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No.4677の一覧
[0] 過去という名の未来へ(ゼロの使い魔 才人逆行)[歪栗](2009/01/22 21:00)
[1] プロローグ[歪栗](2010/11/07 08:49)
[2] 第一話[歪栗](2009/01/29 20:54)
[3] 第二話[歪栗](2010/11/07 08:50)
[4] 第三話[歪栗](2010/11/07 08:51)
[5] 第四話[歪栗](2010/11/07 08:47)
[6] 外伝:初めて人を殺した日[歪栗](2009/02/11 02:33)
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[4677] 第一話
Name: 歪栗◆970799f4 ID:488aeb62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/01/29 20:54
 草原に春の柔らかな日差しが降り注いでいた。
 丈の短い草にほんの少しだけ浮いた水滴が、そんな日差しを受け止めてきらきらと反射させている。
 あたかも、この草原に集う年若いメイジたちを祝福するかのように。
 今日は彼らにとって特別な日。
 春の使い魔召喚という、神聖な儀式の行われる日だった。
 トリステイン魔法学院に入学した生徒たちは、始めの一年で系統魔法の基礎を学ぶ。そして二年生からは、それぞれの属性にあった専門課程へと進み、更なる研鑽を続けることになっている。
 その属性を固定するために、メイジたちは使い魔を召喚するのだ。
 そしてその神聖な儀式に、周りの者たちとは少しだけ違った思いをかけている少女が居た。
 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。メイジ=貴族という式がわずかな例外を除いて成り立つこのトリステインという国家に存在するトリステイン魔法学院は、例に漏れず殆どの生徒たちが貴族で、それも爵位持ちの上級貴族の令息、令嬢たちで構成されている。
 その中でも、ラ・ヴァリエール公爵家という最上級の貴族の令嬢であるこの少女は、どういうわけか魔法が大の苦手だった。
 いや、苦手というわけでは無い。尚酷いとでもいうべきか、ルイズは貴族でありながら、一部のコモン・マジックを除けば一切の魔法を行使することが出来ないのだ。
 自身も、それがどうしてなのかは理解できていない。一年間学院での生活を通じて、ついたあだ名は“ゼロのルイズ”。
 大貴族の令嬢であることも、少々年齢に比べて幼さを感じるとはいっても可憐な容姿も、魔法が使えないという事実の前では意味を成さなかった。
 むしろ肉付きの乏しい肢体を、魔法の成功率ゼロパーセントとかけられて馬鹿にされている始末だ。
 彼女の父も母も二人の姉も、皆が立派なメイジである。
 何故自分だけが? 何で?
 こんな筈じゃない。本当のわたしは、こんなのじゃない。絶対に違う! わたしは、誇り高きラ・ヴァリエール家の末娘なんだから。
 そう思って、そう信じて。
 理想の自分と、あまりに残酷な現実。その乖離は進むばかりで、一向に解消の方向を見せてはくれない。
 ゼロのルイズ。未だ変わらぬそんな蔑みと侮りがブレンドされた名で呼ばれ、彼女は今ここにいる。
 春の使い魔召喚。他の皆は、自分の使い魔がいったい何になるのか、高位の幻獣がいいなぁなどと少しばかりの緊張とそれ以上の期待を持って興奮したように話していた。
 そしてルイズがそれにかけた望みは一つ。
 自分が本当はすばらしいメイジであるという証明。そのための使い魔。
 同じように見えて、だが実際彼らと彼女の望みは全く別の物だった。
 ルイズはこれまでに二度自分に裏切られている。
 一度目は本当に幼い頃。初めて母に杖を渡されて、魔法を習った時。己に流れる血に誇りを持って、わくわくと期待しながら母が見せたお手本の真似をして杖を振るった。
 二度目はこのトリステイン学院への入学。数多の優秀なメイジを輩出している学院にて学べば、自分もメイジになれるのではないかと。
 そして今日が三度目。メイジの実力を見るには使い魔を見ろと言われるほどに、メイジにとって使い魔の存在は大きい。
 じゃあわたしがもし、もしよ? ペガサスとかユニコーンとか、はたまたグリフォンやマンティコアとかの、一流のメイジが使役するような使い魔を召喚しちゃったりしたら?
「では次に、ミス・ヴァリエール。『サモン・サーヴァント』を行って……」
 そうなったらどうしよう。わたし、一気に一流のメイジの仲間入りじゃない。今でこそゼロのルイズとか呼ばれちゃってるけど、それがきっかけで眠れる才能とかが目覚めちゃったりして、それでそれで……。
「っおほん! ミス・ヴァリエール!」
「ひゃい!?」
 いきなり声をかけられて、変な声が出てしまった。慎み深いトリステインの貴族にあるまじき、変な声だ。
 己の殻に閉じこもって無視してしまっていたことを棚に上げ、ルイズは抗議の意味を込めて彼女に声をかけた男を睨んだ。
「何ですか? ミスタ・コルベール」
 だが、すぐに違和感に気づく。何だか皆の視線が白いのである。な、何よ、今日はまだ爆発なんて起こして無いわよ、とそんな視線が向けられることには慣れっこでも今は向けられる覚えの無いルイズは少々萎縮した。
 悪意を向けられることには慣れても、その理由が分からないだけで怯えてしまうルイズはやはり女の子だった。
「ミス・ヴァリエール。君の番だ。早く『サモン・サーヴァント』をしたまえ」
「あ……は、はい! 分かりました」
 解けぬ疑問は残ったが、コルベールにせかされたルイズは慌てて頭からその疑問を押し出して杖を構えた。
 何故かコルベールが優しげな瞳で自分を見ていた気もするが、それも頭から追い出す。
 正念場なのだ。余計なことを考えている場合じゃない。集中せねば。
 疑問が解けなかったことはルイズにとっては幸せだったろう。誰だって、周りが見えなくなるほどに集中した時の自分の顔を見られていた事を知ったら、しかもそれがにやにやと如何にもだらしない顔だったと知ってしまったら、赤面して、後々まで懊悩する羽目になる。
 そんな事実は、……やっぱり知らないほうが幸せである。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ!」
 

 これまでにルイズは二度、自分に裏切られた。これが三度目の裏切りになるのか。はたまた三度目の正直になるのか。
 それは始祖たるブリミルのみが知りえる事。
 だが、これだけは確実に言える。ルイズは、幾度裏切られようとも決して自分を信じることは止めないだろうということ。
 尊敬すべき家族と、畏敬すべきラ・ヴァリエールのご先祖さまたちの血を引くルイズは、誰よりも立派な貴族になると決めているのだから。
 杖を振るう。ボン、と爆発が起きた。杖を振るう。ボン、と爆発が起きた。
「何やってんだよゼロのルイズ!」
「『サモン・サーヴァント』でさえ爆発を起こすなんて信じ――きゃあ!」
 杖を振るう。周りの喧騒をさえぎるように、ドガン、と一際大きな爆発が起きた。
 ……、くじけないもん。
 ちょっと目に涙を浮かべて、ルイズは杖を振るう。
 ボン、と爆発が起きた。
 何度やっても、使い魔の召喚どころかゲートが開く気配さえ感じられない。
「本当に何をやっても爆発させるんだな!」
「さっきからバンバンバンバンうるさいじゃないか! 僕が集中出来ないだろ!」 
 幾度繰り返しても成功の兆しは無い。
 嘲笑と罵声。三度目の裏切り。
 悲しくて、自分が情けなくて、思わず言い返そうとする。
「っ! わたしだって――!」
 わたしだって、好きで爆発を起こしてるわけじゃないわよ!
 言い返そうとして、言い留まる。
 知らず、頬を押さえていた。初めて母に頬を張られた日の事を、ルイズは思い出していた。
 それが、とても大切なものであると言うようにルイズはそっと頬を撫で、そして改めて両手で、ぐ、と杖を握り締める。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ!」
 諦めない。ぜぇったいに、諦めない!
 魔法を使えない少女はただ誇りだけを胸にして。
 ルイズは、もう何度目かも分からぬ、杖を振るう動作を繰り返した。
 そして。
「あ」
 唐突に、その努力は報われる。
 振るった杖の、その先に、白く光る鏡のようなゲートが開く。
「やった……?」
 間違いない。“召喚”のゲートである。
 いつまでやってるんだよ、とか、もう諦めたら? 等と繰り返される失敗と爆発に呆れ混じりに声を上げていた生徒たちがどよめきの声を上げた。
 ルイズは笑う。満面の笑みを浮かべて、叫ぶ。
「――さぁ来なさい! 神聖で、美しく、強大な使い魔よ! わたしの導きに、応えて!!」
 そして、ゲートからなんかさも当然のように歩いて出てきた“人間”に、その可憐な笑みを張り付かせた。
 えーと、この、薄汚い格好をした平民が、わたしの使い魔?
『…………』
 誰も何も言わない。言ってくれない。
 ゲートから出てきたのは、男だった。彼もまた、何も言わずにルイズの事を見つめていた。
 だからルイズは、すうっと息を吸い込んで思いっきり叫んでやった。
「ななな、何で! 使い魔に! 人間が! それも平民が出てくんのよーーーー!!」



 数多の生徒たちの頭の向こう、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが杖を振るっている。その杖の先に、ようやく楕円形の鏡の如きゲートが開いた事を確認して、コルベールはふう、とため息を吐いた。
 春の使い魔召喚の儀式も、ようやく終わりを迎えると。
 もともと、彼の引率には大した意味は存在しない。
 サモン・サーヴァントもコントラクト・サーヴァントも危険など殆ど無いのだ。始祖ブリミルが彼女の子たる彼らを護っている。またやり方も、前日までに十分にこのメイジの卵たちに教え込んであった。
 そして少々覚えの悪い生徒が失敗を繰り返して長引いたが、無事皆使い魔を召喚し、後は最後の生徒のコントラクト・サーヴァントを待つばかり。
 それにしても流石はミス・ヴァリエールだなとコルベールは思った。
 例え悪い意味にせよ、この学院に彼女ほど存在感のある生徒は居ない。
 今もどうだ? いくらメイジの実力を見るには使い魔を見ろと言われていると言ったって、一人の使い魔召喚にこれほど周りが注目することなんてあるだろうか。
 おかげでいつの間にかかなり後ろに押し下げられ、更に他の生徒たちが邪魔で、コルベールは彼女が召喚したであろう使い魔を見ることが出来ない。目に入るのはふさふさと髪の毛を生やした若い者たちの頭ばかりだ。
 いいなぁと、コルベールはため息を吐いた。うらやましい。私の頭では冬を越すのが寒いのなんのって。でも君たちも油断して手入れを怠ると、すぐに私と同じ頭になっちゃうぞ?
 微妙に負け惜しみ呪い染みた事を内心で零して、コルベールはルイズの叫び声に思考を打ち切らされた。
「人間?」
 彼女はそう叫んでいた。ミス・ヴァリエールは人間を召喚したのか?
 そう考えて、そこでコルベールは覚えのある臭いを嗅いだ。僅かだが、間違えようが無い。
 すっと表情を引き締めた。
「君たち、ちょっと下がってなさい」
 彼の前に居た生徒たちは、普段の暢気さのかけらも感じることの出来ないほど厳しい顔のコルベールに呆然として、道を空ける。
 この臭い。いつか、これと同じ臭いを腐るほどに嗅いだことがある。人の焼ける臭いほどではないが、彼はこの匂いに大いに覚えがあった。
 血の臭い、それも人の血の、だ。
 人の事をいえる立場では無論無い。だが、この血の臭いがルイズが召喚したであろう人間から発せられるものだということならば。
 その人間は、コルベールの教え子に害を及ぼす可能性がある。
 杖を握る。二度と破壊に使うまいと決めた自分の『火』だが、可愛い教え子たちとは変えられない。
 その覚悟を決めて、コルベールは人垣を抜けた。中央にはルイズの姿。向かい合うように、背の高い男が立っていた。



 ゲートをくぐっても、才人はあの時のように気を失ったりはしなかった。
 それが何故かは彼には分からない。また、それを疑問に思う余裕も無かった。
 ルイズの姿を視線に捉え、才人は涙がこぼれそうになるのを必死で堪えた。少しだけ勘違いをしたくなる。
 自分は過去に来たのではなく、過去に戻ったのだと。いや、それすらも間違いで。
 あの時、ルイズが死んだのは何かの間違いで、あれからずっと才人は長い夢を見ていたのだと、そんな酷い勘違いを。
 固く決めたはずの才人の決心を揺るがすほどに、その考えは誘惑的だった。
 目の前には懐かしい少女の姿。
 変わらない。いや、同じだと言うべきなのだろうか。ふわふわと波打っている、桃色がかったブロンドの髪。透き通るような白い肌。
 ただ、勝気につりあがった眼の鳶色の瞳に映った自分だけが、あの時とは違っていた。
「……で、あんた誰?」
 彼女と同じ問いを、目の前の少女がする。
 ああ、これは確かに辛いな、と才人は思った。
 覚悟していたとはいえ、ルイズに自分の名を問われるなんて、確かにこれは辛い。
 それでも才人は表情を変えずに、彼女の問いに答えた。
 自分にかなり呆れながら。酷い勘違いをしたのは少女の姿を見たからで、終らしたのは自分の名を問う少女の言葉で、才人は本当にルイズという存在に弱い。
 ぐっと、腹に力を込めた。あの時と同じ言葉を返すのは簡単だ。才人は決して、彼女との出会いを忘れたことは無い。
 でも、それを行動に移すわけにはいかなかった。
 ここは過去であって過去ではなく、少女はルイズであってルイズではない。
 そして才人もまたそう。彼は、かつてルイズから逃げ出し、そしてルイズを死なせてしまった才人なのだから。
「俺は、……平賀って言います。それで、俺を召喚したのはあなたですか?」
 丁寧語と、名を言わず平賀とだけ名乗ったのは、彼のけじめだった。
 才人は弱い。強くなったつもりで居て、それでも目の前に彼女が居ると、それだけで揺らぎそうになる。
 故に、才人はこれから平賀と成る。彼の過去にはあり得なかった存在。それを世界に誇示し、何より自分に言い聞かせて己を保とうとする。
 何というか、本当に自分らしいと才人は心の中でため息を吐いた。
 結局才人が強くなったのは見た目だけの張りぼてで、彼の心はあの時と殆ど変わっていない。
「そうよ。それで、あんたどこの平民? その姿、まさか盗賊じゃないでしょうね?」
 盗賊みたいな格好と言われて、才人は苦笑した。まぁ、そういわれるのも仕方ないくらいには、才人の格好は酷いものだったが。
「盗賊なんかじゃない。俺は傭兵です」
「傭兵?」
 ルイズが怪訝な顔をした。トリステインの公爵家令嬢に、傭兵という存在は縁の無い存在である。
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
 その時、周りから声が上がった。
 ルイズが顔を真っ赤にして声が発せられた方に向け言い返す。それも才人には懐かしい光景だ。
 懐かしさはあれど、才人には少し、いやかなりむかつく光景だったが。
 でも彼は動こうとはしなかった。
 鍛えたといってもメイジ複数人はいくらなんでも荷が重く、それに今の才人はまだガンダールヴを授けられていないし、デルフも持っていない。
 というよりも、才人にルイズを庇う理由が無い。いくら才人が彼女の事を護るために召喚されたのだといっても、ここでそれを知るのは彼のみである。
 いらぬ疑念を持たれるかもしれない行動は、避けるべきだった。
 ぐっと己自身を諌め、才人は周囲を見渡してみる。
 あまり彼の見覚えのある姿は見当たらなかった。
 流石に三年も前の事だ。彼が覚えている生徒なんて、ルイズと、そしてあの後にも少しだけ縁のあったキュルケを除けば、後はほんの数人しか居ない。
 いや、もう一人居た。生徒では無く、教師だが。ミスタ・コルベール。
 あの時はルイズが呼んで初めて人垣から現れた筈の彼は、何故か既に人垣の中、才人からも見える位置に立っている。
 そして、才人に杖を向けていた。
 って、え? 何で?
「あの、ミスタ? 俺はあなたに杖を向けられる覚えが無いんですが?」
 少々顔を引きつらせながら問う。
 敵意は特に感じなかったが、前の世界では再会した時以来それなりに友好関係にあった人物に杖を向けられて、いい気はしない。
 そんな才人の様子をじっくりと眺めて、コルベールは杖を下ろした。
「いや失礼。ミス・ヴァリエールの言ったとおりもし君が盗賊か何かだったら、取り押さえねばならないと思ってね」
「そう言うって事は、俺が危険人物で無いと判断されたと思っていいんですかね」
「人を見る目には幾らか自信がある。さ、ミス・ヴァリエール。儀式を続けなさい」
「そんな! ミスタ・コルベール。あの、もう一回召喚させて下さい」
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
 少々コルベールの登場が早かったが、あとは以前と変わらぬやり取り。
 そして、肩を落としたルイズが才人に近づいてくる。
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生無いんだから」
「そうかも知れないっすね。光栄です。ただ、ちょっと待って下さい」
 そこで、才人は此処に来て初めての自発的な行動に出た。手を前に上げて、ルイズが杖を振るうのを遮る。
「ちょっと、あんた何――」
「ミス・ヴァリエール。それは俺を雇ってからにしてくれませんか?」
「な、何言ってんのよ。わたしはあんたを使い魔にするために召喚したの。それはあんただって理解してるんでしょ?」
「メイジが使い魔を召喚することは、俺も知り合いの貴族に聞いて知ってます。メイジの使い魔になるのも面白そうだって、それで俺はゲートをくぐりました。でも、人間を止める気は無い」
「……続けなさい。つまり何が言いたいわけ?」
「従者として、俺を雇って下さい。従者兼使い魔。それで無ければ俺はあなたと契約することは出来ない」
 そこまで言い切って、才人はふぅ、と息を吐いた。ルイズは信じられないものを見る目つきで彼を見つめていた。怒りのためか、それとも屈辱か、僅かに唇が震えている。
 少し言い過ぎたかな、と思う。
 それでも、これは必要な事だった。ルイズと一定の距離を保つ。特に彼女に自分の庇護者になられては駄目だ。
 護られる存在ではない。護る存在になる。ルイズのためなら、必要とあらば命をも投げ出す。
 金銭での契約はルイズにそれを当然と思わせてくれるだろう。
 実際傭兵というものは自分の命が一番大切なものなのだが、この世間知らずのお嬢様はそんなことは知るまい。
 そして、才人はルイズの命よりも自分の命が大事なんてこれっぽっちも思っちゃいない。
 勿論ルイズに救われた命を無駄に扱うことは出来ないが、でもルイズのためならば、才人は自分の命を使うことが出来るのだ。



 貴族に対してなんとも遠慮知らずな事を言い出した男を、ルイズはきっと睨み付けた。
 なんなのこの男。盗賊みたいな汚い格好して、自分を雇えですって? 使い魔になるのが分かっててゲートを通ったのに? これじゃ押し売りじゃないの!
 そう思ったが、ルイズに選択肢は無かった。下唇を一度強く噛んで、精々威厳を感じさせるよう声を張る。
「……わかった。あんたを雇ってあげる。あんたは自分にいくらの値をつけるのかしら?」
「とりあえず新金貨で百。月の給金に関しては、後で話しましょう。そんなのんびりしてる場合じゃ無いようですし」
「まぁ、いいわ」
 自分を売り込ませるようなことを言わせても、ルイズには従者や傭兵を雇うための相場に詳しくない。自分にとっては大した金額ではないので、あっさり了承した。
「おいおい、使い魔を金で雇うって、前代未聞じゃないか!?」
「実家がお金持ちで良かったわね! ゼロのルイズ!」
 周りから上がる囃し立てに関しては、納得できるものでは無かったが。この男のせいでからかわれる羽目になっているのだ。
「まぁ、人間が使い魔って時点で前代未聞ですし、そんな気にすること無いですよ」
「あんたが言うな!」
 怒鳴りつける。更にこの際貴族への礼儀を教え込もうかしらと考えたところで、コルベールに遮られた。
「ミス・ヴァリエール。話は済んだようだし、早く『コントラクト・サーヴァント』を行ってもらえるかな?」
「わ、分かりました。ほら、あんたは跪いてちょうだい」
 渋々と頷く。なんでこうなったのか。
 わたしは、今日すばらしいメイジになる。そのための使い魔を召喚する筈だったのに。
 この時、ルイズは初めて自分が召喚した、自分の使い魔となる男をまともに見た。
 意外と若い。別にハンサムというわけでも無いが、無精ひげを剃って伸ばし放題の髪の毛も手入れさせたら、そこそこ見られた顔になるだろう。
 背も高いし、体つきも悪くない。きちんとした格好をさせて自分の後ろに控えさせれば、まぁ従者としてはそれなりにも思える。
 あくまで、従者としては、よ?
 そんなことを考えながら『コントラクト・サーヴァント』を唱えた。杖を振るって、男の、平賀と名乗った男の額に杖を当てる。
 その間、才人はじっとルイズを見つめていた。まるで神聖な、冒しがたいものを見るような目つきだった。
 実際『コントラクト・サーヴァント』は神聖なものであるのだが、貴族相手に押し売りをした無礼な男の態度じゃないわね、とルイズは少し奇妙に思った。
 目を瞑る。そして男の唇に、そっと口付けた。
「終わりました」
 立ち上がりながら言う。頬が赤くなるのは、抑えられなかった。
 違う。えっと、そう、これは怒りよ、とルイズは自分に言い聞かせる。
 怒りに決まってる。自分のファーストキスを、こんな平民に捧げる羽目になったのだ。
 憮然として、ルイズは才人を見下ろした。才人は先ほどと同じようにルイズを見つめている。キスしている間も、そうだったのだろうか。
 彼の視線に、ルイズは自分でも分からぬ居心地の悪さを感じた。思わず、顔を背けてしまう。
「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
 コルベールの声も、耳に入らない。
 何故だろう、と思う。無礼だと思っていた平民。上っ面の丁寧語だけで、貴族である自分の事を尊敬しているとはとても思えなかった。
 そんな彼が、自分を何かとても高貴な人を見る目つきで見つめている。
 わたしが高貴なのは、当然なんだけど。でも……。
 何か、違うのだ。ラ・ヴァリエールの領地に住む平民たちとも、何処か違う。
 生徒たちが、ルイズを馬鹿にするようなことを言う。
 そこで、とりあえず男への違和感について考えるのは止めた。彼らに向け言い返し、コルベールに取り成され、その内に才人がうめき声を上げて蹲る。
 使い魔のルーンが刻まれているのだろう。すぐに才人は立ち上がり、ルーンの刻まれた左手を胸の前に置いて、宣誓するように言った。
「使い魔の証、確かに頂きました」
 満点の態度だ。そう思う。思うのに、それがどうにも不自然に感じられて仕方がない。
「そ、そう。ふん、精々励んでよね」
 返す言葉も、知らず弱々しいものになってしまう。
「あの、どうかしたんですか?」
「何でもないわよ!」
 あんたのせいでしょ! とは言えずに、でも怒鳴りつけることは出来た。
「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」
 コルベールがそう言って、皆が去っていく。魔法を使えないルイズを馬鹿にする言葉を発しながら。
 その事について、彼は何も言わなかった。一応、触れてはいけないものと感じるだけの知恵はあるらしい。
「俺はこれからどうすればいいんですかね?」
「……わたしについて来なさい。教室に戻るわ」
「分かりました」
 さっさと歩き始めると、それに不満を言うでもなく才人はルイズの半歩後ろをついてくる。
 ルイズの、春の使い魔召喚の儀式は終わった。
 今日、彼女は自分が立派なメイジだと、もしくはいつか立派なメイジになると証明するはずだった。しかし彼女が手に入れたのは薄汚い平民と、変わらぬゼロのルイズの名前だけ。
 理想と現実の差は、その乖離をますます進めたことになる。
 結局、彼女は三度、自分に裏切られたらしい。
 でもルイズは諦めない。信じてる。自分に流れるラ・ヴァリエールの血を、幾度裏切られようと自分を信じることを止めはしない。
 そしてルイズは気づかなかった。そんな彼女を、眩しそうに見つめている男が居ることを。
 彼もまた、一度は彼女を裏切り、そして二度と彼女を裏切るまいと誓いを固めていた事を。
 三度目の裏切りは、ルイズに決して自分を裏切らぬ存在をプレゼントしたのだ。
 ただそれが、彼女に対して救いとなるのか、はたまた呪いとなるのか。
 それはやはり始祖ブリミルの他には、幾らかの未来を知る男すらも知りようの無い事ではあるのだが。




 場所は変わって学院寮塔三階、ルイズの部屋。
 春の使い魔召喚の後、才人はルイズに連れられて教室に戻った。今日はもう特に授業等の予定は無いのか、コルベールは改めて生徒らに使い魔を召喚したことへの祝福を述べた後、解散を命じた。
 そして今、以前と同じように才人はルイズの部屋に案内されたという訳だ。
 前の時はぶん殴られて起きるまでほったらかされた為夜になっていたが、今回の才人はルイズにぶん殴られなかった為かかなり早くルイズの部屋に着いていた。
 時刻はまだ四時過ぎだろうか。西向きでないため直接夕日が差し込むことは無いが、窓から見える世界は赤く色づいて、室内にまでその領域を広げようとしていた。
 懐かしい。扉の傍らに佇んだまま部屋を見回して、才人はそう思った。初めてルイズと出会った草原以上に、この部屋は才人にとっては思い出深い場所だった。
 ここで、才人はルイズと一月以上も一緒に暮らしたのだ。
 何も変わっては居ない。貴族の私室としては十分な広い部屋。才人の正面の方向には清潔そうな白いカーテンのかかった大きな窓、左手に洋服が詰め込まれているだろうタンスがあり、右手には既に使用人たちが整えた後なのだろうパリッとしたシーツの掛けられたベッド。
 貴族の女の子の部屋としては意外と殺風景だな、そんな感想が出るのは才人が変わったからか。
 趣味とかは無いのかな、そう思い、そう思ったことに彼は目の前の少女に見られぬよう俯き、心の中で自嘲した。
 いやはや、なんだかんだで自分は実はルイズの事を何も知らなかったんだなぁと。
「座らないの?」
 中央の、テーブルの両端に置かれた椅子の片方に腰掛けたルイズが問う。
「従者が主人と席を一緒にするわけにはいかないですよ」
 才人の答えのどこが気に入らなかったのか、ルイズは少し不機嫌そうな顔をした。
「あんたはわたしの使い魔でもあるんだけど?」
「使い魔ならなおさら。椅子に座る使い魔なんて聞いたことが無いです」
 冗談の様な言葉を真顔で言った才人に、ルイズは眉を潜めてなら好きにしなさい、と返した。
「じゃあ本題ね。あんたはわたしの使い魔になったわけだけど、同時にわたしはあんたを従者として雇ったわ。あんたの口車に乗ってね」
 よっぽどあの時の事が腹に据えかねているのだろうか、才人を睨み付けるルイズの視線はきつい。
「ラ・ヴァリエールのご令嬢に仕えられるなんて光栄です」
「……ふん。あんな押し売り紛いのことして、盗人猛々しいったら」
「俺は押し売りをしたつもりは無かったんですけど。流石に断られてまで……」
 嘘だ。才人はルイズが断れない立場だったのを理解していた。何せかつて何も知らない少年だった才人を相手に渋々ながらも契約したルイズである。春の使い魔召喚の儀式の神聖性を欠片も理解してない才人でも、拒絶はあり得ないと踏んでいた。
 それを知らない事になっている才人は嘘をつくしかないが。
「わかってる! こっちの事情よ、もう!」
 弱みを見せることになるとでも思っているらしいルイズも濁すように怒鳴って、グラスに手を伸ばした。
 そこで、ルイズは才人を見た。え、と戸惑う才人に、不機嫌そうに眉を跳ね上げて水差しを示す。
 そこでようやく気づいて、才人は水差しを持ってグラスに水を注いだ。
 ちびりと一口、水を飲んで一息ついたらしい。
「ええと、なんだったっけ?」
 幾分落ち着いた声だった。
「本題に移るとか言ってましたね。本題、としか聞いてないですけど」
「話がずれたのは誰のせいよ」
 お前のせいだ、なんてストレートには流石に言えない。ただ、真実を指摘するのを放棄というのもルイズの為にはならない。
「俺はあなたに雇われた身なので、ミス・ヴァリエールのせいとは言えません」
 故に才人はこういう言葉の選び方をしてみた。
「そうね。あなたはわたしの使い魔だもの。従者でもあるんだっけ? それで、わたしはあんたと話してたんだけど、話がずれたのがわたしのせいじゃないとしたら、いったい誰のせいなのかしら。答えて」
「…………俺のせいですか?」
「そうね。今度から気をつけなさい」
 理不尽だ。ルイズはいつだって才人には理不尽だった。感動する場面では決してないが。
 話がずれた責任の一端は自分にあるのだと、そう悟っている上でこのような言い回しをするのだから始末に負えない。
「いい加減話を進めるわよ。あんた、貴族に仕えた経験は? 傭兵じゃなくて従者としてよ、勿論」
「無いですね」
「あんた、それでこのわたしに従者として雇ってくださいなんて言ったの?」
「はい」
「呆れた。ま、期待はしてなかったけど。その格好じゃあね」
 そう言ってルイズは肩を竦めた。
 果たして、ルイズは才人の着るマントのところどころを染める茶色い染みの正体を知ったらどんな顔をするのだろうか。
 そんな意地の悪い疑問が頭に浮かび、じゃあ三年前の自分だったら、とそこまで考えて才人は下らない思考を打ち切った。
 ルイズはわからないが、才人は実践済みである。立ち直るのに三日かかった。後者の答えが出ているのに前者まで求めるというのは、流石に悪趣味が過ぎるだろう。
「給仕にでも学びなさい。あんた、従者としては落第点もいいとこよ? 本当ならあんたみたいな得体の知れない平民がラ・ヴァリエールの従者になるなんてあり得ないんだから」
 言い返す言葉も無く頷く。従者なんて貴族の後をちょこまかついていて、後は適当に礼儀を払っていればそれでいいものかと思ってのいい加減な申し出だったのだが、少し早まったのかもしれない。
 才人は少し後悔していた。
「後は使い魔として、なんだけど」
 そう言い掛けて、ルイズはため息を吐いた。
「やっぱり駄目そうね。少しは腕が立ちそうだけど、それだけか」
「…………」
 言い返す言葉も無い。才人はルイズとの視覚の共有も、秘薬を見つけることも出来ない。視覚の共有に関しては一度あったが、それはデルフの説明によれば主の危険に際しての緊急的なものである。今は証明のしようがないのだ。
 ぶっちゃけ現時点では無能と判断されてもしょうがない。
 ましてや短い期間とはいえ使い魔の経験があって、である。従者として以上に、才人は使い魔としては失格なのかもしれない。
 一応は買ってくれているらしい主人を護る存在ということに関しても、才人は一度失敗しているのだから。
「ようやく、自分がどれほど不相応な真似をしたか理解したのかしら?」
 落ち込む才人をルイズはふふん、と鼻で笑った。
 そうだ。才人は理解している。自分がどれ程思い上がった行為を行おうとしているのかを。
 だが、ようやく、ではない。決してない。後悔も、自分の傲慢も、全てを理解して、そして才人は此処に居る。
 ルイズを見る。必ず護ると誓った少女を。護りたいと思って、護れなかった少女を。
「俺は使い魔としても従者としても半人前以下です。でも……」
 言えるのか。鳶色の瞳の中、才人がそう問いかけてきた。お前はそれを言えるのか。それこそがまさに思い上がりというものではないのか。
 言えるさ。才人は即答する。これが言えないのなら、才人は此処にいないのだから。
 相棒に背中を押されてようやくたどり着いた結論だということが、少し情けなくもあったが。
「ルイズを護る事だけは、自信があります」
 言った。左手を握り締める。誓いなどではない。そんなもの、とうに済ませた。
「俺に、ルイズを護らせてください」
 これは、懇願だ。一度失敗したものが、今度こそと、同じ願いを口にしている。
 情けない事この上ない。身の程知らずにも程がある。
 自分よりも何歳も年上の平民の、そんな無様な願いを聞いて。
 全てを理解している筈のないルイズは、笑いもせず、いきなり呼び捨てにされたことへの怒りも見せずに、ただそう、とだけ頷いて顔を背けた。


 

 出身は東方。こちらではロバ・アル・カリイエと呼ばれる地。三年程前にハルケギニアに流れつき、それからは傭兵稼業で生計を立てていた。
 主にトリステインとゲルマニアの国境付近で、国に雇われるのでは無く個人の貴族相手に揉め事始末やトレジャーハンターの真似事、街や村からの依頼で盗賊、亜人、幻獣退治など、言ってみれば何でも屋のような仕事をしていた。
 勿論、国同士の小競り合いが起こればどちらかに雇われての戦争も経験している。
 元々どこぞで戦争が起きたらその時のみ剣を取る兼業傭兵ではない傭兵は、衛兵か何でも屋ぐらいしか仕事がないそうだ。
 剣の腕にはそれなりに自信あり。メイジ相手は荷が重いが、少なくとも平民相手なら三人がかりで来られても負けはしない。
 以上が、才人がルイズに語った傭兵平賀の経歴だった。


 得体の知れなさ倍増。ルイズにとって見ればそれ以外に言い様が無い。
 特に……。
「ロバ・アル・カリイレから来たですって? あの恐ろしいエルフたちが住む砂漠をどうやって超えたのよ」
 夕食の為にアルヴィーズの食堂に向かう道程で、ルイズは才人相手に部屋での面接染みた問答の続きを行っていた。
「その辺は正直分からないんです」
「分からない?」
「はい。気がついたらハルケギニアに居たとしか」
 得体の知れなさ更に倍。二倍の倍でなんと四倍だ。頭が痛くなってくる。
「あんた、わたしを馬鹿にしてるわけ?」
 まさか、とんでもない。そんな恐れ多い事。
 陳腐な定型句を、良くもまあそんな真面目な顔で言えるものである。教養の足りなさが丸出しだ。
「ああそう。もういいわ」
 投げやりに応えて、ルイズはずんずんと進む。
 それを一定の距離を保って才人が追う。
 まだ彼らが出会ってから半日も過ぎていない。
 それでもルイズは、はっきり言って自分の使い魔となったこの男に苦手意識を抱いていた。
 言葉はいい加減な丁寧語で、公爵家の令嬢にいきなり従者にしてくれ等と言い始めた無礼者。
 その癖、従者としての教養もまるで足りない。
 それだけならルイズは才人を嫌って、馬鹿にして、それだけで済んだだろう。
 だが。
「腕には自信ある、ね。額面通りに受け取っていいのかしら。今のところあんたの唯一の存在意義だけど、これも口先だけじゃないって保障は?」
 振り返って問う。
「命にかけても」
 歴戦の兵士、彼は見かけだけならそう言える。でも、その態度は自身の実力に関する誇りというものにどうにも欠けているようにルイズには思えた。
 それ以上の感情が、彼の態度からあふれ出ていた。それが何かは、ルイズには分からない。
 ただ、彼が真摯にその言葉を言っていることだけは理解できた。
「……っ」
 再び前を向いて歩く。
 彼が返したのはまるで答えになってない言葉だ。いや、そもそもルイズの問いに明確な答えなど用意できない。
 平民を召喚した事への苛立ちが発露の、子供染みた意地悪な質問である。
 なのに何故、これ以上自分は何も言えなくなってしまうのだろうか。
 いつの間にか食堂についていた。
 そのまま入ろうとして、才人がそのままついてこようとしているのに気づく。
「あんたは外」
「え……」
 男の呆気にとられた間抜け面は、中々に愉快だった。
「その格好でアルヴィーズの食堂に入ってこられるわけないでしょ。外で待ってなさい」
 少し調子を取り戻す。勝ち誇るようにそう言って、ルイズは才人の服装を示した。
 そして、わかりました、の返事も待たずにルイズは才人を置いて食堂に入っていく。
 苦手な男のお目付けが無くなり、気の抜けたため息が出る。
 その事が、たかが平民にどうして気をもまねばならないのかと、ルイズを余計に苛立たせた。




 夕食の後、才人とルイズは一度学院長室に寄ってから部屋へと戻った。
 学院長室に寄ったのは、ルイズが才人を従者にした事についての報告や才人の住居、食事の手配等について話し合う為である。
 トリステイン魔法学院の生徒は殆どが上級貴族ではあるが、基本的に従者や個人的な使用人を連れることは許されていない。
 でなかったら面子が大事の貴族である。こぞって自分の家の者を、それも一人ではなく下手したら十数人も連れてこようとするだろう。
 広大な敷地に建てられたトリステイン魔法学院ではあるが、流石にそのキャパシティーは有限なのだ。
 その辺りの事情もあり、学院長であるオスマンはルイズが従者として使い魔を雇ったことを聞くと渋い表情を見せた。
 教育機関であるというシステム上、学院は生徒である貴族の子供たちは親の爵位に関係なく平等に扱っている。
 それが名目だけではなくしっかりと機能するように、学院は各国の王家から一定の権限も与えられているのだ。
 如何にヴァリエール公爵家の令嬢が相手でも、例外には出来ない。する必要も無い。
 だがここで厄介になるのが、才人がルイズの使い魔でもあることだった。
 人間を使い魔とするなんて、その時点で例外である。だがその例外を、メイジ養成学校でもある学院は容認せざるを得ない。
 そして、平民とはいえ人間である才人を使い魔同様に扱うというのも無理な話。
 最低でも雨露を凌げる住処。獣でない人間の食べ物。
 貴族の中には平民が同じ人間であると理解していない者も居る。獣と同じ暮らしでも、生きていくことぐらい出来るだろうと。
 だが学院の教師たちにはきちんとした良識を持った者も少なくない。学院長などその筆頭だ。
 また、その良識を持たぬ貴族たちも、箸にも棒にもかからぬ平民ならともかく仮にも公爵令嬢の従者に、獣と同じ暮らしをせよなどとは言えない。
 結論として才人がルイズの従者になる事を学院は了承。急な話ゆえにすぐには無理だが、食事は平民用の食堂にて明日の朝から、住む場所も明日の夕までには手配も行う。
 そんな所で話は落ち着いた。
 結局、“基本的な”決まりなど傲慢な貴族の勝手に対するクッションでしかない。例外とは、学院が与えられた一定の権限では対処出来ない、もしくはしにくい要望への逃げ道だ。
 勿論ただの逃げ道ではない。例外という言葉は貴族の自尊心を満たし、加えて特別に例外を許すということで恩を売る。
 オールド・オスマンも、伊達に年は食っていないと言うことだろう。
 今回の件を貴族の傲慢に類するのは、流石にルイズがかわいそうではあるが。


 
 
 ランプの明かりが絶えると、ルイズの部屋は僅かな月明かりの他は殆ど暗闇に閉ざされた。
 すぐにルイズの微かな寝息が聞こえ始める。
 それを確認して、才人はそっと部屋を出た。
 鍵を閉め、夜の間もずっと灯っているランプに照らされた廊下を歩いて階段を降り、外に出る。
 そのまま大分歩き、彼がルイズに召喚された草原までたどり着いて、ようやく才人は足を止めた。
 黒々とした草原を強い風が撫でていく。
 春とはいえ、まだまだこの季節のトリステインは冬の名残りを引きずっていて、夜の間は結構寒い。だがかなり厚手のマントを羽織っている才人は気にせずに、腰に下げた短刀を抜いた。
 象牙の柄に鋼の刃。例え傭兵であっても平民が持てる物ではない。
 この短剣が、デルフをアニエスに託した彼が今持っている唯一の武器だ。
 すぐに、左手のルーンが輝きを放ち始める。
「……身体が軽い」
 思わず、呟く。
 一度失ったはずのルーンは、今またしっかりと才人の身体に馴染んでいた。
 踏み込みざまに横凪ぎに振るう。速い。袈裟懸け、突き、信じられない程に速い。
「参ったな」
 思わず、呟いた。
 頭の中に、敵の姿を思い浮かべた。五人の敵が、一斉に彼に向け杖を振るう。
 跳び退る。殆ど五メートルばかりを一瞬で。本来なら躱しきれぬ筈の魔法をらくらくと躱す。躱せる。
「何だよこれ」
 遅い。『閃光』など、このルーンの前では如何ほどのものか。更に地を蹴って跳び追い討ちの魔法を躱す。そして地に足が着いた瞬間、強引に慣性を殺して止まり一気に前へと駆けた。
 風圧が才人の顔を叩く程の猛烈な加速。
 地面が、才人の足との摩擦に耐え切れず生えた草ごと捲り上がって後ろに吹っ飛んでいく。
 突っ込んだ勢いのまま剣を振りぬき、仮想の敵を一人殺した。短剣を持たぬほうの手で杖を持つもう一人の敵の腕に添えて方向をずらし、そのまま喉を掻ききる。
 直後、残りの三人から一斉に魔法を喰らって、才人は敗れた。
「……」
 言葉が出ない。
 圧倒的な敗北感に打ちのめされていた。
「……こんな力に、俺は護られていたのか」
 一度、歯を思いっきり食いしばって。吐き出すように言った。
 リーチの短い、扱いの慣れぬ短剣で。
 デルフの力も借りずに、才人は五人と戦い二人まで殺して見せた。あり得ない程の戦果である。
 彼は日本という平和な国に生まれた。特に運動に関して長じた才能を持っていたわけではない。
 喧嘩をしたことも、皆無とは言わないが決して強い方ではない。
 そんな彼が、たった三年で凄腕の傭兵、メイジ殺しの片割れと呼ばれるようになった。
 実際にはアニエスに教えを受けてから一年もたたぬうちに、才人は現在とあまり変わらぬ程の強さを手に入れた。
 アニエスは才能と言った。デルフは、だからこそルイズに召喚されたんだろうとも。
 ただその才能にも限界があった。
 アニエスと出会うまでの半年と、それから一年で才人は自分でも驚くほどに強くなった。
 だが、そこで成長は止まってしまった。
 どう頑張ってもあのルーンを宿していたときのように、真正面からメイジを倒せる強さは手に入らなかった。
 勿論才能の限界、その言葉に語弊はある。
 才人が自身の才能の限界を悟った後も、彼は強くなり続けたし、それは彼以外の誰もが認めるものでもあった。
 ただルーンを失った直後の、何の力も持たぬ平凡な高校生が信じていた才能も、ある程度強くなれば欲が出る。
 ルーンを宿していたころの強さ。真正面からメイジを妥当しうる力を振るった事のある彼にとっては、そこにどうしても至らぬ自分の才能など最早信じれぬようになっただけで。
 そして今。
 彼は再びガンダールヴのルーンをその手に宿した。思えば思うほどに、すさまじい力だった。
 才人が必死になって身に着けた力が、それが一体何だったのかと笑ってしまうくらいに。
 寂寞と、悔しさ。そしてほんの少しの優越。
 それらがない交ぜになって、才人の心を乱そうとする。
 だが、才人は悩まない。彼にはどんな懊悩をも退ける強き思いがあった。それだけは、どんな感情にも揺るがない。
「俺は、ルイズを守る」
 平賀才人は、そのために彼女に召喚されたのだ。





あとがき

 原作八巻を見るに、どうやらゲートをくぐっても必ず意識を失うとは限らないようで。
 ゲートをくぐる時の才人が感じた電流を流すような衝撃ってのは、たぶんハルケギニアの言語が勝手に翻訳される能力を得る時のだったのかなぁと勝手に妄想を。こう、脳みそにインストールされる感じで。
 そんなわけで本作の才人はゲートをくぐっても意識を失いませんでした。

 予想以上も程がある感想数。ありがとうございます。恐縮する限りです。
 レス返し……は申し訳ありませんが自重させて下さい。前投稿してた時も思ったんですが、どうにもレス返し苦手でして。
 一応、ご指摘や質問に関してはお答えします。
 アニエスルートに関してですが、いつか書けたらなと思っています。
 たぶん才人がゲートをくぐらなかった、というかゲートが彼の前に開かれなかったらって感じのifものになるかと思いますが。
 ただでさえ原作のifものなのに更にifものってどうなのよ、とは思いますが、ご了承願います。
 つかまだこのssが軌道に乗っても居ませんし、かなり先の話になるかと思いますが。
 ガリアやコルベール先生に関しては、これからそれらが出てくる度に才人の視点で書く形になると思います。
 ガンダールブは完全に誤字です。ご指摘ありがとうございます。他にもいくつか誤字があったので一緒に直しておきました。
 あと前に投稿してた型月ssですが……まさかご存知の方がいらっしゃるとは。
 要望板で小生の名で検索したら経緯が出てくるかと思いますが、投稿する時に間違って全削除してしまいまして、その時にこうぽっきりと心が折れたと申しますか……。
 今のところ続きを書く予定は無いです。ただ最新話ぶんまでのバックアップをメールにて送ることは出来ますので、もし欲しいという奇特な方がいらっしゃったらご連絡下さい。


 *1/22 加筆
 *1/29 誤字修正


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