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No.4574の一覧
[0] 最初のゼロから間違えて(ゼロの使い魔・トリップ)[sawa](2008/12/29 03:57)
[1] 第二話「二度手間は無駄にはならない(前編)」[sawa](2008/11/01 22:55)
[2] 第二話「二度手間は無駄にはならない(後編)」[sawa](2008/11/08 22:30)
[3] 第三話「名前が三つは紛らわしい(前編)」[sawa](2008/11/29 22:54)
[4] 第三話「名前が三つは紛らわしい(中編)」[sawa](2008/12/29 03:42)
[5] 第三.四話(その一)「見知らぬ彼女と、意外な一面」[sawa](2008/12/29 03:46)
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[4574] 第三話「名前が三つは紛らわしい(中編)」
Name: sawa◆20d61b20 ID:de176f7a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/29 03:42
 気付いてみれば、簡単だった。

 あくまで理解するのが簡単なだけで、それを遂行する事が困難なのは相変わらずなのだけれど。

 飛んで来た石斧を左手の短剣で弾き、同時に拾っておいた別の石斧を、石斧が飛来した場所目掛けて投げ付ける。


 ふごっ。

 命中したようだ。オーク鬼のくぐもった声が、斉藤の耳へと届く。


 遠距離から石斧を投げるオーク鬼は、遠距離攻撃をした後に自身の身を隠すという行動をしない。

 ――知らないのだ。

 "決められた"行動しか行えない彼らは、そんな基本中の基本を守ることも出来ない。

 標的との距離、それから仲間の配置。

 相手のリアクションに関係なく、ただそれだけを指針に自身の行動を決定する。

 生死に関係なく、決められた行動を取り続けるその様は、生き物というより、機械に近い。


 一定距離に近付いた所で、オーク鬼たちが一斉に、投斧行動を停止させた。

 薄闇の中、斉藤の目前で、半数のオーク鬼が石斧を捨てて棍棒に持ち替える愚を犯す。

 残り半数の内、更に半分が後方に下がり、実質四分の一が石斧を手に斉藤へ向かってくる。

 ――だが遅い。

 投斧が無くなった時点で、斉藤は回避を考慮せずに突き進んでいた。

 そのまま石斧を振り上げるオーク鬼の一陣をすり抜け――勿論、すり抜けざまに首を一つ落す。

 そして、棍棒を振り上げようとしたオーク鬼の第二陣から、あっさりと首を一つ刈り取ってから――バックステップをして、足を止める。


 現在進行形の"支配"にしてはリアクションが弱い。恐らく、予め行動を"刻み付け"られているのだろう。

 オーク鬼どもは、決められた行動以外、一切行わない。

 例えば、オーク鬼と一メートル以内の近距離にいる場合、他のオーク鬼は遠距離攻撃を行わない。

 例えば、近距離攻撃を行う場合、使用する武器は棍棒より石斧を優先とする。

 例えば、相手との距離が十メートルを切った時点で、手元に持ち替え可能な武器があった場合、状況に合わせて武器の選択を行う、など。


 斉藤が目前で足を止め、呼吸を整えているというのに、オーク鬼どもは振り上げた棍棒を戻し、石斧へと持ち替えていた。

 オーク鬼が石斧に持ち替え終えたところで、斉藤は更にもう一度バックステップを行い、後方を確認する。

 第一陣は、全員姿を消していた。これも"刻み付け"られている行動の一つだ。

 第二陣の半数は、態々棍棒に持ち替えようとしている。それを確認しながら、斉藤は踵を返して別の方向へと駆け出した。



 一つ一つ、オーク鬼に刻まれたプログラムを解読していく。

 行動を切り替える際のトリガーを見極め、その優先順位を確認する。

 先程のような、自身の呼吸を整える休息時間も、今では殆ど把握していた。

 倒せない敵ではない。決まった行動しか起こさないのであれば、数の差も苦にはならない。


 必要なのは、時間と忍耐力。

 既に夜も深けきって、これ以上暗くなるような事はない。

 終わりが見えている分、削られる精神力も高が知れている。

 故に、どちらも問題ない。



 さぁ、狩りを続けよう。

 狩りを終えれば、……大金持ちだ。





 『最初のゼロから間違えて』
 第三話「名前が三つは紛らわしい(中編)」





『ったく、名前が三つ有んのは紛らわしいんだよ』


 崩れ落ちるフーケを前に、斉藤は苛立たしげに言葉を吐いた。

 言葉こそフーケに向けられたものだが、苛立ちは全て、斉藤自身へと向けられたものだった。

 オーク鬼との一戦を終えて、少しばかり気を抜いていたらしい。名前を呼び間違えるなど、迂闊にも程がある。

 フーケの杖を回収しながら、斉藤は自身の情けなさに、強く奥歯を噛み締めた。


 フーケ、マチルダ、そしてロングビル。

 三つの名を持つ彼女との対峙にて、斉藤は三つの大きなミスを犯した。


 一つ目は、彼女の名前を口にしたこと。

 咄嗟で慌てていたこともあるが、態々名前を呼ぶ必要など無かったのだ。

 一巻にしか登場しないような"ロングビル"の名前など、その時の斉藤の頭には残っていなかった。

 ただ"フーケ"と呼ばないことを優先し、迂闊にも"マチルダ"などと呼んでしまったのが悔やまれてならない。

 それさえ無ければ、今回の諍いは発生しなかったのだから。


 二つ目は、咄嗟に武器を振ってしまった後の行動。

 普段からルイズの失敗魔法を食らい続けていた所為か、魔法への恐怖で、条件反射的に相手の杖を切ってしまった。

 それ自体は無条件で悪いこととも言えないのだが、その後が不味い。少なくとも、初手に攻めを選んだのなら、手を止めるべきではなかった。

 初めから戦わぬ心算ならば、手を出さずに距離を置くべきであり、戦うと決めたならば、躊躇わず制圧するべきだったのだ。

 戦端を開きながら、交渉を望むなど馬鹿げている。

 これを間違えてしまったが故に、今回の争いは発展してしまったのだ。


 そして最後は、彼女の実力を侮っていたこと。

 フーケ=巨大ゴーレム、という先入観を捨て切れなかったのが大きい。

 よくよく考えれば、ただトライアングル級というだけで、世の貴族どもからお宝を盗み続けられようはずが無い。

 彼女の最も恐るべき点が、その狡猾な知力であることに、もう少し早く気付くべきだった。

 最初の一撃に、"相手を浮かす"選択をするメイジは、恐らくそうそう居るものでは無いだろう。

 平民相手の戦いに慣れていると言うべきか、相手の先を読むことに長けていると言うべきか、彼女の戦術は見事だった。

 詠唱に必要な距離を稼ぐために、敢えて最初に接近してみせるという思考の柔軟性。

 攻撃力よりも攻撃の速さを優先し、敢えて攻撃力ゼロのレビテーション(正しくは念動)を掛けるという発想力。

 そして、鳩尾を蹴ることで距離を稼ぐと同時に、相手の動きを鈍くさせるという行動を、一連の流れで瞬時に行わせた脅威の戦闘経験。


 初手だけで、フーケがどれだけのやり手であるかが良く解る。

 そして更には、攻撃の一手一手が流れるように次手へと繋げられていた。

 詰め将棋のように……いや違う、恐らくは予想外のことが起こったのだとしても臨機応変に、勝利への一手を打ち込んだはずだ。

 正直、今回の戦闘は完全に斉藤の負けだった。

 現状では、次また戦ったとしても、勝つことは出来ないだろう。

 冗談抜きにそう思える。原作一巻にて、穴だらけの間抜けな作戦を用いていたことが信じられないくらい、彼女は強かった。




 では何故今、フーケが地に伏し、斉藤がそれを見下ろしているのか。

 その理由は、宝物庫のあるこの塔の壁面にあった。

 幾重にも重ねられた"固定化"の魔法。斉藤は先程まで、この魔法の効果を勘違いしていたのだ。

 ただ固い、崩れない物なのだと――"固定"という言葉から、無意識にそう思っていた。

 しかし違った。

 よくよく考えれば当たり前だ。この壁の弱点は、衝撃、打撃といった質量攻撃。崩れない物とは相反する特徴を持っているのだから。


 これはあくまで斉藤の予想なのだが――

 "固定化"の魔法が固定化するのは、物質そのものではなく、物質内の空間ではないだろうか。

 系統魔法とは、分子を操る術であったと記憶している。

 魔力の手を伸ばし、分子構造を組み替え、操り、目的の構造へ変化させ、目的の現象を起こさせる。それが系統魔法。

 そこで、"固定化"とは物質内の隙間を予め魔力で埋めておき、別の魔力の介入を阻止するものだと考えれば如何か。

 魔法が掛けられたとしても、伸びた魔力の手を"固定化"の魔力が食い潰し、掛けられた魔法を無力化させる。

 もし"固定化"よりも強力な魔法だったのなら、伸ばされた魔力の手が"固定化"の魔力を食い破って、正しく魔法が発動される。


 故に、どんな炎が飛んで来ようとも、炎の構成は壁面に当たった瞬間に霧散し、ただの煤となり。

 故に、どんな風が吹き付けられようとも、風の構成は壁面を撫でた瞬間に解け、ただの空気に還り。

 故に、どれだけ水が滲みこもうとしても、水の構成は壁面に届いた瞬間に断ち切られ、ただの滴と成り果てる。


 そしてフーケの魔法による土砂の指も、当然ながら"固定化"の魔力を食い破ること叶わず――壁面に触れた瞬間、土砂同士の繋がりが崩れ去り、只の土に戻ってしまった。

 そのため、前方からの圧迫は如何にもならなかったものの、壁面を這うように動かせば、足の一本くらいは如何にか出来ると斉藤は判断し――最後の博打で勝利をもぎ取ったのだ。


 同じことが出来るとは、思わない――思ってはいけない。

 フーケに拘束された時点で斉藤が敗れたのは間違いなく、今斉藤が立っているのは、ただの偶然に過ぎないのだ。

 メイジ相手では、只の一撃も致命的な隙となる。肝に銘じなくてはならない。

 ガンダールヴの力だけでは、「俺Tueeeee!」は不可能。メイジが相手でも"戦うこと"が出来る――ただそれだけなのだと。



 色々考えて、過去に反省して、現在に嘆いて――そして漸く、斉藤は未来について考慮してみた。

「正直、関わりたくねぇんだけど。……如何すっかな」

 尤も、考慮はしても結論は出ない。ただポツリと、斉藤の口から本音が漏れただけだ。

 原作知識を使って云々といった行為は、生憎と今回は、いや"今回も"起こり得ない。

 ってか、寧ろ原作知識が俺の足を引っ張ってねぇか?

 頭の隅で、そんな詮無いことを考えながらも、斉藤は足りない頭で現状を打破する"何か"を模索し続ける。


 勝てる見込みは無い故、出来れば再戦は避けたい……と言うか、彼女と戦うのはこれっきりにしたい。

 しかし、"フーケ"を捕まえて終わりにするには、彼女が"盗賊"だと言う明確な証拠が無い。

 かと言って、"マチルダ"との争いを避けるにしても、彼女に"味方"だと認識してもらう方法が思い付かない。

 ティファニア関連の情報で説得をしようにも、こんな状況では下手をすれば脅迫と同じになってしまう。当然、信用などして貰えるはずが無い。

 だが、放っておく訳にもいかないだろう。そうした場合に斉藤が被る"面倒事"は考えるまでも無く、最悪の一言で尽きる。


 考えれば考えるほど、斉藤は鬱になった。

「……取り合えず、運ぶか。誰かに見付かったら、それこそ言い逃れ出来ねぇし」

 よっこいしょ。そんな掛け声を上げながら、斉藤はフーケを担ぐ。

 確かに何時までもここに居るわけにはいかないのだが、そんなことに関係なく、これは只の問題の先延ばし――つまりは現実逃避だ。


 最近物事が上手く行き始めたと思った矢先にコレか――儘ならぬ現実を嘆きつつ、斉藤は空を仰いだ。

 肩に担いだフーケの重みとは違う、全身に圧し掛かる疲労感が、斉藤の足下を覚束なくさせる。

 ――そういや夕飯、結局食ってねぇなぁ。

 夜空に輝く双月は既に中天を越えており、夜も半ばを過ぎていた。

 ふらふらと自身の寝床に向かいながら、斉藤は――もう何度目かも分からぬ程の――深く大きな溜め息を吐くのだった。




 ――そして翌日。

 問題は山積みだが、目覚めは快適だった。

 足が一本しかない椅子のように不安定だった思考は、どっしりと居を構えた風通しの良い日本家屋のように、すっきりと安定したものに変わっている。

 就寝時点で鉛のように重かった身体は、それが嘘のように、使い古された言い方をすれば、羽が生えたように軽い。

 具体的に言えば――現在、馬乗りになって斉藤を押え付けているフーケを跳ね除けられそうなくらい?


「……これは予想してなかった」

 斉藤は額に手を当てようとするが、彼の両手はフーケの両足で確りと固定されており、碌に動かすことも出来ない。

 何気にフーケってば、体術スキルも高いんだな、と危機的状況にも関わらず、斉藤は素直に感心した。

 そして同時に、自身の迂闊さを呪う。

 ヴェルダンデにしたような本格的な拘束をすることを、主にエロス的な方面で忌避した昨夜の自分を無性に殴りたくなった。


「そうかい。そりゃ、お気の毒だね」

 にやり、と酷薄な笑みを浮かべるフーケ。彼女の手には斉藤の短剣が――その刃を喉元に添えるようにして存在している。

 錆びた刀身で容易に首を掻っ切れるとは思えないが、フーケならそれも可能なのかもしれない、と斉藤は思った。


 至近距離で、斉藤の瞳を真っ直ぐに見下ろすフーケを見ながらも、斉藤に焦りは無い。

 昨日と違って思考に澱が溜まることはなく、クリアな思考は容易く斉藤に現状を整理させた。

 放っておいても、即座にフーケが自分を殺すようなことは無い。もし殺す気なら、既に斉藤はこの世に居ないはずだ。


 それに、フーケが体術を行使していることと、短剣が未だ錆び付いたままであること。この事から、フーケはまだ自分の杖を見付けていないことが分かる。

 それでも逃げずに攻勢に出ているのは、どれだけフーケの情報が握られているかが不明なためだろう。

 もしくは、目が覚めても一人でいることから、仲間が居ないと判断したのかもしれない。


 いや、まあ、それは良いとして――斉藤は、フーケに対する思考を一旦打ち切った。

 そんなことよりも、斉藤は自身に起きている思いがけない現象の方が、ずっとずっと気になっている。

 何しろ今、"手に武器を持たなくても"ガンダールヴのルーンが発動しているのだから。



 ガンダールヴの、能力発動の鍵は"武器"である。

 斉藤は今まで、幾つかその能力についての検証を行ってきた。

 オーク鬼討伐時から始めている、気力アップの為に漫画の台詞を叫ぶことも、その検証結果の一つだ。

 そして他にも幾つか、現在進行形で検証を行っている。


 例えば、原作において"真剣"では能力が発動したのにも関わらず、"木剣"では能力が発動しなかった理由。

 これについては当初、様々な理由を考えていた。

 その推論を基に実地で検証を重ねた結果、候補は幾つかに絞られている。

 序でに言うなら、それ以上の検証は実際に"それら"の武器を入手しなければ確かめられない為、保留状態になっていた。


 因みに、検証結果で最も意外だったのが、斉藤が"木剣"を握った場合にルーンが発動したことだったりする。

 ガンダールヴの"データベース"に登録された武器でのみ能力が開放される、というのが当初斉藤が考えていた最有力候補だったので、ルーンが光った際、思わず呆然としてしまったことは記憶に新しい。

 他にも同様のケースとして、物干し竿を構えた瞬間の発動や、木を削って尖らせた瞬間の発動に、ぽかんと口を開けてしまったことを憶えている。


 そんなこんなで検証を続け、現在での最有力案は二つになっていた。

 一つは、握った本人が"武器"だと思ったものなら、何だろうとガンダールヴの能力は発動している、というもの。

 もう一つは、どんな物でも握った瞬間にガンダールヴの能力は発動している、というもの。


 前者は、木剣はあくまで練習用の"道具"であり"武器"足り得ないと判断した平賀才人に対して、斉藤の方は、木剣だろうと"武器"は"武器"と考えた為に能力が発動した、と考えれば辻褄が合わないことも無い。

 尤もその場合、当事者の知らない武器を持った際にどうなるかを検証しなければ、確かとは言えないだろう。

 例を挙げるなら、アトラトルを知らない才人に一旦それを持たせ、能力が発動しないのを確認した後に、目の前でアトラトルを使ってそれを武器だと認識させ、再度握らせた場合に能力が発動するかを確認するような感じだろうか。

 つまり、斉藤が"武器"だと認識出来ない武器を入手しなければ、この検証は出来ないわけである。勿論その逆の、武器だと思ったら実は武器じゃない代物を用意しても同様の検証は出来そうだが。


 後者は、木剣を握った時点で能力は発動していたものの、実戦のような命を賭ける緊張感が無い為に大した恩恵に与れなかった平賀才人と、常日頃から食事調達にも命を賭けなければいけなかった斉藤との、"気力"の差が明暗を分けた、と考えれば辻褄が合う。

 尤もその場合は、同じテンションで木剣を握った場合と真剣を握った場合で結果が変わる理由を考えなければならない。

 例を挙げれば、刃を持つ武器から刺股のような殺傷力皆無の武器、攻撃力はあっても武器とは呼び難いブラックジャックのような鈍器などの多種多様な武器を用意し、それぞれについてルーンの輝度でも測るような感じだろうか。

 つまり、データベース化出来るほど、若しくは共通点が探れるほど大量の武器を用意しなければ、これ以上の検証は出来ないわけである。



 そして現在、手に武器を握らずともルーンが発動するという、何とも不思議な現象が起きている。

 これは一体如何いうことか?

 何やら顔を近づけて喋っているフーケの言葉を無視して、斉藤は深く、深く思考の海に潜っていく。



 武器を手に持たなくともルーンは発動する?

 その場合は、喉元に突き付けられた短剣が発動の鍵だろう。

 確かに、ガンダールヴの力をフルに使えば、フーケを跳ね除けると同時にその首を掻っ切ることも不可能ではない。

 例えば、ナイフを持った人間が喧嘩した際に、自身の持つナイフで自らを傷付ける可能性がゼロではない様に、相手を傷付ける武器を自らが持つ必要も無いのだと考えれば、今喉元に当てられている短剣も"斉藤の武器"だと考えられない事もない。


 これは新たな課題だ。考えてみれば、武器とは常に手に持つとは限らない。足に装着する武器とかも検証する必要が出来てしまった。



 ……いや、武器だと認識していないだけで、実はその手に武器が触れている?

 斉藤は考える。フーケのことだ。服の裏に暗器の一つや二つ隠していてもおかしくは無いだろう。


「ひゃんっ。……な、何する――」

 仕込まれた武器の可能性を考慮して手を蠢かせた瞬間、斉藤に乗っかったフーケが可愛い声を上げる。

 当然だ。斉藤の両手は馬乗りになったフーケの足に挟まれており、斉藤が撫でたのは彼女の内腿だったのだから。


 そして――

「……またもや形勢逆転だな。美人のお姉さん?」

 初々しい反応を見せて僅かに腰を動かしたフーケの隙を逃さず、斉藤は両腕を抜いて短剣の刃を素早く掴んだ。同時に、一瞬で彼女を跳ね除けたかと思えば――今度は逆に彼女を地面に組み伏せている。



「はんっ。我ながら醜態を晒したもんだね。……質問は何だい? 冥土の土産代わりに、話だけは聴いてやるよ」

 冥土の土産って、普通逆……いや正しいのか? それとも、彼女はまだ再逆転の手を残しているのか。

 殊勝な態度を見せるフーケに、斉藤は面食らった。とは言え、拘束の手を緩めるような愚は犯さない。慎重にフーケの出方を窺う。


「訊きたいことが有るから、若しくはさせたいことがあるから、わたしを殺さなかったんだろう? 名前を調べたのもその目的がある筈さ。違うかい?」

 組み伏せられた先で――片頬を地面に押し付けられながらも、フーケが嘲笑う。

 成る程、その知能は並ではないようだ。先程斉藤がフーケに殺されないと思ったように、フーケもまた、即座に自分が殺されないことを悟ったのだろう。


「その事なんだが――」

 斉藤がそこで一旦言葉を切る。続く言葉が何も思いつかなかったからだ。

 必死で何かの言葉を探して――

 沈黙が相手の意識を引き付け、次の言葉に力を持たせる、とは誰の言葉だったか。などと妙な思考が脳裏を過ぎった。

 只の言葉の迷いを、良い意味の沈黙として解釈すべく勝手に記憶を掘り起こした自分に、斉藤は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 少しだけ、気が楽になる。


「生憎と調べたわけじゃねぇ。教えて貰っただけだ」

 ――"ゼロの使い魔"の原作本にな。

 最後を言葉に出さず、浮かべた苦笑いを隠して、出来るだけ違和感の無い"微笑み"を用意する。

 交渉の肝と、腹は決まった。後は出来るだけ、その流れにフーケを乗せるだけである。


「そいつが黒幕ってわけかい? 良ければそいつの名前を教えてくれると嬉しいんだけどね」

 先程の沈黙の効果か、斉藤の"笑顔"に乗せられたのか、はたまた組み伏せられた肩の痛みか、フーケの回答は早く――それ故に読み易い。

「黒幕とはヒデェなぁ」

 ――相手は本だぜ?

 そう言って斉藤はまた"微笑み"、そして――


 直後、その"微笑み"を消し、表情を真面目なものに切り替える――と同時に、思考と話題を切り替えた。フーケに気付かせることなく。

「ティファニアが」

「……なっ!」

「彼女が今何をしているか、お姉さんは知らねぇのか?」

 言葉の合間にフーケの驚きの声が入ったが、斉藤は別の話題を振っただけである。だが、この台詞を聞いた彼女が、ティファニアから事情を教えて貰った、と勘違いする事もまた可能な、何とも厭らしい間の取り方だった。


 ――ミスリード。

 交渉の基本は嘘を吐かないこと。

 しかしそれは、"嘘"以外で騙すことや、"真実"を語らぬことで惑わすことを、止めるものではない。


 斉藤は、フーケが言葉を返すよりも早く、次の言葉を紡ぎ出す。

 会話のもう一つの側面――斉藤が脅迫者として動き、既にティファニアが捕らわれてる等と云ったミスリードをさせないために。


「ティファニアは、お姉さんが何の仕事をしてるかは知らねぇらしい。俺も、まさかお姉さんが"ここ"で"こんなこと"してるなんて思わなかったしな」

 前後の文に繋がりは無く。序でに言えば、"ここ"で"こんなこと"とは、"斉藤が寝泊りしているこのログハウス"で"斉藤に短剣を突き付けるようなこと"という意味である。

 決して、"トリステイン"で"盗みを働いているようなこと"ではない。



 お誂え向きの状況と僅かな仕込み、そして何より、フーケが持つ優秀な思考能力。

 なまじ日の当たらない職業に就いているだけに、彼女は誰よりも深く話の裏を読もうとし、その予測を自身で補完していくことだろう。

 斉藤が原作本を通じて知識を得ているという荒唐無稽な真実などフーケは知る由も無く、只純粋に与えられた材料のみで推論を重ねるのだ。


 一秒、二秒、三秒……

 フーケの表情を注意深く窺い、待つこと暫し。彼女の表情が変わった瞬間を見計らって、斉藤は組み伏せたフーケを解放する。

 突然の開放に、フーケが何かを言おうと口を開――

「だから、お姉さんとは戦う理由なんてねぇんだよ」

 ――いたところで、何を言わせる事もなく、斉藤が別の言葉でそれを遮る。


 そして、言葉に詰まるフーケを余所に斉藤は立ち上がり、小首を傾げながら、彼女にからかいの笑みを飛ばした。

「昨日にしたって、お姉さんが行き成り襲い掛かってくるのが悪いんだぜ?」


 斉藤が依然持ち続けている警戒心は、決して表に出しはしない。

 これは、交渉を有利に進めるために斉藤が切った"開放"と言う名のカード。

 熟練のメイジであるフーケに勝つことは難しい。しかし、魔法が使えない彼女であれば話は別。それが斉藤の認識。

 何時でも再び押え付ける準備が出来ているが故に、このカードは斉藤の状況を悪くすること無く"信頼"という名のカードを掴む切っ掛けを作り出すのだ。



「……何だかねぇ」

 フーケは深く大きな溜め息を一つ吐いてから、組み伏せられた際に痛めたらしい肩へと手を伸ばす。

 そして、何とも疲れた顔で視線を余所へと向けたまま、彼女は痛めた肩を揉み解し始める。

 取り合えず、斉藤に戦意が無いことは察して貰えたようだ。

 余りにぼんやりし過ぎて、返って斉藤の警戒心を煽ってしまうほど、フーケの身体からは力が抜けているようだった。


「幾つか質問があるんだけど、良いかい?」

「ん? 答えられる事ならな」

 しかし斉藤の方は、未だ警戒を解くわけにもいかない。

 真実を語らずにいるのは案外尾を引くもので、少なくともフーケから"信用"を勝ち得るまでは、このまま隠し通さなければならない。

 お前が勘違いしただけだろ、などと言う台詞も、ある程度の"信用"が無ければ虚しく響くだけなのだ。


 そんな理由で、大っぴらに警戒心を剥き出しにするわけにもいかない斉藤は、意図的にガキっぽい笑みを浮かべることで何とか表情を隠してみせた。

 フーケは姉御肌っぽい性格をしているので、大人びた対応よりもガキっぽい対応の方が良いだろう、と言う打算的な思考もその笑顔には隠してあったりする。



「あの娘は、元気にしてたかい?」

「知らねぇよ。最近はアルビオンも物騒だし、彼女は怪我人を放っておけずに自分から厄介ごとに関わっちまうような性格だし」

 そもそも、会ったこと自体ねぇし――斉藤が胸中で付け加える。


「ああ、あの娘は優しいからね。そんな台詞を口にするって事は、坊や自身、あの娘に助けられたクチかい?」

「ん? 如何だろうな」

 何せ未来の話だ。原作の"才人"みたいな出会いをするか否かより先に、会うかどうかすら判断できない。


「おや、これは答えられない質問だったのかい。助けられた過去は語りたくないなんて、坊やも難儀な性格してるね」

 ここで漸くフーケの目が斉藤を捉える。その口元に浮かぶのは、からかうような笑み。

 蒔いた種が芽吹いたのだろうか――斉藤の笑みが、知らず一段深くなった。

「お姉さん程じゃねぇと思うけど? 強気な性格して突っ張っといて、実は家族のために悪事を働く優しい女の子。その凶暴な性格が照れ隠しだなんて、ツンデレにも程があんだろ」

 続く言葉に、少し気安い雰囲気を混ぜる。これで相手が"反応"を示してくれれば上々である。


「……ツンデレ?」

 計略失敗。望む反応より先に、知らない単語への興味の方が勝ってしまったようだ。フーケが軽く小首を傾げる。

 意外とその可愛い仕種は、きょとん、とした顔の彼女には似合っていた。

 ウエストウッドでは、本当に優しい姉なのだろう。他者を拒絶する嘲りの色が抜けた素の彼女は、とてもとても魅力的だった。


「ああ、気にすんな。"ツンデレ"ってのは、俺の国でお姉さんのような人のことを指す言葉のことで、……少なくとも侮蔑的意味は持たねぇから」

「そうかい? 何か馬鹿にされたような気がするんだけどね……」

 フーケの斉藤を見る目が、何とも疑わしげなものに変わる。

 これが漫画だったら俺の額には玉の汗が流れてるんだろうな、などと斉藤が現実逃避をしていると、

「ま、いいさ。別にわたしは異国語が学びたいわけじゃ無いからね」

 その沈黙が功を奏したのか、フーケの方から話題を変えてくれた。

 ひょっとしたらフーケ自身、ツンデレの説明を無意識に避けたのかもしれない。



「坊やが使い魔ってのも嘘かい?」

「んにゃ、本当」

「ま、それもそうか。そんな突拍子も無い嘘、吐く必要は無いものね」

 少しは"信用"をして貰えたのだろうか。フーケの口調は少しばかり優しげな色を含ませている。


 斉藤は漸く見えた"安全圏"に、思わず安堵の息を漏らした。

 その一瞬後、その安堵がフーケに余計な思考をさせるかもしれないと思い直し、慌てて表情を隠したのだが――フーケにはあっさり見抜かれたようだ。彼女の口元が、先程の獰猛さや嘲りとは別の雰囲気で以って吊り上げられる。


「そう警戒しなくっても良いさ。誤解はもう解けたんだろ? 流石にわたしも、あの娘の友人に意味も無く襲い掛かるような悪党じゃない積もりだよ」

 全く敵わない。今の安堵の息どころか、当初から隠していた心算の警戒心まで、彼女にはばればれだったらしい。

 こういう経験が物を言うところでは、ガンダールヴで身体能力を強化しているだけの自分じゃ如何しようも無いな、と斉藤は、心地良い敗北感と共に思うのだった。





「それじゃ、色々と詳しい話は後にし……こほん、"後にしましょう"」

 二人で朝食――何とも嬉しいことに、彼女が食堂から斉藤の分まで調達してくれたのだった――を取り、その後、学院長秘書としての仕事がある"ロングビル"の仮面を被った彼女と別れる。

 去り際の"変身"は見事だった。口調はおろか、纏う雰囲気や顔までも変わったように感じてしまい、残された斉藤は、思わず口をぽかんと開けて間抜け面を晒してしまったものだ。


 化粧をしなくても女って化けるモンなんだな、斉藤の思考が意図せずそんなことを考える。

「……っと、いかんいかん」

 軽くこめかみを叩いて、斉藤は我を取り戻した。

 のんびりしてはいられない。斉藤には、すべきことは沢山あるのだ――主に、ご主人様関連の雑用とかそんな感じのものが。


 土を掛け、先程までフーケと囲んでいた焚き火を完全に消す。

 空を見上げると、今日も天気が良さそうだった。

「さて、今日も一日、気張るとすっかね」

 一つ大きな伸びをして、斉藤は歩き出す。



 そう、"フーケ"関連のイベントが、原作と大きく掛け離れてしまったであろう事を深く考えもせずに、斉藤は歩き出す。

 既に物語は、原作と違う流れを――修正できぬ程の大きな流れを、決定的に違う何かを、生み出そうとしていると言うのに……






 衛兵の詰所の扉を開けた瞬間、奥のカウンターに腰掛けた髭面の中年男が、下卑た笑いを斉藤へと向ける。

「うん? またアンタか。今度は何処の"貴族様"に取り入って、オーク鬼の首を恵んで貰ったんだ?」

 その声と共に、詰所の中で多数の、嘲るような笑い声が響き渡った。

 この中年男は――いや、彼に限らずこの詰所に居る全ての衛兵が、斉藤が自身の実力を以ってオーク鬼の討伐を行っていることを、信じたくないらしい。

 最初の数度は「俺の独力だ」と訂正を入れていたものの、斉藤としても金さえ払ってくれるならば信じて貰わなくとも構わないため、今では好きに言わせている。


 真昼間だと言うのに仕事が無い人間がこんなに居て良いのか――斉藤がそう思ってしまうほど、詰所に屯っている衛兵の数は多い。二十人は居るだろうか。

 誰もが彼を嘲る笑みを、様々な野次を、斉藤へと飛ばしている。

 しかしそれら全てを斉藤は無視し、黙って奥のカウンターまで歩を進めると、"それ"を台座の上へと載せた。

「換金だ。払えるか?」

「あん? 誰に物言ってやがる。テメェみたいなひよっ子が持ってくる分の報酬なんざ――」

 中年男の言葉が、途中で止まる。


 まぁ当然か、今回の数は前回までの比じゃないからな。斉藤が意地の悪い笑みを零す。

「如何した? 俺みてぇなひよっ子が持ってくる分の報酬なんざ、トリスタニアに連絡するまでも無く用意して見せんだろ?」

 コツコツ、と指でカウンターを叩きながら、斉藤はとろん、とした眼を中年男へと向ける。

 やれるものならやってみろ――斉藤の瞳がそう告げていた。


 カウンターに載せられた首の数は、締めて四十三個。

 金貨の枚数で言うなら百七十二枚。収入で言うなら平民の年収を軽く超え、重さで言うなら屈強な戦士がやっと持てるほど、である。

 戦術を使うオーク鬼。意図したものではなかったが、それの討伐に命を賭けただけの価値は――当然有るのだった。




 からんからんっ。

 衛兵の詰所を出る際、扉に付けられた鈴の音が斉藤の耳朶を打った。

 この扉を叩いたことは何度かあるが、その音を聞いたのは初めてのような気がする。

 こんな時だけ耳障りな甲高い音を意識させるなんて、建物内部の人間と一緒で意地が悪い、と斉藤は思った。


 空を見上げ、金貨の代わりに渡された割符を手で弄びながら、斉藤は深く息を吐く。

「四日後に全額纏めて……ね。これだからお役所仕事ってやつは」

 斉藤の手に割符以外の物、具体的に言えば金貨の入った袋は、存在していない。

 全額は兎も角として、目標の百エキューに達する程度――ほんの十六エキュー程度ならば、まだ衛兵の詰所に有るだろうと考えていただけに、一エキューも手元に来なかったのは大きな誤算であった。


『はん! どうせ貴族様から恵んで貰ったあぶく銭だろ。がめつくんじゃねえよ、糞ガキが!』


 斉藤の挑発を受けた中年男は、"口角泡を飛ばす"の言葉を実践するが如く激しくがなり立て――遂には分割払いさえ、一方的な理論で拒否したのだ。

 おまけに金の受け渡しは四日後。

 本来であれば明日の休日にトリスタニアへと赴き、デルフリンガーを購入する心算だった斉藤の心は、その小さな嫌がらせに、大きな苛立ちを内包させられる事となった。


 原作において"平賀才人"がデルフリンガーを購入した詳しい日付を、斉藤は憶えていない。

 だが、シエスタの事件やフーケが何やら暗躍していた事から鑑みるに、既に原作のデルフリンガー入手時期は過ぎている筈だ。

 一応外見は襤褸だから買われたりはしないだろうが…… そう思いつつも最悪な予想を否定しきれず、斉藤はがしがしと包帯ごと頭を掻く。



 いっそのこと、現在の所持金を全て持ってトリスタニアに行ってみようか。

 斉藤の頭にそんな考えが浮かぶ。

 勿論、駄目元で値切ってみようだとか、自棄になって言っているわけではない。それなりの勝算を、斉藤は持っていた。


 まず、デルフリンガーの値段が新金貨百枚なのか、それともエキュー金貨百枚なのかがはっきりしないこと。

 新金貨であれば、現状の八十四エキューでも購入可能だ。可能性は五分と五分、それほど悪い賭けでもない。


 次に、今斉藤の手元にある割符の存在。

 これは所謂為替や小切手といった物と同じだが、数日後とは言え"確実に"金貨へと換わる代物である。何かの拍子にゴミに変わったりする物では無いため、商人にとってはそれなりの価値を持つはずだ。

 勿論、手間賃やその他の諸経費に依って本来の価格よりも低い価値にしかならないだろうが――それでもデルフリンガーの購入くらいは出来るだろうと斉藤は考えている。

 割符の売買に免許や許可証の類いが必要な場合でも、"商売は草の種"だ。レートは低いだろうがパチンコの現金引換所のような"認知された違法を為す場"が無いわけが無い。


 一つ斉藤に心配事が有るとすれば、"伝手"やら"コネ"やらを考える以前に、ハルケギニアにおける商売の"いろは"さえ、良く知らないという現実だろうか。

 バイト程度の人生経験はあるものの、斉藤自身は別に商売人でも何でも無い。当然、海千山千の商売人と渡り合おうなどとは思っておらず、有る程度ふっかけられることくらいは覚悟していた。

 しかしこのままでは――相場の一つも知らないままでは、交渉も侭ならないかもしれない。


 だがそれは――

「別の誰かと一緒に行きゃ問題ねぇだろ。そうでなくても、話を聞いときゃ何とかなるかもしんねぇし」

 良し、と斉藤は一つ頷いて、コイントスを行うかのように、親指を使って割符を遥か上空へと弾き飛ばす。

 次いで祈るようにその目を閉じると、祝詞を詠うかのように、ゆっくりと言葉を吐いた。

「表は正道、お嬢様。裏は蛇の道、お姉さん。ってな」

 最後の言葉を茶目っ気たっぷりに言うと同時に、斉藤がその目を開ける。

 ガンダールヴの力を使ったわけでもないのに、割符はかなりの高さまで達し、くるくるくるくる、と勢い良く回転を続けていた。


 ――たっぷり五秒後。

 目前に落ちてきたそれを、斉藤は余裕の表情で掴み取った。

 慣れた仕種で手の平を上に向け――開く。

 原作の知識云々で行動するより、自分にはこう云う運任せの方が性に合ってるんだろう。

 割符の表裏を確認しながら、斉藤はそんな風に思うのだった。





 彼の行動範囲はそれほど広くないことを、シエスタは知っていた。

 食事の際は何故か食堂に来ず、森で狩りをするのだそうだが――それ以外で彼の居る場所は、とてもとても限られている。


 大まかに纏めるなら、凡そ三箇所。それを可能性の低いものから順に並べると――

 まず、彼のご主人様であるミス・ヴァリエールより後方二メイルの位置。

 それから、ミス・ヴァリエールの部屋とそこへと続く廊下の何処か。

 そして最後に、"普段"ではなく"その時々"の時間帯で一番人気の少ない"中庭"。


 だから、目的の荷物を持ったシエスタが、昼休憩に入って十分と経たずに彼を発見できたのも、別に珍しいことでも無いはずだ。

「あ、居た居た。使い魔さ~ん」

 今日彼が居たのは"アウストリの広場"だった。渡り廊下の両側に並ぶ木々の隙間に、彼の後ろ頭を発見する。

 彼の直ぐ横で立ち上る一筋の煙――焚き火の存在も、シエスタは直ぐに気が付いた。多分、昼食を取っているのだろう。

 シエスタは、胸の前の荷物を抱え直すと、大きな声で彼を呼んで――そのまま一気に走り出す。


 因みに、アウストリの広場は、本塔の通路から向かうと、最後の最後に渡り廊下の角を曲がるまで、視界に中庭が映らないようになっている。

 そのため、実際はシエスタの居た場所と、彼の居る広場の端っことの距離はそれ程離れておらず――シエスタが大声を出す必要など、何ら感じられない程の距離だった。


 現に彼がシエスタの声に気付いて振り向いた時には、両者の距離は五メイルを切っていたし――

「ん、シエスタ? ……止まれっ!」

「え?」

 シエスタが彼の制止の声を聞いた時には、既に三メイルを切っていた。

 結果、シエスタは彼の言葉の意味を理解することなく何かに蹴躓き、意味を理解したときには既に宙を舞っていた。



 そして――

 がらん、ぐっ、がしゃっ、ガキッ。

 まず始めに、シエスタが抱えていた荷物が散らばって地に落ちる音が鳴り響き。


 次に――

「……あれ?」

 衝撃に備え、きゅっと目を閉じていたシエスタは、何時まで経っても来ない衝撃に、思わず戸惑いの声を漏らした。

(ええっと……)

「無事か、シエスタ?」

 シエスタがそのまま目を瞑ったまま首を捻っていると、彼女の真下から声が聞こえた。

(え、真下?)

 驚いたシエスタが目を開ける。


 すると、シエスタの鼻先三十サントの距離で、彼が地面に仰向けに倒れていた。

「こう云うアクシデントは、ちぃっと勘弁して欲しいかな」

 シエスタの目に映る、包帯に覆われた彼の顔には、苦笑いと――歯に挟まれた一本の包丁が存在している。

「……え?」

 良く見れば、それは見知った包丁で、彼女が先程まで抱えていた荷物の一つだった。

 瞳を動かせば、他にも彼女が持ってきた数本の包丁が存在していた。彼の両手の指の間に計三本、首横と脇の下の隙間に各一本ずつと、顔の包帯を一枚切り裂くように刃先を頬に向けて地面に刺さっているものが、一本。


「……シエスタ?」

 余りの事態に頭が真っ白になったシエスタの耳に、包丁を咥えて滑舌が悪くなった彼の声が響く。

 シエスタの視界の先で、彼に刃先を咥えられた包丁の柄が、ぷらぷらと揺れた。

「……あ! ご、ゴメンなさい」

 慌てて頭を下げようとして、シエスタは自分の身体に何も触れていないことに気付いた。

 そう、何も触れていない。彼の手は包丁を持っていてシエスタを支えていないし、シエスタの足はぷらぷらと空中で揺れている。


「シエスタさん、でしたね。お怪我は?」

 シエスタが現状を理解しようと左右に視界を巡らせると、彼女の右後ろからしっとりとした女性の声が聞こえてきた。

 声の主を確認しようとシエスタが首を捻ったところで、彼女の視界が勝手に上へと持ち上がる。

 そして、見えない何かに掴まれたと言うよりも、周りの空気全てで持ち上げられたような独特の感覚を味わった後、シエスタの足は無事地面へと着けられた。

(あ……魔法、使われてたんだ)

 ゆっくりと重力を感じて、自分の力だけで立つに到って、漸くシエスタはその事実に気付く。


(魔法って、怖いものばかりじゃ無いのかも)

 先程の浮遊感を、包み込むような空気の感触を思い出し、シエスタの顔は自然に綻ぶ。


 尤も――

「危険の度合いから考えっと、俺の無事を確認すんのが先じゃねぇかな」

 シエスタの足下で、未だ包丁を咥えたままの彼の声に、すぐさま彼女の顔は申し訳なさで埋ってしまうのだが。






 やっぱ、お姉さんってやつなんだろうね。

 優しくシエスタを地面に立たせるフーケの魔法を見ながら、斉藤はそんな事を思った。

 行き成り声を掛けられたかと思うと、両手に抱えた鍋を放り出して"すっ転んだ"シエスタには随分と驚かされたが――斉藤が本当に驚いたのは、その直後だったりする。

 何せ、鍋の中に入れられていたらしい"ちびた包丁"が七本、刃先を斉藤へと向けて飛び込んできたのだから。


 場所を移動してそれらを避けることも斉藤には出来たのだが――文字通り逡巡の時を刻んだ後、毎度の如く中途半端なフェミニスト振りを発揮した斉藤は、シエスタを受け留める決断を下した。

 続いて瞬息の時が刻まれ、シエスタの前方に存在する刃の群れを、斉藤が自身の腕が傷付くことも厭わずに払い除け――ようとしたところで、フーケの"レビテーション"があっさりとシエスタを救助。

 マジかよ、と斉藤が叫ぶ暇も無く、何故か"レビテーション"の範囲に入らずそのまま飛び込んできた包丁を"如何にか"し、現在に至ると言うわけである。


 いやしかし――

「ゴメンなさい。だ、大丈夫ですかっ」

 先ほどの皮肉は、包丁を受け留めずにそのまま落としたフーケに向けられたものだったのだが、フーケ以上にシエスタが反応してしまったのは、斉藤にとって予想外だった。

 因みにフーケの方はと云えば、その程度で如何にかなるほど柔じゃないだろ、と言わんばかりのジト目を、斉藤へと向けている。

 いや寧ろ、何この娘を困らせてんのさ、と言う非難の視線かもしれない。


 何か最近溜め息ばっかり吐いてないか。そんな事を考えつつも、斉藤はやはり溜め息を吐く。

「謝る必要はねぇよ。怪我も無いし、ちぃっとばかし驚いただけだから」

 気にすんな、とシエスタに軽く笑い掛けると、斉藤は滑らかな手付きで、指の間に挟んだ包丁を一本、空へと放り投げた。

 そしてそのまま、ジャグリングを行うピエロのように次々と、手に持った包丁から地に落ちた包丁まで、順番に上空へと打ち上げる。

「それより……っと、俺に何か用があるんじゃねぇの」

 素早く立ち上がり、舞台上の役者のように大仰な仕種で両手を広げながら、斉藤はシエスタへ向けて首を傾げてみせた。

 次いで落ちてきた包丁は、斉藤が広げた両手の指の間に一本ずつ綺麗に収まっていく。何とも見事な、ガンダールヴの無駄遣いである。



「え? あっ、はい、そうでした」

 ぽんっ、と胸の前で両手を合わせた後、シエスタがその顔を笑顔へと変える。

 斉藤がシエスタを励まそうと行った曲芸はあっさりと無視されてしまったが、場の空気は確かに変わったので――斉藤は微妙に切ない気持ちを感じながらも――良しとした。

 何やってんだか、と口ほどに物を言うフーケの視線が更に斉藤の切なさを助長させたりもするが、極力フーケから視線を逸らすことで何とか堪える。

 今相手にすべきはシエスタのはずだ。態々フーケの視線を受け留めて、からかいの種を作る必要はない。


「んで、その用事ってのは?」

 斉藤の言葉に、シエスタは慌てて左右を見渡し始めた。そして、あ、と声を上げて何かを発見して、拾う。

「……鍋?」

「はい。使い魔さん、鍋が有れば良いなぁって言ってたじゃないですか。それから包丁も有れば便利だって話も以前しましたし。最近、厨房で道具を一括購入したんで余ったのを譲ってもらったんです。廃棄前のボロッちい中古品の方ですけど」

 可愛く舌を出しながらシエスタが差し出した鍋を、斉藤は何とも言えない微妙な表情で受け取った。

 確かに以前シエスタの前でそう零した記憶が斉藤にはあったが――まさか用意して貰えるとは思っていなかっただけに、どう反応すれば良いのか咄嗟に迷ってしまったのだ。


 そして、それを見たシエスタが首を傾げ――あ、と大きな声を上げながら、口元を手で覆った。

「ち、違うんです。別にこれは、嫌がらせとかそんなんじゃなくって……」

 何やら慌てた様子で弁解を始めるシエスタ。突然の出来事に、斉藤は更に面食らってしまう。

 嫌がらせ? と彼女の言葉を疑問に思いつつ、斉藤がシエスタの視線を辿ると――そこには穴が有った。斉藤が手に持っている、調理用の深鍋に開いた穴が。

 確かに、鍋が必要と言っている相手に底の抜けた鍋を渡すのは嫌がらせ以外の何物でも無い。

 多分、先程シエスタが"すっ転んで"落とした際に底が抜けたんだろう。とは言っても、その程度で底が抜けるようでは、実用に足る代物とは言えなかったのかもしれない。


「あの、さっき私が転んだ時に穴が開いちゃったんだと思うんですけど…… えっと、その、ゴメンなさい」

 胸の前で指先を合わせ、しゅんとしてしまったシエスタを見て――場違いかもしれないが、斉藤は少し和んだ。

 ここ数日は特に、荒事やら気の強い女の子の相手やらをしてきただけに、彼女の何気ない仕種に確かな癒しを感じてしまったのだ。


「いや、気にしなくて良い。シエスタが持ってきてくれなけりゃ、どの道、手に入らなかった代物だしな」

 優しい笑みを浮かべて、シエスタに向けてぷらぷらと手を縦に振る。

 二枚目主人公なら、ここでシエスタの頭でも撫でて惚れられるんだろうか。

 一頻り和んですっかり"平和"になった斉藤の脳裏に、そんな馬鹿げた考えが浮かぶ。

 勿論、浮かんだだけで実行には移さない。何しろ、現在の斉藤は顔面包帯男であり、二枚目には程遠い容姿である。

 いやそもそも、そんな事で女性が惚れてくれるほど"ここ"が甘い世界だなんて、斉藤にはとても思えない。


「それに、こっちの包丁は貰って良いんだろ。コイツだけで十分、感謝しきれねぇくらいだ」

 手慰みに手に持った包丁をくるくると回しながら、斉藤はシエスタに感謝の意を表す。

 因みに頭の片隅では、形の違う包丁ならまだしも、何故全く同じ形状の包丁を七本も持ってきたのか、と疑問が渦巻いていたりする。

 尤も、調理用とは言えやはり"刃物"。ガンダールヴの所持者としては嬉しい限りである。


「でも私のポカの所為で、使い魔さんにぬか喜びさせちゃいましたし……」

 胸の前で合わせた指先をいじいじと動かしながら――しかしシエスタの顔は晴れない。

「だから気にすんなって。そう云う厚意だけで、俺はすげぇ嬉しいんだから」

「そ……そう言って貰えると、助かります」

 斉藤の言葉にやっと頷いてくれたシエスタだが、やはりその表情は何所か曇ったままで――斉藤は何だか気まずくなった。


「あの、少し宜しいでしょうか」

 斉藤の気まずさが空気を伝ってシエスタにも届こうかと云うところで、今まで二人の会話をただ眺めていただけのフーケが声を発した。

 その絶妙なタイミングでの声掛けに、斉藤はほっと胸を撫で下ろし、次いでフーケに感謝する。

 その直後、伊達に歳は食ってないな、などと随分失礼な感想を抱いてしまったことは、決して彼女に洩らせぬ秘密となった。


 因みに――

「あ、はい、えっと……」

「ロングビルです、学院長の秘書をやっております」

「シエスタです。宜しくお願いしますね、ロングビルさん」

 戦々恐々と硬くなった表情を隠す斉藤を余所に、フーケとシエスタは互いの自己紹介と洒落込んでいた。


 それを見た斉藤が、原作の主要キャラクター同士が原作に無い絡みをするのは感慨深い、などと――自身が与えたこの世界への影響も何処吹く風と云った感じで――うんうんと頷いていたのは、余談である。



 フーケがシエスタへと話し掛けた理由は、何故包丁を七本も持ってきたのかと言う質問と、錬金の魔法で鍋の穴を塞ぎましょうかと言う提案だった。

 フーケがメイジだと知った瞬間に矢鱈畏まったシエスタを宥めたり、転倒の際助けられたことをベタ褒めされたフーケが思わず"素"の表情を出すほど照れてしまったりと、そんな紆余曲折を経て、両者の仲は深まっていく。


 シエスタを見るフーケの笑顔は、とても優しい。

 控えめで素直な心優しきその姿に、ティファニアを思い出しているのかもしれない。時折り現れるフーケの"素"の表情を見て、斉藤はそんな事を思った。


 丁度、フーケが"素"の表情を見せて微笑った、その後だっただろうか。

「そう言えば、ロングビルさんは如何して使い魔さんのところに?」

「"ツカイマ"さん? ヒラタさんの事ですか?」

「"ヒラタ"さん? えっと……あれ?」

 ――何やら妙な会話が始まったのは。




 混乱する二人を他人事のように見ながら、斉藤は包帯の上からこめかみをゆっくりと揉んだ。

 何故か彼の脳裏に浮かぶのは、初めてシエスタと出会ったその瞬間の優しい笑顔と、厳しい現実に人間不信となっていた自分の姿。


『大丈夫……ですか?』

『今……俺に追撃しやがったら……っ、只で済むと――』


 斉藤はその時の自分を、我ながら見事な狂犬振りだった、と少しばかりの呆れと共に思っている。

 台詞の途中で咳き込んだり、地面に這い蹲ったまま顔一つ上げられなかった自分には情けなさしか浮かばない。だが、血に赤く濡れた半分の視界の中で見たシエスタの、召喚されてから初めて自分へと向けられた笑顔を思い出すと、今でも斉藤の胸の内には熱い何かが込み上げて来る。


『良かった。ひょっとしたら、死んでしまうんじゃないかと……』


 そして斉藤は、包帯を巻いてくれたシエスタの、その何より暖かい掌の感触を、今でも鮮明に思い出すことが出来た。

 きっと、多分、後もう一押し何かがあれば、シエスタに惚れていたんじゃないかと――いや違う、何故惚れていないのか不思議に思うくらい、その時の想いの暖かさは、斉藤の胸の奥に確かな篝火となって残っている。


『あの……、貴方のこと、訊いても良いですか』

『…………使い魔だよ。使い魔、文句あっか?』


 だのに、自分ときたら、何処ぞの青春漫画の不良のような言葉遣いで、彼女に返すのがやっとだったのだ。

 苦笑いを浮かべるかのように、斉藤は頭の中で、その時の光景を想った。

 そうだ。その日の夜、貰った包帯を握り締めながら、俺は、抗えぬ洗脳の――


 ――ぞぷり


 頭の片隅で、肉食の獣が獲物に齧り付くような音を、聞いたような気がした。





「……やっぱり、何か事情が有るんですか?」

 どうやら少しばかり呆けていたらしい。首を傾けてこちらを覗きこむシエスタに気付いて、斉藤は軽く頭を振った。

「ん? わりぃ、考え事してた。で、何の話?」

「"サイトー・ヒラタ"と"ツカイマ・モンクアッカ"。どちらが貴方の本名なのか、と言う話です」

 そんな恍け方が通じるとでも思ってんのかい?

 シエスタからは見えぬ位置で、些か険悪な視線を斉藤へ向けながら、表面上は心配する様子を見せるフーケ。

 "偽名"に関しては、自身も理由有ってそうしているだけに、思うところが有るのかもしれない。


 しかし――

 偽名? ツカイマ・モンクアッカ? 斉藤には、とんと覚えがない。フーケの言葉だけでは、特に何も思い浮かばない。

 はて、何だったか、と斉藤が自身の記憶をもう少し深く探ってみると――


『…………使い魔だよ。使い魔、文句あっか?』


 シエスタに些か横柄な態度でそんな事を言った過去があるのを思い出した。

 後半の台詞はシエスタに直接言ったのでは無く、叫ぶように吐いただけだから、ハルケギニア語に変換されなかったのかも知れない。


 自動翻訳能力の弊害だな。

 がりがりと、包帯の下に手を差し込んで後頭部を掻きながら、斉藤は表情を歪めた。

 ジェシカが当初"ツカイマさん"と呼んでいた理由も、これに付随するものだろう。それだけにしては、些か会話のズレが大き過ぎた気もするが。


「ツカイマ・モンクアッカってのは、俺の国の言葉で『私は使い魔です。そのことに文句は有るのでしょうか?』と言う意味を持ってる。要するに、俺はあの時シエスタに名乗らず、母国語で毒を吐いてたって事だな」

「そ、そうだったんですか。私てっきり……」

 原因は斉藤だと云うのに、まるで自分が悪かったかのようにシエスタが顔を俯かせる。


「いやいや、気にすんなって。あの時の俺はスゲェ荒んでたし。謝るなら俺の方だって」

 斉藤が顔の前で、ぱたぱたと気軽に手を振り、シエスタを慰める。

 そして、徐に居住まいを正すと、

「んじゃ、改めまして。斉藤平太、サイトー・ヒラタだ。好きに呼んでくれ。見た限りじゃ分かんねぇだろうけど、使い魔だぜ」

 と、包帯の上からでも容易く分かるほどの、満面の笑顔を二人へと向けた。


 それを受けたシエスタが、慌てた様子で居住まいを正し、ぺこりと一礼。

「あ、はい。シエスタ、シエスタです。私の事も好きに呼んで下さって結構ですよ。えっと、それから……み、見た目通りのメイドです」

 改めて名乗るのは恥ずかしいですね、と可愛く首を傾けながら、シエスタはふわりと微笑んだ。




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