共有、使い魔の視界を同じくして見る。
空に影、タバサのシルフィードが廃墟の上空を飛んでいた。
廃墟の寺院、壁面は雨風にさらされ、壮麗なステンドグラスは見る影も無く粉々。
何年も人が近づいていないことが伺える。
それでも、素朴と言う叙事と言えるような雰囲気があった。
「………」
寺院の周りには目だった生き物は居ない、確認できるのは5人の人影だけ。
太い、タバサとその手に持つ杖が簡単に隠れる木の裏に隠れ、キュルケが居る方向へ手を出して合図する。
それを100メイルほど離れた木の影から見ていたキュルケ、杖を取り出して呪文を呟きながら杖を振った。
見る間に30サントほどの火球が現れ、大気を焦がしながら勢いよく飛んでいく。
目標は門柱の傍に生えていた木、着弾と同時に火球が大きな音を立てて爆裂。
轟音を立てて木が勢いよく燃えていた。
それを見てタバサは杖を握り締め、精神を集中する。
「ブギィィィ!!」
「ピギィィィィ!!」
耳障りな泣き声をあげて出てきたのは、豚。
2メイルはある巨体に、分厚い脂肪を持った、人型の豚。
種族名『オーク鬼』、この開拓村が放棄された原因の魔物。
困った事に人間が駆逐しなければいけない理由、『人間の子供が好物』と言う放って置けない嗜好を持っていた。
それが群れを成して開拓村に襲ってきた、大半が平民であった町の人間は逃げるしか術を持たず。
この土地の領主に何とかしてくれと頼んだものの、兵を森の中に出す事を渋った為、しょうがなくこの町を放棄したと言う訳だった。
「プギュァァァァァ!!」
棍棒、人の胴さえある太い木の棒を振り回して燃える木をなぎ倒す。
直感、自然に火が発生する事など滅多に無い、落雷などであるものの空は晴天。
すると考えられる原因は人間、醜いオーク鬼は鈍い頭で考えていた。
餌が近くに居ると。
「………」
タバサは考える、予想以上に多く、この数では一網打尽に出来ない。
数は十数匹、うまく罠にはめる事が出来るかどうか、と。
そんな考えを無にする行動に出た人物が一人。
オーク鬼の目前に青銅の戦乙女が7体現れた。
眉をひそめる、打ち合わせと違う。
あのゴーレムでは簡単にやられてしまうと思った時には4体のワルキューレが薙ぎ倒されていた。
まずい、1匹位ならと思ったが手傷を与えただけ、倒すに至っていない。
「ラグーズ・ウォータル……」
木陰から姿を現し、唱え杖を振る。
杖先が光り、タバサの周囲に数十もの氷の矢が現れ。
「イス・イーサ・ウィンデ」
『水』『風』『風』のトライアングルスペル、『ウィンディ・アイシクル』が放たれた。
「プギヤァァァァァ!!」
断末魔の咆哮、手負いのオーク鬼を囲むように飛来し、様々な方向から突き刺さった。
キュルケもタバサと同じタイミングで身を現し、杖を振った。
『火』『火』『火』のトライアングルスペル、『フレイムカノン』を放った。
業火、3メイルを超える火球が地を抉り焦がしながら直進、避けようとしたオーク鬼の方向に沿って曲がり、直撃、爆炎と共に破裂した。
余波、叩きつけるかのような風圧が襲い掛かり、敵味方問わずバランスを崩す中、二つの影が躍り出た。
「はぁぁぁぁ!」
迫り化け物へ向かって気合一閃、剣戟の一撃を煌かせ、たじろいていたオーク鬼の腹を切り裂いたサイト。
高速で駆ける中、オーク鬼の首にぶら下がった……人骨、小さい、子供の頭蓋骨。
やっぱり、ここは俺の世界のルールとは違うと感じる。
やらなければ、やられると。
両腕に力を込め、土煙の中オーク鬼目掛けて駆ける。
晴れぬ土煙の中、叫ぶオーク鬼、フレイムもキュルケのフレイムカノンに負けないような火を口から噴出し、豚を丸焦げにする。
火炎の息吹と血に濡れた刀剣が踊り、豚の屍骸を次々と量産する。
シルフィードからの視界で確認したタバサは、風を巻き起こして土煙を吹き飛ばす。
居たのはサイトとフレイム、その一人と一匹に倒されて残り5匹となったオーク鬼だけだった。
「ラグース……」
「ウル……」
オーク鬼を見ると同時にタバサとキュルケは呪文を唱え、サイトとフレイムは構えなおす、ギーシュはもう一度ワルキューレを作り直してオーク鬼の一体に差し向けた。
氷の矢が突き刺さり、火の球が炸裂し、2本の刀剣が翻り、火炎の息吹が纏わり付き、7体のワルキューレが腹、肩、頭の順で次々と襲い掛かった。
「プギュルアァァァァァ!!!」
一際大きな断末魔が重なった、その鳴き声を最後のオーク鬼は全滅した。
タイトル「今思ったけど、これサブタイトルじゃね?」
「ギーシュ! あんた何やってるのよ!」
ギーシュを小突いて怒鳴りつけるキュルケ。
「あいたっ!? 何をするんだね!」
「あんたこそ何やってんのよ! せっかく作戦を考えて罠仕掛けたのに!」
「あんな罠に早々引っかかるものかね!」
「あんたが提案したんでしょう! なのに自分で潰して!」
「戦は先手必勝さ、僕はそれを実践しただけだ」
「なら提案なんかしないでよ!」
ヴェルダンデが穴を掘り、油をまいた。
その後穴を偽装して、落とし穴として完成させた。
それだけで1時間ほど掛かった、完全に無駄な時間だった。
「まぁまぁ、誰も怪我しなかったし、これでいいじゃん」
「そんな事態になってたら、誰か死んでたでしょうね」
にらむようにギーシュを見るキュルケ、ギーシュはヴェルダンデを撫で回していた。
そんなゴタゴタしていた所に、シエスタがサイトに飛びついてきた。
「凄い、凄いです! あんなに一杯居たオーク鬼を一瞬で!」
サイトの腕に抱きついたまま、オーク鬼の死体を横目で見るシエスタ。
その瞳には恐怖が映りこんでいる、シエスタの故郷でも年に一度か二度、こういった魔物が襲ってきたりしていた。
「えっと、シエスタ? ちょっと剣を拭きたいから手を離してほしいかなーって」
「あ、すみません」
この感触はいつ味わっても良いけど、さっさと拭かないと血がこべり付いちまう。
手を離してもらい、良さそうな葉っぱを捜す。
「くせぇ! 相棒、早く拭いてくれ!」
「臭いって、デルフに鼻なんてあるのか?」
「なんとなく臭そうじゃねぇか?」
「確かに臭いけど……」
目らしき物がないのに周囲が見えているデルフ、魔法ってすげぇと再度思い直すサイト。
しゃがんで生えている大きな葉っぱを千切って拭う。
その時気が付いた、手が震えていることに。
「……慣れるしかねぇよ、相棒」
「わかってるよ」
戦いに慣れる、要は殺し合いに慣れるということ。
今さっき相手になったオーク鬼も、魔物とは言え生き物だ。
現に、血と脂を撒き散らして死んだ。
相手を倒したからと言って良い気分にはなれない、そんなので良い気分になるほどサイトの心は愉快ではない。
「殺す事、かぁ……」
抵抗は勿論ある、そうしなければ自分が死んでしまうと言うのもわかる。
だが、向こうでは無かった。
虫とかは殺すことはある、だがそれは認識の問題であり、小さな虫も『生き物』なのだ。
それがただ種類や体積の違いでしかない、結局は『殺している』事に他ならない。
震える、いまさらに、それに気が付いて震えた。
「サイトさん……」
震えるサイトの手に重ねてくるシエスタ。
「無理、しなくても良いんですよ? ルイズ様に言えば、きっと戦わなくて良いって言ってくれます」
確かに、言ってくれるかもしれない。
もう良い、敵が居ない安全な場所で過ごしても良いと。
ルイズが少しだけ笑って、そう言う光景が頭に浮かんだ。
「ルイズ様ならきっと言ってくれます! そうだ、私の村で一緒に過ごしませんか? いい葡萄が一杯取れるんですよ、ワインでも造って過ごしましょう!」
それも良いかもしれないと考えて、だめだと考え直す。
確かにそういう道をルイズは提案してくれた、でも選んだのは自分。
危険かもしれない、死ぬかもしれない、戦う道を選んだのは自分。
警告も聞いた、安全な道に戻る事は出来ないと確かに聞いた。
それでも、選んだのは自分で。
いまさら『やっぱ安全な道で!』なんて言えねーよ。
「サイトー! 寺院の中に入ってみましょー!」
「ああ! 今行く! 行こう、シエスタ」
「……はい」
その日の夜、一行は寺院の中庭に陣取って、焚き火を囲んでいた。
寺院を探った結果、真鍮のネックレスや銅貨が数枚。
オーク鬼十数匹倒した結果にしては、お粗末なものだった。
褒賞金でもかけられてないかなーとか思う始末。
そう考えながら晩御飯としてシエスタが作ったシチュー、『ヨシュナヴェ』を食べる。
ヨシュ……寄せ鍋? そう聞こえなくも無い。
「サイトさん、おいしいですか?」
「美味いよこれ、やっぱシエスタが居て良かったな」
美味しいの一言に、シエスタは笑顔で喜んでいた。
どこかで食べたことある懐かしい味がした。
だからだろうか、親父さんには悪いが、学院で食べる料理より美味しく感じた。
ギーシュやキュルケも頷く、タバサはどこからか取り出したはしばみ草をシチューの中に入れていた。
サイトはあんな苦いのよく食べれるな……、とか思っていた。
ルイズも食べてたし、本当は美味しいのか? とかも思ってたりした。
「キュルケ、もう学院に帰らないか? 流石にこんなのばかりじゃ割に合わないよ!」
「もう一件だけ行きましょ、もう一件だけね」
「……それで、なんと言うお宝かね?」
「『竜の羽衣』よ」
キュルケがそう言った途端咽たシエスタ。
何度も咳をするシエスタの背中をさする。
「そ、それ本当ですか!?」
「ええ、貴女知ってるの?」
「はい、それがある場所、私の故郷です」
「きゅいきゅい」
一度軽く羽ばたいて、シルフィードが肉を頬張っていた。
夜が明け、5人と一匹は空飛ぶシルフィードの背に乗ってタルブの村を目指していた。
その道中、竜の羽衣がどんな物であるか説明していた。
「インチキなんです、名ばかりの秘宝で空なんて飛べやしない代物です」
「マジックアイテムとかじゃないの?」
「いいえ、ただの鉄で出来たものなんです」
「ただの鉄、ねぇ」
シエスタは頷く、言われているような代物ではないと。
サイトはその恥ずかしそうなシエスタの顔に気が付いた。
「えっと……その持ち主は、わたしのひいおじいちゃんなんです」
「貴女の?」
「はい、ある日突然現れたんです。 皆が言うには竜の羽衣に乗って、東方から来たって」
「東方? サイトと同じ出身かもしれないわね」
「んー、どうだろなぁ」
東方出身ということになっているが、実際は違う。
この世界の出身じゃないわけだし、誰も確かめたこと無い東方という事にしているだけだ。
「でも、皆信じていなかったそうです。 竜の羽衣に乗ってきたなら、もう一度飛んでみろって誰かが言ったそうです」
「飛んだの?」
「いいえ、もう飛べないって言い訳したそうです」
「まぁ、それはそうよね。 証拠が無きゃそんなの信じられないでしょうし」
「はい、もう飛べない、もう帰れないと言ってタルブの村に住み着いたんです」
「……もう帰れない、か」
それを聞いてサイトが少しだけ顔を顰める。
そのシエスタのひいおじいちゃんが『もう帰れない』と実感した時、その心情はどんな物だったんだろうか。
泣いたりしたのだろうか、開き直って笑ったりしたのだろうか。
ルイズが絶対に帰してやる、と言っている以上信じてはいるが……。
自分がそうなったら? そう思うと、何とも言えない気持ちになった。
「変わり者だったようね、相当家族に苦労掛けたんじゃない?」
「そうでもありませんでした、竜の羽衣以外ではとても良い人で働き者だったそうです」
お金を貯めて、貴族様に固定化の魔法まで掛けてもらってた始末ですけど。
そう言って笑ったシエスタ、キュルケやギーシュも笑う。
可笑しな人だな、と。
……似たような状況のサイトは笑えなかった、右も左もわからない土地で自分の持ち物が少しだけ。
縋りたくもなるかも知れないと、ネガティブな方向の思考にいってしまう。
「そんな代物、勝手に持って言っちゃ駄目なんじゃないか? 町の名物なんだろ?」
「名物と言うより、個人の私物と言った方が良いですね。 ……その、サイトさんが欲しいとおっしゃるなら父に掛け合ってみます」
わざわざ金を払ってまで固定化を掛けてもらったのだ、どう言う物だろうかと興味が沸く。
「たとえインチキな代物でも、欲しがる好事家なんて幾らでも居るわよ。 売るとしても出来るだけ高く買い取ってもらいましょ」
「君は中々悪い女だなぁ」
ギーシュが呆れ声で言って、シルフィードはタルブへ向かって羽ばたいた。
『これで終わりかよ、生殺しなんてもんじゃねーぞ!』
全て終わっていない、続きが無い本。
やめるなら全部書き終えてからにしろよ、と毒づきテーブルに本を放り投げる。
体感的には漫画や小説が盛り上がってきた所で、To be continued...と出た感じ。
わくわくしながら、続きを妄想しながら一週間もしない内に忘れそうだな……とかも考える。
ここ数日は自室に篭って読書三昧、一時間単位当たりタバサ以上に本を読んでやったぜ! とか自慢できそうなほど読んだ。
読みたい本はまだまだある、サイトが帰ってくるまで時間があるはず。 ならば読むしかなかろうと意気込んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
「開いてますよ」
そう言ってドアが開くと、入ってきたのはオールド・オスマン。
手に取っていた本を置いて、軽く頭を下げる。
「体の具合は……、よさそうじゃな」
「ええ、病気一つ無く」
椅子から立ち上がって一回転、スカートの端をつまんでお辞儀する。
「いやはや、長く休んでいると聞いての」
「ご心配をお掛けて申し訳ありません」
「ほっほ、何事も無ければよろしい。 それで、詔はできたかね?」
「当に出来上がっております、お聞かせしましょうか?」
「はやいのぉ、聞かせてもらおうかの」
言って聞かせる。
キリスト教の誓約だったか、それの神ではなく始祖の改変バージョン。
悪くは無いと思うが。
「悪くは無いの……じゃが」
「ええ、政略結婚に合わないような物を考えましたので」
「……悪辣じゃのぉ」
夫婦となってどんな時でもお互い支え合え、何と似つかわしくない事か。
まぁ駄目なら駄目で良い、どうせ言わないんだし。
「ところで、ガンダールヴはどうしたのかね?」
「修練へ出しました」
「修練とな?」
「はい、今のままでは駄目ですので」
「ほぅ、スクウェアメイジを打ち倒したのに、それでも足りぬと?」
「全く、這う這うで撃退したに過ぎません。 鍛え上げていた者なら一刀両断でしたでしょう」
もし、ワルドがガンダールヴなら凄まじいガンダールヴに違いない。
それこそ全盛期の御母様を凌駕するほどの強力な使い魔となっていただろうな。
個人の力量に比例して強くなるガンダールヴならではと言った所か。
「ふむ、素人でもスクウェアメイジを撃退できるガンダールヴ、かなり恐ろしいものにも感じるがの」
「オールド・オスマン、力とは使い方です。 それ位はお分かりでしょう?」
「いや、全くそのとおりじゃて。 一方に傾かなければそれは無害なものじゃろな」
善でも悪でも、傾けば牙を剥く。
平らであれば無闇矢鱈に干渉はすまい、するとすれば力とは関係ない第三者。
力が扱えると分かれば、いろんな手を使い取り込もうとする。
抑止力とか、そんな建前で保有して自分、あるいは自国を優位な位置に立たせる。
近代地球で言えば核とか、一度使えば終わりそうな力だ。
虚無はそこまでじゃないが、少なくとも個人には絶大な効力を発揮するのは確か。
「彼は大丈夫なのかね?」
「大丈夫になってもらいます、そうなってもらわなければ……」
これから襲い掛かってくる火の粉を払わなければならない。
払えなければ、火達磨になって死んでしまう。
もちろん一人では払わせない、共に払うか先立って払うか、あるいは代わりに被るか。
「そういう事になる可能性があるのは辛いのぉ……」
頷く、知られれば強力な抑止力として祭り上げられるだろう。
原作の神聖アルビオン共和国本土戦のように、武器として、盾として国に使われることになる。
端的にはそうなるだろうが。
「そうなった場合にも、生き残るだけの力を付けてもらわなくちゃ……」
「……もし、困ったことがあればいつでも頼るが良い。 すぐに力になるぞい」
鋭い視線、真剣な意思が伝わってくる。
国ではなく、個人を憂うか。
まったく、このオスマンは別人だな!
「ありがとうございます」
「ほっほ、授業のほうはわしから言っておこう。 彼が帰って来るまで好きにすると良い」
「はい」
「それではの」
笑いながら去っていくオスマン。
見送った後に、窓の外へ視線をやる。
「強くならなくちゃ……」
内も外も、何者にも負けない力を。