉を終えた瞬間、何かが床の上に倒れる大きな音が室内に響いた。
音が聞こえたのは机のすぐ側。何故かルイズが椅子を蹴倒して床の上に倒れていた。
「ルイズ? どうしたの?」
キュルケの言葉にルイズは何も応えず、床を這うようにして動き出した。
ルイズが向かったのは、先の時間に彼女が床にぶちまけた本とノートの山。
ルイズはほふく前進でそこに辿り着くと、山を無言であさり出す。
やがて一つの紙束を見つけるとものすごい勢いでページをめくりだした。
ある一ページでルイズは動きを止め、そしてゆっくりとキュルケ達へと振り向いた。
「計算されてる……」
震える声で、ルイズは言った。
「計算されているのよ、二千年以上前に、丸い世界の直径が……」
地球の『科学』に魅せられたルイズ達は、才人からさらなる話を聞き出そうとした。
いつのまにかルイズのメモには、才人が高校の物理の授業で覚えたばかり知識、重力加速度を用いた位置の計算式h=v0t-(1/2)gt^2や、力を表す計算式F=maなどが記載されていた。
物理計算式の話はキュルケとタバサには不評だったため、昨夜の発電機の話のような抽象的な科学の知識についても説明していく。
昨夜から美少女が一人追加され、酒の力が加わり才人は上機嫌になっていく。
そして才人は、地球における科学の集大成を彼女達に披露することを決めた。
伝家の宝刀、遅れてやってきた英雄、異世界への扉。ノートパソコンだ。
才人はパソコンの電源を入れる。
内部からディスクが稼働する音が聞こえ、ディスプレイが夜の部屋に光を灯す。
「これが地球の魔法のランプかしら? でも『ディテクトマジック』には何も反応しなかったわよね」
「そもそも地球に魔法は無いわよキュルケ」
「色が付いてる」
さほど驚くそぶりを見せる様子のない彼女達。才人はそわそわしながらその会話を眺める。
まあまだ電源を入れただけだ。驚くのはこれからだ。
Windowsの画面が立ち上がり、ノートパソコンデフォルトの色鮮やかな壁紙が表示される。
「綺麗な絵」
「絵じゃないわね。風景転写のマジックアイテムと同じ効果があるのでしょう」
「あ、ファンファーレが聞こえたわよ」
「オルゴールみたいなのが中に仕込まれているのかしら」
――あれ、おかしいぞ。
才人は困った。本来ならここで皆が凄い驚いて科学万歳才人万歳とちやほやされているはずのところだ。
「ええと、これはノートパソコンっていって、これだけで色々なことがやれるんだ」
「色々なことって何?」
才人の言葉に、ルイズが期待の目を向ける。
「ええと、例えば……」
才人はノートパソコンのタッチパッドを操作する。
画面内のマウスポインタが才人の手の動きに合わせて移動する。
そして、スタートメニューでボタンをタップする。
「あら、これは……」
「どうしたの? ルイズ」
「サイト、もしかしてこれは操作者の動きでやりたいことを選べる受付窓口のようなものかしら?」
「そ、そうだけど良く解ったな」
「直感だけどね。でも面白いわ。マジックアイテムへの応用案として論文でも書こうかしら」
淡々と答えるルイズの言葉を聞きながら、才人はメニューの中から電卓を選択した。
「ええと、これは電卓って言って、四則演算を自動で行ってくれる計算機だ」
「4578かける9742は?」
四則演算と聞きタバサが問いを投げかけた。
「ええと、4578……」
「44598876ね」
「……44598876だ」
才人が入力を終える前に、ルイズが暗算で先に答えた。
「あはははは、手の指示が必要ならルイズの暗算に追いつけるはずがないわねー」
酔いの回ったキュルケが、その滑稽な情景に笑い声をあげた。
先を越された才人は焦った。
まずい、まずいぞ。このままでは格好が悪すぎる。そうだ、あれなら……。
才人はショートカットキーでエクスプローラを開くと、メディアファイルフォルダを開き、その中から一つのファイルをダブルタップする。
メディアプレイヤーが立ち上がり、動画が開始される。
「!」
画面に映し出された光景に、タバサは一人背筋を伸ばして強く反応した。
才人秘蔵の動画。毛布の上に座った子猫がふらふらと頭を左右させて、今にも眠りにつきそうな顔で身体を揺する猫動画だ。
「あら、映像転写ね」
「あの庭付きの屋敷が一つ買えるマジックアイテム?」
「かわいい……」
「タバサは猫が好きなの? わたしは犬の方が好きなんだけれど。いつか自分の屋敷に大型犬を飼いたいわ」
「ルイズは大型犬をわざわざ飼わなくても、犬を自称する下僕がたくさんいるじゃない」
映し出される子猫の姿に、少女三人がわいわいと談笑を交わす。
だがそれは才人の想定外。猫じゃない、写真が動いているのに驚いてくれ!
その後、才人は様々なアプリを立ち上げてルイズ達に披露するが、彼女達を心から驚かせることは出来なかった。
才人は知らなかった。ハルケギニアには魔法を中に込めた道具、マジックアイテムが存在することを。インターネット専用機と化していたノートパソコンでは、マジックアイテムの常識を根本から覆す機能を引き出すことが出来なかったのだ。
そうして才人は、ノートパソコンのバッテリーが六割まで減っていることに気付き、心の中で涙を流しながらパソコンの電源を落とした。彼は、ノートパソコン内のハードディスクに残っているwikipediaのキャッシュが何よりも価値があると言うことに最後まで気付かなかった。
そうして夜はまた更ける。
ちなみに、今夜もルイズはまた一つのことを忘れていた。
寝床の用意。今日も才人は床で眠る羽目になった。
□三人の魔女 完□
―
補足説明:天文学の発展は、自然と『地球が丸い』という事実を導き出します。それに気付けば太陽の位置から地球の直径も容易に算出できます。しかし、一神教世界観はそれら多くの『科学』を否定し闇に葬り去ってきました。かんちがいのようでしたきゃーはずかしい
『科学』が導く『自然法則』を全て始祖ブリミル及び精霊達の『魔法の恩恵』で説明でき、未だ釜ゆで宗教裁判が存在する六千年王国ハルケギニアでは、はたしてどれだけ世界の真理が暴かれているのでしょうか。
スペシャルサンクス:月は何故落ちないかを森本レオで説明してくれた知人A。