<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

ゼロ魔SS投稿掲示板


[広告]


No.5204の一覧
[0] ゼロの黒騎士(ゼロの使い魔×鉄コミュニケイション)[早朝](2008/12/09 00:43)
[1] ゼロの黒騎士 第一回[早朝](2008/12/09 00:45)
[2] ゼロの黒騎士 第二回[早朝](2008/12/09 00:46)
[3] ゼロの黒騎士 第三回[早朝](2008/12/09 00:46)
[4] ゼロの黒騎士 第四回[早朝](2008/12/09 00:47)
[5] ゼロの黒騎士 第五回[早朝](2008/12/09 00:48)
[6] ゼロの黒騎士 第六回[早朝](2008/12/09 00:48)
[7] ゼロの黒騎士 第七回[早朝](2008/12/09 00:49)
[8] ゼロの黒騎士 第八回[早朝](2008/12/09 00:50)
[9] ゼロの黒騎士 第九回[早朝](2008/12/09 00:50)
[10] ゼロの黒騎士 第十回[早朝](2008/12/09 00:51)
[11] ゼロの黒騎士 第十一回[早朝](2008/12/09 00:52)
[12] ゼロの黒騎士 第十二回[早朝](2008/12/09 00:53)
[13] ゼロの黒騎士 第十三回[早朝](2008/12/09 00:53)
[14] ゼロの黒騎士 第十四回[早朝](2008/12/09 00:54)
[15] ゼロの黒騎士 第十五回[早朝](2008/12/09 00:55)
[16] ゼロの黒騎士 第十六回[早朝](2008/12/09 00:56)
[17] ゼロの黒騎士 最終回[早朝](2008/12/09 00:58)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[5204] ゼロの黒騎士 第十六回
Name: 早朝◆74a45303 ID:a07c8492 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/09 00:56
二メイルを超えようかという巨体には、一際大きな後脚がついている。
昆虫ならば羽根がついているはずの場所には、一対の腕が身体に密着する形で折りたたまれている。
前脚の内側に、いかにも繊細な作業向きという感じの細い腕が一対。
頭部は胴部に比べると随分小さく、クの字に曲がった触角があり、
目は確認できるだけで二対、更に額に相当するであろう部分に一つの計五個。
全身が見たこともない真っ黒で滑らかな装甲に覆われ、
胸に相当するであろう部分に、意匠化された馬の頭部がマーキングされている。

一言で表すならば、それは巨大な昆虫を模したガーゴイルの様に見えた。
だが、ハルケギニアでただ一人、ルイズだけがそうではないことを知っている。
今、自分が目にしているものがガーゴイルなどではないことを。
それが、底知れぬ威力を秘めた、一個の兵器であることを。
それこそが、彼女の使い魔の、本当の姿であることを。

その名は、ナイト。
アルビオンの古語で、シュヴァリエを意味する古い言葉。

いっそ呆れるほど巨大な岩塊を支える左攻撃肢には、ガンダールヴのルーンが鈍く光る。
右攻撃肢を一閃する。

ルイズは知っている。
あまりにも速く振るわれるため、銀色の閃光にしか見えないそれが、
単分子フィラメントと呼ばれる一種の刃であることを。

岩塊が真っ二つに切り裂かれる。
二つの切片は絶妙なバランスによって、ルイズを避けるようにして落下。
腹に響く鈍い音と共に、盛大な土煙が巻き起こる。

ルイズは知っている。
ナイトが音よりも速く走れる事を。
その装甲が、およそ彼女が思いつく限りのあらゆる攻撃に耐えきるであろう事を。

もうもうたる土煙の中、ナイトがルイズにゆっくりと顔を向ける。

ルイズは知っている。
ナイトがルイズを確認するのに、本来、顔を向ける必要などない事を。
その仕草が、ルイズに無用の不安を抱かせないための精一杯の気遣いであることを。

もう、彼女のノワールはどこにもいない。
だが、彼女の使い魔は此処にいる。

ならば、それで充分だ。
ルイズは、巨体を見上げながら、そっと微笑んだ。

視界の隅で、キュルケがこちらに駆け寄ってくる姿が見えた。
何時の間に辿り着いたのだろうと言う疑問を抱く間もなく、抱きついてくる。
その後ろから、タバサとギーシュ、そして見知らぬ少女がナイトを警戒しながらも歩み寄ってくる。
声にならない嗚咽。
首筋に感じる暖かな雫は、キュルケの涙だろうか。
ルイズは、そっとキュルケの肩を抱くと、昨日までならば絶対に言わなかった言葉を呟いた。

「ありがとう、ごめんなさい」

そして決然たる決意を込めて告げる。

「行かなきゃ」と。


「つまり、あの……」

ウェールズはナイトを言い表すための言葉を捜して、一瞬の間、言いよどむ。
だが、結局、上手い言葉が見つからなかったのか、一つ頭を振ると、語を継ぐ。

「あの姿が君の使い魔の本当の姿であり、そして、君の使い魔は異世界で造り上げられた兵器だったのだ、と?」

小塔のテラスに続く螺旋階段を昇りながら、ルイズは無言で頷きかえす。


礼拝堂に取って返し、ウェールズを救ったルイズが願い出たのは、王党派への助勢だった。
ルイズは静かにこう豪語した。

『助勢を認めていただければ、攻勢を削ぎ、非戦闘員が脱出するだけの時間を稼いでみせます』

手練の術者であったワルドを、不意打ちに近い形とはいえ、一瞬の元に屠ったその力量を見てもなお、
ウェールズはその言葉を信じることは出来なかった。
当然だろう。
如何に強力な使い魔を従えようとも、相手は五万を数える軍隊。
例え殺戮の限りを尽くしたとしても、大海の中の一滴に等しい。
一体、何が出来るというのだ。
だが、もはや彼には頷く以外の選択肢は残されていなかった。
ルイズは正しくウェールズの急所を突いた。
自らの命を救うためならば兎も角、非戦闘員を救うことが出来るならば、彼はエルフに魂を売り渡すことさえ躊躇しなかっただろう。

ウェールズが頷くと、ナイトは文字通り壁に溶け込むようにして消えた。
驚くウェールズに向かって、ナイトは壁をすり抜けることが出来るのです、と、ルイズは事も無く告げた。
そして、驚愕覚めやらぬウェールズに、もう一つの願いを申し出た。
戦場を一望できる場所へ案内して欲しい、と。


ルイズと共に階段を駆け上がりながら、ウェールズは更なる疑問を口にする。

「ならば、何故、召喚の時から、あの姿ではなかったんだ?
 犬の姿の時よりも、遥かに強力なのだろう?」

「恐らく、ナイト自身も自分の力の事を、自分の過去を忘れていたのだと思います」

そうでなければ、とルイズは思う。
思い出すのは、あの光の中で見た、忌まわしい記憶。
そうでなければ、ノワールは、ナイトは、わたしを、人間を決して許しはしなかっただろう。

テラスへと続く扉が見える。
気がつけば、城壁付近から聞こえていた戦闘音が途絶えていた。
両開きの扉を体当たりするようにして開く。
光が両目に射し込み、視野が一気に広がる。

ルイズが初めて目の当たりにする戦場は、奇妙な静寂に支配されていた。

幾つもの軍船が空に浮かんでいる。
歩兵が隊列を組み、ニューカッスル前の平原に陣を敷いている。
城壁には幾つもの梯子が立てかけられ、あと少しで城門が突破されていた筈だ。
目を凝らせば、遥か後方で騎兵が所在無いといった風情で控えているのが見える。
城門の前では、破城槌を抱えたゴーレムが、今まさに門扉へ破らんとする姿勢のまま、硬直している。
それがぐらりと傾いだかと思うと、ゆっくりと崩れ落ちた。
傍に居た歩兵を幾人も巻き込みながら、高さ十五メイルはあろうかというゴーレムが土に還っていく。

それら全てを睥睨するように、暖かな日差しに似合わぬ闇色の昆虫が、ただの一匹で立ち塞がっている。

ナイトだ。
これから起こる全ての出来事に耐えるため、ルイズは、テラスの手すりを強く握り締める。


城に入り込んだ敵兵は全て排除した。
残る問題は、とナイトは思う。
如何にして効率よく五万という大軍の進攻を食い止めるかという一点に尽きる。
百や二百を殺したところで、五万という数の歩みを止めるには至らない。
そして、五万という数の持つ圧力だけで、押し潰されかねないほどに、守るべき対象は脆弱なのだ。
この平原に存在する敵性体をことごとく殺しつくすことも不可能ではないが、そこまですることを、
多分、彼の相棒は望まないだろう。
求められているのは、最小限の犠牲による、最大限の成果だ。
ならば、やるべき事は唯一つ。
可能な限り惨たらしく、速やかに彼我の戦力の差を思い知らせる。

人の足を止めるのは、損害の数字ではない。恐怖だ。

左右攻撃肢から単分子フィラメントを展開。
後ろも見ずに一振りして、城壁にかけられた梯子を全て両断しながら、大雑把に計算する。

まあ、5000は殺さずに済みそうだな。

進攻ルートは敵本営まで一直線と決める。
大加速なし、高機動なし、回避運動なし。
後は逃げられない程度に低速で、間に存在する全ての障害をゆっくり踏み砕きながら、
遥か後方の天幕、敵本営を攻撃するだけだ。

始めよう。


ナイトがゆっくりと、酷くゆっくりと歩き出す。
事態が把握できないまま、呆けたように見上げる敵兵の頭を、攻撃肢で無造作に掴み上げた。
紙箱でも潰すように、頭蓋骨ごと握りつぶす。
同僚の血と脳漿を頭から被ったかたわらの雑兵が、悲鳴をあげながら槍で突きかかる。
甲高い音を立てて、槍の柄が真ん中から折れた。
光を吸い込む、夜の闇のように黒々とした装甲には、傷一つ認められない。
歩兵は、信じられないものを見る様に、自分の手の中に残った柄とナイトとを見比べる。
のそり、とその歩兵に向かってナイトが向き直る。
感情を映さないその瞳に一瞥された瞬間、その歩兵の中で何かが音を立てて砕け散った。
意味の通らない悲鳴をあげ、背中を見せて逃げようと走り出す。
異変の元凶に気がつき、ナイトに殺到しようとする同僚達を押しのけ、戦場の外に向かって走っていく。
血塗れの顔を拭いもせず、何があったのか誰何する下士官に目もくれずひたすらに走る、走る、走る。
もはや彼の頭の中には、勝利の暁に必ず払うと約束された特別給も、
ドサクサに紛れて掠め取れるかもしれない王党派の財宝もない。
そこに詰まっているのは、あの恐ろしい悪魔から、生きて逃げることだけ。
走る、走る、走る。
息が切れる、肺が破裂しそうになる。
脚が重い。持ち上げて、下ろす。ただそれだけの作業に、筋肉が悲鳴をあげている。
止まる、止まってしまう。もう走れない。
立ち止まった瞬間、彼は反射的に振り向いた。
あれだけ全力で走ったのに、あれほど長い時間走っていたように思ったのに、
彼が走ったのは、結局、三百メイルに満たない距離だった。

その三百メイルが、赤く染まっていた。

赤黒く斑に染まった風景以外、そこには何もなかった。
あの辺りには、昨日まで酒を酌み交わしていた戦友が、後ろから撃ってやろうかと陰口を叩いていた上官が、
ろくに戦場も知らないくせに粋がっていたいけ好かない貴族の若造が、いた。いた筈だ。
誰もいない、どこにもいない、あいつらはどこに消えた!

ゆっくりと膝から力が抜ける。
赤黒い視界のそこかしこに散らばる、あまりにも小さい断片が、彼の仲間のなれの果てだと気づいた時、
最後に残った一片の正気が、木っ端微塵に打ち砕かれた。
緊張と恐怖に強張っていた顔の筋肉が弛緩する。
全身から、ありとあらゆる体液を垂れ流しながら、それでも彼は笑っていた。
その脇を、むしろ悠然とした風に、赤く彩られた黒い装甲の悪魔が通り過ぎていく。

歩兵は、力なく笑いながら、傍にあった石をナイトに向かって投げようとした。
それは狂気の中で本能的に起動した防衛衝動のひらめきかも知れず、
或いは、恐怖の根源からの発作的な逃避行動だったのかもしれない。
だが、その理由はどうあれ、ナイトはその行動を、一種の敵対行動と識別した。
彼の手から石が離れるよりも早く、短分子フィラメントの煌きが宙を舞う。
右手の二の腕より先が、正確に一サント角の立方体に解体されて崩れ落ちていく。
その様を眺める歩兵の瞳に淀む沼のような濁りが、さらに闇を深くしていく。
顔にこびりついた笑いが、腹の底からの爆笑へと変わり、俄かに騒がしさを増していく戦場に響き渡る。
惨劇の幕は、まだ開いてもいない。
これから先、何倍もの、何十倍もの人間が死ぬ。
全てを嘲笑するように響く笑い声は、まだ鳴り止まない。

戦場は、ただの狩場へとその姿を変えようとしていた。


小塔で見守るウェールズとルイズの目前で、レコン・キスタの陣列が真っ二つに切り裂かれていく。
その先頭を歩むのは、ルイズの使い魔であるナイトだ。
とにかくその歩みを避けようと脇に退くものと、状況も分からず押し包んで殲滅しようとするものが入り交ざり、
それに加えて、本格的に戦場から逃亡しようとするものと、それを押し留めようとするものの間で同士討ちまで起こり始め、
レコン・キスタはすでに統一した軍事行動が取れないまでに混乱していた。
無理もない、とウェールズは思う。
恐らく後方に情報が伝達されるよりも早く戦線が崩壊しているのだ。
相手の本陣が、状況も掴めないまま混乱の極みにあるのは間違いないだろう。

城壁に向かって大砲を打ち込んでいた軍船は、暫く前から砲撃を止めていた。
ゆっくりと方向を変えて、その筒先を平原の一点……正確には本陣に向かって進み続ける“何か”に向ける。
どうやら、レコン・キスタは、多少の犠牲に目をつむり、何としても混乱の原因を排除することを決意したようだった。
思いの外、早く混乱から立ち直ったな、というどこか他人事のような想い。
これで、戦いとも言えないこの殺戮劇が終わるのかという、安堵にも似た想いが胸に宿る。
戦場にとどろきわたる轟音。一瞬ののちに、着弾地点に幾つもの土煙の柱がそびえ立った。
王立空軍司令としての経験が、少なくとも数発はナイトに直撃していたはずだとウェールズに告げている。
だが、戦場を渡る血生臭い風が、土煙を掃った後に見えたのは、
まるで時を止めたかのようにナイトの手前の空間で静止する砲丸と、
それ以外の至近弾に巻き込まれて吹き飛んだ敵兵の姿だった。
ナイトは、無事なようだった。
恐らくは、無傷。
思わず呻き声が漏れる。

「なんだ、あれは」

風に流される呟きに、小さく答える声があった。

「磁力盾です」

思わず聞き返す。

「……なんだと?」

「簡単に言えば、目には見えない盾です。
 その気になれば、あれで剣や槍も食い止められるはずですわ」

ルイズだった。
この瞬間まで、ウェールズの思考から、ルイズがこの場にいる事は半ば以上消えかけていた。
眼前で展開される、あまりにも凄惨で異常な事態に気を取られていたためだ。
思わず、我に返る。
そう、今、まさに眼前で、あまりにも凄惨で異常な事態が繰り広げられている。

「ラ・ヴァリエール嬢、今すぐ、下へ戻るんだ。
 友人達と合流して、ここを離れなさい。これは、貴族の婦女が、いや、人が見て良い光景ではない」

だが、ゆっくりとルイズは首を横に振る。
その眼差しは、戦場を歩くナイトを見つめたままだ。

「いいえ、殿下。
 それは出来ません」

彼女は、殺戮に魅入られたのだろうかという思いが、頭の片隅を過ぎる。
ならば、止めなくてはならない。彼女には、あの使い魔がいる。
殺戮の快楽に身をゆだねて、あの力を行使するならば、数え切れぬほどの悲劇が生まれるだろう。
だが、戦場を見つめるルイズの瞳に、血の匂いに酔うもの特有の輝きはない。
彼女は歯を食いしばっている。
手すりを折れんばかりに握り締めている。
その姿は、むしろ、何かとてつもない苦痛に耐える、苦行僧のようだった。

「ラ・ヴァリエール嬢……?」

搾り出すような声で、ルイズは続ける。

「ダメなんです、殿下。
 あそこで戦っているのは、人を殺しているのは、わたしの使い魔なんです。
 わたしが命じました。だから、わたしには、それを全部見て、全部背負う義務があるんです。
 帰ってきたナイトに、お疲れ様、よく頑張ったね、って言ってあげなきゃいけないんです!」

「……しかし」

反射的に抗おうとするが、どんな言葉を繋げれば良いのか分からず、ウェールズは沈黙する。
ルイズは、どこか熱に浮かされるように、話し続ける。

「ナイトをあの姿に変えた人たちは、結局、ナイトを怪物にしてしまいました」

それは、遥か遠い異世界の話。
音と言えば、爆音であった時代、光といえば、紅蓮の照り返しであった時代。
攻性ウィルスと、マイクロマシンが風の中を荒れ狂い、
幾つもの都市が、熱核兵器の劫火の中に消えていった時代。

「あれだけの力を与えて、ナイトを置いてきぼりにしてしまったんです。
 犯した罪を全部押し付けるだけ押し付けて」

それは、ルイズがあの眩い光の中で見た光景だ。

「ナイトは結局、怪物になってしまった。
 そうなるほか、なかったんです!」

でも、それは、ナイトがわるいんじゃない!

ナイトは間違いなく人を憎んでいた。
世界中を炎で焼き尽くしたあの戦争が終わった後の、凪の様に静かな時代。
放射線と神経毒と、もはや制御不能なまでに奇怪な変化を遂げたウィルスに蝕まれ、
ゆるゆると滅んでいく人間たちを、ナイトは同型機と共に、まるで止めを刺すように見つけ出しては殺して歩いた。
結局、命じるものが全て死に絶えた後も、ナイトの戦争は終わらなかった。
だが、破壊と殺戮の為に生み出された兵器にとって、戦争を続けるほかに、
縋るものも、守るべきものも無く、ただ放り出された荒野を生きのびる術などあったのだろうか。
旅を共にする同型機は居た。
だけど、ナイトが本当に望んだものは……。

「ナイトは、わたしの使い魔です。
 怪物になんかさせない。わたしがさせません!」

ルイズは思う。
ナイトを、絶対に一人にはしない。わたしがずっと傍に居よう。
きっとそれが、何の力もないわたしに与えられた役割なんだ。
今度こそ、ナイトが心の底で望み、欲していたものを与えてあげなくてはならない。
それがきっと、わたしに出来るただ一つのことだ。

「ラ・ヴァリエール嬢、君は……」

気遣わしげに、ウェールズが呼びかける。
だが、その言葉をルイズの凛とした声が遮った。

「同情はご無用です、殿下。
 わたし、嬉しいんです。
 ずっと、悩んでいました。わたしはナイトの相棒として相応しくないんじゃないかって」

だが、今は違う。

「でも、違ったんです。
 きっと、何も無いからこそ、わたしは選ばれたんです。
 ずっと傍に居られるように。危なっかしくて、ナイトがわたしの傍を離れられないように」

戦場を見つめるルイズの目には、涙さえない。
だが、彼女は数千という命の重みに、今も必死に耐えている。

おお、ブリミルよ。
貴方はなんという重荷をこの少女に背負わせたのですか。

改めて、ウェールズはルイズを見た。
あまりにも細いその肩、抱きしめれば砕けてしまいそうな華奢な身体、
精一杯背伸びしても、ウェールズよりも確実に頭一つ小さな、まだ花開く前の蕾のような少女。
だが、この少女は、これから先の一生を、想像もつかない重圧の下で生きていかなければならないのだ。
それは、個人で持つには強力すぎる力を抱えるという現実。
利用しようと近づく者もいるだろう。その力を恐れるあまり、排斥しようとするものも少なくないはずだ。
これからずっと、彼女は誰にも、本当の意味で心を許すことは出来ないだろう。
それはあまりにも痛ましく、また、残酷なように思えた。
しかし、変わってやることは、ウェールズには出来ない。
それどころか、肩の重荷を共に支えてやることさえも。
知らぬこととはいえ、非戦闘員を助けるために、ナイトによる殺戮を許したのは、他ならぬウェールズなのだから。

初めて戦場から視線を外したルイズが、ウェールズに向き直る。

「殿下、ご自分を責めないで下さい。
 どの道、ナイトとわたしが脱出するためには、こうする他無なかったんです。
 それならば、わたしは、アンリエッタ様の大切な人の命を救いたかった、ただそれだけなんです」

一瞬、ウェールズは話の流れを見失った。

「……ラ・ヴァリエール嬢、君は何を言っているんだ」

幾らこの戦いを退けたとしても、レコン・キスタの軍勢はこれが全てというわけではない。
やがてはあえなく押し潰されるだろう。
ただ、滅びの日が先延ばしされるだけの抵抗……だが、少なくとも非戦闘員を逃がす事は出来る。
目の前の殺戮は、そういう意味を持った戦いのはずだった。

「ナイトが敵の本営の会話を聞きとったんです。
 あそこに、オリヴァー・クロムウェルがいます」

皮肉にも、その姿を取り戻してから、
ナイトは、感覚の共有などの使い魔としての基本的な能力を得ていた。
それはまるで、ノワールの身体が、あくまでも仮初のものであることの証左のようでもあった。

「なんだと……まさか!」

ナイトが一直線に本営を目指すもう一つの意図を、ウェールズは悟った。

「ナイトの……君たちの目的は、クロムウェルの首か!」

ルイズは、儚く微笑んだ。
その背後では、ナイトが本営に到達しようとしている。


レコン・キスタの本営がある天幕は、煮え滾る混乱の坩堝と化していた。
訳も分からないうちに崩壊していく戦線。
二転三転する被害報告。帰ってこない伝令。
竜騎士を伝令代わりにし、上空の軍船からの情報伝達を密にすることで、どうにか状況は理解したものの、
判明した事実は、更に信じがたいものだった。
人型大の何かが、城門から本営に向かって一直線に進撃しているのだという。
そして、甚大な被害を出しながら、その進攻を止めるどころか遅らせることも出来ていないのだという。
投入可能な最大火力を用いることを選択。
軍船による砲撃を命じたものの、目標は健在。
ならばと情報収集の為に近づいた竜騎兵隊が連絡を絶つに及んで、パニックは最高潮に達していた。
最終的には本営の移動が提案されたものの、その時にはもう既に全てが遅かった。

レコン・キスタ総司令官である、オリヴァー・クロムウェルは己が目を信じられなかった。
いや、信じたくなかったという方が、正しい。
必勝を期してこの一戦に投入した戦力は五万。
対して、ニューカッスル城に立てこもる戦力は、どんなに多く見積もっても五百に満たないという話だった。
負けるはずのない戦だった。
事実、昨日までは全て上手くいっていたのだ。
ある空軍艦隊司令の“説得”を皮切りに、アルビオン王国中枢に根を張るように“協力者”を増やしてきた、
十分に根を張ったところで、『ロイヤル・ソヴリン』号の叛乱を起こし、後は……。
全てが順調だった。
あまりにもトントン拍子に物事が進むものだから、もしかしたら、ずっと夢を見ているのではないかとさえ思った。
ならば、覚めて欲しくなかった。ずっと夢見ていたかった。昨日までは。
今は、夢ならばこの悪夢が覚めて欲しいと、心から願っている。
酒場の片隅で酔いつぶれる生臭坊主に戻れるならば、この世のどんな宝を手放したとしても惜しくはない。

彼の協力者であり、ガリアとのパイプ役であったシェフィールドが、本営の混乱のさ中、姿を消していた事に、
今だクロムウェルは気づいていない。

日の光を背にして、唯一の出入り口をふさぐ様に、黒い悪魔が立ちはだかっている。
天幕の中は、一面の血の海だった。
応戦しようとした司令部の面々は、杖を引き抜くよりも早く、物言わぬ肉塊へ姿を変えていた。
クロムウェルは助けを求めるように、キョロキョロと左右を見回すが、
すでに彼以外に立って息をしている者は、天幕の中には存在していない。
ゆっくりと、ナイトが動き始める。
その歩みだけで、クロムウェルのなけなしの勇気が蒸発した。

「ひっ、ひぃっ!?」

彼が最後に縋ったのは、ブリミルへの信仰ではなく、
己を不当に軽んじたと信じていたアルビオン王家への憎悪でもなく、
彼にとっての夢の道具、魔神のランプたる『アンドバリ』の指輪の力だった。
数え切れぬほどの死者を操り、彼の妄想をここまで実現させたその力だけが、
今、クロムウェルを現実に繋ぎとめる唯一つの鎖だった。
指輪の嵌った指を突き出すようにして泣き喚くようにして叫んだ。

「と、ととと止まれ! 来るなぁぁぁぁぁぁぁ!」

――念線接続を検出しました。
――ルート権限をアップデート。
――最上位指揮個体おりう゛ぁー・くろむうぇるを確認しました。
――以後、当該機体の指揮に従ってください。

ナイトの脚が、ぴたりと止まった。
ナイトが自らの指示に従ったことで、涙と鼻水塗れになったクロムウェルの顔が、喜色と希望に輝く。
もしかしたら、助かるかもしれない。
いや、これほどまでに強力な力を手に入れたのならば、ガリアの力に頼るまでもなく……。

KNGIHT-RES(001):そんな甘いプログラムで、おれを縛れると思うな。 EOS

その声が、『アンドバリ』の指輪を通して聞こえたと気づくよりも早く――

ナイトは即座に『コブラの巣』への接続許可を求めるパケットを数百のルートに向かって送信。
無論、全ての通信はマイクロセカンドの後にタイムアウト。
ナイトのセキュリティシステムは、
この事態を指揮中枢たる『コブラの巣』のバックアップシステムまで含めた消失と判断。
機密保持のため、無期限・無制限の単独行動を許可し、
それに伴いナイトを縛りつけていた幾つものロックが、光の速度で解除されていく。
その中の一つに、敵味方識別信号の抹消権限が含まれていることを確認すると、ナイトはクロムウェルを指差した。
宣告する。

KNGIHT-RES(002):敵味方識別信号抹消、アカウント“おりう゛ぁー・くろむうぇる”。
当該機に対するすべて支援義務を放棄し、当該機よりの無線有線念線すべての質問接続を拒否する。
逆賊誅すべし。 EOS

――『アンドバリ』の指輪を嵌めたままの指が、くるくると宙を舞い、
鼻水と涙に塗れたまま笑っている頭が胴体から転がり落ちる。
薔薇色の夢想に浸ったまま、オリヴァー・クロムウェルは死んだ。
それと同時に『アンドバリ』の指輪による、
空軍司令を初めとしたレコン・キスタの重鎮達のコントロールが途切れ、その自律活動は永久に停止。
脳髄ともいえる部分が一度に崩壊したことで、レコン・キスタはその上層部から早くも無力化しつつあった。


最後はちょっとやばかったとナイトは思う。
どうやら、身体が一度昔に戻った時に、システムの大部分が初期化されてしまっていたらしい。
後でセキュリティ・ホールの有無をもう一度確かめなおしておく必要があると、空き領域にメモしておく。
まあ、その代わり新品同様の身体が手に入ったと思えば破格の取引だ。

ナイトはクロムウェルの首と、念のために指輪の嵌った指を拾い上げる。
嗅覚センサーを近づけて嗅いでみる、が、最期の醜態から予想したように、やはり大した奴とは思えなかった。

まあ、良い。
その辺りの詮索は、あのウェールズとか言う人間がやるべきことであって、おれやルイズには関わりあいのないことだ。

天幕を出ると、遠く、ニューカッスル城の小塔のテラスに佇むルイズの姿が見える。
人間の目では豆粒ほどにしか見えくとも、ナイトの視覚ならば、その睫のかすかな動きまで見て取ることが出来る。
攻撃肢を振って無事を知らせるかどうか、ほんの少しだけ迷う。
が、ある程度感覚を共有している以上、ルイズにはおれの無事が分かるし、おれにはルイズの無事が分かる。
今更知らせる必要はないし、そもそも、その、そう、そういうのはおれには似合わない。
別に気恥ずかしいとか照れくさいとか、そういうことではない。

とにかく、と強引に思考を断ち切る。
帰るか、相棒のところに。

アルビオンの空は、どこまでも蒼かった。


かくして、ニューカッスル城攻防戦は、誰一人予想し得ない形で幕を閉じた。
死傷者数は、およそ一万。
そのうちの半分以上が、混乱の中で起こった同士討ちによるものだといわれている。
この一戦により、指導者の大半を失い、
さらに奇術ともいうべき謀略が暴かれたレコン・キスタは自らの重みで瓦解した。
司令官を失った前線指揮官の殆どは原隊へ復帰し、
主だったアルビオン貴族たちも、生きている者は、王党派への恭順の意を示した。
今だレコン・キスタの理想を掲げ、王党派への反抗を続ける者もいないではなかったが、
あくまでも地方勢力にとどまり、もはや大勢を覆すだけの力は残されていなかった。
アルビオン王家を襲った未曾有の危機は去った。
無論、内乱の残り火とでも言うべきものは残っているし、その鎮火にはまだ数年の時を必要とするだろう。
だが、六千年の時を耐え続けたアルビオン王家は、またしてもしぶとく生き残ったのだ。

時代は新しい階梯へと進もうとしていた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026875972747803