□デカとヤッコサンその1~わたしのかんがえたかっこいいるいずさま~□
「ようこそおいでくださいました異国の貴人」
フライの魔法で去っていく生徒達を見上げる目の前の少年に、ルイズはトリステインの淑女が行う仕草で一礼した。
この少年は遠い異国から来訪した異邦人であるとルイズは今のところ仮定している。
生徒達はこの少年を平民と呼んでいたが、ルイズはこのような服を着た平民を一度も見たことがなかった。ルーンが刻まれる痛みでのたうちまわった少年にどさくさにまぎれて触った彼の服の質感も、今まで全く触ったことのないものだった。
そして、極めつけはただのフライの魔法を見てこの少年は驚愕したのだ。
ルイズは考える。間違いない。この少年はわたし達ハルケギニアの人類が到達していない未知の国から訪れた使い魔だと。
魔法の始祖、ブリミルの加護の届かない国があるというのは今まで何度もルイズが考えていたことだ。
エルフの住む聖地を隔てた東方、海原の広がる未知の西方。ブリミルがもたらした魔法の六千年王国とは異なる文明の魅力に、ルイズの好奇心はよだれをあふれさせた。
「わたしの名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。この国、トリステインの公爵をまかされている家の三女でございます。わたしの召喚に応じてくださり感謝を述べさせていただきます」
この少年がこの国から呼ばれた可能性は否定できない。見聞の広いルイズといえども辺境の部族全てを把握しているわけではない。よってルイズは、近隣国までなら通用するであろう公爵家の名前を出して自己紹介をした。
その結果は、ただの困惑。ヴァリエールの名にも公爵の爵位にも何の反応も示さなかった。
――やはり異国の人? 言葉は通じているはずだけど……。
この少年は、ルーンを確認しようとする教師コルベールに、確かにハルケギニアの共通語を使って食ってかかっていたのだ。
ハルケギニアでは共通の言葉と文字が用いられている。
そして、東方から流れてくる品にはルイズの知らない文字が書かれている。文化が違うと言葉も違うということをルイズは理解していた。
だがルイズは、この少年を異国から召喚された民だと信じて疑わなかった。
「あの、失礼ですがわたしの言葉は通じているでしょうか?」
「え、あ、うん」
やはり通じる。
使い魔となった生物は、人の言葉を理解する。ならば、異国の言葉を使う民も使い魔となればハルケギニアの言葉を理解するだろう。
この少年の言葉を我々が理解できるのも『サモン・サーヴァント』もしくは『コントラクト・サーバント』の恩恵ではないか。ルイズはひとまずそう仮定した。それなら一般の使い魔の鳴き声を人間が言葉として理解できないのは何故か、などという問題は全てが確定したあとに考えることだ。
「よろしければお名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」
「え、その、俺の名前? 平賀才人って言うんだけど……」
未だ状況の掴めない少年、才人だったが、名を問いかけられ反射的に答えてしまう。
才人が何とか理解したのは、自分がどうやら目の前の可憐な少女に『召喚』されたということ、自分が『使い魔』とかいうものにされてしまったこと、そしてキスで自分の身体に文字を刻んだり空に浮かんだりするまるで魔法のような『不思議な力』を使う人達がいるという、ファンタジーあふれた状況に自分が投げ出されてしまったということだった。
「ヒラガ・サイトゥ。失礼ですがどちらがファミリーネームでしょうか」
「あ、ああ、平賀が苗字だ」
気の抜けた声で才人は答える。だが彼の内心は、今にも叫び出したい気持ちだった。目の前の少女に怒鳴りつけたかった。
ここはどこだ! お前達はなんなんだ! なんで飛ぶ! 俺の身体に何をした!
だが、才人はできなかった。
目の前の少女は、自分に敬意を払って接してくれている。それを怒鳴りつけ、一方的に怒りをぶつけるなど、世の可愛い女の子をこよなく愛する思春期の少年才人には出来なかった。
だから才人は、一つずつ疑問を問いかけることにした。
「えっと、ここはどこかな?」
「ハルケギニア大陸のトリステイン王国。その王国にあるトリステイン魔法学院でございます」
全く聞き覚えのない地名が返ってきた。しかも魔法学院。
才人はますます状況がファンタジーじみてきたと混乱した。
「あんたたちは何? 何も使わないで空飛んでいたけど……」
「やはり魔法をご存じないのでしょうか? わたし達はこの国の貴族であり、魔法という技術を学ぶメイジというものです。空を飛び、無から火を起こし、生き物を遠くから呼び出します」
ルイズは才人を魔法のない文化圏から来た民だと断定した。よって、平民にはできないことを例に挙げて魔法について簡単に説明した。
それを聞いた才人は、ようやく状況を理解した。
自分は夢を見ている。はは、魔法使いの国に召喚されるなんて、この前やったシミュレーションRPGの影響かな。
混乱の中に光を見いだした才人は、やや落ち着いた様子で次の質問をした。
「俺の身体に何をしたんだ? 使い魔っていっていたけど、俺は何をされたんだ」
その質問に、才人とは対照的にルイズは冷え切った頭で覚悟を決めた。
やはりそうだ。この人は、他の獣たちのように『サモン・サーヴァント』の導きに応じたわけではないのだ。
ルイズは召喚の儀について考察された本を読んだことがある。使い魔は自分に相応しい主の呼びかけに応じて自ら召喚の鏡をくぐるのだと。だから、どう猛な魔獣ですらメイジは使い魔として喚び出し無事に『コントラクト・サーヴァント』の行使が出来るのだと。
「そのことですが……ミスタ・ヒラガ。このような場所で立ち話もなんですし、落ち着ける場所で座ってお話しませんこと? あなたがおかれてしまった状況について詳しく説明させていただきますわ」
ルイズは覚悟を決めた。ここからが正念場だ。
異国の民を攫ってしまった事実。それに関してルイズはすでにどうでもいいと思っていた。トリステインも知らず魔法もないような国の人が拉致されたからと言って遠い異国の自分に害が及ぶとは思えない。
だが、目の前の少年、才人に悪い感情をもたれてしまうわけにはいかなかった。
見たこともない素材の服。人類の生活の基礎であるはずの魔法のない国の文化。隣の国ゲルマニアですらルイズの好奇心を満たす数々の技術があるのだ。遠い異国ともなればどれほどのものか。
そして、使い魔だ。
人間の使い魔など、聞いたこともない。希少さで言うならばこの国随一と言っても良いだろう。
平民なんて召喚してどうするんだ。そうルイズは生徒達に馬鹿にされたが、それは違うとルイズは考える。人は金で簡単に従わせることが出来る。だが、それは他の高等魔獣と呼ばれるものも同じなのだ。軍はグリフォンを、マンティコアを、ワイバーンを自らの手駒として飼い慣らしている。
大事なのは、生物としての格だ。人はこの大陸全てを支配した。身体能力や寿命でなら人を超える生物などいくらでもいる。だが、実際大地を自由に作り替えているのは人間なのだ。
魔法の使えない異国の民とて、その格に変わりはないだろう。大地の隅々まで居住の地を伸ばしているのはメイジではなくその手で土を耕す平民だ。さらに、この少年はどうだろう。自分とは人種が違うようだが、整った髪、血色の良い肌、汚れもほつれもない服、頑丈でそれでいてやわらかそうな靴。貴族のそれに匹敵するような快適な暮らしが大地の上で根付いているであろうことは簡単に想像できた。
この少年は是非とも自分の所有物にしなければ。
ルイズは好奇心だけではなく独占欲も旺盛であった。
「どうぞこちらへ。私の部屋に案内しますわ」
また笑いがこみ上げてきそうになり、ルイズは才人に背を向けて学院に向けて歩き出した。
「あ、なあ、ルイズ、さん? その前にちょっといいかな」
「はい、なんでしょうか」
口元を押さえて才人に振り返るルイズ。今ルイズの顔には、同級生達から『魔女の笑み』と呼ばれる邪悪な笑顔が浮かんでいた。まだこれを彼に見せるわけにはいかない。
「殴ってくれ」
「え?」
唐突な提案に、ルイズは思わず笑顔を崩して口をあんぐりと開けてしまった。
「思いっきり、俺の頭を殴ってくれ」
「……どういうことでしょうか?」
異国の民は何を言い出すのか解らない。これが文化の違いか。
いきなりのカルチャーショックにルイズは困惑した。
「良い夢なんだけどさ、そろそろ夢から覚めたい。夢から覚めて、インターネットするんだ。今日の夕食はハンバーグだ。今朝、母さんが言ってた」
「……は? インターネット?」
「いや、いい。君は俺の夢の住人なのだから、気にしないで良い。とにかく俺を夢から覚めさせてくれ」
ルイズの思考が凍った。
――夢って、夢って! あれだけ、あれだけ説明したのにまだこの状況を理解できていないというのこのぼんくらは!
心の中を渦巻いていた歓喜と覚悟は、一瞬で怒気に切り替わった。
ルイズは短気だったのだ。
「なんだかよくわかりませんが、殴ればいいんですね?」
ルイズはぎゅっと拳を握りしめた。殴れと言うなら殴ってやろうではないか。
「お願いします」
拳を握りしめたまま、ルイズは右腕を振り上げる。『魔法の杖』が仕込まれた右腕を、だ。
「ええ、そんなに夢から覚めたいなら」
体重も腰も入っていない少女の一撃。だが、それにはルイズの理不尽な怒りが乗せられていた。
「今すぐ現実を直視させてあげるわよ!」
才人の頭は、爆発した。
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□あとがき
ゼロ魔板設置記念として就寝時に妄想していたゼロ魔のエピソードをノープロットノー世界観考察で書き殴ってみました。序盤が終わったら短編連作予定。
勢いで書いているので、おかしなところ、気にくわないところがあれば遠慮無く指摘してください。後のエピソードで無理矢理整合性を取ろうと試みます。